8分間の砂時計
忘れたことも忘れた彼は。
深夜にこそこそツイッターでぽちぽちした短文を少し手直し。
実際磨耗して逝く彼の場合は、さらさら零れ落ちていくのではなくて、いくつかの大切な思い出の集合体が、一気に硝子が割れるみたいに、ばりん、と砕ける感じなのかな、と。忘却のプロセス。
その仕方すら、物騒。
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寒いかと問われれば、ほうと吐く息が真っ白く煙を巻くこの空間は間違いなく寒いのだろうが、かといって、吐息が外界との温度差で白く変化するほど、人ならざる自分の正体を隠蔽する為にあえて人と同じような体温を模倣していたとしても、心も体もそれを知覚する機能はもはや必要のないものとして削ぎ落とされている。
ーーもう少し、寒そうな顔しなさいよ。
己のマスターの言葉を思い出す。
人の形をした器がいくら形だけ真似ていたとしても、その感触が無機物のように冷たいままでは怪しまれるかもしれなかった。
わたしは遠坂凛のサーヴァントとして、表向きは遠坂家の使用人のような立場でこの街の人々と交流している。商店街に買い物にでたりもしているため、街中ですれ違う人々の中には不本意ながらも顔見知りのような間柄まで出来つつあった。つまり、他者との接触が決してないとは言いきれないのだ。そう考えて体温も模倣したが、人間のように寒さに手を擦り合わせたり、体を攫うように走り去る北風に眉を潜めたりと、人間らしい動作を全く行わないのも確かに少々不自然だろう。
動作を真似る為には実際に寒さを感じるのが手っ取り早い。その結論に達したわたしは、久しぶりに閉ざしていた幾つかの神経を開くことを決めた。自分の内側を覗き込むイメージで意識を集中し、塞がれたコルク栓を抜くように神経を開いていく。暫く使っていなかったそれらは大分癒着していたようで、それでも痛覚は閉ざしている云々の以前に疾うに死んでいるから、ぺりぺりと、無理矢理引き剥がすような、皮膚が突っ張るような錯覚が、痛みを選り分けた不快感だけに変わって脳を模した器官へと届けられた。
自責である怠惰により、自らに苛立ちを覚える程の必然的時間の長さをもって、ようやく閉じていた神経が開かれる。ある種遮断され滞留していた感覚が一気に全身を駆け巡り、その衝撃が体の内側から僅かな痙攣を導いた。くぐもっていた何がかわたしの周囲から霧散するように、代わりに外側から取って代わるように、今まで受け流していた感覚の情報が上書きされていく。
二、三度。自らの手を握って具合を確かめ、わたしは真冬の空気を一杯に吸い込んだ。
冬の乾燥した冷気が、侵略するように肺を満たす。上手く呼吸量を調節していなかったせいで、久しぶりに刺激を知覚した気道に負荷を受けたらしく、びり、と粘膜に走った不可思議な感覚で反射的に咳き込んだ。これが、冬。冬木の、冬。開いた感覚は死んだと思われていた痛覚さえも僅かながら呼び起こしたようで、悴み始めた指先は、まるで細かい針で責め苦を受けているようにしくしくと久しい痛みを知らしめる。
全身を四季で最たる忍耐の季節が包み、わたしは今冬を知覚したが、生前に経験したはずの記憶とのマッチングがうまく出来ずに、惚けた頭で立ち尽くす。
わたしは、冬すら忘れていた。
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- p13October 8, 2023