アイツの虚偽の手口がコレだとわかります ── 『虚偽論入門』書評/武田砂鉄
説得力があるようで実はインチキな言説=虚偽の数々を解説したトレーニングブック、『虚偽論入門』がこのたび、ちくま学芸文庫に収録されました。「なんだかもう虚偽だらけ」の今の時代にぴったりな(?)この本。ライターの武田砂鉄さんに書評を寄せていただきました。
✑ 武田砂鉄
世界を混乱させる為政者の発信を見聞きして、「さてはコイツ、また嘘ついてんな?」と疑うところから始めなければならない日々が続くのがだいぶしんどい。このしんどさを消すためには為政者に改めてもらわなければならないのだが、毎日のように言い分が変わる様子からは、改める気がないことだけがわかる。すると、受け止める側が諦めてしまいがち。で、その諦めが更なる暴走を招くのだ。自分自身を「ピースメーカー(平和の調停者)」と呼ぶドナルド・トランプ大統領は、「虚偽」をばら撒き続けている。人々の生活を壊し、その壊した土壌に平和を築けるのは私だけだと豪語する。彼だけではない。虚偽が溢れている。なんだかもう虚偽だらけだ。
「たくさんの嘘をつく」と「支持されている」は同居してはならないはずだが、この日本でも、たくさんの嘘をつきまくった政治家が、「それでも支持されているのだから」という理由で、しかるべきポジションに居座り続けた。具体例を出すならば、安倍晋三首相(当時)は、「桜を見る会」前夜祭に関する国会答弁で118回も虚偽の答弁をしていた。後に本人も認めて謝罪していたが、こんな数の嘘ってなかなかつけない。これまでの人生、必要に応じて嘘をついてきてしまったが、その経験は、いつ剥がれてもおかしくないかさぶたとして、心と体に残り続けている。だからこそ、なるべく嘘をつきたくない。
というわけで、『虚偽論入門』である。本書では92種の虚偽のパターンが示されている。世界を混乱させるアイツの虚偽も、昨日の私の虚偽も、ここに含まれている。しっかりバレている。これから私は嘘を言いますと宣言される嘘は無い。私は世界を平和にしますと言いながら戦争を始めるのだ。私ほどお金にクリーンな政治家はいませんと言いながら裏金を作るのだ。仮病の言い訳、宿題をやっていない言い訳、遅刻の言い訳など、言い訳に嘘を含ませたことのない人はいないだろう。でも、バレている。分析されている。
本書からいくつか例示してみたい。「予断冠飾句」は、「ある事柄について述べるとき、我々はその事柄をあらかじめ評価してしまうような冠飾語句を付加することがあります」。たとえば「ジョンソンが待望の新税法案を提出した」の「待望の」。誰がどのように待望しているのかは明示されない。「多数派の強弁」も似ている。「多くの人に支持されている見解を、ただそれだけの理由で正しいと主張するとき、それは多数派の権威に訴える虚偽を犯していることになります」、これは選挙に勝った政治家や政党が使いがち。「多くのみなさんから支持を受けたので」なんて言いながら、選挙の時には約束していなかった政策を平然と通そうとするのだ。
「詐術諸行無常」、これは何か。「『単に時が経過するだけで必ず重要な変化が生じる』と想定したり主張したりする誤謬」のこと。「時が解決してくれるはずだから、より強力な人権擁護制度を法制化する必要はない」などの主張をする。放置されてきた差別や人権侵害に対して、俯瞰するだけで問題視しない動きをみせるとき、確かにこれが使われている。放置した挙句、過度な人権擁護もどうかと思う、そんな言い分を始めるのも鉄板だ。
もうひとつだけ。「格言詐術」。ずばり、「格言の権威を借りた虚偽」。ことわざや処世訓を駆使して、説き伏せようとする。フットボールのコーチがどんな問題でも「考えるな! 体を動かせ!」との格言で処理すると例示されているが、格言なんてものは自由気ままに作れるし、用途も拡大していく。格言を駆使する詐術に騙されないようにしたい。
本書を読むと、フランスの哲学者・シプリアンが述べていた「人を欺く者はやがて欺かれる。なぜならば、あらゆる欺きの残滓は体に埋め込まれ、やがて自身を蝕むものなのだ」という、あまりに有名な言葉を思い出す人もいるのではないかと思うし、私もその一人だったのだが、そんな人はいないし、そんな発言も嘘である。
武田砂鉄(たけだ・さてつ)
1982年、東京都生まれ。出版社勤務を経て、2014年秋よりライターに。ラジオパーソナリティとしても活躍している。『紋切型社会』(朝日出版社、のちに新潮文庫)で「第25回 Bunkamuraドゥマゴ文学賞」「第9回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」を受賞。他の著書に『べつに怒ってない』(ちくま文庫)、『テレビ磁石』(光文社)、『「いきり」の構造』(朝日新聞出版)などがある。2025年、第28回みうらじゅん賞を受賞した。
【関連書籍】
アレックス・C・マイクロス『虚偽論入門』(ちくま学芸文庫)
詭弁にも「型」がある。様々な虚偽のパターンを豊富な練習問題を交えて紹介した、まやかしの言説を見破る格好のトレーニング書!
武田砂鉄『そんな気がする』(筑摩書房)
この話、前にも書いたかもしれない――。考えすぎのプロが帰ってきた! 一回きりの日常に何度でも立ち止まる、不毛で豊かなエッセイ123本。
武田砂鉄『べつに怒ってない』(ちくま文庫)
考えすぎのプロ・武田砂鉄の傑作エッセイ集が文庫に! 読んだ端から頭から抜け落ちていく、不毛で豊かな読書体験をお届けします。


