柄が得という考え方
なぜなのか、と言われると困る。
結局は安全なものを選んでいるだけかもしれない。センスが必要だけれど、センスがないから安全なものを選んでいる。無理やり理由を探せば、そのようなことになると思う。よく考えれば損をしている可能性は確かにある。
それは柄だ。
たとえば洋服で考えてみよう。白いTシャツ。無地なのだ。ただ白いだけ。何の柄もない。ミッキーが描かれているわけでもなく、文字が書いてあるわけでもない。ただ白いだけなのだ。
同じ値段で柄のTシャツもある。
下地は白だけれど、ミッキーや文字、小さな花々が描かれている。柄が入っている方が得な気がする。だって白いだけと、ミッキーが笑顔の柄。ミッキーがいる方が得な気がする。
ただ無地を選ぶ。
私はそのような場合でも無地を選んでしまう。センスなのだろう、センスがないからと言った方がいいからかもしれない。ミッキーを着こなせる気がしないのだ。ミッキーの笑顔が私の顔を曇らせる。それはミッキーが悪いわけではない。着こなせない自分が悪いのだ。
カーテンもそうだ。
私の家のカーテンは灰色の無地だ。買いに出かけた時、様々なカーテンが並んでいた。カラフルな花々が描かれたカーテンもあれば、キャラクターが描かれたカーテンもあり、値段は別に無地だから安いみたいなことはなかった。そもそもの生地で値段が変わるようで、柄があるから値段が高いみたいなことはなかった。
確かにそうなのだ。
柄のデザインや柄のプリントなどを考えると同じ値段であるならば、柄がある方が得な気がするのだ。それなのに私は無地の灰色のカーテンを選んだ。理由は花々の柄を部屋に合わせるセンスが私にはないと思ったからだ。限りなく無地であることを望んでいた。幾何学的な柄すら求めなかった。
「損じゃん」と知人が言う。
同じ値段であるならば、柄が入っていた方が得じゃんと。柄だけではない。白と赤なら、赤い方が得じゃん、と言うのだ。なんとなくわかる。そんな気がする。白より赤の方がコストが掛かっている気はする。詳しくは知識がないからわからないけれど、なんとなくそんな気がする。
「プーさんにする? ミッキーにする?」
これが知人の口癖だ。何かを買う時に知人はプーさんか、ミッキーが基準なのだ。別に知人はディズニーが好きなわけではない。なんか得な気がするからだそうだ。わからなくはない。版権的にディズニーは高い気がするから、値段が一緒なら無地より得だ。
それでも私は無地を選ぶ。
センスなのだ。柄を選ぶセンスのある人に私もなりたいと思う。得だから。知人にマスキングテープを貸して欲しい、とお願いしたら、当然柄の入ったマスキングテープを貸してくれた。徹底している。



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