記憶を奪われたマスターと神が造り給いし兵器 2
FGO第1部の後、魔術協会に記憶を奪われ、カルデアを放逐されたぐだ男の「if」の物語、第2話です。よろしければ1話からどうぞ。→第1話 novel/10039274
・マスターぐだ男は藤丸立香♂固定です。
・捏造満載です。捏造しかありません。
・口調、呼び方、人称等、いろいろ曖昧ですがご容赦ください。
・公式の設定と違っていても「この話ではそういう設定なんだな」と思っていただきたいです。
・腐向けではありません。エロもCPもございません。健全なる全年齢向け。仲良しのふたりも「×」ではなく「+」のイメージ。(伝わ…れ!)
その辺も「すべて問題ないよ気にしない」と言ってくださる心の広い方、少しでも楽しんでいただけましたら、とてもとても嬉しみです。
数多ある作品の中から、目に留めてくださってありがとうございます。
1話にいただいたコメント、いいね、ブックマークほんとうに励みになりました。おかげで勇気を得て、続きを書くことができました。感謝しかありません。
-------------------------------------------
[追記]
読んでいただき、さらにコメントいいねブックマーク、ありがとうございます!
反応とても嬉しいです。
また、多くの方にフォローいただいたことは、ほんとうに思いがけないことで、喜びに震えました。
次作またお付き合いいただけましたら、とてもとても嬉しいです。
- 756
- 664
- 16,623
立香が東京での住まいにこの街を選んだのは、通学に便利なのはもとより、大きな公園があり緑豊かなのが気に入ってのことだった。窓の外は白一色という暮らしを一年以上にわたり続けたせいか、ひどく緑が恋しかった。
公園の中心には大きな池があり、休日には家族連れやカップルが貸しボートを浮かべる。池に沿って設置されたベンチでは、人々が思い思いに時を過ごす。公園入り口近くは売店や茶店があり賑やかだが、本道から少し外れ奥まった場所には、ここが都会だということを忘れられるほどに樹木が生い茂っている。
立香はその場所がとても気に入っていた。今日も天気が良かったので、どうせ勉強するなら気持ちのいい場所でと、お気に入りのベンチに向かっていた。
帰国してからの立香は他人の気配にやたらと敏感になっていた。それがたとえ記憶になくとも、生死にかかわるような情報は身体に染み込んでしまうのかもしれない。そのためカフェなど人が多い場所はどうにも落ち着かなかった。
(ここは静かでいいなあ……)
ゼミの課題でもやろうかとタブレットを持参した。しばらく資料など眺めていたが、あまりの心地良さに眠気を誘われる。木漏れ日に目を細め、微風が頬を撫でるに任せていると、突然、頭上から声が降ってきた。
「隣に座ってもいいかな?」
「わ、わっ!」
たとえ半睡していようとも、人がこんなにも近づく前に気づく自信が、今の立香にはある。なのに、彼の気配をまったく感じなかった。
「あ。エルキドゥ、さん⁈」
「驚かせてしまったね、ごめん」
「いえ、こちらこそ。まったく気づかなくてごめんなさい。けど、どこから来たんですか?」
「んー、ここから?」
言いながら地面を指すエルキドゥは、オーバーサイズの白いコットンシャツをざっくりと着て、スリムなラインのデニムを穿いていた。足元は、裸足だった。
(え? ここ、って地面? どゆこと? てか裸足? なぜ裸足⁈)
思わず凝視してしまった立香の視線に気づいたエルキドゥは、困ったように笑う。
「やっぱり靴を履いてないとおかしいかな。でも好きじゃないんだ。街の中では仕方がないから履くけどね。裸足を靴で踏まれたら痛いし。でも、土と草と木がある場所では、こうしていたいんだ」
こうして、と言いながら足指で草をぎゅっぎゅっと握ってみせる。「やっぱり変かな」と小首を傾げるその仕草がなんだかとても可愛らしく思えて、立香も笑顔になる。
「いいと思いますよ。エルキドゥさんには、そのほうが似合ってるっていうか」
「『エルキドゥ』でいいよ、マスター。君と僕とは、君が覚えているよりも、もう少し親しかったんだ」
「親し、かった? 僕が、サーヴァントであるあなたと、ですか?」
「そうだよ。君と親しかった」
「親しかった」
「そう、親しかった」
「親しかった」
その言葉の意味を確認するかのように何度も繰り返す立香をじっと見守っていたエルキドゥが、ふっと笑みを溢す。
「そこに座ってもいい?」
「あ、もちろん! どうぞ!」
その必要もないのに、立香が慌てて場所をつめてくれた。少し広くなった隣に、礼を言って座る。
「ここはとても気持ちが良いね」
「そうなんです。とても気に入っていて」
「邪魔だったかな」
「いっ、いえ、そういう意味ではなくて」
「ふふっ、邪魔でも帰らないけどね」
「え?」
「君に会いに来たんだもの」
「オレに?」
「そうだよ、君に会いに来た」
「オレに、会いに」
先ほどと同じようにエルキドゥの言葉を繰り返し、その意味を噛みしめるかのように、しばし黙考する立香。
