野生人
野生人(やせいじん、ドイツ語形:ヴィルダー・マン[2]またはヴィルデマン[注 1][仮 1]、ドイツ語: Wilder Mann, der Wilde Mann;英語形:ワイルド・マン[9])[注 2]、野性人[注 3][注 4]、野人[5]は、とくに中世ヨーロッパの神話・伝説上の毛むくじゃらな野生人間。大自然や森林の中に住むとされる。その頭髪や体毛が苔むし、植物性(蔓や葉っぱ)の衣服や毛皮を着ており、棍棒や引き抜いた樹を手に持つという。
その対となる女性が野生女[12](ドイツ語形:ヴィルデフラウ[注 5]、Wilde Frau[12]、英語形:ワイルド・ウーマン[14])である。「森の人」「森の男」と呼ばれる存在もほぼ同義である[16]。男女共の集団はヴィルデロイテ[10][注 6](Wilde Leute、「野生人」[10]、「野性の人」[注 4])という。
中世ドイツ文学、特にドイツ英雄譚にヴィルデ・マン(中高ドイツ語: wilde man)が[注 7]、中世ドイツ語のアーサー王伝説ものなどに野生女(ドイツ語: Wilde Weib、wildez wîp)が登場し[注 8]、たいがいは敵方である。「森男」[注 9]や「森女」[注 10]の意味の名称でも呼ばれる。中英語にも、「森男(野生人)」をさすウッドウォーズ[仮 2](woodwose、wodewose)という呼び名がある。
主に19世紀頃から採集されはじめたドイツ語圏のフォークロア(民話・伝説)においては、特にアルプス一帯の野生人や野生女の伝承がみられる。人を襲ったり危害など加える言い伝えもあるが、ときには恩恵をもたらすなど存在として森林の精霊らしき側面も発揮する。
また16世紀頃までにハルツ山地やエルツ山地など鉱山地帯に発生した野生人伝説では、のちに「山僧」[注 11]とも命名されるように僧衣をまとう姿で現れたりもし、また、災厄ともなりうるが、鉱脈のありかに導くなど恩恵も授けるものとされた。ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル侯家は、銀山運営を行っていた関係から、野生人をあしらったターラー貨幣を発行した(1539年以降[注 12])。また、野生女や野生男は、とりわけシャモア(ドイツではゲムゼ)という羚羊種を保護するといわれ、そうした動物の狩場(の持続可能性)を保つべく、密漁や規則破りの狩人を転落死や石化でもって懲罰するといわれる。
野生人の図像をとりいれた紋章は、すでに15世紀後半以降ルネッサンス時代にかけて、多くのヨーロッパの王侯家系がとりいれてきた[注 13]。また、野生人が家紋の盾を支える構図もポピュラーとなった(例:アルブレヒト・デューラー作の肖像画の一部にもみえる、右図参照)。また「高貴な野生人」(高貴な野蛮人を参照)の芽生えも、ハンス・ザックス作の『不実なる世間に対する野人木樵の嗟嘆』[注 14](1530年)にみられる。
野生人の最たる特徴はやはりその「野性」である[6]。12世紀以降、野生人は毛むくじゃら人間として描かれてきた( § 図像学参照)。同じ頃を境に、荒野に放たれて暮らしたという聖書の狂気のネブカドネザル王や、キリスト教聖者[注 15]も、体毛で覆われた四つん這いの姿で描かれるのが普遍的になった。その他、ケルトの狂人伝説(ウェールズのマルジン≃マーリン、円卓騎士イヴァン、アイルランドのスヴネ)なども、野生人の一環として含まれることがある。
語釈
[編集]「野生人」とは、中世以降つかわれてきた特殊用語で、毛むくじゃらな人間に近い種の生物を指す。獣のような性質も持つが、サル類までは下等ではない。顔、手のひら、足には発毛が無く、ときには肘や膝頭が無毛であり、野生女であれば、乳房のまわりも毛は生えていない。それ以上の獣的な要素が出ていれば、それはもはやサテュロス、ファウヌス、悪魔の域であるという(リチャード・バーンハイマー[注 16][注 17]の定義[22][23]。
「野生人・野人」は、英語ではワイルド・マン[5](wild man)だが、他の言語でもその同義語が通用する[24];たとえば、ドイツ語ではヴィルダー・マン[2] wilder Mann、フランス語ではオム・ソヴァージュ[25](homme sauvage、「野性の人間」)。しかしイタリア語ではウオーモ・セルヴァティコ[仮 3](uomo selvatico、「森林の人間」。異形:selvaggio[26])が相当する[27]。
ドイツ語圏の野生人系(Der Wilde)においては、中世終焉後の近世・近代にその民間伝承(民話・伝説・迷信)を残した。とくにスイスからオーストリアのケルンテン州、ドイツヘッセン州に伝搬したと『ドイツ迷信辞典』(Handwörterbuch des deutschen Aberglaubens、HdA)ではまとめている[28]。「野生人系」の内訳は、野生女のヴィルデ・フラウ[13](wilde Frau,[29][30]、Wildfrau, -en,[31][32]、wilde Fraulein, Wildfräulein[33])や野生男のヴィルダー・マン(wilder Mann,[34]、指小辞のヴィルトマンリ[36](Wildmannli[37][38])やヴィルデ・メンレ[40](wilde Männle[41])、ヴィルトメンライン[仮 3] (Wildmännlein[42])などである[注 18]。 「野生人」の複数形は wilde Männerや[43]、wilde Menschen だが[44]、男女一括の表現として「野生の人々」を意味するヴィルデ・ロイテ[45](wilde Leute)という表現も使われる[46][41]。「野生女」はwildes Weib(複数形 wilde Weiber)ともいう[47]。
「野生人」は、中期高地ドイツ語では wilde man の用例が、13世紀の文献にみつかる。一例は抒情詩であるが[注 19]、巨人『ジゲノート』物語に言及しており[48]、すなわち巨人や野生人が敵として登場するディートリヒ・フォン・ベルン物語群の作品に触れている[49][注 20]。更なる例として、アーサー王物語群の『ヴィガムール』に野生男(wilde man、203詩行)[51] や野生女(wildez wîp、112, 200, 227–詩行)の用例が見つかる[52](余例については § ドイツ英雄譚を参照)。
古期高地ドイツ語では「野生女」 wildaz wîpや、直訳すると「木々の乙女」の意味合いの holzmuoja, holzmoiaが[注 21]、「ラミアー」(ラテン語:lamia、女の怪異)の同義として語彙集に見つかる[注 22]。同じ語彙集で、「野生女」 wildiu wîpを同義とする見出しにラテン語 ululaがある(直訳は「コノハズク」類の意だがここでは迷信上の血を吸うストリュクスに同じ[57])[注 23][59][60][58]。他にも直訳すると「木々の女」の意味の holzwib(holzwîb)[61]や[66]、holzvrouwe(現代語Holzfrauに相当)があり[67][61]、まだまだ枚挙のいとまがない[68][69][注 24][注 25]。
またヘッセン州に古くからある地名(地形の名勝)である「野生女の館」にて云々(ad domum wildero wîbo)という記録が[73]、エベルハルト・コーデックス(1150年頃)、あるいはこれを書写した小ヨハンネス・ピストリウス(1608年没)の記述にみつかる[77][78][79][注 26]。
森人的な異称
[編集]野生人の男を waltluoder(直訳: 「森の野郎」[注 27])として言及るのが、英雄詩『ヴォルフディートリヒ』であるが[82]、ちなみに同作品ではヴォルフディートリヒが ラウフ・エルゼ[注 28](「毛むくじゃら[注 29]のエルゼ」)に言い寄られるが、彼女もまた野生女に分類される( § ドイツ英雄譚参照)。
また野生男は waltmann(直訳: 「森の男」)と称して英雄詩『ラウリン』に登場する[82]。同じくwaltman (「森の男」[84])はハルトマン・フォン・アウエ作『イーヴァイン』に登場するが、これは牧畜を営みとする野生人であり、walttôren(直訳: 「森の阿呆」[85])ほどに毛むくじゃらといわれる[86];すなわち"顔には深いしわ[が刻まれ]、まぐさ桶のような耳[を持ち]、剛毛が生え、鼻は牛のように大きく、目は赤く、口は横に裂けて、歯は猪のようである"という[84] [88](図像については § 壁画も参照。)
これら文学が成立した時代の中期高地ドイツ語でも、野生女のことをさしてやはり holz-wîp(直訳: 「森女」[90])のような表現が使われるが[92][93]。より古い、古期高地ドイツ語形の holz-wîb 等については、既に上で述べた。
近代の、とくにアルプス地方に集中した野生人の民間伝承において、植物系の別称といえば、ホルツロイテ[仮 4](Holzleute,「木の人々」)やモースロイテ(Moosleute、「苔人間、苔族[注 30]」)の名で、中央ドイツ、 フランケン地方、バイエルン州で呼ばれ[95];木女[96](ホルツフロイライン[仮 3]、Holzfräulein)やヴァルトフロイライン[仮 3](Waldfräulein)やヴァルトヴァイプライン[仮 3](Waldweiblein)とボヘミアの森やオーバープファルツ[96]で呼ばれ[95]、ヴァルトフラウ[仮 3](複数形:Waldfrauen)とオーストリア(チロル地方)[98]、ヴァルトヴァイプライン(Waldweiblein )やモースヴァイプライン[仮 3](Moosweiblein、「苔の少女」)とハルツ山地地帯でで呼ばれ[95]、ローユングフェル[仮 5](Lohjungfer、複数形:Lohjungfern、「林の乙女」)がその東のザクセン州ハレあたりでそう呼ばれ[100]、ブッシュヴァイプライン[103](Buschweiblein、直訳: 茂みの少女)等とヴェストファーレンで呼ぶ.[104]。ローユングフェル、ホルツフロイライン、モースヴァイプヒェン[仮 6](Mossweibchen)などの呼称は、より南のザクセン州領内フォクトラントでも使われた[105]。
