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サクラサク/Novel by 虹色べりー

サクラサク

35,291 character(s)1 hr 10 mins

公爵家の城にバッキンガムに会いに行ったリチャード。妊娠を告白したリチャードは、バッキンガムと一緒に生きて行くことを決意します。
二人は魔女であるジェーンを頼り、その後・・・という展開がこのお話になります。
現代日本が主な舞台です。
性分化疾患、インターセックスの描写は医学的な事実に基づいていません。リチャードの身体についての記述は私のこの小説内の捏造です。いわゆる両性具有と呼ばれる方々を馬鹿にしたり、揶揄するものではありません。それと同様に一神教の方々を貶めるつもりもありません。
魔女の村は、萩尾望都先生の「ポーの一族」に出て来るポーの村を参考にしました。長老の存在や、儀式などもそれに準じています。

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 リチャードの目の前にはピンクの海があった。理解が追い付かずしばらくの間ぼんやりとそのピンクの海を眺める。
リチャードが横たわっているベッド横のテーブルの上に置いてある花瓶から、溢れんばかりに生けられた薄桃色の小さくて可憐な花。可愛らしい花は半分まだ蕾だった。イングランドのブラックソーンに似ているがそれとは違うようだ。微かな薫りと夢のように滲んで輪郭が溶け合う、リチャードが見たことの無い花だった。
その花の横からリチャードの恋人が顔を覗かせる。
恋人はリチャードが目を覚ましたのを見て嬉し気に二つの金色の目を細め、彼を驚かせないようにそうっとベッドに近付き白い額に口付けした。
「リチャード、目が覚めたか?」
二つの黄金色の瞳の持ち主はもちろんバッキンガムだった。よく見れば彼の瞳は涙で潤んでいた。
「目を覚まさないかと心配したぞ。」
リチャードは瞬きを繰り返し、己を覗き込むバッキンガムの顔をぼうっと見ていた。
「……ヘンリー…?」
「ああ、俺だ。気分はどうだ?ここは安全だから心配するなよ。」
バッキンガムは愛おしそうにリチャードの頭を撫で、彼を安心させるように微笑んだ。

 段々頭がはっきりして来たリチャードは、あれからどうなったのかと彼に問い質した。
「俺たちがあの薬を飲んでからすぐにジェーンにイングランド国外へ運ばれた。そこでしばらくの間ほとぼりが冷めるのを待っていたそうだ。なんせイングランドでは国王とその腹心の公爵が二人して突然消えたんだからな。大騒ぎだったらしい。」
「……そうだろうな…」
リチャードはふぅと溜息を付いて置いて来た責任と打ち捨ててしまった家族を想った。
「アンとエドワードはどうなった?」
「彼らは無事だ。前王妃と前王太子として次の国王に大事にされたそうだ。俺たちは忽然と歴史から姿を消した二人として英国史における謎と、今も議論されてる。」
「…?…何を言ってる。歴史?英国?」
バッキンガムはリチャードの目を見詰め、その白い頬に手を当てた。
「……リチャード、驚くなよ。今は二十一世紀、俺たちの生きた十五世紀から五百年以上経ってる。」
リチャードはポカンとし、まじまじとバッキンガムの顔を見ている。
「……ヘンリー、何をふざけてる。まともに答えろ。」
「信じられないと思うが本当だ。俺も目を覚ました時夢かと思った。俺はあんたより三年も前に目覚めたんだ。ジェーンに教えられた時信じられなかったが、世の中を見て真実だと分かった。」

 バッキンガムは窓際に設置されているリチャードのベッドをリクライニングさせて外を見やすくしてやり、窓のカーテンを開け放った。
リチャードの目に飛び込んで来たのは、見慣れた陰鬱なロンドンの景色ではなく、今まで見た事の無い突き抜けた明るい青空と下方に見えるどこまでも続くピンクに霞む木々。その中の小径を歩く人影、陽光を反射して動く箱形の塊、二つの輪に乗って先を急ぐ人間。二本の線の上を動いて行く連なった長方形の箱……遠くに見える信じられない程背の高い建物らしき影。
ふわりと暖かい風に載って花の薫りがリチャードの鼻腔をくすぐった。
「……な、んだ…ここは…」
「ここは二十一世紀の日本だ。」
「二ホン?なんだ、それは。聞いたことも無い……」
「東洋の島国だ。イングランドから見たら最果ての国、極東にある東洋人たちが住む国だ。マルコ・ポーロの東方見聞録に出て来るジパングという国があったろう?そのモデルになった国だ。」
「極東…ジパング…それは空想上の東方の島だろう?実在したというのか。」
「何でヨーロッパじゃなくてそんなとこにいるのかと疑問だろ?」

「俺たちを抱えてジェーンは苦労したらしい。俺たちが一向に目覚めないし、ヨーロッパにいるのは気が気ではなかったそうだ。あの当時も魔女狩りやら悪魔信仰はまだ多少なりとも残ってたし、一部の貴族たちは俺たちをしつこく捜していたと聞いた。見つかれば何をされるか分からなかったからな。だから割合すぐにヨーロッパを脱出して東へ東へと点々と住居を変えたと聞いた。そしてついにこの極東の島国に到達した。」
リチャードは目を丸くして聞いていたが、衝撃を受けたのか黙り込んでしまっている。
「…リチャード?大丈夫か?」
リチャードはベッドに頭をもたせ掛け、バッキンガムをジッと見詰めて胸いっぱいに花の薫りを吸い込み深呼吸をした。
「……つまり、今は二十一世紀で、ここは二ホンとかいう国なんだな?」
「そうだ。あんたは呑み込みが早いな。」
リチャードはしばらく目を瞑っていたが、重大なことを思い出したようにギョッとした顔になりバッキンガムの腕を強い力で掴んだ。
「ヘンリー…赤子は、赤子はどうなったんだ。俺の腹にいたあの子は…まさか……」
リチャードは己の腹を押さえて何とか立ち上がろうともがいた。
バッキンガムはもがくリチャードの身体を支え、フラフラしている彼を座らせた。
「リチャード、心配するな。赤ん坊はまだあんたの腹の中にいる。あんたと一緒にずっと眠ってた。」
バッキンガムはリチャードの背を擦り、まだ少しも突き出ていない彼の平らな腹に手を当てた。
リチャードは見るからにホッとした顔になり、バッキンガムの肩に頭を預けて独り言のように震える声で呟いた。
「……良かった…」

