貴方を奪わせない
サーヴァントの愛って重いんじゃないかなぁと思いながら書きました。
主にジャンヌ・オルタ、メルトリリス、ガウェイン、術ギルなどを登場させています。
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今日も今日とてつつがなく行われたレイシフト。行き慣れた特異点先の森の中、エネミーとの戦闘を終えた少年はホッと安堵の息を吐きながら戦利品を拾おうとする。
空からさす日の光は暖かく、頰を撫でる風は心地よい。まるで疲労を溜めた身体を労ってくれるようで、少年は自然と口元を緩める。
得た戦利品の数自体はそう多くはなかったが、しかし、それでも貴重な資源の内だ。マスター適性が偶然あっただけで、魔術師としての腕がさほど優れているわけではない少年は、力を貸してくれるサーヴァントたちを最終再臨の姿へと変えることを一つの対価のように思っている。自分に協力してくれる彼等のために、それこそが唯一自分のしてやれることなのだ、と。故に一つ一つを大切に、宝物のごとく丁寧に扱う。
サーヴァントたちはその後ろで律儀に待ってくれていた。各々、個人によっては待っている表情や態度に差はあるものの。少年を見守る目は、皆、揃って暖かい。
そうして数分後、少年があらかた戦利品を拾い終え、満足そうな笑みを浮かべたその時だった。
ふと、どこからか、女性の悲鳴が聞こえた。
それは耳をつんざくような声量で、今にも途切れそうなほどに緊迫とした声色。
少年はゴクリと喉を鳴らすと、反射的に声が聞こえた方へと咄嗟に駆け出した。
ろくに整理されていない森の中は草木が生い茂り、行く手を阻むかのように少年の前を伸びている。しかし、少年はそんなことは気にしていられないのだと言わんばかりにわき目も逸らさずにずんずんと進んでいく。息を切らし、枝が皮膚を所々に裂き、痛みさえ感じたが、彼の足が止まることはない。
ーー何か、よくないことが起きている。
少年がその一心に獣道を駆け抜け、そうしてようやっと見晴らしの良い所へと出たその瞬間。思わずあっ、と小さく声を上げた。
少年の視線の先、そこにいたのは窮地に立たされた女性などではなく。人間のふりをして少女をこの場所にまで誘い込んだ、数体の死霊系エネミーたちだったのだ。
「マスター!!」
慌てて彼を追いかけてきたサーヴァントの掛け声は虚しく、少年の体に安安と長く伸びた鋭い鉤爪が襲いかかる。
それはまるで、死神の鎌のようにも見えるほどに大振りであった。
少年は呆然としてしまい、体を動かすことができなかった。しかし、そうする間に明確な死が這い寄ってくる。
避けられない。避ける為の時間が、間に合わない。
(あぁ、そっかーー)
つい先程まで戦っていたエネミーの仲間がまだ残っていたんだ、と。そう気がついた頃には既に、少年の耳元からぐちゅりと水っぽい音がたち、無骨な肩が爆発でも起こしたかのように猛烈な熱を感じた。
そうして痛みを感じた時にはもう遅く。
ケタケタとあざ笑う死霊たちの声が聞こえ、直後、視界が暗転した。
■
「貴方、ろくな死に方をしないわね」
ある時、ジャンヌ・オルタが少年に言った言葉だ。それは昼下がり、義務として定められたクエストもとうに終えた頃で、2人はマイルームのベッドの上に腰を掛けてくつろいでいた。
「英雄ではないくせに世界を救うなどと烏滸がましい。貴方にはせいぜい、平凡な暮らしがお似合いでしょうに」
ジャンヌ・オルタの皮肉へ、少年は困ったように笑った。あまり見ない顔だった。
「そうかもしれない。でも、そうも言ってられないんだから仕方ないよ。オレは最後のマスターなんだから」
