MTG公式が私のnote記事を盗用している件について
お久しぶり、あるいは初めまして。晴彦です。
私は2021年の年末に、マジック:ザ・ギャザリング(以下、MTG)のとある「伝説」にまつわる記事を書きました。
それは「パワー9」と呼ばれる、MTGの黎明期に存在したあまりにも強すぎてゲームを破壊してしまう9枚のカードについての、38000文字に及ぶ論考でした。
詳しい内容については上記の記事を読んでほしいのですが、かいつまんで説明すると、この「パワー9」を含めた黎明期の凶悪カードたちは、本来ならばゲーム体験をより充実させるために作られ、それと同時に暴走しないための仕掛けが組み込まれていたものの、MTGが人気になるにつれその仕掛けは撤回せざるを得なくなり、誰が見ても理解不能な凶悪カードが出来上がってしまった、というものです。
そして、その仕掛けというのは単なる安全弁ではなく、MTGの開発者であるリチャード・ガーフィールドがこの世界初のトレーディング・カードゲーム(TCG)を作るときに、ゲームに実装した重要な仕組みと密接に関わるものであり、彼の頭の中には今のTCGとは全く異なるもう一つの未来が描かれていた、ということについても言及したのです。
つまり、テストプレイの失敗とかガーフィールドの誤算それ自体にクローズアップするのではなく、今となっては当たり前になっているTCGのいろんな概念ができあがっていく様を「パワー9」を通じて振り返るというものでもありました。
上記の記事をアップしてから早いもので4年以上の歳月が経ち、2025年の6月には「なんでも鑑定団」でMTGが出品された際に番組内で「パワー9」について触れられたこともあって、私が想定していたよりも多くの人に読んでもらえました。ネットで読むにしては長めの記事ですし、攻略情報でもないわけですから、本当にありがたいことだと、そう思っていたわけです。
ところが、今年の3月31日、MTG日本公式のX(旧Twitter)のポストに目が止まりました。
そこには、MTGの「歴史深掘り」と称してパワー9を扱った動画を公開すると書かれています。
私が気になったのは「なぜこんなトンデモないカードが生まれたのか?/そこには開発者の“3つの誤算”が……」という点です。
というのも、実は私の上記の記事では、パワー9が凶悪カードになってしまった理由、すなわち上述の「暴走しないための仕掛け」について、ガーフィールドが想定していた「3つ」の前提が覆ったからだとまとめているからなんです。
嫌な予感がしてYouTubeにアップされた動画を見ました。
そして、その予感は的中してしまいました。
なんと、19分の動画の1/3を占める、パワー9が凶悪カードになっていく過程を説明する部分が、私の上記の記事のまとめ方と一致しているのです。
私が「パワー9は実は最初から壊れたカードではなかったんだ」と主張するために歴史的事実を提示し、関連しないと思われている事柄同士を関連づけ、3つの要点にまとめたその要点がそのまま「3つの誤算」として紹介されていたのでした。
動画内にもYouTubeの動画説明欄にも私の記事の記載はなく(そもそもこの動画には出典が書かれていないのでその時点で問題があります)、事前に承諾があったわけでもありません。こういう経験は初めてなので困惑している状況です。
しかも、そこで説明されている内容は私の記事をかなり省略して要約したもので、私が意図した内容が視聴者に伝わっているのか疑問に思う点も少なからずありますし、それ以上に不満なのが、この動画が全体としてガーフィールドの失敗にクローズアップしており、私が先ほど述べた考えに真っ向から対立するものであるということです。
例えばですが、出来の悪いゲームを「クソゲー」と笑うことは簡単だと思います。あるいは、そういう評価を下さざるを得ない瞬間もあるのかもしれません。けれどもガーフィールドのやったことはそうじゃないし、公式がそれに近いスタンスをとっていいの?と思うわけです。
そこで、この記事では動画を批判しつつも、私が前の記事で伝えたかったにもかかわらず、MTG日本公式には伝わっていなかった点を振り返り、前回の記事を補強したいと思います。
つい最近の出来事なのでかなり焦って書いてます。ご了承ください。
公式がアップした動画の概要
公式がYouTubeにアップした動画は、約19分のもので、以下のような構成になっています。
0分0秒~ 導入
1分41秒~ パワー9についての簡単な説明
2分30秒~ リチャード・ガーフィールドの3つの誤算について
8分7秒~ パワー9の9枚のカード効果についての詳細な説明
16分17秒~ 番外編として、《Library of Alexandria》の紹介
17分15秒~ まとめ
ここで特に問題視しているのは、2分30秒あたりから始まる部分(リチャード・ガーフィールドの3つの誤算について)です。
動画の出演者は、かつおぶし石川さん、黒田正城さん、「みそしる」こと石川利恵さんの3人で、かつおぶし石川さんが企画の進行を担当して他の2人がコメントを入れるという形で進みます。で、動画を見ていただければおわかりの通り、3人の手元には資料らしきものがありそれを見ながら進んでいくので、3人の発言は自発的なものではなく事前にスタッフが用意したものである可能性が十分にあることを念頭においてください。特に進行を務めるかつおぶし石川さんの発言はそうです。
よって、私が批判したいのは動画に写っているお三方ではなく、この資料を用意した人であって、以下に引用していく言葉は「動画の進行上、その出演者の口から発せられた」程度の意味合いだと思ってほしいのです。
あと、石川さんが2人いてややこしいのですが、以下、かつおぶし石川さんを「石川」、石川利恵さんを「みそしる」と表記することとします。
ガーフィールドの3つの誤算
ではここからは動画の進行に沿って、私の記事と比較しながら類似している箇所を指摘し、動画の説明では不十分な点についても指摘をしていきたいと思います。
以下、動画のだいたいのタイムコードを「●分●秒」と記載します。また、出演者の発言については私が句読点を補い、「あの」とか「えっと」のような言葉は省いて読みやすく整え、省略されている語句は丸括弧に入れて私が補っています。