ヴァルトフェンケ[仮 3](Waldfänke)は、ヴィルデ・マンと同義とされるが[107]、例外的で、主にファンゲ系[108](Fang(e) )やその複合形は「野生女」を指す(後述)[109]。注釈においてヴァルトフェンケン=ガイスラー[仮 3](Waldfenken-Geißler)と記載されるが[108]、ガイスラー[仮 7](Geißler、「山羊飼い」)やキューラー[仮 3](Kühler)は、野生人が家畜の遊牧を営む話の場合、そうした職業名で称されることがある[110]。
他にも「森の~」を意味する英語 sylvan ラテン語 silvāticus が、「野生」を意味する英語 savage 、「野生人」の意味のフランス語 homme savage に語源的に関連し、派生語として Sal- 系統の「野生人」の俗称が生まれた(主にイタリア系アルプス地方でつかわれる)については、以下 § 他の別称を参照。また、英語での「野生人」の呼称が woodwose" であることについては § 英語を参照
他の異称
[編集]チロル地方やドイツ語圏のスイスでも20世紀あたりまでフェンゲまたはファンガ[注 31](Fänge, Fängge/Faengge, Fankke,[112] Fang, Fange, Fangge, Fangga, Fanggin[109])という野生女の一種か近種の伝承が語られてきたが[113]。この名称はラテン語でファウヌスの女性形であるであるファウナより派生した造語だと推論される[24]。アルプス地方のヴィルデ・フラウは、フェンゲやザリーゲ・フラウ[注 32]と同一か近しい関係にある、とされる[104]。
野生男は、ビルモン[仮 3](Bilmon[注 33]、「ヴィルデ・マン」の転訛)や、Salvadegh Salvanel などとヴェルシュ・ティロル(トレント自治県)では呼ばれてきた[115]。イタリア語形サルヴァン[仮 3](Salvan)、サルヴァング[仮 3](Salvang)ともトレント地方では呼ばれ[116]、同様の呼称の使用域はロンバルディアにも及ぶ[24]。野生人は l'om salvadegh とラディン語をつかうフォルガリーアやトランビレーノの人口の間では呼ばれるが、これはおおむねフランス語の「オム・ソヴァージュ」[117](l'homme sauvage)合致し、そもそも古フランス語の salvage はラテン語の silvāticus (「森林の」の意)を遡源としている[115]。よって、こうした一環の名称は、古代ローマの森の精シルウァーヌスに通ずるのである[24]。じっさい中世ラテン語の silvaticus を「野生女」の意味合いでもちいたブルクハルト・フォン・ヴォルムスによる10世紀の著述にみつかり[118]、ラテン語に置き換わっているものの、実際は Selvang というドイツ名を指していると考察される[119]。
地域的には「野生女」の意味でフラウベルテ[120](Frauberte)やフラウ・ベルタ[仮 3](Frau Berta)という呼称が、アーラ近くの Ronchi や、上述のフォルガリーアやトランビレーノで使われてきた[115][121][注 34]。似た系統の名前にベルヒトラ[仮 3](Berchtra)やペルヒタ[122](Perchta)等と呼ぶ(指小辞: Perchtel)があり、ケルンテン州では「野生女」の意味でつかわれる[注 35][123]。
またノルク[仮 8](Norgg)や[125]、オルク、オルゲ[仮 3](Orge)[126][注 36]、ロルク/ローク[仮 3](Lorgg)[125]、ロルゲ[仮 9][注 37]、ネルクライン[仮 3][仮 10](Nörglein)、ネルケル[仮 3](Nörkel)、エールゲレ[仮 3](Örggele)などは、特にアルプスなど山岳地帯のフォークロアにいて、「野生人」の別名だとされるが[127][128]、ただしこれら(特に指小辞形)は「野生の小人」だという断り書きを入れるべきである[129][131]。ここでいうイタリア語のオルコ(orcoナポリ語: huorco、複数形:orci)は、(怖い鬼のたぐいではなく)、あるいは「地底人」[仮訳名称](ドイツ語: Unterirdischen)[注 38]と同様な存在だとか[126]、 あるいは創作おとぎ話『ペンタメローネ』に登場するような "無害な野生人" 版のオルコにすぎない、と説明される[134]。イタリア語のオルコ orcoは、 フランス語のオグル(ogre、英読み:オーガ)と同根語であり[135]、トールキンのオークや[136]。ローマ神話の冥府の神オルクスにも通ずる[137][24][注 39]。
リュッテルヴァイプ[仮 3](Rüttelweib, Rittelweibe、直訳: 震える女; 複数形:Rüttelweiber)[注 40])の伝承は、リーゼン山脈にあるが、これもまた地域的な「野生女」であると目される[95]。
英語
[編集]古英語 wude-wāsa がサテュロスやファウヌスと同義で[139] wude (「林地、森林」)と wasa (語源不詳)との複合語であるが[140][141]、もしかすると「森棲人」の意ではないかとの仮説がある[142]。複合語の下部 *wāsaは単独での実例がないが、「存在」を意味する名詞であり、存在動詞 wesan, wosan (現代英語で "to be, to be alive")より派生した語の可能性がある[143]。
これが、後世には中英語 woodwose, wodewose, woodehouse(他 wodewese等[140][141])となった[141][24]。異綴りに wodewese などがある[140]。中英語だと単数形と複数形が混用される[144][146]。
実例にジョン・ウィクリフ訳聖書の『イザヤ書』第13章第21節では、"wodewoos"を[147]、『欽定訳聖書』「サテュロス」[148]、邦訳「鬼神」[149][注 41]に充てている。原典のヘブライ語では「鬼神」のことは「毛深い(もの)」の意であるשעיר (発音:sa'ir)と表現されており、ラテン訳では同じく「毛深い」の意味のpilosiが充てられ、七十人訳聖書ではδαιμόνια(ダイモン)と訳される[150]。
名作の『ガウェイン卿と緑の騎士』(1390年頃)にも用例があり、ガウェイン卿が険しい岩山(岩穴)に住む野生人たち( "wodwos")と戦った、と記される。 [153]。緑の騎士を指すわけではなく、あくまで道中で戦った野人である[154]。
また 1340年代の用例では、野生人をかたどった装飾品、具体的には織物のタピスリーの記述が、エドワード3世の納戸部の所蔵品目録にみつかる[155][注 42]。
また『テイマス時祷書』(14世紀)の挿絵の見出しはアングロ=ノルマン語であるが、中英語の wodewose [注 43][157]( § 写本装飾)。
現代語としては"woodwose, woodhouse"は廃語とみなされおり[158]、野生人を指すには "wild man" と呼びならわすことに淘汰されているが、ウッドハウス(Wodehouse や Woodhouse) の家名は、この「野生人」の言葉に由来する説がある(単に「林の中の家」の意味とする説もある)[159]。この家名は古く、1251年 Robert de Wudewuse についての記載がある[141]。現代語としての woodwose の発音にはばらつきがあり、語尾が s音式の人も z音式の人もいる[161]。
中世の文学
[編集]本節では中世文学の描写を扱う。中世美術的の描写については § 図像学を参照。
ドイツ英雄譚
[編集]ドイツ英雄詩『ジゲノート』(⇒右図参照j)には、ジゲノートと称する巨人も、野生人も登場する[49]。すでに野生人を交えたその物語は、13世紀に成立していたことが、当時のミンネジンガー(宮廷の愛の歌い手・抒情詩人)の ハインリヒ・フラウエンロープが"Wa kam mit Parcivale /ris' Sigenot unt der wilde man?(巨人ジゲノートと野生男はいずこより来りてか、パルツィファールと共にか?)"と歌っていることから立証できているが[48]、本作品の古形は散逸しており[165]、野生人のエピソードは、新語で書かれた完全本であるいわゆる『新ジゲノート』からしか読むことができない[166]。
ラウフ・エルゼ[注 28](「毛むくじゃら[注 29]エルゼ」)は英雄詩『ヴォルフディートリヒ』に登場する、野生女だともされるキャラクターである。四つん這いで歩行する毛むくじゃらな女で、ヴォルフディートリヒに結婚を迫るが[83]、 拒絶すると勇士は狂人にされて森をさまよう羽目になる。神の命で、その魔法は解除させられるが、ヴォルフディートリヒも、"この野生女が洗礼を受けることを条件に"、結婚を承知した、と解説される[167]。幸いにして、エルゼが(洗礼として)泉に浸かると、毛は抜けおち、美女に生まれ変わり、それ以降ジゲミンネ(Sigeminne)と名乗るようになった[168][169][170][171][注 44]。このキャラクター(Rauch Elss、洗礼名 Sygemin)のことは、ヴォルフディートリヒの初婚の妻として、いわゆる『英雄本序説』(Anhang zum Heldenbuch、『英雄本散文抄』Heldenbuch-Prosa ともいう)に記載される[174][173]。