しかし先日とは異なり、自信なさげに俯いたりはしなかった。軽く握った拳を腿の上に置き、真っ直ぐに前を見ている。その横顔にエルキドゥは、かつての立香を重ね、微笑む。
ややあって、立香は拳をぎゅっと握り、エルキドゥに向き直る。
「あの……エルキドゥさん」
「『エルキドゥ』」
「あ。はい。じゃあ――エルキドゥ」
「なに? マスター」
「さっき、エルキドゥは、オレに会いに来たって言いましたよね」
「『言ったよね』」
「え……?」
「うん。僕は神様でも王様でも偉い騎士様でもない、ただの泥人形で兵器だから。そんなに丁寧な言葉を使わなくていいんだよ」
立香は ひた とエルキドゥの目を見つめる。
「オレは、たとえ相手が泥人形でも、丁寧に接すべき人だと思ったら敬語を使うし、たとえ相手が神様でも、この人は尊敬できないなと思ったら敬語は使わないと思います」
きっぱりと言い切った後、「いや神様は罰とか当てられたらイヤだし、王様も死刑とか言われたらコワイな。いざとなったら日和るかも」なんてことを小声でぶつぶつと言う。
――そうだ。僕のマスターはこういう人だった。
新緑の瞳が綻ぶ。
そう。カルデアのマスターは、どんなサーヴァントに対しても、その過去や成り立ちに関わらず、今そこに在る個としての存在を認め、尊重し、接してくれた。だからこそ、あれだけのサーヴァントが彼に協力し、そして心酔したのだ。
「ごめんマスター。僕が言い方を間違えた。――ええと、マスターは覚えてないかもしれないけど、マスターは僕と親しかったから、丁寧な言葉を使わなくていいんだ」
立香は大きく頷いた後、また少し考え、問いかける。
「オレが丁寧な言葉を使うと、エルキドゥが寂しい?」
「……寂しい?」
「んーと、よそよそしいっていうか、他人行儀な感じがする、とか」
「そうすると、人は寂しくなるものなの?」
「人によると思うけど……。オレは寂しくなるかな。だからエルキドゥもそうなのかなって」
「うん、そうだね。ああ、そう、そうだ」
――そうか、僕は寂しかったのか。
「マスター、僕はね」
エルキドゥが空を仰ぐと、透き通るような緑の髪が肩から背中にさらりと流れた。同じ色の葉が梢に光っている。
「マスターがカルデアからいなくなって、変な気持ちだった。イライラするのに似ていて、でも少し違ってて。そうしたら友達が、それは『寂しい』という気持ちだと教えてくれたんだ。だから僕は、親しくなった人が傍にいなくなる気持ちが、『寂しい』なのかと思っていた。――けど、今また知った。傍にいても、寂しくなることってあるんだね」
梢に向かって手を伸ばす。
その姿は、祈りのようにも見えた。
「こうして人のカタチをもっていると、そんなところまで人に似てくるのかな。ちょっと不便だね」
「でもオレは、エルキドゥが、オレに会いたいと思ってくれたり、寂しいと思ってくれたりしたこと、とても嬉しいと思いました……じゃなくて、思った、よ?」
「ぎこちないね、マスター」
「そ、そうだね」
「けど、ありがとう。マスターが嬉しいなら、いいかな」
顔を見合わせて笑いあう。
先ほどエルキドゥがしていたように、立香が空を仰ぐ。光を吸い込む暗色の髪先を、陽光が縁取る。光の加減で鋼色にも茶褐色にも見える、不思議な髪色だ。
そのまま梢に両手を伸ばす。それは祈りのようでもあり、目には見えない何かを掴もうとしているようでもあった。
「こないだ、エルキドゥとギルガメッシュ……さん、に会ってから、ずっと考えていたんだ」
「うん」
「オレ、カルデアにいたときのこと、あまり覚えていなくって」
「うん」
「エルキドゥ、ごめん。ごめんね。オレは……君たちのことを忘れてしまって」
エルキドゥは穏やかに否定する。
「でもきっと、マスターは他にどうしようもなかったんじゃないのかな」
立香は首を振って記憶を辿る。
あのときは、窓のない部屋に、数日間にわたり閉じ込められていた。今が昼なのか夜なのかも定かではなくなり、時が経つにつれ、次第に頭がぼんやりしてきた。今にして思えば、何らかの薬物か魔術を使われていたのではないかと思う。
でも、と思う。
そのせいだけにはしたくない。
最終的には自分で決めた。
この先、記憶が戻っても戻らなくても、それは忘れてはいけないと思う。
後悔に圧し潰された立香は俯きそうになるが、拳をぎゅっと握りしめ、再び顔を上げる。
「そうなのかもしれない、そうじゃないのかもしれない。だけどオレは、最後は自分で納得して受け容れたってこと、誰かのせいにはしたくないんだ」
「うん、いいんじゃないかな、マスターはそれで」
――誰が悪いかなんて、そんなこと。僕たちが知っていればそれでいい。
「マスターがどう思おうと、僕らは誰もマスターが悪かったなんて思ってないし、カルデアがイヤになって出て行ったなんて思ってないから」
「ありがとう。エルキドゥはいつも優しいね」
立香が笑いかけたそのとき、
「貴様、いま『いつも』と言ったな」
再び、頭上から声が降ってきた。
また、だ。何の気配もしなかった。