2分30秒 石川「今回このぶっ壊れカード9枚をですね、歴史の裏側とともに紐解いていくという形なんですけども、実はですね、この最強のカードたちが生まれた背景にはリチャード・ガーフィールドさんのある3つの誤算があったらしいです」
これに対して黒田さんは「初めて聞いた」「知らないです」と答えています。そりゃそうです。世間に受け入れられた定説でもなんでもなく私が主張してるだけですから……。
1つ目の誤算 プレイヤーは大量にカードを集めないはずだった
2分55秒 石川「1つ目の誤算、それはですね、『プレイヤーは大量にカードを集めない』という前提の崩壊ー!」「大量にプレイヤーはカードを集めないという前提があったらしいです」
3分27秒 石川「マジック:ザ・ギャザリングなんですけども、〔著者注:ここで編集が入る〕待ち時間とかで手軽に遊べるゲームということで企画されてたんですけど、プレイヤーのパック購入金額(は)大体、ボードゲームでいうところの40ドル~80ドル程度で予想されてたんですよ」
3分48秒 石川「そのためにこのパワー9のような強力なカードがあっても、デッキに複数枚入らないでしょうと」「引ける確率も低いためね、ゲームバランスを破壊しないかなーということでね、考えられていたそうです」
4分13秒 石川「(パワー9が)『強いじゃん!』」ってボックス買いするみたいな予想してなかったらしいんですよ」
以上が、動画で紹介されている1つ目の誤算です。
この部分は私の記事では、「開発者が想定していたプレイ環境 (1)プレイヤーはそんなにカードを買わない」の項目に対応します。
長いですが引用します。
自作のゲームを制作していたガーフィールドは、後にMTGを発売することになるウィザーズ・オブ・ザ・コースト社に企画を持ち込みます。実は彼が最初に持ち込んだのはMTGではなくボードゲームでした。ところが、当時のCEOであるピーター・アドキッソンから「ボードゲームを製造する資金もノウハウも無い」ことを理由に断られてしまいます(前述「マジックの歴史」)。
代わりにアドキッソンが要望したのは「短時間で遊べて持ち運びも簡単で、『コンベンションの待ち時間』にプレイできるような単純なゲーム」でした(前述「マジックの歴史」)。
ここでいう「コンベンション」とは、ボードゲームやTRPG(テーブルトーク・ロールプレイングゲーム)などの卓上ゲームを扱うイベントのことを指します。アメリカには数万人もの人が訪れる大規模なコンベンションがあり、そこではアナログゲームの新作発表や販売、試遊、大会などが行われています。
アドキッソンは「会場にいるお客さんがロビーでたむろしたり、長蛇の列を作るなどで長い時間を過ごしていること」に目をつけました(前述「あれから20年も」)。暇を持て余しているお客さんに何かふさわしいゲームを売れば商機になると考えたのです。
この提案を受けてガーフィルドは昔のアイデアをもとにカードゲームの企画を再提出します。それがMTGでした。つまり、TCGは「空いた時間に気軽に遊べるゲーム」というコンセプトで開発されたのです。
暇つぶし程度に遊ぶゲームなのですから、プレイヤーがこぞってたくさんパックを買い占めることはないだろうとガーフィールドは踏んでいました。「人々は一般的なボードゲームにかける程度の金額、40~80ドル程度費やすだろう」というのが彼の見立てだったようです(Mark Rosewater(YONEMURA "Pao" Kaoru訳)「古いものと新しいものと」)。
さて、この「プレイヤーはそんなにカードを買わない」というコンセプトはゲームデザインやゲームバランス調整にも影響します。
カード全体の流通量が少なくなるわけですから、その中に含まれるレアカードも少数しか流通しなくなります。「仲間内で誰かが持っている」程度になるかもしれません。そうなれば、パワー9のように突出して強いカードがデッキに1枚入っていたところで引かなければ負けますし、それをあてにしたデッキも組めません。
今のMTGのゲームデザインを務めるマーク・ローズウォーターの言葉を借りれば、「非常に強力なカード1枚を手に入れることはあっても、そういった破壊的なカードはレアなのでデッキに3枚以上入ることはなく、マジックの多様性、そして弱いカードを混ぜることで、そういった強力すぎるカードは確率的に無視できると考えていたのだ」というわけです(Mark Rosewater(YONEMURA "Pao" Kaoru訳)「無欠の心のエターナル」)。
(※前回の記事をそのまま引用しています。なので、『前述「マジックの歴史」』のように出典が書かれている箇所は、今ご覧になっているこの記事ではなく、前回の記事からたどってください。また、引用元のサイトの都合によりURLが変わっていたり、ページが消えて読めなくなっている記事がありますので、その際は当該記事の名前で検索したり、Internet Archiveなどを参照してくださると助かります)
さて、こんな感じで動画では私の記事がかなりコンパクトにまとめられています。「待ち時間とかで手軽に遊べるゲームということで企画されてた」というのは私の記事でも触れていますし、「プレイヤーのパック購入金額(は)大体、ボードゲームでいうところの40ドル~80ドル程度」というところは、数値まで一致していますね。
これは私が引用元として挙げているローズウォーターの記事に「40~80ドル」と書いてあったからなわけですが、出典も根拠もなしにいきなりこの数字が出てくるのは視聴者としても「なんで?」って思うでしょうし、それにローズウォーターの記事は公式サイトの記事なわけですから、公式が公式の記事を私を経由して持ってきているという不可思議なことになっています。というか、私が依拠している記事はMTG公式の記事が多いのでこれ以降この現象が頻発します。
また、かなり圧縮して要約しているため、動画の説明ではわかりにくい箇所が発生しています。例えば、石川さんが読み上げた「待ち時間とかで手軽に遊べるゲームということで企画されてた」の「待ち時間」って何のことでしょうか?
