難民とつくる未来(4)
頼るあてもなく、24時間営業のファストフード店で夜を明かしたり、山手線に終電まで乗って寒さをしのいだり。NPO「WELgee(ウェルジー)」創設者の渡部カンコロンゴ清花さんは、東京に来て、そんな難民たちに出会った。
「どの国でも良かったが、たまたまビザが出たのが日本だった」という難民も多いという。それほど切迫していたのかもしれないが、入国した後は支援が乏しく、路頭に迷いがちだ。
「日本では爆弾で殺されることはないが、生きている感じがしない」。渡部さんは、ある難民の言葉が、胸に刺さった。
逆境を生き延びたたくましさに加え、会社経営者、医師、ジャーナリストなど、母国でキャリアを積んできた難民たち。
だが、日本では「難民」にさえ、なれていなかった。難民申請中という不安定な立場で、いずれ強制送還されるかもしれない不安の中で過ごす。
「過疎×難民」で挫折
ウェルジーが創設された2016年は、難民申請の結果が出た9632人のうち、認定されたのは28人。0・3%にも満たなかった。
能力を生かした就職ができれば、在留資格が安定し、日本社会にも貢献できる。
そんな「ブレークスルー」を思い描いていた渡部さんは、頼れる仲間を得た。市民と難民が出会う場として開いた「ウェルジーサロン」に来た山本菜奈さんだ。カナダ留学を終えたばかりの学生で、地方の過疎化の問題に、自治体のインターンをしながら取り組んでいた。
若い人材を渇望する過疎地と…