11月9日AMED社会共創EXPO@ヒカリエに登壇します。参加費無料とのこと。
PPIという概念知ってました?タケプロンとかネキシウムのことではなく、Patient and Public Involvementのこと。僕は初めて知りました。定義としては直感的には素晴らしいなと思ったのですが、事前打ち合わせで座長が「それって綺麗事じゃない?」といきなりぶっ込んでいてふきました笑
包摂を背負えるのか?という問いを自組織運営の時に考えてみた時の心境に近かったので少しポエムを記載しておきます。
僕はパクチー君を受け入れられるのか?
小さなコップの中に水が入っていて、その中にパクチー君が少量入る。とても癖が強くほぼ全部がパクチー水になってしまいました。
癖が強い人は小さな空間では居場所を失いやすい傾向にあります。
これまでの障害者雇用や、D&I文脈、包摂と呼ばれる施策の多くはコップのサイズを大きくして大量の水の中ならば、わずかにパクチーが入っても何も感じないようにすることが出来るぜというように見えることがあります。
これをもって包摂は、ちょっと綺麗事なんじゃない?というのはとても賛成。
それで優しい組織って言うなよとは思います。一方経営者としては、そういう施策にするしかないというのも分かります。
ここの受け皿側を水ではなく、フォーにすることで、パクチーを感じさせないのではなく、パクチーをより輝かせることが出来るのではないか。
むしろその癖を使って、活躍出来る環境を提供することで、ロマンを感じている施策も少しずつ広がっているように思います。
パクチーが輝くフォーを作ろうぜと。
これは実は経営者としてダメな思想だというのは別の議論に任せて、取り急ぎそこにロマンを感じてもいいじゃないと新米経営者としては信じたいところです。
一方で、誰かが意図して作らないとこのフォーは生まれない気がします。かなり思想を持ってトップダウンでやる。
逆にコミュニティのように全体の最大公約数を取るような運用でフォーを生み出すことは至難の技だと思ってます。
そんな広くあまねく多くの方が混在するコミュニティの中で、パクチーを受け容れる方法としては、スパイスカレーを作るということになるのではないかと思っています。
癖の強いものもそうでないものも、とにかく全部ぶっこみ続けて、その絶妙なブレンドの中で突き進むしかないのかもと思い詰めてます。
これを経営者として現実を見ると、スパイスカレーを運用する難しさよ‥‥持続可能に運用する道はちょっとまだ見つからなさそうです。
個性は武器であり、世界を変えるかも知れない才能、だから僕は今日もスパイスカレーを食べたいと思い続けたい。
そんなポエムを当日は読む予定です(ちょっとだけ真面目に話すよ)