私の記事の引用を見ていただければわかると思いますが、それは「コンベンション」内で発生する待ち時間のことです。なので、その後に「ボードゲーム」という単語が出てくるのです。このコンベンションの部分が省略されている(しかも動画をよく見ると、この発言の直前にカットされた形跡が見られる)ため、動画を見た人は何の待ち時間なのかよくわかりません。
それから、私の記事の方では、ふつうパワー9について語る時にあんまり関連づけられていない事柄について触れています。つまり、「パワー9が強いこと」と「パワー9がいずれも当時のレアリティで最高度の『レア』に振り分けられていること」です。
「強いカードだからレアなんでしょ?」と思われるかもしれませんが、私の記事ではそこに「TCGが空いた時間に遊ぶコンセプトで作られたこと」という、これも一見するとパワー9とは無関係そうに思える歴史的事実を持ち出して、「気軽に遊ぶゲームなのでカードの買い占めはないだろうと考えられたこと」「デッキに飛び抜けて強いカードが1枚、2枚入ったところで影響は少ないと考えられたこと」を根拠とし、「カードのレアリティの設定でゲームバランスを調整していた」という理屈を組み立てているのです。件の動画ではそれがかなり省略された形で紹介されているわけです。
2つ目の誤算 アンティにより資産格差が抑制されるはずだった
4分39秒 石川「続いての誤算は、アンティ・ルールの撤廃によるリスクの消失!」
4分55秒
石川「初期のマジックにはですね、ゲームの開始時にデッキからランダムで1枚、敗者が勝者にそのカードの所有権を奪われるっていうのがあったんですよね」
黒田「確か(ゲームを)スタートしたときにデッキの一番上をペロっとめくって、負けたらそれを取られるっていう、そういうルールで教わった」
5分33秒 石川「強力なレアカードをデッキに入れれば入れるほど、負けたときにそれを奪われるリスクが高まって、資産の格差への対抗策として、デッキに入れるのをためらわれるんじゃないかという心理的な抑制を意図してたらしいんですよ」
5分53秒 石川「ただ、実際はですね、法的・倫理的な問題や、プレイヤーの不評により、実際には賭けを行わないフェイク・アンティが主流となって、最終的にはこのルール、廃止されましたと」
6分9秒 石川「これによりですね、負けてカードが取られる恐怖がなくなり、パワー9をリスクなしでデッキに投入できる環境になりました、と」
この「2つ目の誤算」の部分は、私の記事では「開発者が想定していたプレイ環境 (2)負けたらカードを取られる」の項目に対応します。ガーフィールドがアンティを導入するいきさつについて述べています。
彼が恐れていたのは仲間内の誰かがカードを買い占め、そのプレイヤーのデッキが強力なレアカードだらけになってしまうことです。彼はこれを「金持ち少年病」と呼びました。そして、これを解決すべく、あるルールをMTGに組み込んだのです。それは「アンティ」というルールでした。(前述「マジック:ザ・ギャザリングのはじまり」。これ以下の記述もこの記事の内容に基づきます)。
まず、ゲームの開始時に、お互いのプレイヤーは自分の山札の一番上のカードを公開し、そのカードを「アンティ」とします。アンティに指定されたカードはそのゲーム中で使うことができません。さらに、ゲームで負ければ……そのカードは相手に取られてしまうのです。
ここでいう「取られる」とは、本当に取られるという意味です。法的な所有権が移動します。つまりはデッキの中からランダムに1枚を選び、そのカードを賭けて対戦するのが「アンティ」のルールになります。
ガーフィールドはこれによって「金持ち少年病」が解決できると考えていました。例えば、仲間内で勝負をする場合を考えてみましょう。
まず、デッキにたくさんレアカードを入れてしまうと、それがアンティに指定される確率が高くなります。また、カードをたくさん持っていることとゲームの腕前が伴っていることは別物ですから、「金持ち少年」になってしまうと上手いプレイヤーのカモになるリスクも高くなります。逆に腕に自身のないプレイヤーから見れば、金持ち少年と戦ったところで負けてしまうのは目に見えてますから勝負を避けられるようになるでしょう。金持ち少年が相手をしてもらうには自発的にデッキ内のレアカードを減らすことになる……ガーフィールドはそう考えました。
すなわち、アンティのルールにはプレイヤー間の「資産格差」を抑制する狙いがあったといえます。どうにかしてパワー9のような強いカードをたくさん手に入れたとしても、デッキには入れづらい仕組みが考えられていたのです。
また、このルールは法的・倫理的な問題をはらんでいます。そればかりかプレイヤーにも不評でした(Mark Rosewater(YONEMURA "Pao" Kaoru訳)「常磐木な日常」)。
実は、発売当時のルールブックの段階ですでに「ゲームの開始時にアンティとなるカードを選ぶけれども、単にそのゲーム中に使えなくなるだけで実際には賭けない遊び方」も紹介されていました。そして、その後に制定されたフロア・ルール(大会運営時の規則)ではこれが「フェイク・アンティ」と名付けられ、大会では実際にカードを賭けなくてもいいことが明記されました(以下略)
結局、アンティによってプレイヤー間の資産格差を抑制する目論見は達成できませんでした。いささか理不尽なルールですのでそれが撤回されたのは喜ばしいことといえますが、一方でパワー9のような強力カードを制御する仕組みがまた一つ減ってしまいました。
すなわち、パワー9をデッキに入れても、相手に取られる心配をしなくてよくなったことになります。
動画内の説明がこの箇所の要約であるとわかっていただけたかと思います。
ここでも私の記事では、パワー9と一緒に語られることの少ないアンティのルールを関連づけています。
動画では、アンティのルールで期待されていた効果として、「強力なレアカードをデッキに入れれば入れるほど、負けたときにそれを奪われるリスクが高ま(る)」とされていますが、それだけではなく、ガーフィールドはTCGがもっと小さなコミュニティで遊ばれることを前提に、レアカードをたくさん入れたデッキは腕に自信のないプレイヤーから避けられて対戦相手がいなくなることも期待していました。
