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2026年04月02日

日米欧の製造業およびサービス業の実質賃金推移とその特徴

経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

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実質賃金の分解とその推移概観

本稿では、98年を基準に24年までの日米欧(日本、米国、ユーロ圏(ドイツ、フランス、イタリア、スペイン))における産業別、特に製造業とサービス業1の実質賃金(雇用者報酬)上昇率を労働生産性上昇率、交易条件上昇率、労働分配率等上昇率に要因分解し、その推移を考察した2

実質賃金の分解は、具体的には、
質賃金の分解
となる(両辺の対数を取ると、実質賃金上昇率を労働生産性上昇率、交易条件上昇率、労働分配率上昇率の和で近似する式となる4)。
なお、以前のレポートでは産業全体の実質賃金を要因分解した5。その結果は、分析期間である98年から24年における雇用者1人あたり実質賃金上昇率は米国で突出して高い。日本はマイナス成長で、ユーロ圏の上昇率は日本と米国の中間だが、ユーロ圏各国ではバラツキが見られ、主要国ではイタリアやスペインの1人あたり実質賃金上昇率は相対的に低い(図表4)、という内容だった。

また、賃金変動の中核となる労働生産性上昇率は、米国が突出して高く、イタリアでマイナスである。それ以外の国では、1人あたり実質賃金上昇率ほどのバラツキはみられない。日本やスペインの1人あたり賃金上昇率が低いのは、交易条件の悪化や労働分配率等の低下といった労働生産性以外の要因で押し下げられている面が大きい、ということも分かる(図表5-7)。

本稿では、製造業とサービス業に分類して同様の内容を確認していく。
(図表4)日米欧の実質賃金(雇用者1人あたり雇用者報酬)/(図表5)日米欧の労働生産性(就業者1人あたり実質GDP)
(図表6)日米欧の交易条件〔GDPデフレータ/家計最終消費デフレータ〕/(図表7)日米欧の労働分配率等〔(名目雇用者報酬/名目GDP)×(就業者数/雇用者数)〕
 
1 本稿では、サービス業を製造業、農林水産業、鉱業、電気・ガス水道業、建設業を除く業種とした。また、サービス業の実質GDP(付加価値)として、各業種の連鎖価格の実質GDP(付加価値)の合計をそのまま採用した。
2 本稿では、原則として日本、ユーロ圏、米国のそれぞれGDP統計(SNA年次推計、ESA、NIPA)のデータから取得した。一部、米国の労働投入データについてはOECDのデータを用いて推計した。
3 労働分配率は生み出した付加価値のうち、労働者に分配される割合(残りは、資本(企業)への分配)と解釈できる。労働分配率の計算方法はいくつか考えられるが、本稿での数式は固定資本減耗込みの付加価値(分母は名目GDP)を、自営業主や家族従業者の就業による1人当たり所得を雇用者1人当たり雇用者報酬と同水準であるとみなして計算したものに相当する(分子は雇用者1人あたり雇用者報酬×就業者数、なお、就業者は雇用者に加えて自営業主や家族従業者を含めた概念)。あるいは、自営業主や家族従業者の就業による付加価値を雇用者が生み出す付加価値と同水準だと見なした場合の自営業主や家族従業者を除く労働分配率(つまり、分母が名目GDP×(雇用者数/就業者数)、分子が名目雇用者報酬)ともみなせる。実質賃金は生み出した付加価値を企業がどれだけ雇用者に還元されるかに影響されるが、自営業主や家族従業者の実質賃金水準やシェアにも影響されることを示している。そのため本稿では労働分配率「等」と表現している。
4 上昇率がゼロに近いときは、近似の精度が高いが、本稿の分析対象である約25年間の上昇率で見るとゼロから大きく乖離する計数も多い。その場合近似の精度が低下する点には留意。
5 高山武士(2024)「日米欧の実質賃金推移とその特徴」『Weekly エコノミスト・レター』2024-05-30。以前のレポートでは英国も分析対象としているが本稿では対象に含めていない。

製造業の実質賃金分解と推移

製造業の実質賃金分解と推移

まず、製造業の実質賃金について確認する(データの制約上、時間あたりではなく、雇用者1人あたりの実質賃金とその分解を確認する、図表8-11)。製造業の実質賃金については、米国が高く、日本が低く、ユーロ圏がその中間である点は産業全体の傾向と変わらない(図表5)。また、ユーロ圏でもドイツ、フランスと比べてイタリアやスペインの実質賃金上昇率が抑制されている点も産業全体の傾向と一致している。ただし、実質賃金上昇率の格差は産業全体と比較すると製造業の方が小さい。つまり、分析期間における実質賃金上昇率は、産業全体では米国(98年から24年までの成長率で37.6%、以下同様)、ユーロ圏(12.5%)、日本(▲3.8%)の順に高い。製造業も米国(29.2%)、ユーロ圏(19.3%)、日本(7.0%)と同じ順序だが、格差(バラツキ)が小さい。
(図表8)【製造業】日米欧の実質賃金(雇用者1人あたり雇用者報酬)/(図表9)【製造業】日米欧の労働生産性(就業者1人あたり実質GDP)
(図表10)【製造業】日米欧の交易条件〔GDPデフレータ/家計最終消費デフレータ〕/(図表11)【製造業】日米欧の労働分配率等〔(名目雇用者報酬/名目GDP)×(就業者数/雇用者数)〕
労働生産性を見ると、米国製造業の労働生産性の上昇率が際立っており、100%を超える(124.7%、図表9)。日本やユーロ圏の製造業の労働生産性上昇率(日本:57.9%、ユーロ圏:60.7%)もそれぞれ産業全体の労働生産性上昇率(日本:15.9%、ユーロ圏:14.9%)よりは高いが、米国の製造業の生産性上昇率は圧倒的である。反面、交易条件要因上昇率や労働分配率等上昇率は米国のマイナスが目立つ。

