辺野古事故遺族がnoteに綴る無念の投稿 珊瑚礁を見たかった愛娘と異質すぎる研修旅行
《私にとっては、初めて会った取引先の人にも2人の娘の自慢をしてしまうくらい、明るく、優しく、聡明(そうめい)な子でした。家族想いで、家族で出かけるのをいつも楽しみにしてる子でした。家族4人で過ごせる幸せな時間はずっと続くものと思っていました》
毎日の学校生活を満喫する知華さんと姉の姿を見てきただけに、安全管理への不安や思想的な偏りを感じたことは一度もなかったという。それだけに《今回の沖縄研修旅行については、あまりに異質すぎて啞然とするばかり》と記した。
学校側が辺野古で転覆した2隻の安全確認を怠り、引率教員が同乗しなかったことには《言葉を失います》と憤る。
情報が錯綜(さくそう)する初報段階で「抗議活動のため乗船していた」と一部で報道され、誤った認識が拡散されたことにも苦しめられた。記事につくコメントは見るにたえず、吐き気を覚えた。《知華の死が誤報であって欲しいと願い続報を調べる手の震えが止まりませんでした》
研修旅行の前に、もし「辺野古・ボート」という単語に反応できていたら、もしボートの発着場所やルートを確認していたら…。「もし」が果てしなく頭を巡り、知華さんの母親も自身を責め、押しつぶされそうになっているという。
ノートでは、リスクを事前に把握できなかった無念さを吐露すると同時に、こうも書いた。
《当時の私たちが疑問を持つには、私たちが学校を信頼しすぎ、そして提供されていた情報があまりに少なすぎました》
ノートは「辺野古ボート転覆事故遺族メモ」のアカウント。事故の事実解明に向けた情報提供を求めるとともに《情報の収集や事実調査、今後の裁判費用》として寄付も募っている。(東九龍)