「その責任がいつか貴方の首を絞めると言っているのよ。馬鹿馬鹿しい、顔も知らない誰かの為に命を投げ打つなんて」
それではまるでかの聖女のようではないか、と。ジャンヌ・オルタは言葉にこそしなかったが、ひどく苦々しい顔をして返答した。
しかし、それに対して少年はやはり笑っている。そうすることしか自分にはできないのだと言わんばかりに、どこまでも無垢な表情だった。
「オルタちゃんって優しいね」
「はっ?」
「オレのこと、心配してくれてるじゃん。優しい人だよ君は。でも、それなら大丈夫。きっとひどい死に方はしない」
「…何の根拠があってそう言うのよ」
ジャンヌ・オルタの問いに、少年はあっけらかんと言い放つ。
「だって、オルタちゃんがオレのことを守ってくれるんでしょう? そうならないために」
「なっ、」
何を馬鹿なことを。そう言おうとして、やめた。少年の空色の瞳が、どこまでもどこまでも純粋に澄んでいたからだ。
疑うことを知らない目。
相手がそうするはずだと信じる純朴な顔。
ジャンヌ・オルタはつかの間に言葉を失う。思い切り皮肉を言ってやりたいのに、喉の奥でつっかえてそれがでない。むしろ、そう言われて満更でもないかのように胸の中が暖かくなった。体がひどくむず痒い。少年の言葉に、復讐心しかなかったはずの心がゆっくりと優しい何かに侵食されていく。
「……このサーヴァントたらしめ」
そうしてようやっと出た言葉に少年は再び笑うのだから、ジャンヌ・オルタにとってはたまらなかった。
■
どうして今になってこんなことを思い出すのだろう。頭の中を巡るのは在りし日の思い出。少年との記録。まるで走馬灯のように明確なビジョンとなってジャンヌ・オルタの思考をあっという間に奪ってしまう。
だが、敵はそんな彼女のことを待ってくれない。再び大鎌のように伸びた鉤爪で、意識を失い地面に横たわる少年に残酷にもトドメを刺そうとする。
「っ……マスター!!」
ジャンヌ・オルタは絶叫し、人間離れした脚力により少年を瞬時に地面から攫い、その腕の中に閉じ込めた。目線を下に下げれば、すぐそこには真っ赤な血が滴る痛々しい少年の体がある。
何と言うことだろう。困っている誰かを救いたいと願った少年の願いは呆気なく嘲笑われ、裏切られたのだ。その末にある結果がこれだなんて、全くもって笑えない。
ギリギリと何かが軋む音がした。それが自分の奥歯を噛みしめる音だと気づくまで時間がかかった。ジャンヌ・オルタの心の中にぶくぶくと復讐心と殺意が膨らんでいく。それは炎のごとく内を焦がし、その身を焼くかのようだった。
ジャンヌ・オルタは舌打ちをすると、獲物を
狙いこちらを感情の読み取れない瞳で見つめてくる死霊を思い切り睨みつけた。
そうして左手は少年の体を抱えたままに、右手で勢い良く鞘から剣を抜く。これより始まるのは断罪の時間だ。決して許してはなるものかと、金色の瞳が鋭く光る。
「ジャンヌ・オルタ、聞こえるかい?!素早くそこから離脱するんだ!マスターの命が危ない!」
どこからともなく、通信によるダ・ヴィンチの声がした。しかし、ジャンヌ・オルタはかぶりを振って、冷めた瞳のまま先ほど少年の命を狙った死霊の足元から憎悪の炎を一気に吹き上がらせた。そうして辺り一帯へ響くのは、女性的な悲鳴。
そうか、こいつか、と笑いがもれる。こいつが、浅ましい方法によってついさっき少年を騙した死霊なのかーー。
胸の中を怒りが満たす。憎悪が冷静な思考をかき消す。目の前に広がるのは火刑の如く、死霊の全身を炎が轟々と音を鳴らして燃やしていく光景。それを見ても、心は何も晴れなかった。むしろ、見れば見る程憎たらしさが増幅していくかのようだった。