つまり、ゲームに負けるとかレアカードを取られるとか、そういったペナルティだけではなく、対戦してくれる人がいなくなるというのもペナルティに含めようとしたわけです。対戦ゲームを遊ぶゲーマーにとって相手がいないのはレアカードを取られるのと同じくらいつらいことだとガーフィールドは考えていたのでしょう。
それから、動画の説明では「所有権」「資産」といった単語が出てきています。何気ない表現ですが、ここでいう「所有権」「資産」って、ゲーム内でしか通用しない架空の「所有権」や「資産」ではなく、現実世界で認められた法的な「所有権」「資産」なんですよ。
私の記事では「箱よりも大きなゲーム (1)所有」の項目でこういう表現をしています。
これは、人生ゲームのようなボードゲームでプレイヤーに紙幣が配られても、その「所有」はフィクションであり、ゲームの中でのみ有効であることと対照的だといえます。
また、「パワー9の役割 (2)トレード:ゲームと市場経済の接続」ではこのように書いてます。
そうやって考えるとパワー9のような強力なレアカードは、この「ゲームと市場経済の接続」を感覚的にプレイヤーに理解させたといえます。ある程度ゲームを理解したプレイヤーにとっては、配られたレアカードの中に頭ひとつ抜けて強いカードがあり、それはちょっとやそっとでは交換に応じてもらえないほどの「価値」があるわけです。ゲーム世界での強さに裏打ちされた現実世界の「価値」。プレイヤーにとっては初めての経験だったのではないでしょうか。
つまりTCGでは、ゲーム内で強いカードが現実世界でも経済的価値という形で強さを保っているんです。勝負が終わってもカードはゴブリンとか天使とかが描かれたただの厚紙に戻るわけではない。ゲームが終わっても強いカードは現実世界の中で重要なアイテムとして扱われるんです。
それを実現するためには、TCGではプレイヤーにカードを実際に所有させ、(トレードや売買やアンティなどで)実際に所有権の移動を行わせる必要があるのです。「所有権」「資産」とはそういった文脈で出てくる単語なんです。
3つ目の誤算 「セットごとに環境を切り離す構想」の断念
6分34秒 石川「最後の誤算は、『セットごとに環境を切り離す』構想の断念!」
6分43秒 石川「ガーフィールドさんは、当初新しいセットが出るたびにですね、カードの裏面のデザインを変更して異なるセットのカードを混ぜて遊べないようにするという」
6分54秒 黒田「たぶん、スリーブがない時代ちゃうかなと思うんですけど」「(カードの裏面が)丸見えなんですよね。だからそうやって絵柄が変わっちゃったらできないっていう構想やったんでしょうね」
7分20秒 石川「開発の思いとは裏腹に、裏面、変更されなかったんですよ。で、拡張セットを混ぜて遊ぶ形式が定着して、これによりパワー9は最初のセットの枠を超えて環境に居座り続けることになります」
この部分は私の記事では、「開発者が想定していたプレイ環境 (3)裏面がセットごとに異なるので混ぜて遊べない」の項目に対応します。
さらに、ガーフィールドはMTGのプレイ環境に関して、今のTCGとは決定的に異なるアイデアを持っていました。それはセットを発売するたびにカードの裏面のデザインを変え、混ぜて遊べなくするという案です。
ガーフィールドを筆頭に開発を進めてきたMTGでしたが、最初のセットの発売日が近づく頃にはすでに次のセットの発売に向けて複数のチームが動き出していました。その中でも第2弾として発売する予定だったのが、氷河期をテーマとした「アイスエイジ」です(Richard Garfield, THE MAKING OF ARABIAN NIGHTS 参照。これ以下の記述もこの記事の内容に基づきます)。
「第2弾」と書いてしまいましたが、当初のガーフィールドの構想は現在の「拡張パック」の概念とはかなり異なります。「アイスエイジ」は「最初のセット」とルールが共通であるにもかかわらず、それらとは混ぜて遊べないように裏面のデザインが変更されたものが採用される予定でした。
今なら不透明のスリーブを用いれば問題ないのですが、当時のスリーブはゲームじゃない方のトレーディングカード(つまり野球選手カードのようなコレクションアイテム)を保護するためのスリーブしかなく、透明であり、シャッフルの強度にも耐えられないものだったらしいです。今のようなゲーム用のスリーブが発売されたのが95年だといいますから、カードの裏面のデザインが異なると混ぜて遊ぶことは不可能だったんです。(スリーブの歴史に関しては、Wikipediaの「Card sleeve」の項目と、アニヲタWiki(仮)の「スリーブ(TCG)」の項目を参考にしました)
つまり、「最初のセット」も「アイスエイジ」もそれ単独で遊ぶことが想定されていたのです。
なぜこのようなアイデアを導入したのでしょうか。彼の説明をまとめると、まず、環境にカードが追加され続けるとカード同士の相互作用が爆発的に増えていき、テストプレイが難しくなります。次に、新しいカードは既存のカードとは異なる効果を持たせる必要があり、その結果どんどん複雑なカードが作られ始め、ゲームの難易度が上がってしまいます。さらに、新しく環境に追加されたカードを気にいるかどうかでプレイヤーが分断される懸念もあったといいます。
このように、カードを環境に追加し続けていくことには将来的な不安がありました。そこでガーフィールドは発売したセットごとに環境を切り離すことを考え、それ単体で遊べる独立した商品を出していくことにしました。ということは「最初のセット」にのみ収録されているパワー9は、「アイスエイジ」の環境には持ち込めないことになります。パワー9は飽くまでも「最初のセット」のカードと一緒に遊ぶことになっていたのです。
しかし、実際には「アイスエイジ」の完成には時間がかかり、それよりも先に「アラビアン・ナイト」という拡張セットを出すことになります。
そこでガーフィールドは仕方なく、当初否定した「異なるセットを混ぜて遊ぶ」案を受け入れ、数十枚からなる小型のセットを作ることにしました。そして、最初のセットが発売された4ヶ月後の1993年12月、千夜一夜物語をモチーフとした「アラビアン・ナイト」が発売されます。元のゲームを拡張(expansion)する、初めての「エキスパンション」です。
実はこのときもカードの裏面に関して一悶着ありました。ガーフィールドは拡張パックであるはずの「アラビアン・ナイト」も最初のセットとは異なる裏面で印刷しようとしたのです。
