記憶を奪われたマスターと世界最古の王 1
FGO第1部の後、魔術協会に記憶を奪われ、カルデアを放逐されたぐだ男の「if」の物語です。
・マスターぐだ男は藤丸立香♂固定です。
・捏造満載です。捏造しかありません。
・口調、呼び方、人称等、いろいろ曖昧ですがご容赦ください。
・公式の設定と違っていても「この話ではそういう設定なんだな」と思っていただきたいです。
・腐向けではありません。エロもCPもございません。健全なる全年齢向け。仲良しのふたりも「×」ではなく「+」のイメージ。(伝わ…れ!)
その辺も「すべて問題ないよ気にしない」と言ってくださる心の広い方、少しでも楽しんでいただけましたら、とてもとても嬉しみです。
これが初作品です。数多ある作品の中から、目に留めてくださってありがとうございます!投稿方法もよくわからないままの自己満足ですが、どうぞよろしくお願いします。
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[追記]
読んでいただき、そしてコメントいいねブックマーク、ほんとうにありがとうございます!
反応をいただけるというのは、とても嬉しいものですね。
勇気が出たので続きを書こうと思います。
退路を断つため(笑)シリーズ設定に変更いたしました。
もしよろしければ、次作、また付き合いいただけましたら嬉しいです。
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人理は修復された。
人類は未来を取り戻した。
長い旅だった。
忘れられない出会いがあった。
忘れてはいけない別れがあった。
そして。
人類を救ったマスターは、カルデアを追い出された。
そして――。
*--*--*--*--*--*
立香が日本に帰国してから、およそ二年の月日が流れた。
高校には復学せず、大学の受験準備に約一年。
なんとか大学合格をはたし、上京してから一年。
ようやく雑踏に慣れ、人混みに酔わなくなってきたのはつい最近のこと。
カルデアでの記憶はごく淡いものになっていた。
あの旅のことも、サーヴァントたちのことも、カルデアでの暮らしのことも、もうぼんやりとしか思い出せない。
世界を救う旅。
場所も時間も超えるレイシフトという旅。
サーヴァントだけではレイシフトできないため、必ず自分が同行した。はっきり覚えてはいないけれど、記録にもそう残されている。
でも。
ただついて行っただけ。
何もできなかった。
何の役にも立てなかった。
送られて、守られて、そして帰ってきただけ。
だから。
だからたしかに自分は役立たずだったのだろうけれど、それなりの「思い出」があっても害はないだろうに。ちょっとばかりの思い出があったところで、こんな自分に何ができるわけでもないのに、と少し恨めしく思う。
(一年以上も外国にいて、思い出のひとつもないなんてなあ……)
すべてが終わり、鼻息荒く乗り込んできた魔術協会は、数か月にわたり居座った挙句、「監査の結果、藤丸立香は取るに足らない存在であると判断した。よって帰国を許す」と、立香に言い渡した。
――しかしそれにしても。
――魔術師の才能はもとより、スタッフとして働くための技術も知識もない……と。
――この一年、あなたはここでいったい何をやっていたのです?
蔑まれ、非難され、
――このまま居たければカルデアに居ても構いませんよ。
――しかし、君がここで何かできるとは思えんがな。
――まだ若いんだ。帰国して、普通に勉強して普通に就職したらどうだね?