驚いて振り返ると、腕組みをした声の主が仏頂面で立っていた。
「こんなところでマスターと逢引きか」
「そうだよ。ギルがいるとうるさいから、抜け駆けだ」
「たわけ」
「ギル、なんかご機嫌だね」
「フッ」
ご機嫌?ご機嫌なのこれが?不機嫌ではなくて⁇
混乱する立香だったがとりあえず挨拶をする。
「こんにちは、ギルガメッシュ……さん」
「うむ」
「こんにちはって言われたらこんにちはって返すんだよ、ギル」
「戯けたことを。王は拝謁を受けるものよ」
「あの、おふたりとも、ここに来るときぜんぜん気配を感じなかったのですが、サーヴァントってそういうものなんですか?」
立香はエルキドゥが現れたときにも気になったことを訊いてみる。
「どうかな。サーヴァントによるんじゃないかな。ちなみに僕は、こういう木立ちの中では気配が曖昧になるよ。地面に潜ったりするしね」
「我は物陰に隠れ呼吸を止めれば気配遮断EXだが。今は、とほ……いや、尋常に歩行で来たわ。貴様が呆けておるのではないか」
「ギルってば、今ほんとは『徒歩で来た』って言いたかったんでしょ」
「戯れ言もいい加減にせんか。あのろくでなしと一括りにするでない」
「ええと、『ろくでなし』って……。聞き覚えがあるような、ないような……」
「ああマスター。それは思い出さなくていい! 忘れて」
白やピンクの花びらがふわっと一瞬だけ舞って消えたように見えたが、それも気のせいだろう。
「それより雑種」とギルガメッシュが立香のほうに身を屈める。
「先ほどエルキドゥに『いつも』と言っておったが、何か思い出したのか」
「オレそんなこと言ってましたか?」
「さようか。……うむ。まあよいわ」
もっと鋭く突っ込んできそうなギルガメッシュがあっさりと流したのが立香には意外だった。「あの」と質問の意図を訊こうとしたが、「それより」とギルガメッシュに遮られる。
「最前より、貴様はそれで何をしておる?」
それ、と立香の膝にあるタブレットを顎で指す。
「我のものと比べると些か貧相だな」
勝ち誇った笑みを浮かべたギルガメッシュが手を伸ばすと、何もない空間に波紋が幾つも現れた。そのひとつに片手を無造作に突き込む。取り出したのは、林檎印のタブレット。木洩れ陽を受け、金色に煌めく。
「うわあ。ギルっぽいね、金ぴかだ」
「その言い方は止めんか」
「ギルもこの時代の機械を使うんだね」
「いつの間にやら我の庫に入っておった。こう薄っぺらくては些か物足りんが、粘土板がわりにはなろう」
「その服も初めて見たよ」
エルキドゥが初めて見たというその服装は、ネイビーのシャツに、ライトグレイのアンクルパンツ。捲ったシャツの袖裏が同色の市松模様になっているのが印象的だ。
「これも庫に入っておった。南国の花と、よくわからぬ薄っぺらな書物と一緒くたにな」
「へえ。どのギルが入れたんだろうね。とてもいいと思うよ。ギルの服にしてはセンスがいい」
「先ほどから、ちと不敬が過ぎぬか、エルキドゥ」
立香にはなんのことやらさっぱりわからなかったが「どこでも取り出せるなんて四次元ポケットみたいで便利ですね」と呑気な感想を口にする。
「フッ。我の庫にはこの世のあらゆる財が入っておる」
「すごい! すごいなあ!」
無邪気に目を輝かせる立香に、ギルガメッシュは底の知れぬ赤い瞳を向ける。
「財宝が欲しいか、雑種」
「うーん。オレには分不相応です。宝物を見せてくださるなら、もちろん喜んで拝見したいですけど。欲しいとまでは」
「欲しいとは思わぬと申すか。我の財を利用しようとは思わぬか」
「ギルガメッシュさんの財宝なんて美術館級じゃないですか。オレには不相応です。それに、いくらオレでも、利用できる相手かどうかくらいわかりますよ」
未練げもなく「だいいち置き場所もないし泥棒も心配だし」と言い切る立香を横目で見やりつつ、ギルガメッシュは立香からは見えない側の口角を僅かに上げる。
やりとりを見守っていたエルキドゥは「マスターはマスターだからマスターだったわけじゃなくて、もとからマスターだったってことだよ」と、囀るように歓喜を示す。
立香は再び「あの、それはどういう?」と訊こうとしたが、「して、雑種。何をしておった?」と再びギルガメッシュに遮られ、やむなくタブレットで画像を開いて見せる。
「これはですね。――ええと、参考資料を見て、この粘土板に書いてある内容を考察せよ、っていう学校の課題で……」
「ふむ。雑種の学者はそれは何だと申しておるのだ」
「ええと、『韻を踏むような美しい一定のリズムがあり、詩歌もしくは祈りや呪文と考えられる。また、他には見られない独特の文字が複数使われていることから、暗号化を要したほどの秘術に用いられたものとも考えられている』だそうです」
「フハハハハハハハハ‼」
公園の静寂を破り、王の哄笑が高らかに響く。
と、ぱさぱさぱさっと軽い羽搏きの音。
「うるさいなあ。小鳥と話してたのに、びっくりして逃げちゃったじゃないか」
「ククク。許せ」
肩を震わせて笑うギルガメッシュには、許せと言いつつ悪怯れた様子などまったくみられない。
