桜島大正噴火の教訓、忘れない 鹿児島・東桜島小147年の歴史に幕
桜島のふもとにある鹿児島市の東桜島小学校で24日、閉校式があった。1914(大正3)年の桜島大正噴火も経験した、147年の歴史を誇る学校。全校児童22人が、校庭にある記念碑の碑文を全文暗唱し、次の大規模噴火に備えて先人が残した教訓を胸に刻んだ。
桜島にある八つの小中学校は、児童生徒の減少を踏まえて3月末ですべて閉校し、4月に開校する小中一貫の義務教育学校「桜島学校」に統合される。東桜島小の閉校式は8校の中で最後。地域住民や卒業生らが見守る中、6年生5人の卒業式に続いて、校旗返納などのセレモニーと児童の舞台発表が行われた。児童代表の6年山田沙和(さより)さんは「雄大な桜島がいつも私たちを見守ってくれていた。反対側には錦江湾が広がり、見ていると心が和んだ。東桜島小はかけがえのない存在でした」などと話した。
校庭にある「桜島爆発記念碑」は、大正噴火の10年後に東桜島村(当時)が建てた伝承碑。国内外から見学者が訪れ、学校も事前の備えや早期避難の重要性を学ぶ防災教育に役立ててきた。
校訓は「不屈の心」。苦難を乗り越えてきた歴史が受け継がれている。浜田智男校長は「校訓に込められた教えを忘れることなく、新たな出会いや学びを糧にして、さらなる成長を遂げてくれることを楽しみにしています」と、4月から桜島学校に通う児童たちにエールを送った。
桜島爆発記念碑は、碑文に「住民ハ理論ニ信頼セズ」との言葉があることから「科学不信の碑」と呼ばれることもある。だが、校庭に掲示された現代語訳は「いろいろな情報に惑わされず」となっており、学校も科学を否定するのでなく、科学で噴火が一定程度予測できることを教えている。
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桜島爆発記念碑の碑文(全文)
大正三年一月十二日、桜島ノ爆発ハ、安永八年以来ノ大惨禍ニシテ、全島猛火ニ包マレ、火石落下シ、降灰天地ヲ覆ヒ、光景惨憺(さんたん)ヲ極メテ、八部落ヲ全滅セシメ、百四十人ノ死傷者ヲ出セリ。
其(その)爆発数日前ヨリ、地震頻発し、岳上ハ多少崩壊ヲ認メラレ、海岸ニハ熱湯湧沸(ゆうふつ)し、旧噴火口依(よ)リハ白煙ヲ揚ゲルナド刻々容易ナラザル現象ナリシヲ以(もっ)テ、村長ハ、数回測候所ニ判定ヲ求メシモ桜島ニハ噴火ナシト答フ。
故ニ村長ハ残留ノ住民ニ狼狽(ろうばい)シテ避難スルニ及バズト論達(ろんたっ)セシガ、マモナク大爆発シテ、測候所ヲ信頼セシ知識階級ノ人、却(かえ)ッテ災禍ニ罹(かか)リ、村長一行ハ難ヲ避クル地ナク、各身(かくみ)ヲ以テ海ニ投ジ、漂流中、山下収入役、大山書記ノ如キハ、終ニ悲惨ナル殉職ノ最後ヲ遂グルニ至レリ、本島ノ爆発ハ、古来歴史ニ照ラシ後日復亦(またすべて)免レザルハ必然ノコトナルベシ。
住民ハ理論ニ信頼セズ、異変ヲ認知スル時ハ、未然ニ避難ノ用意、尤(もっと)モ肝要トシ、平素勤倹(きんけん)産ヲ治メ、何時(いつ)変災ニ値(あう)モ、路途ニ迷ワザル覚悟ナカルベカラズ。茲(ここ)ニ碑ヲ建テ以テ記念トス。
大正十三年一月 東桜島村
(東桜島小校庭の掲示による)