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暴力を用いて政治的目的を達成しようとすることを20世紀以降の人類社会は拒絶してきたはずである。/小泉悠『現代戦争論』「はじめに」

 わずか3日で終わると予想されたウクライナ戦争は、開戦からもう4年を迎える。米トランプ政権成立で激変した世界秩序の中、日本はいかにふるまうべきか。21世紀における戦争を私たちはどう考えたらいいのか。
 ロシア情勢の第一人者として悲惨な実態を伝え、ロシアへの無期限入国禁止処分を受けた著者が、詳細なデータと合わせて、自身の経験や信念とともに戦争の本質に迫る、今最も読むべき戦争論。
 2/9の発売日に先駆けて小泉悠『現代戦争論』「はじめに」を公開します。

✑小泉 悠
 
はじめに

第二次ロシア・ウクライナ戦争をめぐる問い
 本書は、2026年2月に世に出ることになっている。2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナへの全面侵略(第二次ロシア・ウクライナ戦争)からちょうど4年という節目を意識したものだ。そして、この時点においても戦争は終わっていないだろう、という想定の下に本書は書かれている。
 では、まだ結末さえ明らかでないこの戦争をどのように描くべきか?
 その初めから終わりまでを通史として描き通すことはもちろんできない。また、現在進行形の事態を横目に見ながら書かれているために、明らかになっていないことや不確実なことも非常に多い。「事実」として扱った事例がのちに誤りであったと判明することも相当に多いだろうと思われる。
 このような制約の中で第二次ロシア・ウクライナ戦争について語る方法として、本書では、いくつかの問いを立ててみた。それらに対して筆者なりに応答していくことで、この戦争の姿を描き出していこうというのがその目論見である。問いは、次の五つとした。

・どれだけの犠牲が出ているのか?
・何故こうも長引いているのか?
・戦時下のロシアはどのような状態にあるのか?
・世界の中でロシアの立ち位置はどう変化したのか?
・日本はどのように向き合うべきなのか?

 これらの問いには様々な答え方があるだろう。ロシアの内政や社会に着目する方法、経済的な分析、現地取材……などが思いつくところであるが、生憎あいにく、筆者はそのいずれに関しても専門家ではない。筆者がこれまで行ってきたのは、ロシアの軍事思想や軍改革、装備調達、演習の分析などである。研究者と呼ぶにはややはばかられ、個人的には「職業的軍事オタク」といったあたりが自己認識としては一番しっくり来る。
 であるならば、この五つの問いにも職業的軍事オタクとして答えていくほかあるまい。つまり、この戦争を軍事面から分析した場合にどのような姿が浮かび上がってくるのか。これが本書の大テーマである。
 方法論的に言えば、メディア報道や政府機関その他の発表を対象とする公開情報分析(OSINT)の手法を本書は主に用いている。ロシアやウクライナ、あるいは西側諸国の政府が何を考え、どう行動したかが未だにほとんど明らかでない以上、この戦争に同時代人として居合わせた職業的軍事オタクが、日々の報道や公式発表をどう分析・解釈したのかを見てもらうほかないだろうということである。
 ただ、戦争が長引く中で各国の内幕も多少は明らかになってきているし、研究者や研究機関による突っ込んだ考察・分析も登場しつつある。本書では、こうした知見も可能な範囲で盛り込んだ。また、筆者がロシア軍事分析の一環として行っている、衛星画像を用いた画像情報分析(IMINT)の手法も併用した。