ドイツ語のアーサー王物語でみると、『ヴィガムール』には、野生女(wildez wîp)が岩穴に住むという描写がみられる[52]。また『ヴィガロイス』では、侏儒(ドワーフ)のカリオース[仮 12]の母親は野。女(wildez wîp)であったと明記される[82]。『ヴィガロイス』には、挿絵で説明したとおり、ルーエルという大女が主人公を抱えてさらっていくが、彼女もまた野生女である、ただしカリオースの母親とは別人、と解説される[163]。
フランス文学
[編集]武勲詩『ルノー・ド・モントーバン』は、主人公のルノーらがシャルル王の不興を買い、逆賊となるあらすじで、アルデンヌの森に潜伏中、野生化して外皮に変異が起こり、まるで"鎖につながれし熊のごとく、黒く毛深くなりはてし"ため[175][176][179]、その皮膚の効能で "石も岩[が当たっても]も、なんら煩いにならず"となった[180][178]。すなわちルノーらは「野生騎士」 団(chevalier sauvage)になり果てたのである[178]。中世の世の中では、アウトカースト(社会からの除け者)とされた者たちは、人の集落のはざまの森においやられて住む存在であり、おのずと「野生人」とみなされたのであるが、そのことを『ルノー』は物語っている[181][182][183]。
『ヴァランタンとオルソン』は、普通に文明社会で育ったヴァランタンと、生き別れて野生で育ったオルソンの物語であるが、このオルソンも野生人[184]("再教育された野人"[185])に数えられる。しかし異論として、これはむしろ野生児(オオカミ少年系)を素材とした文学的作品と位置付けるべき、との意見もある[186]。
ウェールズとアイルランド文学
[編集]ウェールズの伝承には、「野人マルジン」[注 45](マルジン・ウィスト[注 46])すなわちアーサー王伝説の魔法使いマーリンのもとになった人物にまつわる野人・狂人伝説がある[8](以下、 § ケルト神話参照 )。
中世からルネッサンス期
[編集]名前で見ての通り、野生人の主要特徴はやはりその「野性」である[187][6]。文明人は、野生人を原野に生きる存在としてとらえ、文明の対極にいるものと考えた。こうしたきわめて蔑視的な中世的な考えは、 中世盛期まで持続した[187]。すなわち、文明人にとって、なるべきでないすべてが「野生人」に詰まっているというような発想である[188]。
しかし野生人をさほどに恐れ忌み嫌うような風習はだんだんと廃れていった。野生人は邪悪や野卑の化身としておそれられなくなり、むしろ貴族層が野生人に扮して遊ぶ、という対象になっていった。その著名の例が1393年パリで シャルル6世 が主催した「野生人の舞踏会」(通称燃える人の舞踏会)で、衣装が点火するというハプニングがおきて惨事となったものである( § ダンスや祭事参照)[189]。
いわばパラダイムシフトがおき、野生人は「高貴な野蛮人」("Noble Savage", フランス語: bon sauvage)に昇華され、エドマンド・スペンサー『妖精の女王 (スペンサー)|妖精の女王』(1590, 1596年)や[注 47]、ハンス・ザックス『不実なる世間に対する野人木樵の嗟嘆』[注 14] (Klag der wilden holtzleut uber die ungetrewen welt、1530年) にその典型例がみられる[注 48][194][195]。 貴族の規則や騎士道精神にしたがって行動することに窮屈さを覚えた上級層による反動であろうとバーンハイマーは推論する[196]。
高貴な野蛮人の概念は、アメリカ大陸の発見後に起こったものだという考察もあるが[197]、これは前出の16世紀の文学例とも矛盾していないが、「高貴な野蛮人」についての研究は啓蒙時代(18世紀)思想のなかでの哲学としての考察である場合が多い。とりわけジャン=ジャック・ルソー(1778年没)と関連づけられている。ルソーここそ「高貴な野蛮人」の造語者であるという認識もみられるが[198]、誤りであると指摘される[199]。ルソーは確かに野蛮人(sauvage)という語を多用して社会のいろいろな矛盾を説いてはいるが、「高貴な野蛮人」(bon sauvage)という成句そのものは使っていない[200]。
現代採集民話
[編集]民間伝承の中ではは野生人の性質は、悪魔と同じく、あれだこれだと様々に取りざたされている。それはあいまいであったり、予想に反していたり、変容がみられたりもする[104]。
野生人が単独校度する場合、巨人やオーガに似ることが多く、野生女である場合は女神(精霊)の類であることが多い[95]。
外見上の性質
[編集]巨人か小人
[編集]野生人は、巨人のものも小人のものも、両方の種類の伝承が存在する[201]、これは必ずしも地域別の違いとは割り切れない:例えばベルンハルツヴァルトの森( ヘッセン州シュリュヒテルン)の野生人は、季節によって巨人だったり小人だったりするという[注 49][203]。
スイスの伝承では、ヴィルトマンドリ(Wildmandli)という指小辞の呼称がみられるが、「(野性の)小人」の意と解釈できる[45][204][注 50]。アルプス地方の標高が高い地帯で語られるファンケンマンリ[仮 3]( Fankkenmanli)や、チロル地方のオルゲン[仮 3]( Orgen)、ネルクライン[仮 10]など(いずれも指少辞で呼ばれる魔物)は、概して小人型といわれる[205]。このオルゲンと同根語な魔物にスイスのドルギ、ドッギ(Dorgi, Doggi こちらも指小辞)やアルザス地方のドッゲレ[仮 3](Doggele)があるが、いずれもオルコ/オーガの転訛とされる[206]。
気質や性分はいろいろ異なるが、人間がおびえたり[208]、嘲笑したりすると報復することもある[210]。怒らせた野生人は小人型のほうがなだめやすく、巨人型は人間を引き裂いたり[211]、"7かける7世代の呪いと辛苦"を与えるといわれる[212]。
フリードリヒ·ランケは、中央ドイツ伝承の野生人が、だんだん恐ろしさを失っていったのは、周辺の地形だった原野の気味悪さが開発によって失われ、なだらかな丘陵地帯になった影響があるとみていた。 結果、この地域では"無害かつ良い性格"の野生人種がいるとされるようになった[注 51][213]。
服装
[編集]野生人の装備の定番は、根こそぎ引き抜いたモミの木を杖替わりにすること[215][216]、あるいは鉄棍・鉄棒を武器にすることである[217][218]。
アルプスの野生人
[編集]現代になって収集されたアルプスの野生人にまつわる民間伝承は、南チロル(トレンティーノ=アルト・アディジェ州)の山間部や、スイス・グリゾン州(グラウビュンデン州)のドイツ語圏・イタリア語圏に色濃く伝わる。アルプスの野生人は、女性をかどわかし、人とくに子供をとって食らうと言い伝えられる。グラウビュンデン州では、赤子をさらい取り替え子をおいてゆくといわれる[219]。グラウビュンデン州の農民たちが野生人をしこたま酔わせて捕縛しようとしたが、 それは知恵を分けてもらうためであった[220]。これはシーレーノスのに関するギリシアの故事(前4世紀、クセノポン)と通じる[220]:シーレーノスはサテュロスであるとされ、その知恵を目当てにミダス王が酒に酔わせてつかまえたという[221][注 52]。
野生人を酔わせて、結局はチーズ製造の知恵を授かったともいわれる[注 53][115]。 サルヴァネル[仮 3](Salvanel)も、牛乳泥棒である代わりに、人間にバターやチーズの製法を教える恩人とされる[222]。
フォルガリーア[注 54]の伝説によれば、野生人が狩りする物音が聞こえたある者が、自分にも分け前をくれ、と脚韻ふんだ文句でたずねたところ、 [注 55]、人間の死体の半分を戸口にどかっと置かれ、 やっぱり持って帰ってくれとお願いする手間ばかりふえたのだという[223][115]。似たような韻文のおねだりの台詞をなげかけて泣きっ面をかく話は、 レノン[注 56] やバルビアーノ[注 57]にもみられる[225][注 58]。 ヴァッラルサでも似た話があるが、相手が野生人であるとは明言されない[226]。北ドイツの荒ぶる狩り(ヴィルト・ヤークト)伝説でも似たような話があり、「半分こ」(Halb Part)をねだると、激臭のする獣肉や人体の一部を渡され、韻文で、「ならばお前もこれを噛むのを手伝え」、と言われてしまう[228]。
スイス・ウーリ州グロス・ヴィントゲレンに住むヴィルトマンリは、日曜日に狩りを平気でする人間を嫌い、 特にシャモア(≒かもしか)を討ち取る禁忌を犯した者は石と化せられたという[229][230]。また、異聞ではヴィルトマンドリ(Wildmandli)とつくるが、ある狩人が、シャモア(ゲムゼ[注 59]。)の狩りは自粛する代わりに野生人(ヴィルトマンドリ)が毎土曜日、新鮮なシャモアの雄を持ってきて戸口にかけておくという約束をとりかわした。しかし狩人が約束をたがえてシャモアを狩ったため、ヴィルトマンドリによって白布にくるまれ谷間に突き落とされたという[17][232][注 60]。イゼンタールでは、ロスタールバルム[仮 3](Ruosstalbalm/Heidenbalm)かホーンフェリ[仮 3](Hornefeli)という場所にかつてヴィルトマンドリが居住しており、懇意の村人には不思議なシャモアのチーズ(使い切らなければまた増える)を融通していたが、シャモア目当ての狩人が増えて移住してしまったという。足が逆についているという伝説である[233]。伝承によればヴィルデ・マンドル[仮 3](Wilde Mandl)出現はアルプスの高地であるエッツタール、シュトゥーバイタール、ツィラータール、タウエルンタールら渓谷からドロミーティにおよぶ[234]。