そうしてジャンヌ・オルタが憎悪の炎をさらに吹きあがらせると、その中から途端にーー人影が現れた。それは天高くまで足を上げ、踵の刃を躊躇いなく死霊の頭の真ん中へと振り下ろす。
「炎の中で踊るのも、悪くないわね」
直後、バキリと骨が割れるような音が鳴ったかと思うと、死霊がひときわ大きな声を上げて消滅していった。
爆心地の中央にいるのは、青い瞳を不機嫌そうに細めるサーヴァントーーメルトリリスだった。彼女はクルリと可憐に回り、そのまま勢い良く残りの死霊たちへその刃を向けていく。その顔は実に険しい。普段、他者に見せる表情の中でもその違いは顕著だった。
「…残りはあと五体。これを全滅させるまでとてもではないけれど帰れないわ」
ジャンヌ・オルタはそんなメルトリリスを見つめながら通信先へ吐き捨てるように言うと、もう話すことはないのだと言わんばかりに通信を切った。直前に何やら不満そうに喚く声が聞こえたが、そんなことは知らない。自分たちがやるべきことは憎たらしい敵の殲滅なのだ。向こうも、おいそれとこちらを帰してはくれないだろう。ならばこちらも、本気で潰すのみ。
目的は明確だ。問題はーー腕の中の少年がもってくれるかどうかに限る。
「彼は私が預かりましょうか」、後方から声がかかった。振り向くと、そこには苦々しい顔で少年を見つめるガウェインの姿があった。彼は僅かに屈むと、右手でそっと少年の頰についた血を拭う。空色に澄んだ瞳は悲しげに陰りを伴っていた。
「……不幸中の幸いです。まだ息があるようだ」
「当たり前でしょう、死なせてたまるものですか。こいつが死ぬにはまだ早い。
…そんな状況の中で自分から立候補するってことは、アンタ、それなりの覚悟があるってことよね?」
「ええ、もちろん。後は私にお任せを。彼を安全なポイントまで必ずお連れします」
「………、………分かったわ」
ジャンヌ・オルタが素直に応じたのは、ガウェインを信頼したと言うよりも、そうした方が確実だろうと自分の実力を考えてのことだった。この手は何かを壊すのには向いていても、何かを守ることには向いていない。
彼を抱えながらこのまま戦ってしまったら、自分の憎悪が彼に燃え移ってしまうかもしれないと恐れたが故だった。
ジャンヌ・オルタにとって守るという行為はそれほどにひどく不慣れなことだ。何も知らない白痴だった頃の自分が少年を心配する今の自分を見たら、きっと思わず笑い飛ばしてしまうだろう。
(ーーああ、だけど、)
自分はかつて少年と言葉を交わし約束したのだ。で、あれば、いかに自分らしくないことであったとしても、最後までやり遂げなければならない。守れないのなら、せめてそれに見合うほどの報復を。もはや、竜の魔女の意地だった。
「どうか、ご武運を」
ガウェインはジャンヌ・オルタから少年を受け取ると、そのまま両手で大切そうに抱えて頭を一度下げた。そうして、互いに背を向け合い、それぞれのやるべきことへと戻っていく。ジャンヌ・オルタは炎の中で舞うメルトリリスの元へ跳躍し、ガウェインはその姿を振り返らない。
ただ足を動かし、残党の攻撃を避けながら離れていく。しかし、向かう場所は違えど、両者の思いは一致していた。
「ーーマスター、マスター。貴方を奪わせない」
ガウェインが唄うように言う。
腕の中の少年は、彼にとっての希望そのものだ。円卓の騎士として、一人の男として、その陽だまりのような笑顔を守りたいと切実に願うほどのかけがえのない存在なのである。
それを、こんな所で失ってたまるものか、とガウェインの駆けていくスピードはどんどん早くなる。もう一度、彼の笑顔を見るまでは諦められなかった。