本書の構成
 本書の章立ては、前述の五つの問いに一対一で対応するようになっている。
 最初の問いに対応する第1章は、「どれだけの人が死んだのか?――データで見るウクライナ戦争」と題した。主に公開情報分析の手法を用いて、第二次ロシア・ウクライナ戦争が途方も無い規模の死をウクライナとロシアの人々にもたらしていること、しかもそれが非常に不平等な死であることを明らかにしたのがこの章である。これはまた、無数の死がただの統計となり、しまいには忘れ去られていくことへの筆者なりの告発でもある。
 続く第2章「なぜ終わらないのか?――軍事戦略理論から見たウクライナ戦争」では、この戦争がここまで長期化した理由に軍事戦略理論の観点から迫ってみたい。下敷きとしたのは、戦前のソ連における傑出した軍事理論家であったアレクサンドル・スヴェーチンの消耗戦争理論である。
 短期決戦を志向する破壊戦略理論がなぜ失敗するのか、その結果として生じる消耗戦争とはどのような戦争であるのかを概観し、今回の戦争がまさにこのパターンを踏襲するものであるということをここでは主張した。鍵となるのは、スヴェーチンがいう「武力戦線(軍事的闘争)」と「政治戦線(国内の結束や対外関係)」との相互作用であり、ロシアが後者を見誤った結果として前者の膠着こうちゃくを招いたという図式を提示した。
 第3章「いかにして軍事国家となったのか?――戦時下ロシアの横顔」では、引き続きスヴェーチンの理論に依拠しながら戦時下ロシアの横顔を描く。特に注目したのは、戦争への国民動員、財政、軍需工業力である。ロシアは、単に強圧的な方法で国民を戦争に動員したり、反戦の声を抑えつけているわけではない。社会的に最も弱い立場にある人々が戦地へ赴くように有形・無形の利益を提示することで「ソフトな政治戦線」を運営しているのであり、この政策は実際にかなりの効果を発揮しているということをここでは描いた。また、消耗戦争を戦うための経済動員や軍需工業力(経済戦線)についても議論を及ぼしている。
 第4章は「この国はどこへ向かうのか?――世界の中のロシア」とした。ウクライナでの戦争は、国際的なロシアの立ち位置にも大きな影響を及ぼした。しかも、それは一様なものではない。ある地域や領域においてロシアは孤立を強めているが、少し視点を転じると関係性が平時と変わらずに維持されていたり、むしろ強まっていたりもする。
 こうした複雑なモザイク状の関係性すべてを描くことは難しいが、本章では、いくつかの事例を選んで筆者なりのスケッチを試みた。まず取り上げるのはロシアの経済戦線を支える武器取引であり、主に北朝鮮、インド、イランがそれぞれの国益を追求するためにロシアとの間で展開している関係性を描く。続いて、欧州における軍事的緊張の高まり、第二次トランプ政権下における米国との関わりを取り上げる。
 最後の第5章は、「日本はいかにロシアと向き合うべきか?――ウクライナ戦争と安全保障」と題して、この戦争を日本自身の安全保障課題に引き付けて論じる。ユーラシア大陸の反対側で起きている戦争であるにもかかわらず、ロシアの振る舞いは、直接・間接に日本の安全保障を大きく揺るがしている。
 特に問題となるのは、米国の抑止リソースの分散だ。欧州正面において軍事的対立が再燃したことで、インド太平洋正面に米国の抑止リソースを集中させるという構想には大きな困難が生じている。これが中国と北朝鮮に対する抑止の信憑性を低下させ、万一抑止が破れた場合の対処能力にも悪影響を及ぼすことは明らかであろう。
 では、ウクライナなど見捨てて米国をインド太平洋側に引き込むべきなのだ、という議論は果たして妥当なのだろうか。そうも割り切った態度は長い目で見て結局、日本が依拠すべき国際秩序を掘り崩すことになるのではないか。これが本章における筆者の中核的な主張である。