それもそうだなと思い、
――ついてはカルデアでの記憶を少し消させていただきます。
――なあに、すべて消すわけではない。機密情報だけよ。
それはちょっとイヤだなと思ったが、
――あなたがここで見聞きしたものは人類にかかわる重要な秘密なのです。
――もしも尋問されたら、君はそれを防ぐことができない。
――だから「覚えていない」のが最善なのだよ。
それならしかたないと納得するしかなかった。
いや、納得してしまった。
今にして思えば。
何を消すのか。
消すとどうなるのか。
戻すことはできるのか。
もっときちんといろいろ確認するべきだった。
思い返せばあの時は、数日にわたり軟禁されていたせいか頭がぼんやりとしていた。そのせいもあって、あんなにあっさりと認めてしまったのではないかと思うのだが、いまさらどうにもならない。
そして、カルデアに戻ることもなく、誰に見送られることもなく、立香はひとり帰国の途についた。
別れを言いたい誰かがいたような気がして後ろ髪を引かれたのだが、それが誰かを思い出すことさえできないのでは、どんなにもどかしくても、どうしようもなかった。
帰国の直前。カルデアの職員と名乗る女性が面会に来てくれた。きわめて短時間の面会であったにもかかわらず、なぜか深く心に刻まれた。
折に触れ、その女性の言葉を思い出す。
「我々は魔術協会との駆け引きにちょっと失敗してね。君が間違っても封印指定なんかくらわないよう上手く立ち回ったつもりが、まさかこんな手に出るとはね」
カルデア職員であるからには、一年にもわたりカルデアで共に過ごしたはずなのに、その女性にはまるで見覚えがなかった。それなのに、まるっきり知らない人という感じもしなかった。
「人間の記憶っていうのはとても複雑なシロモノでね、消すのは意外に難しいんだ。見えなくしておく程度では、ちょっとした拍子に鍵が外れてしまう。かといって徹底的に消そうとすると、人格に影響が出かねない」
形の良い鼻の頭に、ちょっと皺を寄せる。
「だからね、少しだけ偽の情報を与えて、どこからどこまでが本当の記憶で、どこからどこまでが偽の記憶かわからないように、靄がかかったような状態にしておくのがいちばんいいのだよ。――マスターくん、君が魔術協会にされてしまったみたいにね」
私としたことが。まったく。慚愧に堪えない。
彼女はそう言って頭を振った。少し青味がかった豊かな栗色の髪が揺れたのを覚えている。
「でもまあ、記憶を封じたことで魔術協会が安心し、油断し、ひいては君の安全が保たれるのならば、そう悪いことでもないのかもしれない。我々にも少しばかり時間が必要だしね。なに、必ず元に戻してみせるさ。なにしろ私は天才だからね」
そのとき彼女がウィンクしたことまで覚えているのに、その瞳の色も形も思い出せないのは、ひどく奇妙な感じだ。
「カルデアでのその記憶を、朧なまま、大事にしていてくれたまえ。無理に思い出そうとしなくていい。ときどき心の中から取り出してくれればいいんだ」
それはどういうことかと問おうとしたとき、時間ですと監視が入ってきて彼女を追い立ててしまった。
「ま、約束だから仕方ないか」
いかにも嫌そうに立ち上がりつつ、スカートの裾を直すふりで屈み込み、立香にだけ聞こえるように囁いた。
「それだけできっと、絆は繋がっていられるから」
わかったかい? と目で尋ねられて、大きく頷く。
実はよくわかっていなかったのだが、彼女が自分のことをとても心配していること、そして心から別れを惜しんでくれていることは理解できたから、彼女を安心させたかったのだ。
そのとき彼女が言ったことはすべてありありと思い出せるのに、その日より以前に彼女と交わした言葉は何も思い出せない。それでも立香が素直に彼女の言葉に従ってきたのは、彼女が言う通りにしていれば間違いはないと、何ら根拠がなくともなぜだかそう信じられたからだった。
さらには、時折そうして意識的に思い出していないと、カルデアにいたことすらいつしか忘れ果ててしまうのではないかという不安もあった。写真の一枚さえ手元にはない。パスポートの記録は東京ロンドン間の往復しかない。もしかしたらあれは夢だったのではないかと思うことがある。
(……思い出せることも減ってきたなあ)
歩きながら春の空を仰ぐ。
いつの間にか日暮れ近くになっていた。
夕陽が空を菫色に染めている。珍しい夕焼けだなと見上げていると、こんな瞳をした誰かが近くにいたような気がしてきた。だけどこれも気のせいなのかもしれない。
カルデアのことを思い出すのは楽しい。楽しくて、温かい。できたての砂糖菓子のようにきらきらしている。けれども、細部を見つめようとすると、ほろほろと解けてなくなってしまう。そのもどかしさに、血が滲むほどに唇を噛む。
食堂の喧騒。
レイシフト前後の高揚。
召喚時の緊張と興奮。
懐かしさに胸の奥がきゅっと焦げる。
どれもこれも、けして忘れてはいないのだが、本当にあったことのように思えない。もっとずっと幼い頃の記憶のような感覚だった。コマ切れで、順序も定かではなく、自分自身の記憶なのか親から聞いた話なのか判然としないような、そんな感覚。
――君のためなのだよ。
――人類のためだ。
――忘れたほうが安全なのです。
そう。
きっとその通りなのだろう。
あれだけ大勢の人たちが口を揃えてそう言ったのだから。
だけど。
もう少しだけ、もうほんの少しだけ、記憶を残しておいて欲しかった。と、思わずにはいられない。
無機質なほどにさっぱりとしたマイルームで過ごした、「誰か」との穏やかな時間。
それは、この二年の間に幾度となく取り出して眺めていた優しい記憶。
マイルームの様子はくっきりと鮮やかなのに、そこで一緒に笑い合っている相手のことは、ひどくぼんやりとしか思い浮かばない。
(君は……誰?)