けれども、発売前にこの件を知ったプレイヤーは猛反対しました。結局、土壇場でガーフィールドはこのアイデアを諦め、カードの表面にエキスパンション独自のアイコンを付与するにとどめました。
結果として「異なるセットは混ぜて遊ばない」というアイデアはなし崩し的に放棄されたのです。
これはパワー9にとっては重要な出来事です。「最初のセット」に収録されていたパワー9は、「最初のセット」の環境でのみ使える予定のカードでした。しかし、そこに拡張セットが追加され始め、パワー9は強力カードとして環境に居座り続けることができたのです。
と、こんなふうに紆余曲折あってカードの裏面変更のアイデアは撤回されていったのです。この点に関しても動画ではその経緯がかなり省略されており、視聴者の理解を難しくしているのではないでしょうか。
もし、TCGの運営が「新しいセットを発売するごとに裏面を変える」と告知したなら、大抵のプレイヤーは「いま持っているカードと混ぜて遊べなくなるのは嫌だ」と考えるかと思います。
しかし、それと同時に「1つの拡張セットだけでゲームが成立するのか? デッキが組めるのか?」という懸念も持つんじゃないでしょうか。つまり、のちのTCGの拡張セットは環境にカードを追加していくことを前提としていますから、そのセット単体でゲームが完結していないこともありうるわけです。
では、ガーフィールドはこの点についてどう考えていたのかというと、最初に発売されたセットも、第2弾として予定されていた「アイスエイジ」も収録するカード総数を多くすることで、それ単独で遊べるように構想したのです。「最初のセット」は300枚前後、アイスエイジは383枚のカードが収録されています。
動画ではその説明が抜けているのでただでさえ掴みにくいガーフィールドの意図がさらにわからなくなってしまっているのではないかと思います。
さらに、ガーフィールドの意図ということに関しては他にも指摘したい点があります。動画では先述の石川さんの説明の途中に黒田さんが以下のようなコメントを入れています。
7分3秒 黒田「てことは、でもデザインの時にはやりすぎたなっていう自覚はあったんでしょうね」「今までの話を総合すると『あ、ごめん、ちょっとやっぱ、これはあかんかったかな』っていう、ちょっと見え隠れしますけどね」
つまり、「開発者は、パワー9はやりすぎだったという自覚があり、次に発売するセットでは環境を切り離そうとして裏面を変えたのだろう」という趣旨に受け取れますが、ガーフィールドの意図していたところとは少しニュアンスが異なるのではないかと思います。
上で引用した通り、ガーフィールドが懸念していたのは、カードプールが増え続けることによりテストプレイが複雑になること、新しく追加するカードの効果が複雑になってしまうこと、新しいセットがプレイヤーに気に入られなかった場合のリスクなどでした。
そこでセットごとに環境を切り離すことを思いつき、パワー9はそれを前提にした上でデザインとバランス調整がされたわけです。
つまり、黒田さんのコメントは前提と結果が逆なんですね。おそらくですが、出演者の手元の資料では上記の経緯が省略されていたので、このようなコメントになったのでしょう。
ただ、黒田さんの「やりすぎたなっていう自覚はあったんでしょうね」というこの指摘自体はある意味では正しいんです。
これは「1つ目の誤算」、すなわち「プレイヤーは大量にカードを集めない」と関係するのですが、開発者はテストプレイ中に一部のカードの強さに気づいてレアリティを引き上げたという話があるのです。
私の記事を引用してみましょう。「開発者が想定していたプレイ環境 (1)プレイヤーはそんなにカードを買わない」からの引用です。
今のMTGのゲームデザインを務めるマーク・ローズウォーターの言葉を借りれば、「非常に強力なカード1枚を手に入れることはあっても、そういった破壊的なカードはレアなのでデッキに3枚以上入ることはなく、マジックの多様性、そして弱いカードを混ぜることで、そういった強力すぎるカードは確率的に無視できると考えていたのだ」というわけです(Mark Rosewater(YONEMURA "Pao" Kaoru訳)「無欠の心のエターナル」)。
これは重要な点です。なぜならこれは「レアリティでカードパワーのバランスを取ろうとしていた」ということなのです。しかも、「パワー9のような一部のカードが強いことを認識していた」ということでもあるのです。
それを裏付けるエピソードとして、パワー9のうち「Ancestral Recall」と「Time Walk」に関しては、テストプレイの途中でレアリティが最も低い「コモン」から最も高い「レア」へと引き上げられたそうです(前述「マジック:ザ・ギャザリングのはじまり」)。
これは「たくさん出回るカードだと問題だけれども、あまり出回らないなら問題ない」ということを意味します。カード自体の強さには気づいていたわけですね。事実、ガーフィールドはパワー9の強さを知っていたというローズウォーターの証言もあります(Mark Rosewater, MAGIC DESIGN SEMINAR: LOOKING WITHIN)。
話を本筋に戻しますが、この3つ目の誤算に関しても私の記事では、パワー9とはあまり関連づけて語られてなかった歴史的事実、すなわち「カードの裏面を変えること」を結びつけて論証しています。
また、動画と私の記事には類似した表現が見られます。わかりやすいのはパワー9が環境に「居座り続ける」と同じ表現をしている点でしょうか。
他にも、石川さんの発言では「これによりパワー9は最初のセットの枠を超えて環境に居座り続けることになります」と、「最初のセット」という言葉が何気なく使われていますがこれは正確ではないんです。
パワー9はいわゆる「リミテッド・エディション」の「アルファ」と「ベータ」、「アンリミテッド・エディション」の3つのセットに収録されています。しかし、この3つのセットは再販という性質が強く、収録されているカードはほとんど同一です。
よって、私は前回の記事でこの3つのセットを同一のものとみなして、便宜上「最初のセット」と呼ぶことにしたのです。以下は、私の記事の「パワー9とは?」の項目からの引用です。