「其れはな、人足どもの賃金を記した手控えだ」
ま、重要には違いないが、などと言いながら喉の奥で笑っている。
「てびかえ」
「うむ。当世風に言えば『給与明細』よな。人足どもには、その日の働きに応じて賃金を大麦で払ってやった、その担当官の覚え書きよ」
「きゅうよめいさい」
「独自の文字などではないわ。識別記号といえばよいか。払いを任せていた担当官たちは、己のものがわかるよう、さらには簡単には偽造できぬよう、各々独自の目印を使っておった。ゆえに、奴等の数だけ目印があるはず。なれば、雑種の学者がどれほど研究しようと解読はできぬ。よもや解読できたとしても、なんの意味もないわ」
「いみが、ない」
「フハハハハハハハハ! 貴様の間抜け顔は相も変わらず見物だな!」
「ギル!」
再び小鳥を驚かされたエルキドゥが「まったく! 君って人は!」と怒っているのを意に介さず、ギルガメッシュは愉快そうに笑っている。
そうかあの美術館にあるのと同系統の明細なのかこれを解読できたって言ったら大発見なんだけど何故わかったか誰にも説明できないのじゃどうしようもないなあ、と、立香は残念そうに溜め息をつく。
そんな立香に聞こえないよう、エルキドゥがギルガメッシュに囁いた。
「ギル、敵だ」
「《気配感知》か」
「あっちは気配を遮断しているようだけど、ここは林の中だからね。気配感知を使うまでもない。悪意を持った存在が入ってきたよ、って、みんなが教えてくれた」
高く上げたエルキドゥの指先にオナガが留まる。礼を長うと、青く美しい尾をちょっと振って飛び去っていった。
「今はマスターに戦闘を見せないほうがいいんだよね?」
「うむ。なにが如何なる影響を齎すか、まだわからぬゆえな」
「じゃあ、ギルはマスターを守って街に出て。人目が多ければ襲ってはこないだろう」
「なあに、羽虫の数匹。雑種が目を瞑っている間に我が――」
「だめ。ギルの武器じゃ、この林を傷つけちゃう」
それに、とエルキドゥが胸を張る。
「こういう場所では、僕は無敵だよ」
「そうだったな」
ふっ、と笑みを溢したギルガメッシュに、彼もこんなに優しい顔をすることがあるのかと、立香が目を瞬く。
「雑種。供をせよ」
「はい。どこに?」
「我が庭の見廻りよ。この国のこの時代は初めてではないが、この街の様子はよく知らぬ。備に案内せよ」
エルキドゥは胸元で小さく手を振っている。
「エルキドゥは来ないの?」
「もちろん行くよ。ただ、よくないモノを見つけちゃったんだ。退治したら、すぐ行くから」
待ってて、と再び手を振る。頷いた立香も手を振り返し、ギルガメッシュに従って小路を抜けていく。
ふたりが見えなくなると、小路に沿うように植えられた木々が急速に枝葉を伸ばし、濃い緑の結界を形作っていった。そこまで見届けたエルキドゥが、誰もいない木立の奥に声をかける。
「もうバレてるから、出てきたら?」
反応は、なかった。
「ふーん。出てこないのか」
両腕を広げ、掌を上に向けると地面が泡立ち、地面から土が数本の細い柱になって伸びる。そのまま数本の鎖へと変じ、鎌首を擡げた蛇のようにしゃらりと立ち上がった。しゅっ、と軽い音を残し、エルキドゥが声をかけた方角に向け、するすると伸びていく。
ほどなく。ずるずると重い音とともに、男がふたり引きずられてきた。鎖の蛇は過たずに敵の足首と胴を掴み、しっかりと絡まっている。
「……くそっ!」
「この、放せ!」
「こんにちは。ええと、君らがなんのためにあんなところに居たのか話してくれるなら、そのまま家に帰してあげてもいいんだけどな」
男のひとりが素早く魔術詠唱してエルキドゥを攻撃する。しかし伸びた鎖が空中でそれを防いだ。
「ギルがいない今なら、僕だけなら、なんとかなるとでも思ったのかな。この国ではギルほど有名じゃないかもしれないけど、僕はかつて、ギルと何度か闘って引き分けてきたんだよ?」
地面からさらに鎖が生じ、男たちに絡みつき、身体の自由をさらに奪っていく。
「うっ……! 民の叡智っ!」
「なんだ、知ってたんじゃないか。知っていて、よく僕を攻撃したよね」
いつの間にか地表を埋め尽くした鎖が、蚯蚓のように蠢く。鎖は自らが意思を持ったかのように、対象を絡めとったまま何処かへ引きずっていこうとしていた。
「日本の桜って綺麗だよね。知ってた? 日本の桜の木の下には、屍体が埋まっているものなんだってね。君たちの屍体みたいに汚いモノを、この林に捨てていいのかなって迷ったんだけど、その養分で花が美しく咲くならよかった」
にこにこと邪気のない笑顔だったが、その目は笑っていなかった。怒りもない。いかなる感情もそこに浮かんではいなかった。野生動物のような、人ならざる強い意思をもった目だ。
「桜の根っこが怪我をしたら困るから、それは捨てて行ってもらうよ」
細い鎖を使って丹念に男たちを武装解除する。奪い取った刃物などを片手に握り、さらさらと砂状に変えてしまう。
「くっ! 令呪もないマスターになぜ従う⁈」
「魔力もない、ただのつまらないガキに……!」