*--*--*--*--*--*
大学では古代文明を学んでいる。
人理を修復した仲間……と言うと、思い上がるなと叱られそうだが、どんなにみそっかすであってもその一員だったのだと思うと、英雄たちのことをもっと知りたいと考えるようになったのだった。
今日はレポートのため、古代史博物館に来ている。
タッチパネルで古代の地図を操作しつつ、
(メソポタミア、ウルク……。こんな大昔の英雄もサーヴァントとして召喚されていたんだろうか。世界最古の王とか。あ、課題の叙事詩を読まなくちゃ。王様と友達の物語、だったっけ……)
そんなことをとりとめもなくつらつら考えていると、
「ほう、雑種。貴様、感心にもウルクを覚えておったか。我が都から学ばんと欲するは、なかなか殊勝な心がけ。聢と励むがよい」
すぐ後ろから声がかかり、ビクッとして振り返った。
そこに立っていたのは、尊大に腕を組む金髪の青年と、透き通るような緑の髪を長く垂らした女性……ではなくこちらも青年のようだ。
東京に出てきて、都会には同じホモサピエンスとは思えないほど美しい人がいることに驚いた立香だったが、このふたりはそんなレベルではなかった。陶器じみた肌、宝玉のような瞳、すらりと長い手足、強烈な存在感。もはや同じ人類とは思えず、立香は我知らず後退る。
(び、美形。美形すぎてこわい。頭身バランスおかしい。だ、誰……?ていうか、今、『雑種』って言った? 雑種? オレのこと??)
混乱する立香を、金髪の青年が嗤う。
「フッ。どうした。やはり覚えてはおらぬのか。雑種ごときが我の顔を見忘れるとは、不遜の極み」
「ギル、無茶を言っちゃダメだって。彼がどういう状態か、聞いていただろう?」
その瞬間。
「ギル」と呼びかける声を聞いた瞬間、立香の中で何かがカチリと小さく動いた。
「いいえ! 忘れてません! カルデア、の!」
弾むような声を受け、ふたりの青年は驚きつつも複雑な笑みを浮かべた。
「覚えておるではないか。キャスターめ、ずいぶんと大袈裟に吹いたものだわ。まったく。この我を脅かしおって」
「そう、だね。あんなふうに言うから、どんなことになってるのかと思ってたけど」
そんな彼らに立香は丁寧に一礼する。
「もちろん覚えていますよ! ギルガメッシュさん、エルキドゥさん。お久しぶりです! どうしたんですか、こんな遠くまで……。あ、もしかして任務ですか?」
ざわり、とふたりの背中を厭な感触が這い伝う。
「雑……種……ッ!」
「待って、ギル。――ねえ、マスター。自分に会いに来たとは思わないのかな」
苛立つギルガメッシュを抑え、感情の読めない声でエルキドゥが問う。
「まさかそんな! 畏れ多いですよ。ほとんどお話ししたこともなかったのに、覚えていただいていたなんて。それにマスターだなんて。ぼくなんて、名前だけのマスターだったのに、ほんとありがとうございます……。それだけで、感激です」
「な……に?」
「……マスター……」
予想外のふたりの反応に、立香は困ったように笑う。
「あ……。失礼だったならごめんなさい。オレ、カルデアでのことあんまり……」
眉をひそめるギルガメッシュ。
「覚えていない、と申すか」
「ギル、だから彼は」
窘めようとしたエルキドゥを、ギルガメッシュが「なに、無理強いはせぬ」と片手で制する。
「雑種。貴様はカルデアにいた間、我らと接することはなかったと?」
「はい、あ、いいえ! サーヴァントの皆さんだけではレイシフトができないので、マシン操作とかの役割がなかったオレが毎回一緒にレイシフトしていたと、そんなふうに聞いています」
「レイシフトは共に行っていたが、我が貴様のことを覚えていたのが意外なほどに、サーヴァントとは僅かな関わりしかなかったと申すのだな」
「あ、え、は、はい……」
ふむ。と、ギルガメッシュは腕を組みなおす。