アルプスの野生女
[編集]チロル地方やスイスのフェンゲ(Fängge, Faengge, Fankke)[112] や、オーストリア各地のザリゲ・フラウは、野生女の一種(亜種)である[236]。
野生女の外見は、おおよそ野生人の女性版といったところであるが、だらりと垂れ下がる乳房が特徴だともされる[237][238][60]。この特徴から、チロル地方の野生女には「長乳」を意味するラングテュッティン[仮 3](Langtüttin)というあだ名もある[239][240]、ともあれ、 野生女が美女な場合もある[241]。
フェンゲやザリゲ・フラウ(「神聖な女」[注 61])ら野生女は、アルプスの生態系の獲物動物(特にシャモア)を保護する存在として知られる[242][243]。チロル地方のティールゼー湖とブランデンベルクのあいだにあるナハトベルク山にはカイザーウフラウという有名な守護精霊がいる。原話では野生女とは言明されないが[244]、 他所では野生女に分類される[245]。その伝説によれば、背の高い緑の衣服をまとった女性が羊飼いにたいし密漁者はのこらず殺せ、さもなくば羊を全滅させる、と命じる。 その羊飼いは命令を守り、カイザーウフラウが狩猟者を害するという評判がひろまって、その森の獣の数は回復したという[244]。
オーストリア・シュタイアーマルク州の野生女は、おもにシェークル山にいるといわれる。背中がえぐられて空洞(捏ね桶[注 62])のようだといわれる(よってスウェーデンの「森の女」(スクーグスロー)という精霊とよく似ていることが指摘される[247])。この山の野生女は、背を向くことで、たちまち古木に化けることができ、ハイカーが山中で美女を見かけたとしても見失ってしまうのである。 シェークルの野生女たちはしかし、空飛ぶ橇に乗った悪魔による「荒ぶる狩り」の標的でもある[248][注 63]。
スラヴ民話の野人
[編集]野生人のことは、ロシア語ではジキエ/ヂキエ/ディキエ[仮 3](ロシア語: дикие dikiye、単数形:дикий dikiy、「野生」の意)あるいはジヴィ/ディヴィ(ロシア語: дивьи, дивы、複数形のみ)と呼ぶが、これはスラヴ祖語 *dik- あるいは *div- という同義(いずれも「野性」 と 「驚嘆する、不思議な」を兼ねた意味)の語根に発する。後者の語形をみると、汎スラヴ的に同根語が「野生人」の名称として使われていることがわかる、すなわち ジヴィ/ディヴィ(ウクライナ語: дивий(dyvyy)、ディフ[仮 3](ブルガリア語: див(div)、ジヴィ[仮 3](チェコ語: divi)、 ジヴィ[仮 3](ポーランド語: dziwy)等[250][251]、 ディヴァ・ジェナ[仮 3] (スロバキア語: diva žena, diva zona); モラヴィア方言では女性はジヴィジェナ[仮 3](divížena )男性はジヴィジャーク[仮 3](divižák)と呼ぶ[252][注 64]。このdiv系の野生人の民族伝承は描写の幅が広く、たとえば西スラヴのボギンカや南スラヴのヴィーラに似通う場合もある[252][注 65]。
野生人でも、dik- 系のものは、性格がやや異なるという[252]。名称としてはジカル/ヂカル/ディカル[仮 3]、ジキイ[仮 3]、ジコイ[仮 3]等(Дикарь, дикий , дикой、 (dikar, dikiy, dikoy)、ジケンキイ・ムジチョク[仮 3](дикенький мужичок、dikenkiy muzhichok、"野生の小柄な男")があり、また、レーシーもその一種らしい[250][252]。 というより、ジカル、ジケンキイ・ムジチョク、ジコイなどは、タブー語である「レーシー」を名指しするための婉曲的表現のうちとして民族誌学者ドミトリー・K・ゼレーニンが考察している[255]。このタイプの野生人は、サラトフ州では、大ひげと尻尾を持った短躯の男であるが[250][252]、これと似ているとされるのがウクライナの リソヴィ・リューディ[仮 3] (лісови люди、lisovi lyudi)で、毛がながくのびた老人で、鼻をこすると銀をくれるという[250]。これらは、またコストロマ州のジキイ・チェルト[仮 3] дикий черт (dikiy chert, dikiy chort、「野性の邪悪、悪魔」)とも類似する[250]。
旧ヴィアトカ県(現キーロフ州内)のジコンキイ[仮 3](диконький、dikonkiy)は、麻痺を飛虎起こす悪霊である。ウクライナのリーヒー・ジフ[仮 3](лыхый дыв、lihiy div、「悪しきジフ」)は、熱病をばらまく湿地の精霊であり、ウクライナやカルパティア地方のジカ・ババ[仮 3](діка баба、dika baba)は、男性を誘惑する美女の姿をするが、七リーグ長靴をはき、血を飲むために子供を誘拐し、取り替え子をおいてゆく、といわれる[250]。ヴァウカヴィスク地区のベラルーシ人は、ジキヤ・ルッズ[仮 3](дзікія людзі、dzikija ľudz、「野性の人々」)のことを、外国に住む単眼で巨耳な、尾を持つ人食いの蛮族としているが[252][250]、旧ロシア帝国ソコルスキー郡(現・ポーランドのソクウカ市まわり)のベラルーシ系人口も同様に、ジキー・ナロド [仮カナ表記](дзикий народ、dzikij narod、「野性の民」)について、海外に住む毛だらけの尾を持つ人種としており、牛のような耳を持ち、人語は喋れず、鳴くことしかできない[250]。
ボヘミアの人口のあいだでは野生人は「森の男」を意味するレスニー・ムジュ(lesní muž、複数形:lesní mužove)と呼ばれ、うら若き女性をさらって無理やり妻にするという[256]。ボヘミアの「森の女」を森女はレスニー・パナ(lesní panna; 複数形:panny)ないしディヴァ-・ジェナ(divá žena、divý žena 複数形:divé ženy)と呼ばれる。彼女の音楽は嵐の歌であり、舞はつむじ風だという。ある説話によれば、 あるとき「森の女」は踊り好きな少女をみつけだし、三日連続で正午から日没まで踊りにつき合わせた。だがその報酬としていくら使っても尽きないひと巻の編み糸を与えたという[注 66]。だが、ダンスの相手が少年だったらが、くすぐり殺されていたことだろう、という[256]。
図像学
[編集]美術においては、野生人は体ぜんたいがほぼ毛でおおわれるがだが、手足、顔は肌が露出しており、野生女の場合は乳房まわりも無毛で描かれた(右図参照)[182]。 12世紀までには、ほぼ毛むくじゃらな野生人像が定着した[257]。もう少し細かく言うならば、野生人の男性はあごひげがあるため、顔半分のみが毛で隠れていないのであり、女性はあごもひげは無くつるりとしているうえ、上述通り、乳房もつるんとしている[258]。
また、同じ12世紀頃には、精神的に極限状態な(発狂にちかい)人も、毛むくじゃら人間として描写するのが定番となっていた[259][注 68]。その典型的な例が、聖書のバビロン王ネブカドネザル2世で、体毛などない普通の人間には描かれなくなり、もっぱりあ毛深い野獣に描かれるようになってしまった。ほかにも禁欲修行のため荒野に住み暮らした隠者などである(例:聖人金口イオアン(407年没)にまつわる15世紀頃発生した伝説でも、長い年月を経たのち捕らわれたときには毛むくじゃらだったとされる[261][177]( § キリスト教の類型を参照)。また、アーサー王伝説のマルジン(ウェールズのマーリン)も隠者となり[262][263]、( § ケルト神話)ユーウェインも狂気や恋狂いに陥るため、これらも野生人に描かれたりした[264]( § ケルト神話)。
バーンハイマーは、中世の図像ではネブカドネザルが四つん這い野生人の構図にされているが、これは聖書原典『ダニエル書』4章(前2世紀)で ネブカドネザルにワシ羽や、鳥の鉤爪のっようなものが生えてきたという描写と相いれないと指摘する[265]。
ドイツでは中世後期からルネサンス期にかけては、 鉱業の象徴としての野生人像が台頭した。上ハルツ地方のヴィルデマン は、1529 年に鉱夫たちが立ち上げた町だが[266]、伝説によれば、盗賊の一団がハルツ山地の原生林に分け入ったとき野生人とその妻がおり、モミの木の枝と苔しか身にまとわずに洞窟に住んでいるのを発見したことがあり、これにちなんで町の名がヴィルデマンと名づけられたという[267][268]。(この町や、同じ工業地帯、または他の地域で野生人が象徴として使われた例については、以下 § 紋章学参照)。
中世の舞踏会での野生人の衣装は、タイツに羽やら布の端切れを糊付けして製作された(燃える人の舞踏会参照)[269]。マスクや衣装で野生人に扮した役者が民衆劇でその姿を披露したが[270]、これにはニュルンベルク市の行事であるシェンバルト祭で、地元の名士たちが仮装無言劇の役者(ママー)として行列を練り歩くときなども考察の対象になる[270]( § 舞踏や祭事参照)。
初期のトランプ・カードには、 「野生人」のスートがあるものも作られた。ドイツのトランプ絵師(ラインラントで1430–1450年頃隆盛)の作の例がある[271][272]。 またフランスのジャン・ブルディション作の1500年頃のトランプ・カードの4つのスートは、野生人、貧民、職人、富豪のそれぞれ一家という構成である[273][274]。
中世の美術品例
