(写真)八女福島重伝建地区。
2026年(令和8年)3月、福岡県八女市を訪れました。「筑後市の映画館」からの続きです。「八女市の映画館」に続きます。
1. 八女市を訪れる
1.1 八女市街地
八女市は福岡県南部の筑後地方にある自治体です。江戸時代には福島城の城下町を基盤とする在郷町として発展し、八女郡における行政や経済の中心地となりました。
明治時代以後も福島町という名称でしたが、1954年(昭和29年)の市制施行時には郡名を採用して八女市となりました。住民投票では筑後福島市という名称に決定したものの、同日に市制施行した筑後市との紛らわしさから八女市に即日改名した経緯があります。なお、旧制中学校に由来する福岡県立八女高校は八女市ではなく筑後市に所在しています。
八女民俗資料館には福岡県初の国指定重要無形民俗文化財「八女福島の人形燈籠」の展示がありました。福島八幡宮の境内で行われるからくり人形芝居です。福島八幡宮の北側は歓楽街的要素のあるエリアだったようで、大正末期から昭和初期に建てられたと思われる旧八女福島券番(一般的には見番、芸妓が在籍する置屋の組合)の建物がありました。
八女市といえば玉露の八女茶が思い浮かびますが、羽犬塚駅から八女市街地までのバスの車窓から茶畑が見える地点はありません。
(写真)福島八幡宮。
(写真)旧八女福島券番。
1.2 土橋市場
福島映画劇場や福島東映の跡地近くには、全蓋式アーケード商店街の土橋市場(どばしいちば)があります。東奥にある土橋八幡宮の参道が土橋市場であり、南端部の山門がそのまま全蓋式アーケードに接続していたり、西端部の鳥居の奥に「土橋市場」という文字が見える不思議な光景が広がっています。
終戦直後の八女市において、引揚者や失業者は土橋の道端に露店を出していましたが、1945年(昭和20年)末頃には進駐軍の指示で撤去を余儀なくされます。福岡県議会議員の久木原市次の仲介もあり、土橋八幡宮の境内に移って廃材でバラックを建て、1946年(昭和21年)5月に「土橋のヤミ市」(現在の土橋市場)が完成しました。(出典:『八女市史 下巻』八女市、1992年)
(写真)土橋八幡宮の山門と土橋市場の入口。
(写真)土橋八幡宮の鳥居と土橋市場の入口。
(写真)土橋市場。東西の通り。
(写真)土橋市場。南北の通り。
(写真)土橋市場のマップ。
(写真)土橋八幡宮。
2. 八女市立図書館
2.1 図書館の歴史
八女市域における公共図書館の歴史は明治時代までさかのぼります。木下学而や大内暢三などの衆議院議員が図書館を建てて八女郡に寄贈し、1905年(明治38年)に八女郡図書館が開館しました。戦後の1952年(昭和27年)には八女郡23町村の組合に移管されて八女図書館に改称し、1972年(昭和47年)には八女市に移管されて八女市立図書館に改称しています。
1985年(昭和60年)には現行の八女市立図書館が開館しました。2002年(平成14年)には八女市、筑後市、八女郡の範囲における広域利用が開始され、かつての八女郡図書館や八女図書館に近い性格になったでしょうか。2010年(平成22年)には八女市が合併によって現行の市域となり、本館に加えて5分館を有する組織となっています。
(写真)八女市立図書館。
2.2 住宅地図など
八女市立図書館は『ゼンリンの住宅地図 1961年版 八女市・筑後市・黒木・立花・広川』や『ゼンリンの住宅地図 1970年 八女市・筑後市(黒木・立花・広川)』を所蔵しており、映画黄金期のこの地域の様子がわかります。これらの住宅地図と同時代の地図として、八女市街地にある商店のみが掲載された商業地図『八女市新地図 1961年版』も参考になりました。
なお、福岡県立図書館が所蔵する最古の住宅地図は、八女市や筑後市が1980年(昭和55年)版、上陽町、黒木町、矢部町、立花村、星野村が1981年(昭和56年)版です。
(写真)『ゼンリンの住宅地図 1961年版 八女市・筑後市・黒木・立花・広川』善隣出版社、1961年。八女市立図書館所蔵。