「して、雑種よ。それでは貴様、カルデアでは何をしておった?」
「ええと、皆さんの手伝いとか……雑用? なのかな。魔力もないし……技術も知識も……なくて……だから、その、大したことはできなかった……かと……。役に立てなくて、ごめんなさい……」
だんだんと俯き声が小さくなる立香を見て、エルキドゥから表情がすっぽりと抜け落ちる。
「これはどういうことなのかな」
「どうもこうも、魔術協会の術がかかっているのであろう」
「でもサーヴァントのことはわかったじゃないか」
「単純に忘れさせられただけならば、自らを天才と嘯くあのキャスターが二年も手を出しあぐねることもなかろう」
理由はわからないながらもサーヴァントたちの不興を買ってしまったことを察した立香は、勇気を出しておそるおそるギルガメッシュを仰ぎ見る。しかし、だからといってどうすることもできず、もともと大きな目をこぼれんばかりに見開いてギルガメッシュを見上げた。
不安に揺れるアクアマリンの瞳をルビーの瞳が捉える。
ピジョン・ブラッドと呼ばれる最高級のルビーをも凌ぐ鮮やかな赤の瞳は、神性の証。そこから放たれる強烈な光に射抜かれ立香は竦んだが、それでも目をそらすことなく、ただまっすぐにギルガメッシュを見上げ続けた。
そんな立香の視線を冷たく捉え続けていたギルガメシュだったが、ややあって、何かに驚いたように目を瞠った。
「…………! フハハハハハハハハハハ!」
世界最古の王の哄笑が展示室の空気を揺らす。
それに応えるかのようにヒエログリフの刻まれた粘土板がカタカタと震えた。
「マスター、貴様の目は変わらぬな。その目だけは我が宝物庫に入れてやってもよい」
絶対零度の眼差しを和らげる。
「少し背が伸びたのではないか。いや、幾分か大人びたか。今の貴様を見たら、盾の娘も惚れ直すやもしれぬぞ?」
からかうような軽い笑みを向けられ、立香は困惑した。
「盾の、娘……?」
「比翼のごとく、いつも連れ立っておったであろう。貴様、あの娘のことまで忘れたか?」
ギルガメッシュが怪訝な面持ちになった、その刹那。
エルキドゥの纏う空気が変容した。
ぐい、と前に出る。
「マスター! マシュを、君はマシュを覚えていないの⁈」
「おい、エルキドゥ、この我を押し退けるとは、ふけい」
「ギルうるさい‼ マスター? マシュだよ⁈ マシュがわからないの?」
「マシュ……さん? ええと、ごめんなさい。その方もサーヴァント……ですか?」
困惑する立香。
エルキドゥが絶句する。
「マスター、君は、君は!」
「落ち着け、エルキドゥ。マスターには術がかかっているゆえ責めてはならぬと言ったのは、おまえであったぞ」
「そう……だね」
「あの娘のことを思い出したが最後、マスターはどうあってもカルデアに戻ると言ってきかなかったであろうな。それをわかっておったゆえ、盾の娘の記憶だけは周到に消したか」
いかにも魔術師どもがやりそうなことよ、と吐き捨てるギルガメッシュを見るエルキドゥの顔には表情が一切なく人形じみて、こうして動いて言葉を発しているのが不思議なくらいだった。
「マスターに、マシュを、忘れさせるなんて、許さない」
ペリドットの瞳が燃える。
握った拳に力を入れると、緑の髪が怒気でゆっくりと膨らんでいく。
「おまえがあの娘にそれほど肩入れしていたとは、我は知らなかったぞ」
「僕、じゃないよ、ギル。友達が、怒ってる」
「我の他に、友とな」と思わぬところで被弾したギルガメッシュだったが、「僕に人間の友達はいないよ」とそっけなく否定したエルキドゥに「ああ、あの獣か」と、それでなにやら得心がいったらしかった。
ふたりの、いやエルキドゥのただならぬ様子から、立香は自分が誰か「忘れてはいけないひと」を忘れていたらしいと察し、不安になる。
「オレは……」
「それ、見るがよい。おまえが責め立てるゆえ、雑種がしょぼくれてしまったわ」