なお、「交易条件」要因については、産業全体で実質賃金を各要因に分解表示した際に、〔GDPデフレータ/家計最終消費デフレータ〕の項目が、国内生産の付加価値コスト(生産コスト-仕入コスト)と国内物価の相対価格を意味しており、これが交易条件(輸出物価と輸入物価の相対価格)の影響を大きく受ける6ことから、交易条件要因と呼んでいる。ただし、製造業の実質賃金を要因分解表示した場合に該当する項目は、〔製造業デフレータ/家計最終消費デフレータ〕であり、輸出入物価の相対価格の影響も受けるが、(分子に含まれ分母に含まれない)製造業以外の産業の付加価値コスト(例えばサービス業の付加価値コスト≒サービス物価)の影響も受ける。そのため、輸出入の相対価格を示す「交易条件」要因との呼び方は適切ではない面もあるが、本稿では、これも(製造業の)交易条件要因と呼ぶことにする。

日米欧のいずれの国でも製造業の交易条件要因が低下しているのは、国際競争にさらされやすい業種であることが影響していると見られる。つまり、製造業は大量生産や品質改善への圧力が世界的に生じやすい。これは、文字通り労働生産性を高める圧力であり、労働生産性が相対的に低い他産業(主にはサービス業)と比較すると(相対的に)価格低下を促しやすいと言える(また、本稿で使用しているデフレータでは、質の向上も価格低下として認識される)。

労働分配率等は、後述のサービス業と比較して製造業での減少率が大きい傾向にある。これは、生産性向上の果実が賃金(労働)ではなく収益(資本)に分配されやすくなっていることを意味する。特に米国でこの傾向が顕著だが、この背景として、以前のレポートでは(資本財価格の低下を受けた)労働節約的な設備投資インセンティブの増加、労働集約的な産業規模の縮小・アウトソース、労働組合組織率の低下といった労働市場・制度変化、「勝者総取り」的なスーパースター企業比率の上昇(市場の寡占化)などが影響し得ることに言及した。これらの要因が製造業において発生しやすいことを示唆している。
 
6 国内製造業の付加価値コストは輸出物価とは相関するが仕入コストは含まれていないので、輸入コストとは逆相関する(GDP=内需+輸出-輸入、の式からもわかる)。

サービス業の実質賃金分解と推移

サービス業の実質賃金分解と推移

次に、サービス業の実質賃金について確認する(図表12-15)。サービス業は名目GDPに占めるシェアも大きい(24年の名目GDPシェアで日本:71%、米国:82%、ユーロ圏:67%)ことから、産業全体と類似した推移となっているが、いくつか特徴的な動きをしている項目もある。

1点目は労働生産性上昇率である。産業全体の労働生産性上昇率は日本とユーロ圏でほぼ同水準にある(日本:15.9%、ユーロ圏:14.9%)が、サービス業の労働生産性上昇率は日本がユーロ圏と比べてやや劣後している(日本:1.4%、ユーロ圏:9.0%)。2点目は交易条件要因の変化率で、産業全体の交易条件要因変化率は日本がユーロ圏と比較して劣後していたが(日本:▲6.0%、ユーロ圏:0.1%)、サービス業の交易条件要因変化率は、日本とユーロ圏で大きな差は生じていない(日本:0.3%、ユーロ圏:▲0.2%)。3点目に、労働分配率変化率もサービス業の米国と日本・ユーロ圏の格差は、製造業のそれと比較すれば小さい(図表14・15,製造業の図表10・11とスケールの違いに注意。後掲図表28も参照)。

つまり、サービス業に限ってみれば、日本の実質賃金上昇率の伸びが抑制されている要因としては、交易条件要因や労働分配率要因よりも中核の労働生産性上昇率自体が低かったことが主因と言える。なお、製造業と同様に、サービス業の交易条件要因は〔サービス業デフレータ/家計最終消費デフレータ〕である。分子のサービス業の付加価値コストがサービス物価と連動しやすく、またサービス物価のシェアが大きいため、家計最終消費デフレータとの連動も大きいことは、サービス業の交易条件要因がほぼ横ばいで推移することと整合的である。また、サービス業における労働分配率要因がそれほど変動しない理由として、(特に労働集約的な)サービス業では、製造業に比べて労働を設備に代替する余地が小さいことが考えられる。つまり、製造業では、賃金を抑制しつつ設備投資を拡大することで生産性を高めるといった選択が取りやすい(上述した、労働節約的な設備投資インセンティブ)。この場合、労働生産性が上昇する一方で、労働分配率は低下するため実質賃金は上がりにくい。これに対して労働集約的なサービス業では、こうした設備代替を通じて労働生産性を高めつつ労働分配率を抑制させる余地が、相対的に小さいと言える。
(図表12)【サービス業】日米欧の実質賃金(雇用者1人あたり雇用者報酬)/(図表13)【サービス業】日米欧の労働生産性(就業者1人あたり実質GDP)
(図表14)【サービス業】日米欧の交易条件〔GDPデフレータ/家計最終消費デフレータ〕/(図表15)【サービス業】日米欧の労働分配率等〔(名目雇用者報酬/名目GDP)×(就業者数/雇用者数)〕

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
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(2026年04月02日「Weekly エコノミスト・レター」)

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