苦し紛れに悪態をつく男たちをエルキドゥが呆れたように見やる。「うるさいなあ」とため息をつくと、男たちの顎に鎖がするりと巻きつき固定した。これでもう、呻き声を漏らすことしかできない。
「あのね。それ、ギルの前で言わなくてよかったね。ギルは、自分が侮られることはもちろん許さないけど、自分のだと思ってる相手を侮られることも、それ以上に許さないんだよね。君、ギルの前でそんなことを言ったら、魂の欠片も残さないほど粉々に粉砕されていただろうね」
凍りつきそうな視線で男たちを見下ろす。
「僕ならその肉体に死を与えるだけだから。僕が相手で、君たちは運が良かった」
転瞬、心の底からそう思っていることがうかがえる、爽やかな笑顔を向ける。
「僕らは令呪で従わされているわけじゃない。自らの意思で、喜んでマスターの側にいるんだ。そしてそれは、カルデアにいたときから変わらない。君たちには絶対に理解できないだろうけどね」
鎖に引きずられ、桜の古木の根元まで運ばれた男たちは、すでに頭部のみを残して地中に埋められていた。
「僕がこの林を抜けたら、この鎖は消える。君たちはこのまま置いていく。この手で殺しはしないけど、助けもしない。命が惜しかったら、自力で助かるんだね」
エルキドゥがこれほどにも冷徹な声を出すのか、と、立香が聞いていたらさぞ驚いたことだろう。
「じきに陽が落ちる。この公園も、こんなに奥までは人も滅多に来ない。そして、ここにはケモノはいないけど、カラスが多い。だけど魔術師なら、自分たちでなんとかするよね」
空を見上げるエルキドゥにつられ、全身でただ一箇所のみ動かすことを許されている眼球を恐る恐る上に向ける。と。木立の上を大きな影が旋回していた。長い尾が鞭のように撓る。頭蓋の中で悲鳴をあげる。あんなものがカラスであってたまるか。男たちは声にならない悪態をつく。
「さて。僕はもう行く。もしも、無事に飼い主の元に戻れたら、伝えてくれないか。――君たちはマスターの記憶を人質にしてるつもりかもしれないけど、こうやってあまりにも鬱陶しいと、僕は人質を取られてるってことをすっかり忘れて、君たちの飼い主をうっかり殺しに行ってしまうかもしれない。なにしろ頭の中身も粘土で出来てるからね、僕は」
忘れっぽいんだ、と言い捨ててエルキドゥは立ち去った。男たちに情けをかけたわけでも、まして命を惜しんだわけでもなかった。
――あの場所は、マスターがお気に入りって言ってたから。
ここで自分が人を殺したと聞いたら立香がイヤな気分になるかもしれないなと、ふとそう思っただけのことだった。彼らが助かっても助からなくても、それは自分の与り知らぬこと。
神々が『ギルガメッシュに対抗し得る者』として泥から造り出した兵器は、自分が認めた以外の人間にはとことん無頓着であり、人間以外の生き物にはとことん優しかった。
*--*--*--*--*--*
ギルガメッシュと立香は、公園内の本道に出て、池にかかった大きな橋を渡り、公園入り口前のひときわ賑わった辺りに来ていた。昔ながらの茶店だけでなく、さまざまな料理の屋台、立ち飲み屋、カフェなどが並んでいた。スパイシーな香りに、鼻腔と胃袋がくすぐられる。
「美味しそうだなあ」
「腹が減っておるのか、雑種」
「うーん。そうですね、ちょっと減ってるかも」
「よかろう。我が馳走してやる」
「わあ! ありがとうございます!」
弾むように即答した立香を、ギルガメッシュは面白そうに横目で見やった。
つい先日、博物館で会ったときは自信なさげにおどおどと俯きがちで、これがあのカルデアのマスターかと、内心苛々させられたのだったが。今日の立香は、竦んでいるわけでもなければ力んでいるわけでもなく自然体であり、そんな立香との会話のリズムは懐かしくもあり心地よくもあった。
「疾く選べ」
「何にしようかな」
少し考えて、立香は比較的店内がゆったりとしていそうな落ち着いた店を選んだ。屋台にもかなり心惹かれたが、屋台で立ち食いするギルガメッシュをどうしても想像できなかったのだ。
店に入ると、ギルガメッシュの容貌に店内が騒つくが、ギルガメッシュ本人は泰然としたもの。店員に「果実酒と、旨いものを適当に見繕って持って参れ」と言いつけると「お席にご案内します」と掛けられた声も無視し、奥まった位置にあるソファ席にどっかりと座ってしまった。
立香は店員に近寄り、小声で「彼、まだちょっと日本に慣れてなくて……ごめんなさい」と、連れとしてフォローをしたつもりだったが、ギルガメッシュの美貌に見惚れ、ぽおっとなった女性店員には立香の声が耳に入った様子もない。まあいいかと小さく溜め息をつき、ギルガメッシュの向かいに座る。
「雑種、ここはどのような料理を出す店だ」
「イタリア料理みたいですね。あ、イタリアは、ええと、ヨーロッパの」
「ローマの辺りであろう」
ギルガメッシュはソファの背に腕をまわして寛ぎ、イタリアの地図や写真などが飾られた店内を物珍しそうに見回している。どうやらお気に召した様子なのを見て安心した立香は、先ほどから気になっていたことを訊いてみた。