パワー9はいずれもMTGの最初のセットに収録されたレアカードです。「最初のセット」と表記したのは、発売時にセット固有の名称が付けられなかったからです。それは単に「マジック:ザ・ギャザリング」という商品でした。
この「最初のセット」は、1993年8月に発売されました。すぐに人気に火がつき、10月に再販されました。再販分は若干の相違点があるものの、収録内容はほぼ同じです(なお、8月の方は「アルファ」、10月の方は「ベータ」と呼ばれます)。さらに12月にも「アンリミテッド・エディション」と銘打って再販されましたが、ここでも収録カード自体に変更はありませんでした。以降、この3つのバージョンをこの記事では便宜的に「最初のセット」と呼ぶことにします。
ですから、この定義を飛ばして「最初のセット」と表現すると語弊があります。
3つの誤算のまとめ部分
7分39秒 石川「結論としてはパワー9はですね、(1)入手困難で、(2)使うと資産の喪失につながったりとか、かつ、(3)使用期間も短いという重いデメリットを背負ったカードとして設計されていたんですよ。しかしこのトレーディングカードゲーム、TCGという文化が爆発的に普及して、抑制要因がすべてなくなっちゃいました。そして強力な効果だけ残る、そういった恐ろしいカードに変貌したのが真の背景です、ということなんですよ」
(※文中の(1)(2)(3)は筆者が補った)
動画では「結論」として3つの誤算を上記のように振り返っています。ここも私の記事と対比してみましょう。私の記事では「ここまでのまとめ」という見出しが3つあってややこしいですが、1つ目の「ここまでのまとめ」に以下の文章があります。
その黎明期の中でもとりわけ最初期である、MTGのテストプレイや発売直後の頃においては、すでに述べたように、今とは大きく異なるコンセプトでゲームデザインが行われていました。すなわち、
(1)他の卓上ゲームの合間に気軽に遊ぶゲームなので、プレイヤーはそんなにカードを買わない
(2)プレイヤーの資産格差を抑制するため、負けたらカードを取られるルールがある
(3)セットごとに環境を切り離したいので、裏面のデザインをセットごとに変える
ということです。では、これがどのようにパワー9の強さに影響したのか、繰り返しになる部分もありますが、ひとつひとつ見ていきましょう。
まず、MTGは「他の卓上ゲームの合間に気軽に遊ぶゲーム」として、「プレイヤーは大量にパックを買わない」という前提のもと開発されました。カード全体の流通量が少なければ、レアリティが高いカードの流通量も少なくなります。一人のプレイヤーがパワー9のようなレアカードを何枚も揃えることはあり得ないはずでした。
しかし、それでも買い占めが起きることを想定して、アンティのルールが設けられていました。このルールはプレイヤーにレアカードをたくさんデッキに投入することをためらわせます。強いカードをたくさん入れて勝負に負けると相手に取られるかもしれない。あるいはそんなデッキとの対戦を拒否されてしまうかもしれない。いずれにせよ、デッキに含まれるレアカードの量は適正な枚数に落ち着くと考えられていました。
そして、「最初のセット」にどんなに強いカードがあったとしても、次のセットは裏面が異なるデザインで印刷され、環境が切り離される予定でした。どうせ次の環境では使えないわけですからパワー9のようなレアカードを必死になって集める意義は減ります。
つまり、パワー9は強いカードではあるものの、
(1)レアカードであり流通量も少ないため、複数枚は手に入れられない
(2)レアカードであるため、アンティとなった場合の危険が大きくデッキに入れづらい
(3)レアカードであるため手に入れるのはたいへんだが、どのみち次の環境には持ち込めない
というカードだったのです。これを「隠れたデメリット」と表現してもいいでしょう。
すなわち、カード効果に比べてコストが軽く、容易にアドバンテージが稼げたパワー9には、「入手しづらい」「デッキに入れづらい」「苦労して手に入れても次の環境に持ち込めない」という、カードに書かれていないデメリットが存在するはずだったのです。
そしてこのデメリットは意図的に設定されたものでした。パワー9はいずれもレアリティの高い「レア」に該当するカードです。しかも一部のカードはテスト中にその強さが判明し、「レア」に格上げされていました。開発者は一部のカードが突出して強いことを認識しつつ、そのカードのレアリティを上げることによって、これら3つの「隠れたデメリット」でゲームバランスを取ろうとしたのです。
まず、動画と私の記事はともにパワー9には「デメリット」があったと表現しています。
パワー9のカードはいずれも、効果に対してコストが破格であったり、アドバンテージが純粋に稼げる効果を持っていたり、その強さの代償を要求されなかったり、とデメリットらしいデメリットがありません。《Timetwister》が相手にもカードを引かせる点など、デメリットと評価しうる点もありますが、ぱっと見ではデメリットらしいデメリットが書かれていないという意味です。
それゆえ、「パワー9は壊れたカードである」とプレイヤーから評価され、今でもその壊れっぷりが語り草になっているわけなのですが、私は当時のTCGを取り巻く環境から鑑みて、そこには書かれていないデメリットが設定されていたのだと主張したかったのです。
当然ながら、「パワー9にはデメリットがある!」といきなり言ってもわかってもらえないので、私は上記に引用した通り、MTG発売前後の歴史的事実を提示してそれを根拠づけました。
そして、繰り返し述べている通り、それらの歴史的事実、つまりプレイヤーはたくさんカードを買わないと想定されていたこととか、当時はアンティのルールがあったこととか、カードの裏面を変える計画があったこととかは、パワー9が語られるときにはあまり関連づけて語られてこなかったことなのです。
それを公式サイトのガーフィールドやローズウォーターの記事から拾い集め、関連性を持たせ、一つのゲーム環境として提示したのが私の記事だったのです。
次に、公式の動画も私の記事も、開発者の誤算とそれに対応にするパワー9のデメリットを3つ挙げています。
私は前回の記事を書くときに苦心して、当時のゲーム環境からこの3つの要素を見出して提示したのですが、動画では数が同じというだけではなく、その紹介する順序まで同じなのです。
