「………………」
「………………………」
雨が強く打ち付ける昼頃、いつものように俺は眠りについていた。
一言で言うと、過眠症だ。
学生時代から授業中も爆睡し、トレーナーになってからも満足に寝たのにウトウトしてしまう事がある。
そんな事を避ける為に、何も無い昼休みの30分を必ず昼寝時間として使うようにした。ソファーに仰向けに寝転がり、少し目を閉じるだけで意識が闇へと落ちていく。
本当は昼休みも色々したい事があるのだが、この昼寝を欠かすと、他者に迷惑を掛けてしまう。だからこそ、苦肉の策なのだ。
「…………………………」
気付いたのは、ふと目を覚ました時だった。
瞼の裏からでも分かる蛍光灯の光が何かに阻まれ暗くなる。覗き込まれているようだ。
不意に芳醇な濃い香りが届く。
「……じゃーにー?」
鼻腔をくすぐるこの香りは、彼女のトレーナーになってから幾度となく傍で感じた物だ。
「……おや、起きてしまわれましたか」
そう言うとジャーニーは曲げていた腰を伸ばし、覗き込むのを辞めた。
「…ぅん、今起きふぁ……」
ジャーニーの前で大きく欠伸をしてしまった。はしたないなど思われてしまっただろうか。
「あ、ごめん…」
「いえ、構いませんよ」
欠伸で零れた涙が伝った頬を、不意にジャーニーが触れてきた。零れた雫を掬うように、指でスリっと目尻を撫でられる。
驚き固まっていると、ジャーニーが口を開く。
「……先程まで眠っていた様ですが、よく私だと分かりましたね、…もしかして狸寝入り…ですか?」
「いや、普通に寝てたよ、それはもうぐっすり」
「では、何故私だと?」
ジャーニーに嘘は通じない。言葉を飾るのも偽るのも誇張するのも、ジャーニーには見破られてしまう。
だから、ハッキリ、自分の言葉で。
「…俺の好きな、君の匂いがしたから」
「…そうですか」
「うん」
「……そろそろ昼休みが終わりそうなので、失礼します」
するとジャーニーはくるりと後ろを振り向き、そのままトレーナー室を出て行ってしまう。
「……何か用事があったんじゃ無いのかな」
「…………」
昼休み、私はトレーナー室へと足を運ぶ。特に何か用がある訳では無いが、たまにはトレーナー室で過ごしたい……言わば、気分転換。
扉をひらくと、ソファー上に寝転んでいるトレーナーさんが見える。どうやら寝ているようですね。
「…トレーナーさん」
呼びかけてみるも返答は無し、本当に眠っているようですね。
「……トレーナーさん」
ぐい、と顔を近づけてみる。普段は見上げなければいけないものが、私より下にある。
それは、情け深い、素直な人。
それは、私にとって望ましい人。
それは、私の───
「……じゃーにー?」
不意にトレーナーさんが私の名前を呼ぶ。いつもより柔らかい、可愛らしい声。
「……おや、起きてしまわれましたか」
トレーナーさんが起きて下さった嬉しさと、ほんの少しの残念が入り交じる。
「…ぅん、今起きふぁ……」
ふぁ、と無防備に欠伸をするトレーナーさんに、ほんの少しの劣情が募る。えぇ、ほんの少しだけ。
自らの意思を制する様に他へ意識を向けると、目尻から頬を流れるきらやかな水滴に吸い寄せられてしまった。
「あ、ごめん…」
「いえ、構いませんよ」
トレーナーさんの頬に手を添え、目尻の水滴を拾う。こんなただの水分が、トレーナーさんが関わるだけでこんなにも美しく見える。
やはり貴方は、凄いお方だ。
「……先程まで眠っていた様ですが、よく私だと分かりましたね、…もしかして狸寝入り…ですか?」
「いや、普通に寝てたよ、それはもうぐっすり」
「では、何故私だと?」
苦し紛れに、即興の質問をトレーナーさんへ投げかける。トレーナー室に来る人なんて、大方担当に決まっている。
トレーナーさんも、例によって例のごとく───
「…俺の好きな、君の匂いがしたから」
「…そうですか」
「うん」
「……そろそろ昼休みが終わりそうなので、失礼します」
そう言って私は足早にトレーナー室を後にした。今となってはほんの少し…いえ、とても後悔をしています。
もしもあの時、無意識に上がる口角を隠そうとせず、トレーナーさんに、私の言葉で伝えられていたら…。
「やはり貴方は…」
扉を背に、顔を覆いながら言葉を零す。
幾度となく共にした、トレーナーさんと同じ匂いを胸に秘めながら───。
良馬場すぎる。大好き💕