「あら、眠り姫がやっとお目覚めになったのね。」
軽いノックと共にジェーンが部屋に入って来た。リチャードが覚えている当時から何も変わらない妖艶な顔付きで彼に笑い掛け、ゆったりとした仕草でリチャードを安心させるように診察を始めた。
「どこにも悪いところはありませんわよ。赤ん坊も無事ですわ。でも念の為あとでエコー検査をしましょうね。」
「?こだまエコー?」
「赤子の成長などを診る機器ですわ。リチャード様、色々戸惑うこともおありでしょうが、気持ちを落ち着けて毎日を過ごしましょう。赤子のためにね。」
 リチャードが不思議そうにジェーンとバッキンガムの二人を見た。先程から感じる違和感の正体がやっと理解出来たのだ。
彼らは見慣れない服装をしていた。ジェーンは真っ赤な色のまるで庶民の女性が着るようなふくらはぎが見えるドレスのような服を着ていた。その上に白の長い上着を羽織っている。後で知ったが、白衣とかいう物らしい。
バッキンガムもいつもの黒ずくめの恰好ではなく、襟の付いた細い縦じまの白いシャツにグレーの袖無しのタブレット、首元で結ばれた細長く胸に垂らされた布、センターに折り目があるグレーのズボンを穿いていた。
よく見ればリチャード自身もジェーンと似た服を着せられている。ただ色味はもっと落ち着いた淡いブルーだったが。
「ここは私の病院ですわ。スタッフも全員魔女仲間なので気心が知れていますし、全員あなた方の素性は知っています。彼女らの口が堅いのは私が保証しますわ。だから安心してお過ごしくださいな。」

 また来ますと言い残してジェーンは病室を出て行き、リチャードはベッドにもたれながら窓の外を改めて覗いた。
なんて眩しい青空なんだろう、なんて暖かくていい薫りのする空気なんだろうと、見慣れない景色を飽きもせずリチャードはじっと眺めていた。
「リチャード、苺ジュースを飲むか?まだ固形物はジェーンに止められてるから駄目だが、あんたの好きな苺を絞ってジュースにしたんだ。」
ジュースを受け取ったリチャードは一口飲んで目を丸くした。
「…美味しい……」
「そうだろう?あんたがもうすぐ目覚めそうだとジェーンが言ってたから、いつ目覚めてもいいように苺を毎日用意してた。」
バッキンガムはキッチンにある冷蔵庫からパックの苺を取り出してリチャードに見せた。
この病室はVIP専用の特別室で、病室というよりまるでマンションの一室だった。
苺を見たリチャードの目が再び丸くなる。
「なんだその苺は。本当に苺なのか?そんな大きなのは見たことが無い……」
「凄いだろ?この日本の果物はみんなこんな感じだ。大きくて立派なのが多い。ジェーンの許可が下りたらあんたに食べさせてやるからな。」
にこやかに話すバッキンガムをリチャードはまるで初めて見るかのように見詰め、口を開いた。
「…お前、何だか感じが変わったな。穏やかになったというか……」
「まあ、そうかもな…ここは平和だし、気候も温暖だし、敵もいないからな。」

「お前、眼鏡はどうしたんだ。」
リチャードはバッキンガムの顔をジッと見て先程から気になっていることを口にした。彼は以前と違って眼鏡無しで迷いも無く動き回っている。
「ああ、眼鏡も持ってるが、今はコンタクトレンズをしてる。」
「……コンタクト…?」
バッキンガムが柔らかくてごく薄いレンズを眼球の上に載せてるんだと説明すると、リチャードは目を痛そうにしばたかせ顔をしかめた。
「そんな物を目に入れて平気なのか?」
「違和感は何も無いし、むしろ眼鏡より視野が広がって快適だぞ。鼻に眼鏡の跡もつかないしな。頭痛持ちの俺には有り難い道具だ。」
 リチャードが溜息をついてベッドに頭を預けたのを見て、バッキンガムはカーテンを閉じてリチャードの乗るベッドを水平に戻した。
「疲れたろう。またしばらく眠れ。俺はここにいるから安心しろ。」
リチャードは目を瞑り、この二十一世紀はなんて衝撃的なんだろうと考えていた。あのバッキンガムがこんな温和になるとは。元々物静かだったが敵に対しては果断で容赦が無かった。自分の興味の無い人間に対しても冷酷に感じる程打ち捨てて眉一つ動かさなかった。王冠と公爵家と政治以外興味が無かったくせに、まるで別人じゃないかと、リチャードはウトウトしながら遥か遠くなった十五世紀のバッキンガムを想った。
……でも、このヘンリーも悪くない…昔も俺には優しかったし、面倒見が良かった。今はもっと優しくなったようだ……ここで、ヘンリーと一緒に俺たちの子を育てる……なんだか、夢の…ようだ……
リチャードは安心したように寝息を立て始めた。

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