この紹介する順序には意味があります。詳細は私の記事を読んでいただきたいのですが、私は、パワー9が強くなってしまった3つの要因を挙げたあと、この3つの要素はガーフィールドがTCGを発明するときに実装したかったであろう3つの仕組みである「所有」「トレード」「メタゲーム」の概念にそれぞれ対応していると述べています。
つまり、TCGにおいてはプレイヤーはカードを所有し、プレイヤー同士でトレードを行い、ゲームを繰り返すうちにメタゲームが形成されます。
個人的な所有と、個人間での所有権の交換、個々のゲームを包含するように現れる上位のゲーム、とスケールの小さなものから大きなものに向かって並べているんです。
私の記事の結論部分を引用しておきましょう。
そこでパワー9のような強力なレアカードは、テストプレイやMTG発売直後のような小さなコミュニティにおいて、「誰々がこういう強いカードを持っているらしい」とか、「頭ひとつ抜けて強いのでなかなかトレードしてもらえないカードがある」とか「このセットにはまだ他にも強力なカードがあるかもしれない」といった具合に、「所有(カード資産の非対称性)」「トレード(ゲームと市場経済の接続)」「メタゲーム(カードプールの分析をもとにして成り立つメタゲーム)」の観点から「箱よりも大きなゲーム」のゲーム体験をより強烈なものにしていたといえます。
そして、意図的に作られたこれらのカードは、「レアカードなので複数枚は手に入らない」「アンティで取られたくないからデッキに入れづらい」「異なるセットと一緒に遊べないので次の環境には持ち込めない」という隠れたデメリットが存在しているはずでした。これらは先ほど述べた「所有(カード資産の非対称性)」「トレード(ゲームと市場経済の接続)」「メタゲーム(カードプールの分析をもとにして成り立つメタゲーム)」と対応するデメリットでもあります。
動画で触れられていないこと─(1)テストプレイの環境
さて、ここまで、動画の流れに沿って指摘を加えてきましたが、黎明期のMTGについて動画では言及されていない重要な点があるのでそれについても触れておきたいと思います。
それは、MTG発売前のテストプレイの環境です。
パワー9の強さについて語られるとき、「ちゃんとテストプレイしたのか」とか「当時はまだTCGという概念がなかったからデザインのことがよくわかってなかったんだ」などと結論づけられることが結構多いんです。
件の動画でも終わりの方でそれに近いことが述べられています。
17分18秒
石川「今回、紹介したパワー9の数々なんですけども、こうして見ると、いま結構デザインって慎重に作られてるのかなーって、感じしません?」
黒田「30年の歴史で、いろんな反省もあったわけですから。デザインに失敗したときもありますから」
石川「だからこう考えてみると、失敗って糧になるんだなっていう、そういうのなんか教えてくれますよね、我々に」
比較的ポジティブにまとめられてはいるものの、当時のテストプレイがうまく機能していなかったことを前提とした発言といえるでしょう。
実際、初期のMTGのカードにはとんでもない効果を持っていたり、あるいは信じられないくらい弱すぎたり、今とは決定的に異なる価値観で作られているカードが確かに存在します。ですからその意味ではこのような指摘が間違っているとまでは言えません。
しかし、当時のテストプレイがどのようなもので、そして何をテストするために行われていたのかがこの動画では言及されていないのです。
私の記事の「テストプレイの環境」の項目から引用します。
テストプレイは大学の仲間たちを集めて行われました。参加者はまず最初にランダムのカードの束を渡されます。MTGの5色の色属性のカードが均等に渡されるという最低限の配慮があったようですが、テストプレイヤーたちはカードリストを見て自由にデッキを組むことはできなかったのです。
そうやって渡されたカードは、そのプレイヤーが所有することになり、テスト中はずっとそれを使い続けることになりました。もちろん、それだと欲しいカードが揃わなかったりするので、そういう場合は他の参加者に交渉を持ちかけ、トレード(交換)を行うことが認められていました。そのため、デッキ構築に必要な枚数よりも多いカードの束が渡されていたといいます。
こうして手に入れたカードをもとにデッキを構築し、他の参加者と対戦を行います。必要に応じて対戦の合間にデッキを改良したりカードを交換したりして、繰り返し対戦することでテストプレイを行ったのです。さらにこのようなテストプレイのチームがいくつか作られ、彼らは同じチームの参加者と対戦を繰り返していたようです。
しかもデッキ構築の制限はこれだけではありませんでした。参加者はカードリストの全貌を明かされていなかったのです。その上、用意されたテストカードには実際のカードと同じようにレアリティが設定され、テストプレイにもかかわらずその流通量がコントロールされていたのです。
発売時のMTGのレアリティと同じようにテストカードには「レア」「アンコモン」「コモン」の3段階が設けられ、一番希少な「レア」に該当するカードはテストプレイのチーム内に各種1枚ずつしか行き渡らないようになっていたのです。
おそらくですが、カードゲームをやっている人が想像するテストプレイ環境とはかけ離れているのではないでしょうか。この方法ではパワー9をふんだんに使用したデッキが試せません。なんならその存在を知らないことさえあり得ます。
ですが、すでに述べた通り、当初想定されていた環境は、プレイヤーがカードをあまり買わず、アンティのルールがあり、新しいセットのカードとは混ぜて遊ばない環境なんです。
ネット通販でカードを手に入れることもなければ、世界規模の大会が行われることも考えられない、ボードゲームやTRPGを遊んでいる仲間同士で軽く遊ぶためのゲームだったんです。つまり、このテストプレイは発売後の環境を再現したものなんです。
もちろんそれだけではテストプレイがうまくいった、と評価することはできません。すでに述べた通り、諸々の前提が崩れてパワー9をはじめとする一部のカードが強力になってしまったわけですから。
これを動画でもある通り「誤算」と片付けるのは容易いことです。ただ、私はこのテストプレイによってTCGの根幹をなす3つの仕組みが検証されたのだと、記事の中で主張しました。
それは先ほど述べた3つの要素、「所有」「トレード」「メタゲーム」です。
