1972年3月25日にデビューし、2027年にはデビュー55周年という節目を迎える西城秀樹。亡くなったいまも日本人の心に生き続ける“激情”のスターだが、バラエティーで見せる素の表情もまた彼を語るうえで欠かせない要素の1つだ。純粋な音楽番組だけでなく、トークや喜劇的な立ち回りにおいて見せた人懐っこい笑顔。その背景には、誰にでもフラットに接する確かな人間力があった。節目となる2026年にいま一度、西城秀樹というスターの多面的な輝きを振り返る。
圧倒的な活躍の裏側にある、飾らない素顔と実直な人柄
アーティスト・西城秀樹の来歴を振り返ると、特筆すべき点は多い。スタジアムコンサートを日本人ソロアーティストとして初めて開催し、マイクスタンドを使用したダイナミックなアクションで音楽表現を盛り上げ、クレーンを使った大掛かりなステージパフォーマンスの導入。当時の歌謡界に西洋ロックミュージックの文脈を導入した功績は計り知れない。
またステージ上では“激情”と称されるほどの熱量を放つ大スター・西城だが、カメラが回っていない場面での彼は極めて気さくで温厚な人物だったという。あるWEBメディアが長年西城を撮影し続けたフォトグラファーの中村昇氏にインタビューした際は、「周りに気を遣う真面目さと、飾らない気さくな面を併せ持った青年」「超多忙な有名人なのに、スタイリストさんが自宅で開いたカレーパーティに来たり、コンビニのお兄ちゃんと気さくに話したり」「海外ロケに行っても現地の人とすぐに仲良くなり、フラットで気取りがない」といった証言も飛び出している。
35年間にわたって西城のマネージャーを務めた片方秀幸氏も、別のWEBメディアのインタビューで「オフのときはとても優しくて、人間味のある人でした」と告白。顔を見せれば黄色い悲鳴が聞こえ、ウインクすればファンが卒倒する人気絶頂のアイドルだ。時代も時代、大方のワガママや勝手な振る舞いを見せても不思議ではない。
一世を風靡する立場にありながら、関係者の言葉からは彼が地位に驕ることなく、誰に対しても分け隔てなく接する実直な人柄であった事実が見えてくる。そしてそんな西城だから、素の表情が映り込む観客を前にした公開バラエティーで魅せる輝きは格別だった。
「愉快にオンステージ」で見せた庶民的な素顔とファンを惹きつける魅力
バラエティー番組において、西城が素顔を見せた番組の1つが1989年から1993年にかけてNHKで放送された公開番組「愉快にオンステージ」。同番組はトークと音楽を融合させたバラエティーショーで、“公開収録”をおこなっていたのが特徴だ。
目の前に観客がいて、仕草や言葉の1つひとつをつぶさに観察される環境。収録ならカットできるが、観客が見て持って帰った情報は切り貼りできない。やり直しが利かない状況とあって当然出演者たちの素の人間性が見えてくる番組で、西城は非常に庶民的な表情を見せる。
1990年4月23日、7人いるホストのうち木の実ナナがホストを務めた放送回に出演した西城。木の実がもんじゃ焼き「もんじゃナナ」を開店したお祝いに訪れた西城…という筋書きで、2人は特製のもんじゃ焼きを実際にステージ上で調理し始めるのだ。
慣れない手つきながら、素直に木の実が指導するとおりに鉄板でもんじゃを焼き始める西城。だが駄菓子屋で食べられた5円のもんじゃ焼きについて木の実が話していると、西城は「口では美味しいとは僕は言いますけど、僕は広島生まれのね、“広島お好み”っていうのが一番合うんですよね」と爆弾を投入。
やがて「そんなに言うなら」と広島風のお好み焼きを作り始める木の実に、西城は意外なほどバシバシ厳しく指導する。お好み焼きをひっくり返すタイミングで観客から拍手が起きると、「お客さんは甘い」と広島のソウルフードに対する非常に高い意識を見せつけた。
木の実にも「マジじゃん」とツッコまれるほど熱を見せた西城。たしかに言葉の端々で台本以上に熱が入っているのだろうと思わせるアドリブが見え隠れしている。
どれほど売れっ子になろうと地元への愛を絶やさず、どんなことでもアツくなれる男。朗らかで愛嬌も良く、才能にあふれながら溺れない。好きになる要素がパンパンに詰まったバラエティーの舞台だ。
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