「あの……。サーヴァントは、人間と同じようにご飯を食べるんですか?」
「うむ。魔力供給さえあれば、何も食さずとも弱るようなことはないが。実体化しておる間は味覚もある。生前、人間だったサーヴァントは食べる喜びを知っておるがゆえに、魔力だけでは些か物足りぬようになるな」
(そうか……。じゃあ薄っすら思い出せる食堂の賑わいには、サーヴァントたちの声も入っているのかもしれないな)
ぼんやりと考えている立香を観察するように見ていたギルガメッシュは、運ばれてきた赤ワインのテイスティングを、物慣れた様子で断わった。3つのグラスにワインを注がせると、立香に顎で示す。
「相伴を許す」
「あ、はい。ありがとうございます(ギリギリ未成年ですなんてどう考えても言わないほうがいいよね)」
今まで赤ワインを美味しいと思ったことはなかったが、これには果実の豊かな味わいと香りを感じることができた。「美味しい……」と小声で呟く立香を、ギルガメッシュは満悦げに見やる。
「して、雑種。貴様はサーヴァントが食事を摂ることは覚えていなかったな。では、サーヴァントについては、何を覚えておる?」
「サーヴァントについて、覚えている、こと」
「左様。なんでも構わぬ。覚えておることを申してみよ」
口の中で、「覚えていること」と繰り返しながら、立香は目を閉じた。
記憶の断片を追い求めようとすると、いつものように靄がかかったようになり、頭が痛む。
それでも。
なんでもいい、覚えていることをなにか示したくて、つい深追いした。
ぐらりと身体が傾ぐのを、いつの間にか横にいたエルキドゥに抱き留められる。立香を抱えたまま、エルキドゥが低い声で詰る。
「ギル。マスターに何をした」
「サーヴァントについて何を覚えておるか問い質した」
「そんな‼ 無理強いしたら、もしかすると、マスターが、また」
「なに、覚えておることを話せと言ったまでのこと。それなら差障あるまい」
エルキドゥの怒気がみるみる膨れあがる。
「まあ、おまえも落ち着いてそこに掛けるがよい。おまえも飲まぬか? ちと若い酒だが、悪くはないぞ。だがその前に靴を履け」
「……ギル。君って人は」
怒気が空気を孕み、ピスタチオの髪がふわりと膨らみはじめたエルキドゥに、「ごめんね。オレはだいじょうぶ。ありがとう」と立香が声をかける。
と、見る間にエルキドゥの剣幕がしゅるしゅると萎み、「僕がわかる? だいじょうぶなの? マスター」と目を丸くしつつ、ストンと隣に座った。そんなエルキドゥを安心させようと、立香は微笑んで軽く頷いてみせる。
――相も変わらぬ雑種の猛獣使いぶりよな。
扱い難いサーヴァントたちをも立香があっさりとあやなすことについては、あれは最早ひとつの才だと感心していたギルガメッシュだったが、立香に伝えたことはなかった。よって立香は、よもやこの王からそんな評価を得ているとは露も知らない。
「あの。ギルガメッシュさん、エルキドゥ。オレ、ちょっと気になっていることがあるのだけど、訊いてもいいですか」
「もちろん」
「申してみよ」
それが緊張したときの癖なのか、立香は腿の上で両の拳をぎゅっと握りしめる。
「オレがカルデアでの記憶をほとんど失くしていること、もちろんふたりも知っていて。それでいて、ふたりからはカルデアのことを話してくれなくて、それは、どうして、なのかなって」
「ふむ。何故、そう思った?」
問われて、節が白くなるほどに、拳を強く握り直す。
「もしもオレの友達が、例えば一緒に過ごした学校時代のことを忘れてしまったとして、そしたらオレはきっと、『あれは覚えてる? あれは?』って、いろいろ話すと思うんです。覚えていることを探したくて。あと、思い出してほしくて」
だんだん俯いてしまうが、小さく首を振り、再び勢いよく頭を上げる。
「だけど。ふたりは何も話さないし、それでいて、オレが覚えていることを確認するとか、とっても慎重になってる気がして。ってことは、慎重にならなくちゃいけない理由、があるのかな、って……」
なんとか顔を上げたまま持ちこたえたが、最後は掠れて声になっていなかった。
手の中でグラスを弄びつつ黙って聞いていたギルガメッシュが、静かに言い渡す。
「なれば話してやろう。だが雑種。貴様には辛い話になるやもしれぬぞ」
「でも、ギル。それは」
「わかっておる。だがな。いつまでもこうして、ただ戯れ合っておるわけにもいくまい?」
エルキドゥは「僕はマスターとずっとじゃれてたってぜんぜん構わないんだけど」とぶつぶつ言いながら椅子の上で膝を抱え、そのまま沈黙する。
「雑種よ」
グラスの中の液体と同じ色をしたギルガメッシュの瞳が、強い光を放つ。
「貴様がこの国に戻ってより後。こうして貴様の元を訪れたサーヴァントは、我等が初めてではない」
「……え?」
予想外の言葉に立香は反応できない。
「我等よりも前に、貴様に会うためここへ来たサーヴァントがいたと言うておる」
覚えておらぬようだがな、と王はグラスを傾ける。
「それじゃあ、オレは!」