ギルガメッシュが狼狽えている立香を指さすと、エルキドゥの纏った怒気がしゅるしゅると消えていく。そのまま立ち尽くすエルキドゥを「ふん」と鼻で嗤ったギルガメッシュは立香に向き直ると、
「我は、この街に暫し逗留する。また会うことがあるやもしれぬな」
言い残し、ひとり立ち去ってしまった。
残されたエルキドゥは、困ったように笑っている。
「あれはね、ギルは『会いに来い』って言ってるんだよ」
「……とてもそんなふうには、見えませんでした」
「そうかな。ギルにしてはとてもわかりやすかったと思うけど。――それよりマスター、さっきは悪かったね。君に怒っていたわけじゃないんだ」
困った顔のまま、エルキドゥが詫びる。
「じゃあまたね、マスター。会えて嬉しかったよ、ギルも、僕も。――僕たちを思い出してくれて、ありがとう」
と、突然、小さなつむじ風が起こり緑の髪をぐしゃぐしゃに乱していく。エルキドゥが無造作に手を振ると、風船ガムがパチンと弾けるような音が聞こえたようだったが、きっと気のせいだろう。
「ど、どうしたんですか?」
「さあ? もしかしたら、誰かさんがヤキモチを焼いたんじゃないかな。マスターに思い出してもらえなくて、姿を現すことができなくて」
ますます風に乱される長い髪を手櫛で整えながら、エルキドゥはちょっと意地悪く「やつあたりは醜いよ」と笑う。立香には何のことやら理解ができず問いかけようとしたが、エルキドゥは見惚れるような笑顔を残し、つむじ風につきまとわれながらふわりと立ち去ってしまった。
*--*--*--*--*--*
博物館の入り口近くの壁に寄りかかり、ギルガメッシュが待っていた。腕を組み軽く目を閉じた姿を、女子高生たちが幾重にも遠巻きにし、ひそひそと騒いでいる。
「ギルは嬉しそうだね」
「そう見えるか」
ギルガメッシュが「ふっ」と笑う。
「たわけ。雑種の小娘ごとき」
「なんだ、しっかりあの女の子たちを意識してるんじゃないか」
「なっ」
反論しようとするギルガメッシュを「そんなことはどうでもいい」と軽くいなしたエルキドゥは「僕が言ったのはマスターのことだよ」と頬を膨らませる。
「あのときマスターが、それと意識していなくても僕らのことを考えてくれたから、僕らはこうしてマスターの前に姿を現し、話をすることができた。君も嬉しかったんじゃないかな」
「フン。あの探偵の仮説も、此度は的中したようだな」
「思い出してもらえない《ダ女神》もいたようだけどね」
つむじ風がひときわ激しく壁のポスターをはためかせ、去っていった。
ギルガメッシュは腕を組んだまま沈思している。
「おまえはマスターをどのように思った?」
「どう、って。いろいろ忘れているみたいだけど、やっぱりマスターはマスターだなと思ったよ? ――マシュを忘れてたことは許し難かったけど」
絶妙なタイミングで鳴き声の合いの手が入ったように聞こえたのは、これも気のせいか。
「そのことも含め、得心がいかぬことが多かったであろう」
「そう、だね。カルデアに居たことは覚えていたけど、マスターだった自覚がないみたいな……」
「おそらく、偽の記憶を刷り込まれたのであろう。カルデアとサーヴァントは世界を救ったが、自分は何もできなかった、そういう記憶をな」
「魔力もない一般人がカルデアにたまたま居合わせたら、普通はそうなるからね、難しい暗示ではなかったのかもしれない。けど……。あんまりだ」
ギルガメッシュは「そうだな」と呟きつつ、壁に貼りだされたポスターを一瞥する。
『夏休み特別企画 古代メソポタミア文明展』
人類の歩みとともに忘れられていった、古の都。
「しかしな、エルキドゥ。忘れたことそれ自体はそう悪いことではないやもしれぬ。
抑、人間が物事を『忘れる』のは、神らの呪いではなく、贈り物なのだ。我らのごとくすべてを覚えていたのでは、人間の心は耐え切れぬゆえに、な。
