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戦時中の日本、狭義のナチスそのものではないにしろ、ナチスとズッ友チームだった上に他国をめちゃくちゃ侵略して殺戮暴行破壊などしていたという最低限(マジで最低限すぎる)の認識が国民に欠けていることが、今も致命的な禍根を残しとるなとよく思う
この状態で戦時の自国の被害とか色々語っても(少なくとも国際的には)意味ないどころか、絶対「は?」って思われちゃうんだけどね…
たとえば今ロシアが「うちもいっぱい人死んでるもん…」とか言ってきても「は?」って顔になっちゃうでしょ、それと同じよ
たとえばアンネ・フランクも、特に日本で非常に知名度や人気(と言っていいか微妙だが)が高いそうで、もちろんそれは全然悪いことじゃないけど、ただアンネ的には「え、でも…日本はナチス側だったじゃん…」って思われても全然しょうがないよな、という認識は常に必要だよね、っていう。
気の毒なヒロインとして都合よく消費してないだろうか、ということは疑うべきだし、消費してないと訴えるためにも、自国がやったことへの反省を海外に示すことは必須であり、せめて最低限、少なくとも絶対にネット上で「日本は悪くない」とか歴史修正主義を世界にバラまくべきではない
ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%...
原子爆弾の被害とか、言うまでもなく本当にひどいもので、人類はこんな惨劇を二度と繰り返さない義務があるし、その被害の大きさをもって反戦平和を訴えていくことは間違いなく大切で、むしろ被爆国の日本にはそうする義務がある。
…あるんだけど、その訴えにはひとつの重要な前提があって、日本が(国も国民も)戦時中の悪事を認め、反省の態度を他国に示すこと。
ここが揺らぐと、「おっ、やっぱチームナチスだっただけのことはあるな…」となり、かえって「原爆も、ま〜仕方なかったんじゃね?」論(←言っとくとこれはアメリカでは今も全然メジャー)に力を与えてしまうことになる。
過去の反省は「自虐」どころか、国を守る唯一の道だよ
たとえば原子爆弾をネタにするみたいな、日本の戦争被害への他国の軽薄な態度への怒りはよく見かけるし、それは理があると思う。
ただすごい不謹慎なたとえをすると、今のロシアvsウクライナ戦争で、ゼレンスキーが実はドラゴンの一族だったことが判明し、灼熱ドラゴンファイアでロシア軍もクレムリンも丸ごと滅殺して、戦争がめでたく(?)終結したとする。
80年後、このドラゴンを称賛したりネタにして喜ぶ「戦勝国」の人々に対して、「ドラゴンで人を焼き尽くすなんて人道的に間違ってる」と訴えるロシア人の正論がどれくらい説得力を持つかは、やっぱり80年後のロシアがどれくらい当時の戦争を反省してるかによるんじゃないだろうか
1:38 PM · Apr 3, 2026