プレイヤーがゲームの一部分であるはずのカードを実際に所有し、ゲームの外で自由にトレードを行い、ゲームを繰り返すうちにメタゲームが形成される──初めてTCGを開発するわけですからこのテストを行わなくてはならないのです。
ゲームバランスの調整は重要です。でも、そもそもゲームとしてゲームデザインが成立していなければ意味がありません。
私は前回の記事で、当時のテストプレイ環境が今から見れば特殊であったことを指摘するとともに、このテストプレイがあったからこそTCGというジャンルが成立したのだということを主張したかったのです。
動画で触れられていないこと─(2)強力なカードが環境内に必要だった理由
それからもう1つ、動画では触れられていない点があります。
例の動画ではタイトルに「なぜ《Black Lotus》は生まれたのか?」とあります。一応、それについては上で述べた「3つの誤算があったからだ」というのが答えということになるのでしょう。しかし、それではちょっと不十分だと思います。
というのも、上述の通り、開発者はパワー9の強さを認識していたのです。強いカードだからレアリティを高くしてたくさん入手できないようにしよう、それにアンティで取られたら嫌だからデッキに入れづらいだろうし、どのみち次のセットの環境とは切り離されているから大丈夫だ……でも結局、それらが「誤算」だったわけですよね。
だったら、「なんでそんな強いカードをわざわざ入れようとしたの?」という疑問が出てきませんか? ほどほどの強さのカードでも別にいいじゃないか、と思うわけです。
もちろん、強いカードを目にしたらプレイヤー心理としてはテンションが上がるでしょう。そういうカードが欲しいからブースター・パックを買うわけです。なので、そういう心理的効果を狙おうとしてリスキーなカードを作ったところ、誤算があって失敗した……そう説明することもできます。むしろ自然かもしれません。
けれども私は前回の記事で、このようなカードの存在がテストプレイや発売直後のゲーム環境において、TCG独自のゲーム体験、すなわち「所有」「トレード」「メタゲーム」の3要素を強く印象付ける役割を担っていたのではないかと推測したのです。
詳しくは記事を読んでほしいのですが、かいつまんで説明すると、
(1)所有──パワー9のようなカードはレアリティが高く設定されていてなかなか入手できないけれども、それ相応の強さがあり、仲間内で誰がどのカードを持っているのかが強く意識される
(2)トレード──強いカードなので簡単にはトレードに応じてもらえず、また、アンティのルールで取られてしまった場合には手痛い損失となり、カード1枚1枚にゲーム世界での強さに基づいた経済的価値があることが強く意識される
(3)メタゲーム──テストプレイ時や黎明期のMTGではカードリストが公開されておらず、強力なカードの存在は、そのセットの全容がどうなっているのかを解き明かす動機となる
といった具合に、パワー9のような強力カードの存在がゲーム体験をより強烈なものにする役割を担っていたのではないか、と推測したのでした。
つまり、パワー9のようなカードでさえもゲームを面白くするために作られたのだということをいろんな歴史的事実をもとに立証したつもりでしたが、この部分に関しても動画では触れられませんでした。
前回の記事を書いた動機
と、以上の通り、件の動画では私の記事から「3つの誤算」に相当する部分が要約されたものの、それに続いて書かれたテストプレイの環境とその目的や、パワー9が与えられていた(と私が推測した)役割については触れられず、結果としてガーフィールドを含めた黎明期の開発者の失敗をクローズアップするものになっています。
そもそも、私が前回の記事を書いた動機は3つあります。繰り返しになりますが、
(1)パワー9は確かに壊れた性能のカードではあるけれども、それは今のMTGの環境から見た感想であって、当時想定されていた環境は今のTCGとは相当異なっていたこと
(2)パワー9のようなカードは、今の構築戦で存在していたらゲームバランスを破壊する厄介な存在だけれど、当時のテストプレイ環境だったらゲームを楽しくする存在だったのではないか、もっといえばそのような環境でMTGを遊べたら面白いんじゃないか
(3)失敗ばかり注目されるけれども、ガーフィールドが達成したことはTCGプレイヤーにとっては偉業でありそちらにも注目すべきではないか
と思ったことでした。
それを理論立てて主張することは想像していたよりも遥かに困難な作業であり、たくさんの記事に目を通し、考えに考えを重ね、ようやく「所有」「トレード」「メタゲーム」の要素に辿り着き、前回の記事は生まれたのです。
それが数分にまとめられた上、私が伝えたかったうちのいくつかは省略され、結局、「昔はいろいろあったよね」みたいな紋切り型の結論が、いわんやMTG公式の口から発せられるとは思いませんでした。頑張って執筆したつもりですが、私の言いたかったことは伝わらなかったということなんでしょうか?
私が前回の記事で根拠とした記事の多くは何を隠そうMTG公式がサイトに掲載していたものです。公式サイトが情報源の話を、私を経由してもう一度公式が取り上げるって変ですよ。
それに私のような一般プレイヤーからしたら「公式なんだからやろうと思えばみんなが知らない事実を調査していくらでも書けんじゃん」と思ってしまいます。でも実際にはいろんな事情があって無理なんでしょうね……。
件の動画は「歴史深掘り編第2弾」とのことですが、これ以降、ウルザズ・サーガとかミラディンとかの話をしていく予定なんでしょうか。そのときは何を情報源にするんでしょうか。不安です。
終わりに
憤慨や失望の面が大きかった今回の件ですが、私の書いた異説(としか言いようのない独自主張)があたかも定説であるかのように公式に採用された点は喜べるんじゃないでしょうか。頑張ったら喜べそうな気がします。頑張るぞ! MTG公式も頑張れよ!
こんな記事ですが最後まで読んでいただきありがとうございました。もし前回の記事に興味を持っていただけたらそちらも読んでみてくださいね。
スラン帝国の遺物の改良を任せていただき、これほど光栄なことはありません。この業績によって、わたしの名が歴史の片隅に残ることになれば、それは望外の幸せ。
──徒弟時代のウルザ


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