[編集]写本装飾
[編集]野生族の絵は、祈祷書などの装飾写本の欄外画(ドロルリー)にも使われる。シラキュース大学図書館蔵の時祷書には、主題である聖母戴冠の場面の欄外に野生人の男女、子供が描かれる(右図参照)[275]。
テイマス時祷書(14世紀)には、野生人が乙女を襲う一連の絵画が数葉にわたって描かれている(バ・ド・パージュ[注 69]、すなわち各葉の下部の絵)。見出しは概してアングロ=ノルマン語(フランス語)で書かれているが、野生人のことは wodewose と中英語が使われる[157][277] 。
野生人が三匹の犬をけしかけられて獣攻め遊戯 (baiting) の標的にされる図柄が、『メアリー女王の詩篇』(14世紀)の欄外画(ドロルリー)には描かれる[279][280][281]。
壁画
[編集]クレチアン・ド・トロワ作の古フランス詩『イヴァンまたは獅子の騎士』に登場する、森の野牛を飼う牧童は、原文ではあくまで農夫({{lang|fro|vilain)に過ぎないが、文芸論では「野生人」 とされている[282]。この作品を中高ドイツ語に翻案したハルトマン・フォン・アウエ作『イーヴァイン』(中世発音:『イーウェイン』)では、野人すなわち「森の男」(waltman)だと明言される[86]。この「森の野人」は、すでにおおよそ説明したが、別の学者が意訳した言葉を借りると"野牛よりも大きな頭、牛のような大きな鼻を持ち、猪の牙のような鋭い歯が両頬まで裂けた口から突き出た男、獣から剥ぎ取ったばかりの毛皮を身につけた、見るも恐ろしい森の野人"であった[87][283]。この森の野人は、南チロルのローデネック城(現・ボルツァーノ自治県 ロデンゴ城)に一連の『イーヴァイン』壁画(13世紀前期[284])の一枚に描かれている(右図参照)[285]。この森の野人は、シュマルカルデン城(Schloss Schmalkalden、ヴィルヘルムスブルク城)の壁画にもみつかる。男はまだ足が2本付いたままの獣皮を身にまとっており、ギリシアの英雄ヘラクレスの描写の影響がうかがえる[286]。
ルンケルシュタイン城(ロンコロ城)のフレスコ壁画には、野生女のテーマらしく描かれた人物のひとりが "Fraw Riel"と添え書きされており、 上述のとおり野生女として解説される大女ルーエル(『ヴィガロイス』)と同定できる[287][注 70]。 ルンケルシュタイン城は、三大英雄、三大巨人女、三大巨人のようなテーマ構成になっており、なかにはシュルーターン[仮 3](Schrûtân)も描かれるが[287]、『ヴォルムスの薔薇園』で仕合う闘技者のひとりである[注 71][290][288]。このフレスコ画のシュルーターン像は、騎士の鎧こそ着ているが、根こそぎにした木を手に持って入り、よって 巨人や野生人の要素が暗に交配されているという評論がされている[291]。
刻版画
[編集]アルブレヒト・デューラーの作品に、 『死の紋章』(1503年)があるが、野生人が乙女を追いかける構図である。野生人は、静止状態の盾持ち(紋章持ち)として描かれるのはありきたりだが、ここでは生き生きとした動作が描かれる、と評される(デューラーの他の作品については、以下 § 盾持ちの野生人参照)[292][293]。
英国美術
[編集]カンタベリー大聖堂の天井の様々な意匠の辻飾り(ボス)のなかには、獣と戦う一群の野生人の彫刻がある。これは、いわゆるグリーンマンの彫刻群が配置されるエリアにみつかる[294][注 72]。カンタベリー大聖堂 の地下聖堂(クリプト)にも、毛むくじゃらな野生人の意匠がみつかる[注 73][296][297]。中世時代のあいだに、英国の野生人(woodwose)とグリーンマンは習合され、同一のタイプとなっていった[297]。
古典主義的な影響
[編集]中世になると、獣人であるはずのサテュロスやファウヌスの描写に手心が加えられ、獣的な(蹄や角などの)要素の表現がおさえられて、野生人とそう見た目の区別のつかないような描写になることがある[298]。
中世の神話伝承や芸術では、獅子皮をまとい棍棒を持った英雄ヘラクレスを野生人のように描写するのが定番化した[注 74]。さらにはヘラクレスを足の鉤爪や尻尾が生えた怪獣然とした人物に描いた例もある[注 75][300](上述のシュマルカルデン城壁画も参照)。
ギャラリー
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騎士が女性を野生人から救出する図。象牙製の小匣、14世紀
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野生人の銅像、1521–22年頃、 パウルス・フィッシャー作
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ガーゴイル、ムーラン大聖堂
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野生人一家。ジャン・ブルディションの画。『社会の四つの状態』より
紋章学
[編集]盾持ちの野生人
[編集]ヨーロッパでは中世からルネッサンス時代にかけて、野生人の図柄がさかんに家門の紋章に取り入れられるようになり[303][292] 、これを採用した旧家の数は200にも及ぶといわれる[7]。例としてはブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル侯の紋章や(この家系については § 貨幣も参照)や、ブランデンブルク=プロイセン王室の紋章などが挙げられる[304]。より具体的にいうと、家紋の入った盾(エスカッシャン)を野生人が支える姿の構図が、15世紀後半頃から普遍的となった[303][292][7]。早期例はデンマークのクリスチャン1世の紋章である(左図参照)。
このニーズに応えるため、マルティン・ショーンガウアーは紋章が空白な盾を支える野生人のひな型を作成し[305]、1480年代には依頼主に合わせて少なくとも4種の紋章(ムーア人、牡鹿、グレイハウンド、獅子など)の刻版画を製作している。
デューラー作『オスヴォルト・クレルの肖像』(1499年)は、トリプティカ)(三連の絵画)仕立てになっており、両側のサイドパネルに紋章盾を支える野生人が描かれている。左側の野生人は苔でできた衣服を着、右の野生人は全身毛むくじゃらである(冒頭画像を参照)[1]。
野生人じたいが紋章にかたどられる例も、 ナイラ市章[306]やヴィルデマン町章にみられる[307]。
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フィンランド・ラッペーンランタ市(スウェーデン語名はヴィルマンストランド(Villmanstrand市)は野生人をかたどるが[309]、地名は「野生人の海辺」の意であり[310][311]、語呂合わせな紋章(カンティング・アームズ)の一例である。
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スヘルトーヘンボス(デン・ボス)の市章
貨幣
[編集]いわゆる「野生人ターラー」[仮訳表記] (de:Wildemannstaler) は、野生人の立像をあしらって鋳造されたターラー貨幣のことで、最初に発行したのはブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル公ハインリヒ・ユンガー(ハインリヒ2世)、1539年の事である[315][316]。使用されたのは上ハルツ地方の鉱山で採掘された銀である[317]。追って説明するが、森の野生人と少し異なり、銀山特有の野生人伝説がこちらの地域には存在する[318]。初期のコイン(や紋章)に描かれる野生人は、片手に棍棒[注 76]を持ち、もう片手に燃える火を持つ図柄が典型的である[315]。民話によれば、この火は人間を暗い洞窟のなか銀の鉱脈まで導く光源なのだとされる。ゲルハルト・ハイルフルトイーナ=マリーア・グレヴェルス(1967年)にくわしい[320]。ハイルフルトは、こちら鉱山地方の伝承における野生人は、ベルクガイストが(「鉱山の精霊」の総称)の一種である、と分析している。「ベルクガイスト」はどちらかというと現代の民俗学者が仕分け用にもちいる名称であって、従来は、ベルクメンヒ(Bergmönch、「山の修道僧」の意)などとハルツ山地の民間伝承でhは呼びならわされてきたものである。なぜ「修道僧」かという疑問の解答は、ハルツの鉱山運営を、近隣のヴァルケンリート修道院がかつて担っていた歴史と関係する[321]。
鉱山タイプの野生人(ベルクガイストもしくはベルクメンヒ[322])の伝承は、ハルツ山地やエルツ山地に集中する[323]。16世紀の文献によれば、ヴィルデマンの町に関して伝わる伝説は次のようなものである:
helt man dafür, daß daß Closter von Walckenred sonderlichen den Wildemanner Zog inne gehabt, beleget vnd gebawet hat, weil sich der Daemon Metallicus, der Bergteuffel, den die Bergleut daß Berg Mänlein nennen, in einer gestalt eines großen Mönchs hat sehen laßen, fürnemlich auff der Zechen Wildemann, da viel guter leute denselbigen gesehen, auch offtmals großen schaden gethan vnd angericht.