ロシアはなぜウクライナ侵略に及んだのか?
 五つの問いの中に、「ロシアはなぜウクライナ侵略に及んだのか?」が含まれていないことを奇異に思われる読者もおられるかもしれない。ただ、この点については、筆者が2022年に上梓した『ウクライナ戦争』で概ね検討したつもりでいる。その結論をここで改めて述べておくと、ロシアの戦争はウクライナの政治的・軍事的支配を目論もくろんだものであって、ロシア政府がいう「ウクライナのネオナチ政権からロシア系住民を保護するため」であるとか、「NATO拡大に追い詰められてやむを得ず始めたもの」といった主張には明らかに根拠がないということである。
 もう少し詳しく述べると、2014年にウクライナで起きた政変(マイダン革命)が「米国に支援されたネオナチのクーデター」であるというロシア側の主張を明確に裏付ける証拠は現時点で存在せず、その結果として「ロシア系住民への深刻な迫害や虐殺が起きた」あるいは「そうした事態が第二次ロシア・ウクライナ戦争の開戦直前まで続いていた」という事実も見出せない。また、ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟が差し迫っていたわけでもないし、仮にそうであったとしてもロシアが軍事力行使に訴えてよいという理由にもならない。
 他方、プーチンは、ウクライナを「ロシアと歴史的に一体のもの」「歴史的領土」と位置付ける発言を開戦前から繰り返しており、喫緊の安全保障課題とは異なった動機が存在することを自ら示してもいた(Президент Российской Федерации, June 20, 2025.)。ロシアがウクライナ侵略を決断した具体的な動機は明らかでないにせよ(その解明はおそらくかなり先の歴史家の仕事になるだろう)、やむを得ない戦争では決してなかった、というのが『ウクライナ戦争』から本書に至るまでの筆者の一貫した主張である。
 ただし、この戦争によってロシアが何を達成しようとしているのか(つまり戦略目的)はかなり明確である。2022年2月24日以来、ロシア政府が掲げ続けてきた、ウクライナの「非ナチス化」「非軍事化」「中立化」の三点がそれである。このほかにもいくつかの目的が加わる場合もあるが、常に変わらないのがこの三点であった。
 このうち最もわかりやすいのは「非軍事化」であろう。戦争初期の2022年3月にイスタンブールで行われたロシアとウクライナの停戦交渉では、ウクライナ軍の兵力を開戦前の約4分の1(5万人)に制限すること、このうち将校を1500人までとすること、射程250㎞ 以上の長距離兵器の保有を禁止することなどをロシア側は要求していた。「中立化」についてはウクライナのNATO不加盟を第一義的に意味すると思われるが、ロシアの要求はこれに留まっていない。ロシアに対する制裁や国際訴訟をすべて取り下げること、要はウクライナが「ロシアに逆らわない国」になることがロシア側の要求なのであって、単なる「非同盟化」(ロシア側の言い方では「非ブロック化」)だけでは捉えきれない概念である。
 最後に残るのは「非ナチス化」だ。これはウクライナが「ナチス国家」であることを前提とするが、前述のように、そのような事実はそもそも存在しない。「戦争の初期には戦死したウクライナ兵がヒトラーの著書『我が闘争』を持っていた!」といったプロパガンダが繰り返されたが、あまりにも荒唐無稽こうとうむけいであるためにこの種の「設定」は瞬く間に忘れ去られていった。民間軍事会社「ワグネル」を率いてドンバスで戦ったエフゲニー・プリゴジン(2023年に死去)自身、「ナチスがいるっていうからやってきたのに、いないじゃないか!」とまで述べているのだから何をか言わんやである。また、ロシア政府による非公開の世論調査でも、国民の多くは「非ナチス化」の意味するところを理解できないと答えたとされる(Медуза, March 4, 2022.)。
 したがって、ロシアが「非ナチス化」という言葉で要求している内容は結局のところはっきりしないのだが、2022年のイスタンブール交渉におけるロシア側要求文書第8条第2項の内容は一つのヒントとなるだろう。ここで要求されているのは「2014〜22年の期間における政策と行いに回帰することを防ぐための実効的な措置」をウクライナ政府が講じるということであった。要はマイダン革命後の政体を解体せよということだ、というのが筆者の解釈である。実際、開戦後のロシアはウクライナの政権交代を幾度となく要求してきた(詳細については第4章で述べる)。
 以上は、イスタンブール交渉「前に」ロシア側が突きつけた要求文書の内容である(Interfax, June 2, 2025.)。その後の交渉でロシア側は停戦条件に関してかなりの譲歩を示し、同年4月まではオンラインで露宇間の交渉は続いたとされるものの、結局は頓挫とんざし、戦争は長期化の一途を辿ることになった。プーチンはのちに、イスタンブール交渉でウクライナ側はロシアの停戦条件を概ね受け入れていたと主張しているが、これは事実に反する。
 当時の交渉過程で取り交わされた非公開文書を調査したサミュエル・チャラップとセルゲイ・ラトチェンコによると、交渉が頓挫した決定的な要因は、停戦後の安全保障の方式にあった。停戦が実現した後、ロシアの再侵略を阻止するために想定されていたメカニズムに関して、ロシアは自国に拒否権を持たせることを強硬に主張し、これをウクライナが拒否した結果として停戦は流れたというのが両名の結論である(Charap and Radchenko, April 16, 2024.)。