周囲を気にして声を抑えていた、立香の箍が外れる。
「カルデアを忘れてしまっただけでなく、せっかくわざわざ会いに来てくれた人たちのことまで忘れてしまっていたんですか⁈」
叫ぶように呻く。
――あんなに遠くから、こんなところまで、わざわざ来てくれたのに。
罪悪感で呼吸が苦しい。
――覚えていないなんて。
――忘れてしまったなんて。
酸素を求め、頭が軋むように痛む。
遠のく意識にそのまま身を任せてしまいそうになる。
と、
「落ち着かんか、この痴れ者」
静かに一喝され、はっと気がつくと、エルキドゥが励ますように肩を抱いてくれていた。ありがとうと軽く腕を叩き、深呼吸をする。
「オレは、いま、大きな声を」
「構わん」
「だいじょうぶ、ちょっとした目くらましをかけてあるから。戦闘でも始めないかぎり、周りからは普通に食事してるようにしか見えないはず」
エルキドゥの手がひどく温かい。
その温度差で、立香は自分の身体が冷え切っていたことを知った。
「ごめんなさい。自分から、話してって言ったのに……。もうだいじょうぶです。聞かせてください」
「貴様、サーヴァントが本当に来たのかとは訊かぬのだな」
「え? だって、王様がオレに嘘をつくわけないじゃないですか」
やや半眼となっていたギルガメッシュの目が、驚きに見開かれる。
「雑種。貴様、今なんと言った」
「オレに嘘をつくわけない、って」
「その前だ」
「――ええと、もうだいじょうぶだから話してください?」
「このたわけ! そうではないわ!」
肩を震わせて笑うエルキドゥ。
「あのね、カルデアで立香はギルを『王様』って呼んでいて、ギルもそれを気に入っていたから、今そうやって呼んでもらえたのが嬉しくて、また王様って呼んでもらいたかったんだよねえ」
「おい、やめんか」
「なんでさ。ちゃんと言わなくちゃわからないだろう。まったくギルは素直じゃないんだから」
立香は確認するように口の中で「王様」と何度も呼んでいる。ギルガメッシュは照れ隠しなのか「フン」とそっぽを向く。エルキドゥは喉の奥でまだ笑っている。
「マスターはすべてのサーヴァントを信頼してくれていたけれど、中でもとりわけ心頼みにしていたサーヴァントが何人かいてね。ギルも、そんなうちのひとりだった」
だからね、と続けながら手を伸ばし、ギルガメッシュのグラスを奪い取る。
「だから『ギルガメッシュさん』なんて呼ばれて、ギルもきっと寂しかったんじゃないかな」
「なっ! おい、おまえ」
「ギル。人はね。大事な人がいなくなった時にだけ、寂しいと思うわけじゃない。側にいても、気持ちがすれ違うと寂しいと思うものなんだよ。僕は人間じゃないから知らなかったけど、ギルも三分の一しか人間じゃないから知らなかったんじゃないかな」
真顔で諭すように言うエルキドゥにすっかり毒気を抜かれたギルガメッシュは、しばらく眉間を揉んでいたが、ややあって立香に向き直る。
「貴様には術がかけられている。それはわかっておるな?」
「はい」
「貴様がそれを受け容れたゆえ、術は、より強固なものとなった。それもわかっておるな?」
「はい……。あのときどうして納得してしまったのかなって、それを思うと、悔しくて……」
赤い瞳が剣呑な光を宿す。
「あの老獪な魔術師どもが、周到に用意した罠ぞ。腕によりをかけた術式ぞ。貴様ごときに何かできたはずと申すか。自惚れるでない」
「うぬ、ぼれ……?」
あまりにも予想外の言葉に立香は理解が追い付かない。それは自分から最も遠い言葉ではなかったか。
「如何にも。貴様の落ち度は、罠に嵌ったことでも術に陥ったことでもないわ。其も、ひとりでノコノコと敵の巣窟に出掛けて行きおったことよ」
「え」
「まだわからぬか。倫敦に着いた時点で、貴様が抗い得る手立てはもう何ひとつなかったと言っておる。悔やむならば、護衛の一騎も連れずに行ったことを悔やむがよい」
「……あ」
「漸く理解したか。この呆気者が。貴様は我の所有物ぞ。所有物の分際で、我の許しなくひとりで出かけていくなど」
――我が知っておれば、むざむざひとりで行かせはしなかったものを。
口には出さないギルガメッシュの痛恨の思いが、立香には聞こえた気がした。
「王様。…………ごめんなさい」
「フン。雑種の一匹や二匹、どこでどう斃ろうが、我の知ったことではないがな」
エルキドゥが「ギルはほんとに素直じゃない」と嘆き顔で首を左右に振る。ギルガメッシュは、そんなエルキドゥを視界に入れまいとしているようだ。
「その術はな、忌々しいことに何重もの構えを備えた罠になっておる。貴様の元を訪れたサーヴァントがことを、貴様が忘れたのはそのせいよ」
「それは……どういう?」
「いまだ仔細はわかっておらぬのだが。ともあれ、サーヴァントあるいは貴様がその罠に触れたが最後、貴様は、そのサーヴァントとの記憶を再び失う。そしてサーヴァントは、その姿を失う」
再び大声を漏らしそうになった立香だったが、両の拳を握りしめ、なんとか堪える。そんな立香をエルキドゥが励ますように見やる。