(ヴァルケンリート修道院は、かつて特にヴィルデマン鉱山[に力を入れて] これを所持し、占領し、増築していった。その理由は、「ダエモン・メタリクス(すなわち山悪魔)」によるのだが、これを鉱夫らはi「山の小人」(ベルクカンライン、すなわちノーム)と呼ぶ。そいつはかつて、大柄の修道僧の姿をして、特にヴィルデマン鉱山あたりに現れた。大勢の人々が奴を見たし、 甚大なる損害や災厄をもたらした。
しかし、この火については、政治的で、あまり穏便でないメッセージがこめられている、という解釈もされている。コインの発行主のハインリヒ・ユンガー公は、この野生人の持つ火を、暴力に見立てている、すなわち、歯向かえば町を焼き討ちすることもいとわないぞ、と示唆している、ともとれるのである[315][325]。のちにヘンリーよりも温厚な息子ユリウスが公爵位を継いだ時、コインの炎は蝋燭にとってかわられたため、コイン蒐集家のあいだではリヒトターラー(Lichttaler 「燭のターラー」または「光のターラー」)と呼ばれている。のちにユリウス公爵は髑髏、砂時計、メガネなどをコインの意匠に加えている[326][327]。
舞踏や祭事
[編集]ドイツの野生人に関する民間伝承の側面が保存される野生人劇(Wildemannspiel)や 野生人舞踏(Wildemanntanz)の催しは、主に春先の謝肉祭の季節前後か[329][330][331]、またはクリスマス十二夜に執り行われることが多かった[331]。キリスト教化以前の、異教的な真冬の祭事に野生人が中心的役割を果たしていたという見方もある[11][332]。
バーゼル・ファスナハト祭で仮装した参列者が練り歩くモルゲシュトライヒ( Morgestraich、標準語:モルゲンシュトライヒ)パレードでは、野生人に扮した役が先頭となって舞踏を披露する。野生人に扮したものは、根こそぎの木を持ち、頭や腰回りに葉っぱをまといつかわせる[333]。 1435年の記録では、 バーゼルでの行列に 23人もの野生人、ことイタリア語でウオーモ ・セルヴァティコたち(uomini selvatici、単数形:uomo selvatico)が参列した[334]。
15世紀に創作された謝肉祭劇(Fastnachtspiel)『Ein spil von holzmennern(森の男らの、とある劇)』 は、二人の森の男が、自分たちの仲間の女性(holzweip)をめぐり、もめるストーリーである[335][336]。野生人劇を恒例で行ってきたのは、南チロルのエチュラント(エッチュタール渓谷)[注 77]、 ウルテン市[注 78]、 ヴィンシュガウ渓谷などの地方である[338]。 南チロルのマルリングでの野生人劇は、かくれんぼのような段取りで、仮装した青年と二人の少年が、 サルオガセ(地衣類)で毛むくじゃらを装い、鎖つなぎの貝類をじゃらじゃら鳴らせ、若木を杖とし、指定の洞窟(町からザンクト・フェリックスに続く方面にある)で待機する、そしてやはり仮装した女学生が森に入り、三人の野生男を見つけ出す、というシナリオである[339]。
町を挙げての祭典やパレードで野生人を登場させるのは、ニュルンベルク市のシェンバルトラウフ(シェンバルト祭)も同じで、参列者のことを「走者(ラウファー)」たち (複数形: ドイツ語: Läufer)と呼ぶが[注 79]、この者たちが、あるいは「森男」(Holtzmendlein[341])に扮装して¥捕まえたドワーフ(人形)を棒にさして持ち歩き、「森女」(Holtzfrewlein)がこれに伴う(右図参照)[注 80][342][343]。野生女役は乳がはだけたりしている(苔で覆われていない)が、いずれにしろ男性が扮しているだけと思われる[345]。既に示したように、女性の仮装は男性が着ている場合が多い。野生女は苔で覆われているが乳房[等]はそうでなく[はだけている](以下略)"[344]。野生女は、持っている「赤ちゃん」(紐つきの人形)を観衆のなかに投げ入れたりするが、これは子宝の恩恵を授ける意味があるとされる[346]。
スイスのフィッツナウ、ヴェッギス、 ゲルサウ、 キュスナハトなどの地域では、シェーマラー/チェーマラー[仮カナ表記](Schämeler, Tschämeler)という仮装演技者の伝統があり[347]、地元の人間が苔、樹皮、葉などで全体を覆い、木を杖として野生男の姿になりすます[348]。
ドイツ語圏外では、野生人が登場し『(magnus) ludus de homine salvatico』と題する、大掛かりな 聖霊降臨祭 の劇が、イタリアのパドヴァで1208年や1224年に公演された。内容はあまりわからないが、巨人(gigantibus)が登場したことが記録される。これ以外にも野生人が登場する ludus 劇が、スイスのアールガウ州で1399年に上演された[349]。
中世ヨーロッパでは、宴会の催しや舞踏会の参加者の間で、棍棒を持った野生人に仮装することが流行した[350][351]。
フランス王シャルル6世と5人の貴族らが野生人に仮装して臨んだ1393年1月の 仮面舞踏会は焼死者を出す大惨事となり、燃える舞踏会と呼ばれた(左図参照)。王たちは6着のボディースーツを着込んだが、松脂で蝋引きしたリネン生地に亜麻くずを接着して頭から足まで体毛で覆われたように模したコスチュームを着、野生人(hommes sauvages)に扮した[354][355][356]。
英国のHenry VIIIも野生人舞踏会を主宰しており、、1515年12月の十二夜に、グリニッチの大堂で開催された[357]。
ブルゴーニュ公家も、野生女を射止めることを趣向とした武術競技(パ・ダルム、en:pas d'armes )をベルギーのヘント市で1470年に開催し、その大会は「 Pas de la Dame Sauvageと題された。
中世の類似伝承
[編集]ドイツ伝承のシュラートは、近現代になると意味合いが家神系統になったが、中世初盛期の時代の古高ドイツ語 schrat(scrato、scrazo)は、語彙集の記載ではラテン語の fauni(ファウヌス)、silvestres(森[のもの])、pilosi(毛むくじゃら[なもの])と同義とされ、本来は毛深い森の精霊だったろうことがうかがえる[24]。
スカンジナビア
[編集]上述したとおり、オーストリア・シュタイアーマルク州の野生女は、背中がまるで{{仮リンク|捏ね桶|en|bread trough}の容器のように空洞化しており[注 62]、スウェーデンの「森の女」(スクーグスロー)という精霊と類似する[247]。
ケルト神話
[編集]中世のウェールズ伝説[358][359][8]、アイルランド伝説[360][359]、スコットランド伝説に、発狂した者が野生のなかで済むというモチーフの説話がみつかるが、これらは類話であり、ケルトの狂人伝説として学者らによってひとくくりに扱われたりする[359]。
ウェールズの伝承によれば「野人マルジン」[注 45](マルジン・ウィスト[注 46])すなわちアーサー王伝説の魔法使いマーリンのもとになった人物にまつわる野人・狂人伝説がある[8]。「野人マルジン」(「狂人マルジン」[注 81])は、573年のアルヴデリズの戦い で主君グウェンゾライ・アプ・ケイディオの死に面して発狂したと『カンブリア年代記』(10世紀)に伝わるが、史実通りかはわからない[363]。マルジンは森に逃げ隠れたと、 ギラルドゥス・カンブレンシス(12–13世紀)は述べる[364]。戦地のアルヴデリズは、ウェールズとスコットランドの国境あたりと目されるので、マルジンが隠れ住んだ森とはカレドニアの森だろうとされる[363][365]。 ジェフリー・オブ・モンマスも、マルジン伝承の片りんを、ラテン詩『マーリンの生涯』で伝えているが[363][367]、マーリン/マルジンが発狂したというネタもあながちジェフリーの創作でなかろうと思われる[358]。
スコットランドのライロケン発狂伝説も、マルジン発狂伝説と背景が似通っており、同一の伝説の異話とも考えられている[359]。これは現代批評の考察というより、原典などにも ライロケンがブリタニアのマーリンであったかもしれない(その確証を得ようがないが)、という記述がみられるのであるが[358]、その原点というのは、いわゆる『ライロケン』断片[359]、詳しく言えばラテン語の『聖ケンティガーン伝』の未完全本である[358]。おのおのの伝説に関する戦場も近い距離内にあり[368]、一説ではイングランド北東カンブリア郡 Arthuretあたりではないかとされる[363][358]。
アイルランドの類話に[369][363]、 『スヴネの狂気』(狂王スウィーニー、9世紀)の伝説がある[370][363]。ダール・ナラディの王[注 82]であったスヴネは、モイラの戦い(637年)に際して気がふれたと伝わる[363][371]。
J・G・オキーフ(1913年)は、これらが広範に広まった森林の野生人伝説の、ウェールズ語版、アイルランド語版であると意見している[360]。
クレチアン・ド・トロワ作のアーサー王伝説物語『イヴァンまたは獅子の騎士』については、野生人の牛飼いが登場することはすでに述べたが、主人公のイヴァンも、想い人のローディーヌから絶交されたショックで気がおかしくなり野生生活に身をやつすため、これも野生人のエピソードとして現代文芸評論では扱われている[282][372]。バーンハイマーは、イヴァン、ランスロットそしてトリスタンら円卓騎士に、野生人として暮らした期間があるとその名を挙げている[263]。