領土妥協では戦争は終わらない
 まとめるならば、ロシアが侵略に及んだ具体的な動機自体には不明なところが残るものの、その目的自体は比較的明瞭である。つまり、ウクライナを政治的・軍事的な支配下に置くということだ。筆者の知っている日本語では、これは「属国化」にほかならない。言い換えると、この戦争は土地ではなくウクライナの国家主権をめぐるものなのであって、領土面で妥協すればすぐに終わるというようなものではない。
 2024年6月14日にプーチンが外務省幹部を前にして行った演説は、この点を改めて示すものであった(Президент Российской Федерации, June 14, 2024.)。プーチンによれば、停戦条件は「シンプル」である。戦場となっているウクライナ4州(ルハンシク、ドネツィク、ザポリージャ、ヘルソン)の行政境界線から(つまりロシアがまだ占領していない地域も含めて)ウクライナ軍が撤退し、NATO不加盟を約束すれば、ロシアはすぐにでも停戦に応じるとしている。ただし、これはあくまでも「戦闘の停止」に関する条件であって、「戦争の終結」そのものに関するそれではない。そして、後者に関してプーチンが主張したのはやはり「中立化」「非ブロック化」「非核化」「非軍事化」「非ナチス化」であって、最終的な狙いは開戦当初と同じであった。2025年に入ってから再開された停戦交渉においても、ロシアは同様の要求をウクライナに行っている。
 最後に紹介したいのは、2025年6月のサンクトペテルブルグ国際経済フォーラムにおけるプーチンの発言である。司会者であるスカイニュースCEOのナディム・ダウド・コテイシュから「ウクライナでの戦争についてどう考えているのか」と問われたプーチンは、戦争の原因がNATO拡大であり、2014年のマイダン革命は米国の差金さしがねであったという従来からの主張を繰り返した上で、次のように述べている(Президент Российской Федерации, June 20, 2025.)。

あなたは、ウクライナのどの地域が我々のものだと考えているかについて話しました。私は何度も、ロシア人とウクライナ人は実際には一つの民族だと考えていると述べてきました。この意味で、ウクライナ全体が我々のものです。
 しかし、私たちは形作られつつある現実から出発します。もちろん、隣国には、自国の主権と独立を確保しようと努力している人々がいます。神のご加護がありますように。ちなみに、私たちは彼らの権利、つまりウクライナ国民の独立と主権の権利を疑ったことは一度もありません。
 同時に、ウクライナが独立し主権を獲得した根拠は、1991年のウクライナ独立宣言に明記されており、ウクライナは非同盟、非核、中立国であることがはっきり記されています。ウクライナが独立と主権を獲得したこれらの根本的な価値観に立ち返るのは望ましいことです。

 要は、ウクライナの主権はロシアが承認した条件を満たした場合のみに保障されるものであって、この戦争は、そこから「逸脱」したウクライナに、改めてロシアが受け入れうる地位に立ち戻ることを強制しようとするものだということである。
 このように、ロシアの戦争はあからさまな侵略行為である。そして、そうである以上、ロシア側に対して徹頭徹尾批判的な姿勢を本書は示す。ロシアにも言い分はあろうし、そのすべてを否定するわけではない。だが、暴力を用いて政治的目的を達成しようとすることを20世紀以降の人類社会は拒絶してきたはずである。この原則をないがしろにすることは、日本に関するそれを含めた国際的な安全保障秩序を損なうことになりかねない。これが本書の拠って立つ基本的なスタンスであり、また結論でもある。


小泉 悠(こいずみ・ゆう)
1982年千葉県生まれ。東京大学先端科学技術研究センター(国際安全保障構想分野)准教授。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO RAN)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、現職。専門はロシアの軍事・安全保障。著書に『「帝国」ロシアの地政学──「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版、2019年、サントリー学芸賞受賞)、『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書、2021年)、『ロシア点描』(PHP 研究所、2022年)、『ウクライナ戦争』(ちくま新書、2022年)、『オホーツク核要塞』(朝日新書、2024年)他多数。

『現代戦争論——ロシア・ウクライナから考える世界の行方』小泉悠著
なぜ終わらないのか。世界情勢はどう変わったのか。日本はいかにふるまうべきか。著者個人の経験や信念までも込められた、いま最も読むべき戦争論。

『ウクライナ戦争』小泉悠著
2022年2月、ロシアがウクライナに侵攻した。21世紀最大規模の戦争はなぜ起こり、戦場では何が起きているのか? 気鋭の軍事研究者が、その全貌を読み解く。咢堂ブックオブザイヤー二〇二三 大賞(外交・安全保障部門)。

『現代ロシアの軍事戦略』小泉悠著
冷戦後、弱小国となったロシアはなぜ世界に覇権を誇示し続けられるのか。メディアでも活躍する異能の研究者が戦争の最前線を読み解き、未来の世界情勢を占う。第8回猪木正道賞特別賞。

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暴力を用いて政治的目的を達成しようとすることを20世紀以降の人類社会は拒絶してきたはずである。/小泉悠『現代戦争論』「はじめに」|webちくま(筑摩書房の読みものサイト)
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