「どんなきっかけで罠が発動するかも、まだわかってないんだ。わかっているのは、ひとつだけ。マスターが忘れていること――サーヴァントのことやカルデアのことを、一方的に話したり押し付けたりすると、罠が動いてしまうみたいなんだ」
「それが、先の問いに対する答えだ。なぜ我等がカルデアの話をしないのか、なぜ慎重なのかと問うたな。差し詰め、そういうことよ」
「そのサーヴァントたちは……」
「なんだ?」
「消えて、消えてしまったサーヴァントたちは、どうなったんですか⁈」
怒ったように声を震わせ、立香が問う。
ほんの一瞬、ギルガメッシュが立香を気遣うような表情を僅かに見せた。
「座に戻ったか。消滅したか。あるいは霊体化して彷徨っておるか。尠くも、カルデアに戻っては来なかった。よって、仔細がわからぬ」
座っていられないほどの衝撃を受けた立香だったが打ち萎れてはいなかった。小さく震えながらも、しっかりと顔を上げる。
「王様。オレは、カルデアでの記憶を取り戻したいと思っていました。けど、そのためにサーヴァントが消えてしまうのなら、このままでも構わないです」
敗北宣言ともとれる立香の言葉に激するかと思われたギルガメッシュだったが、案に相違し、諭すがごとく静かに問いかけた。
「無理と言うか? もはや戦えぬと、貴様はそう言うのか」
その言葉を聞いた瞬間。
立香の中で何かが大きく動いた。
脳裏を映像が駆け抜ける。
街。泥。城壁。森。泥。杉。泥。市場。泥。山。泥。冥界。泥。鎖。泥。女神。泥。泥。泥泥泥泥
その姿を傍から見ると、瞬きもせず大きく見開いた眼球が左右に揺れ、尋常な様子ではなかった。が、なぜかふたりは黙って見守る。
立香は或る出来事を早回しで見ていた。
それは立香の中で封印されていたものだった。
いまだ断片的であり時系列も定かではなかったが、それでもその映像の中には、ギルガメッシュがいた。エルキドゥがいた。
そして、立香自身がいた。
圧倒的な力を示す創世の神を目前に、それでもなお檄を飛ばす王の姿に、心が震えた。自分は、聞かされていたように安全な場所でただ震えていたわけではなかった。
少なくともあの場所では、ともに戦っていた。
ともに戦っていたからこそ、あのときもこうして背中を押してもらったのではなかったか。
憶するなかれと檄してくれたのではなかったか。
立香の目が焦点を取り戻し、ふたりを見つめる。
「いいえ、王様。ここに、健在です」
軽い笑みを湛え、引き結ばれた口元。
常に前だけを向く、明るいアクアマリンの瞳。
そこに在ったのは、カルデアのマスターの貌だった。
「マスター。なにか思い出したの⁈」
「王様の都でのことを、少し。他のことはまだダメみたいだけど」
「この惚け者めが」
「ごめんなさい。王様に話したいことがたくさんあるよ。でも、とりあえずお腹が空いた」
「食べよう食べよう。美味しそうだよ、気づかなかったけど」
「ほんとだね。気づかなかった」
立香と笑い合ったエルキドゥが、嬉しそうに皿を寄せる。
ギルガメッシュは取り分けられるのが当然とばかり腕組みをしている。
その光景に、立香は別の記憶を刺激された。
「ねえ、カルデアでもこんなふうにみんなで一緒に食事をしたよね。誰がご飯を作ってくれていたんだろう。あんなにたくさんのご飯……。そうだサーヴァントが……。エプロンをしたサーヴァントがいたよね、大人の、男の人……赤い……」
エルキドゥが、はっと顔を上げる。
「ねえ、ギル。今のは」
「うむ。《条件》が揃ってしまったか。致し方ないわ」
ギルガメッシュは苦いものを噛んだかのような顔で、端麗な顔を顰めている。
その、刹那。
光の粒が、幾つも現れた。
人が手を広げたほどの大きさの螺旋を描く。
その光が徐々に、
旋回し、
収束し、
回転し、
揺らめき、
さざめき、
煌めき、
弾けた。
強烈な閃光があたりを満たす。
あまりの眩しさに瞼を閉じた立香が、再び目を開くと。
そこにはひとりの男が立っていた。
「私のことは、エミヤと呼んでくれないか。マスター。また会えて嬉しい。――たとえ、不本意にも金色の王が居合わせたとしても…………おい⁈」
取り澄ました顔で立香に挨拶をしていた白銀の髪の男が、ふたりのサーヴァントを見て動揺する。
「おい、ギルガメッシュ!」
「なんだ」
「今の……おまえのクラスは、何だ?」
「フン。王たるもの、クラスなぞにいつまでも縛られてはおらぬ」
「それ! 僕も気になってたんだよね。ギルのクラス。実際どうなの」
「そういえばこの前とたいぶ雰囲気が違うなって思ってました」
「フッ。我にも判然とせぬ」
「ギルそれ威張るとこなの⁈」
「わからないわけがあるか。それにエルキドゥ、おまえのでたらめな魔力はいったいなんだ? それに契約は? どうなっている⁇」
「ふふふ。僕はちょっとズルをした」
「ズル、だと?」
「そう。ズルをした。今の僕は宝具を打てない。そんなことをしたら隣の星が割れてしまうからね」
(第3話に続く)
隣の星が割れるって‥いや‥それ…… うん!次も楽しみだなぁ‼︎( ᐛ )スットボケ