16世紀にブルトン語で書かれた断片『An Dialog Etre Arzur Roe D'an Bretounet Ha Guynglaff』 (アルズルとギュイングラフの対話[仮訳題名])ではアーサー王と King Arthurとのやりとりで、野生人の類である ギュイングラフ[仮カナ表記]が、16世紀に至る様々な予言をおこなう[373]。
王の鑑
[編集]ノルウェーの一種の百科事典である 『王の鑑』(1250年頃成立)には、アイルランドにおける狂気(geilt, gelt)について、この「ゲルト」を「狂人」の意味として解説するが、戦場での恐怖で発狂した「ゲルト」は人との接触を避け、森林の中で暮らすようになると説明する[375]。グリムの注釈ではこれを野生人・森人(ヴァルトマン)に同定する[注 83][376]。すなわちアイルランドのスヴネ伝説は、13世紀には北欧に伝わっていた[377]。
古代の類似伝承
[編集]中世・近世ヨーロッパの野生人伝承に似た類型は、太古の時代より世界中あちこちにみられる。古代メソポタミア文明の『ギルガメシュ叙事詩』に登場するエンキドゥも、これに数えられる[378][379]。
ギリシア・ローマの類型
[編集]ギリシア・ローマの野生人種
[編集]"古典太古の時代にも、中世と同じく野生人とされるものたちがいた"とバーンハイマーも述べる[380]。 これには(あるいは毛深い[380])蛮族の伝承も含まれるが、たいがいエキゾチックな土地に住むと伝えられた。ヘロドトス(前5世紀)によれば、野生人、野生女は古代リビュア西部(ナイル川以西の広大な地域で、現代のリビア国にとどまらない)) に、胴体に目がついた人種 (ブレムミュアエ) や犬頭の亜人(キュノケファロス)と共存していた[381]。クテシアス[注 84]著『インド誌』(前5世紀)や、 アレクサンドロス大王(前323年没)の遠征にまつわる文学に影響され、ヨーロッパ人は、このような野生人や奇異人種が東方、特にインド亜大陸に多く生息すると思うようになった[注 85]。これら人種は、いわゆる「東方の驚異」と呼ばれてひとくくりにされていた[381][382][383]。
メガステネス[注 86](前290年頃没)によれば、インドには野生人にあたる人種が二種類いた。ひとつめは、宮廷にも連れてこられたことがある、足が逆に生えた民族。ふたつめは、森林にすむ口の無い民族で、匂いを糧にして生きていたという[384]。クィントゥス・クルティウス・ルフスもアッリアノス(前1世紀、前2世紀)記述しているが、インド遠征の際、アレクサンドロス自身は魚を主食とする蛮族に遭遇したという[385]。
これら太古の史家による野生民族についての記述は、のちの中世の野生人の民間伝承に影響したと思われるが、年月を隔てているので、その度合いなどを検証するのは難しい。ただ、中世人が閲覧できた野生人の文献を列挙することはできる[注 87][380]
類人猿についての伝聞がねじ曲げられて古代や中世の野生人伝承になったとも考えられる。 大プリニウス著『博物誌』では、 コロマンダエ [仮カナ表記](Choromandæ, Chromandi)という森棲の部族がインドにいるとしており、人のような体格だが毛でおおわれ、犬のような歯があり、言語は喋れないというが[386]、これは現地にも生息するテナガザルの特徴と符合する[384]、古代カルタゴの航海者ハンノ (前500年盛)は、蛮人と毛深い女性たちに、どこか シエラレオネあたりで遭遇したという。通訳は「ゴリラエ」と呼んでいたが、これも実際には人の部族でなくゴリラだったかもしれない[384][387]。ギリシアの史家アガタルキデス(前2世紀)が、アイティオピアに住むと述べた種食い族(spermatophagi )や木食い族(hylophagi )も、チンパンジーの事だったかもしれない[388]。
シルウァーヌス
[編集]中世の野生人と、古典ローマ・ギリシアの精霊とを比較するのは容易である。しかしバーンハイマーの定義上は、 サテュロスやファウヌスは野生人とは区別される[22]。グリムは、ドイツの毛むくじゃらな森の精霊シュラートは、サテュロスや、シルウァーヌスに相当すると述べている[389]。古高ドイツ語や中高ドイツ語の語彙集では、シュラートを faunus あるいは sylvestri hominus(森の男)としてラテン語語釈している[376]。グリムの仮説では、シュラートというのは、もともと昔はもっと大柄なの精霊のことだったのではないか、としている[390]。
中世の野生人が引き抜かれた木を杖のように持つのは、古典のシルウァーヌスが花卉園の君主であり、木も引っこ抜く存在であることに由来するかもしれないが、厳密にいえばシルウァーヌスが持つのは植樹するためのイトスギの苗であることが定番である[298]。 ケンタウロスの棍棒も共通点であるが、 半人半馬なところは異なる[298]。
キリスト教の類型
[編集]早期のキリスト教文献『砂漠の教父の言葉(Apophthegmata Patrum)』には砂漠の教父が野生人として描かれており、裸の体の全体を毛が覆うようになっていたとされる[197]。こうした砂漠で苦行をする修行者のことを総じて「牧畜者」を意味するボスコス(複数形・中世ギリシア語:βοσκοί)と呼ぶが、ギリシア正統派・東方教会での造語である[注 88]。15世紀頃に端を発した「高貴な野蛮人」 の概念も、キリスト教の聖なる「牧畜者」についての感化が関わっていたかもしれない[197]。
中世後期の伝説によれば、金口イオアン(407年没[393])が捕らえられたとき、体中が毛におおわれていたとされる。イオアンは、煉獄にいた子供の魂がまた命を享けたとされる。教皇に教育を受けたが、自分には価値がないと責め、原野で禁欲的な生活をはじめた。のちに皇帝の娘と運命的な出会いをし、誘惑に負けて肉欲を満たすが、後で彼女を谷間につきおとし、懺悔として四つん這いで暮らすと、体毛が生え、植物も生えた。捕縛されて洗礼のため皇子の前に連れてこられると、体毛がバッサリと落ちたという[394][177]。この説話の挿絵は文章をたがえていて、四つん這いではあるが体毛の無いすべらかなイオアンを描く場合があるが、その一例がギュンター・ツァイナー版『聖人伝』第2巻(1471年)である[395]。しかしアントン・コーベルガ版『聖人伝』1488年)では、這いずる聖人は毛深く描かれる[396]。
狼男症候群
[編集]ペトルス・ゴンサルヴス(ペドロ・ゴンザレス、1537年生)は、博物学者ウリッセ・アルドロヴァンディにより"森の男(森の野生人)"の例だとされており、ゴンザレスと同様に毛深い人種がカナリア諸島にカナリア諸島に生息しているのだと信じられた。だがじっさいは、単に多毛症(アムブラス症候群、狼男症候群)という生理状態が発現していた人物だと考察される。娘のアントニエッタ(またはマグダレーナ)が多毛症を遺伝している[397][398][399]。
ペドロ・ゴンザレスとカトリーヌ嬢の婚姻の実話は、小説『美女と野獣』のインスピレーションとなった[399]。
脚注
[編集]仮カナ表記
[編集]- ^ 植田が「ヴィルデマン」を Wildemann[3] Wilde Mann[4]に充てているが、より一般的な後者の場合2語に分かれているので「・」を置く。
- ^ ウッドウォーズは人名表記としては確認済み。また某フィクション作品で表記を確認(クリストファー・ローリイ 著斎藤伯好 訳『運命の星フェンリル』)。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw ax ay 仮カナ表記
- ^ 地名のグロースホルツロイテ(Großholzleuteを参考)。
- ^ [99]で発音表記が「ろー」。定義は小学館独和で「(小さな)森、林、茂み」。「ユングフェル」は複数資料で確認可。
- ^ ヴァイプヒェンは随所に確認可能。
- ^ 人名にちなむガイスラー管が参照。
- ^ 仮カナ表記。語尾の"gg"も語尾の"g"同様、"k"音化する。
- ^ ロルゲは人名 Lorge の表記としては確認済み。
- ^ a b Nörgleinの仮カナ表記。バーンハイマーは Noerglein と表記。
- ^ Rûel v. 6353。
- ^ Karriôzの買いカナ表記。中期高地ドイツ語の終止の-zは "s"音であり、dazは現代語のdasに相当。
注釈
[編集]- ^ 不定形だと "wilder Mann"、定形だと"der wilde Mann"のように形容詞の語形が変わる。
- ^ 多数資料で確認の表記[10][11]。
- ^ 資料で確認の表記[7]。
- ^ a b 植田 (1977)では"野性の人(Wilde Leute)"をあてるが[17]、植田 (1981)では"野性人(Wildemann, Wildeleute)"とする[3]。
- ^ 植田はヴィルデフラウ( Wilde Frau )[4]とするが、カイトリーは「ヴィルデ・フラウ」とみえる[13]。
- ^ 「ヴィルデロイテ」[17]。
- ^ 『ジーゲノート』ほか。
- ^ すなわち『ヴィガムール』や『ヴィガロイス』。
- ^ 中高ドイツ語: waltmanなど。
- ^ 中高ドイツ語: gohなど
- ^ ドイツ語: Bergmönch.