この国の、この時代を見よ。人間どもの呆けた顔を見よ。この地において、あやつがカルデアでの記憶を丸々抱えていたのでは、暮らしにくいのやもしれぬぞ」
「だけど!」
エルキドゥが抗議しかけるのをギルガメッシュは身振りで制しつつ、肯定の意を示すため頷いてみせる。
「なれど、己が成し遂げたことを忘れているのは、いささか不憫ではある。あやつは、雑種にしてはよくやっていたゆえ」
「ギル。君もたまには優しいことを言うんだな」
「不敬であるぞ、エルキドゥ」
エルキドゥの軽口にギルガメッシュも軽口で返す。なんのかんのと言いつつ、久しぶりに立香に会えてふたりとも心が浮き立っているのだ。
「間近にあの瞳を覗き込み、ようわかった。いかに記憶が改竄され、いかに誇りを奪われようとも、あやつの魂は少しも損なわれてはおらん」
ルビーの瞳が炯炯と輝く。
「あのマスターは我のもの。ひいてはその記憶も我のものである。我が宝を掠め取った魔術師どもには、王より直々に誅を下す必要があるようだな」
友が久しぶりに見せた顔に、エルキドゥは満足気に微笑みかける。五千年を経ても変わらない、戦いへと赴く王の顔だった。
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ギルガメッシュとエルキドゥが去った後、立香は気を取り直して展示の閲覧に戻ろうとしたが、まったく集中することができなかった。
(レポート明日までなのに。困ったな)
博物館を出て、最寄駅に向かう。
慣れたはずの人混みがいつにも増して居心地悪く感じられ、駅構内へと続く地下道に入ることができなかった。流されるに任せ、ふたたび屋外に出る。
(少し距離があるけど。隣の駅まで歩こう)
人のいないところで、先ほどの出来事をゆっくり整理したかった。
(ギルガメッシュさんとエルキドゥさん、かなり怒ってたな……)
自分に向けたものではなかったとは言ってもらったが、それでも怒らせてしまったことが悲しかった。
「マシュ……。マシュ、さん。マシュ、くん? マシュ、ちゃん? マシュ?」
名前を声に出してみると、知らない名であるはずなのに、発音がしっくりと口に馴染んでいた。何度も何度も声に出してみる。「マシュ」と呼び捨てにするのがいちばんしっくりくるようだった。
(マシュ、って呼んでいたのかな。親しい人? それともサーヴァント? だったんだろうか)
そんなにも親しい相手をたかが二年で忘れるはずがないのに、と記憶を探るが、深いところに潜ろうとすると、いつも頭の中に霞がかかったようになり、締めつけられるように痛む。それ以上深追いするとすべてが消えてしまうぞと脅されたよう気がして、いつもそこで断念してしまう。
(どう……して……?)
どうして、親しかった人のことさえ思い出すことができないんだろう。
悔し涙がじわりと滲んだ瞳で見上げた空は、この季節には稀なほど青く澄んでいて、白い雲が強い陽光に輝いていた。
こんな空を、いつか誰かと見たような気がする。
もっともっと、広くて大きな空を。
そう、そこには白銀に輝く山嶺が見えていて、
そして、
――そして
――誰かと、手をつないで……いた?
(そうだ、誰かと手をつないでいた!)
つないでいた手の主は思い出せなくても、手の温もりは覚えている。
この記憶は絶対に間違いじゃない。
立香は顔を上げ、ふたたび空を仰ぐ。
どこか覚束なかった瞳に力が戻る。
(取り戻そう。オレの、記憶)
――取り戻す。必ず!
多くのサーヴァントを魅了した魂の輝きを、再び、その瞳が映し出していた。
(第2話に続く)
流石屑な協会の魔術師!フルボッコですね!これは確定事項!すぐ終わらないようにPさん特製お薬打ってあげるからボッコボコにしてしまえ(=^▽^)💉