- ^ 発行初年の当主はハインリヒ2世。
- ^ クリスチャン1世 (デンマーク王)の紋章(1449年の例、下の画像参照)が早い例。
- ^ a b 内山貞三郎は『不実なる世間に対する野人木樵の嗟嘆 』[191]、永野藤夫は『不実な世人に対する木樵のなげき』とす[192]。
- ^ 金口イオアン
- ^ 英読みのリチャード・バーンハイマー[18][19]を採用するが、ドイツ読みの「リヒャルト・ベルンハイマー」[20]や「リヒァルト・ベルンハイマー」という表記もある[21]。
- ^ 同書の出典箇所に、ベルンハイマー(バーンハイマー)から引用文あり、その締めくくりには、野生人が、木の実、ドングリ、野獣の生肉といった粗食でサバイバルするには、 "竜やイノシシや原始野牛に勝るとも劣らない体力が必要であった"[21](Bernheimer (1952), p. 9: "he had to be the physical equal, if not the superior , of creatures such as dragons , boars or primeval bulls")と記述される。
- ^ 「~メンライン」、「~メンレ」、「~メンリ」は地方によって違う「マン」の指小辞であり、中性になるため、形容詞も"wild"と活用する。
- ^ ハインリヒ・フラウエンロープ作。詳細は § ドイツ英雄譚を参照。
- ^ ただし『古ジゲノート』の稿本は断片的にしか現存せず、(15世紀の写本)や版本で知られる『新ジゲノート』から内容が知られるため[50]、よって『新ジゲノート』の「野生人」」は中期高地ドイツ語(1350年ころまで)の用例に数えることはできない。
- ^ 後部の muoja については ゴート語 mawi 「少女」と同源とされる[53]。バーンハイマーは独自の語源説としてこのドイツ語の-muoia/-moiaはラテン語 maia と同源で、ギリシア=ローマの大地や豊穣の女神 マイアと関連するとした[24]。これと関連するが、バーンハイマーが古文書で<女神マイアの祭典>としたのは、じっさいは単に<五月(マイアの月)の祭り」>のことであると、9-10世紀のスペインの懺悔規定書の解釈をめぐり、異なる稿本と比較して批判がされている。よって批判者のラッセルは、当該文献は、野生女の資料にはならないと断じている。「マイア」が擬人化されていたとてそれは「五月」以上の意味はなく、「オルクス」という冥府の神の名を出すのも「地獄的な」祭典が執り行われたという以上の意味はない。ただ「獣の皮をかぶって執り行われた」(exercere pelam)ダンスである、とまではいえるという[54]。
- ^ グリムは語彙集 "Gloss. mons." ないし "Gloss monst." と略述する;バーンハイマーは10世紀、モントゼーモントゼーで成立した語彙集だとする。おそらくÖNB 2723写本と目されるが、似た内容の聖書語彙集にÖNB 2732 写本(ザルツブルクで成立)[55]。いくつかの写本を集成した聖書語彙集の版本でみると、"Lamia"の項で 2732本(略号 d)に "holzmuoia ꝉ vuildazvuip"とみえる[56]。
- ^ グリムの説明では ululae to be "葬儀に通ずる鳥、死を告げる女で、のちに「嘆きの女(クラーゲフラウ、klagefrau)」と呼ばれた;.. 未来を予見するベルヒタ(ペルヒタ)とも似る"としている(以下、"Frau Berta"も参照)。レクサーの辞典でみると、holzmuoje は「森の霊(Gespenst)」「森のフクロウ(Eule)」と定義している[58]。
- ^ もうひとつバーンハイマーが挙げる "vvidiz vvip"(アクセント省略)に合致するのは、"Lamia" の同義に記載として holzethmugi vel vvîdiz vvîpとある Glossae Salmonis d = Clm. 23496[70].
- ^ "Ulula" の見出しで同義はholzmugi と Glossae Salmonis a1 sigla i = Cms. 17152 にみえる[71]。
- ^ Rushing (2016), endnote 54 to Chapter 1は、この名跡についての記載がドイツ語「野生女」(wilde Weib)の最古級の言及とし Mannhardt によれば 10世紀のものとす
- ^ 中期高地ドイツ語 luoder は現代語の Luderで[80]、これは「下等な人間」「奴」の意味。「ふしだら女(あばずれ女)」も含む[81]。
- ^ a b 松村武雄『ドイツ神話と伝説』で「ラウフ・エルゼ(Rauch Else)」を確認(現代綴り)[83]。
- ^ a b 現代ドイツ語"rauch" は小学館『独和大辞典』(1990)で「長い毛の密集した」「2 (中部)rauh」とあり、 "rauh "は 英語、roughと同源だが、「ラフ」で想起する以上に「粗い、粗毛の、もじゃもじゃの」の定義がある。Benecke は Wigalois 編本の巻末語彙注釈で、"rauh behaart"は「熊のように rauh」としている。
- ^ 苔族はドイツ文学者高木昌史の表記[94]。
- ^ 「ファンガ」は角田義治の表記[111]。
- ^ 「ザリーゲ」は角田義治の表記[111]。
- ^ 異綴り:Bedelmon, Bildemon[114]。
- ^ この Ronchi がアーラ、フォルガリーア、トランビレーノのいずれよりも東の Ronchital=Valle dei Ronchi を指すかは不詳である。
- ^ あるいはペヒトラ[122](Pechtra)やペルヒトラバーバ[122](Pechtra-baba)という名称がケルンテン州のスロベニア人口の間で使われる、と Graber は記述するが、純粋にスラブ語系なのは-babaの部分である。
- ^ 定冠詞か指小辞形: Orken, Orgen。
- ^ バーンハイマーは Lorke と表記。定冠詞か指小辞形: Lorgen。
- ^ 参照:野性霊(Wild Geister)の一種としての「地を這う男」(Erdmänchenn)[17]。「地底人、地下人」(ドイツ語: Unterirdischen)は、おおまかにいう「小人」の類であり、ドワーフの一種とも[132]、ノームの一種とも説明される[133]。
- ^ バーンハイマーは、くだんの懺悔規定書に死の神オルクスがなじられるべき邪心として、女神マイアにまつわるスペインの舞踏儀式で扱われてきたと解釈したが[138]、上述のように<女神マイア>でなく<五月の月(マイア)>であり、「死の神オルクス的な」執り行いというのは、単に「地獄的な」執り行いと解釈できるという[54]。
- ^ 複数形異形:Rüttelweibern, Rittelweibern。
- ^ ちなみにウィクリフ聖書の "ostrich" は邦訳で「ダチョウ」とみえるが[149]、ラテン語訳聖書ウルガータでは "ダチョウ"でなく「セイレーン」と訳される。
- ^ ラテン語化しているが、 diasprezはあるいは "diapered" すなわち "embroidered(刺繡入り)"の意であろう、と Warton, Thomas (1840) The history of English poetry にみえる。Wharton も同じ引用文を掲載しているが、出典を Ex comp. J. Coke clerici, Provisor. Magn. Garderob. ab ann. xxi. Edw. III. de 23 membranis, ad ann. xxiii. memb. x. とする。
- ^ OED記載の現代発音は、イギリス英語でも「ウッドウォース」[仮 3] //ˈwʊdwəʊs// WUUD-wohss か「ウッドウォーズ」[仮 3] //ˈwʊdwəʊz//のばらつきがみられる[156]
- ^ 稿本によって違いがあり、ヴォルフディートリヒ B本の毛むくじゃらエルゼのかわりに、A本では水の精霊か人魚のたぐい(meerwîp, meerminne)が登場する[172][173]。
- ^ a b 「野人マルディン」の表記は森野 (1990)[8]、森野 (1997)[361]に見つかるが。森野 (2017)で仮名遣いをマルジンに改めているのに合わせた。
- ^ a b 森野 (2017)「マルジン・ウィスト」の項[362]。
- ^ サティレィン卿(Sir Satyrane)という登場人物がサテュロスの息子という設定で、「高貴な野蛮人」にの役をつとめる。負傷した騎士を薬草で治癒するなどする[190]。
- ^ ザックスのほうが(スペンサーに比べ)、より明確に野蛮人の高貴さについて、より明快に具体的に論説していると解説される[193]。
- ^ 巨人のときは、雷雨の嵐になると、山頂あたりを闊歩し、樹木のてっぺんを揺らしてゆくという。また小人のときは、アルムが咲くころスギナ類(トクサ類) をかき分けて歩くという[202]
- ^ 「ヴィルトマンドリ」の表記は植田論文でも確認[17]。そのシャモアにまつわる説話については § アルプスの野生人参照。
- ^ Ranke (1924), p. 184, ドイツ語: "harmlose Gutmütigkeit".
- ^ 類話として、森の精霊(ファウヌス)の知恵をもとめて同様に捕まえるモチーフの故事をオウィディウス、パウサニアスそしてアイリアノスが伝える[220]。
- ^ そしてもし、より長く拘束できていれば、牛乳から蝋を製造する秘伝を授かっていたであろう、という落ちである。
- ^ ドイツ読み Folgrait
- ^ „Wilder Mann, Glück und Hual, / Pring mir auch mein Thual!"。このうち Hual, Thual は標準語で Heil, Teil であり、「野生人よ幸福で健康たれ、俺にも分け前くれ」の意である。
- ^ ドイツ読み Ritten
- ^ ドイツ読み Barbian
- ^ Zingerle No. 124 は、 Schneller も比較例として言及している。
- ^ 植田論文で「ゲムゼ」(ドイツ語: Gämse , Gemse)というのは、シャモアの事だが「かもしか」だともしている[17]。
- ^ この話(1336a)をしたウーリ州イゼンタールの話者によれば、くだんの狩人はよそ者に違いなく、おそらくニトヴァルデン準州の者であろうと言っていた[231]。
- ^ 植田は「神聖な女」(Salige Frau)と訳す[17]。
- ^ a b ドイツ語で muldenartigeと表現されているが、「Muldeのごとく」という意味で、おおざっぱにいえば浅い容器、トラフ(西洋の飼い葉桶)のような容器一般をさすが、歴史的にはパン生地のこねる槽(ドイツ語: Backtrog)を指す。
- ^ ザリゲ・フラウらもまた、「荒ぶる狩り」の対象であると伝わる[249]。
- ^ Valentsova (2019) は英文で書かれている資料として有用だが、Belova (1999) をSD=Slavjanskije drevnostiとして引用しており、内容はかぶる。
- ^ 12世紀成立の『イーゴリ遠征物語』にはジフ(Див、Div)という、異教徒の神に付随する凶兆の生き物が登場するが、これは一般に鳥の類と解される[253][254]。
- ^ 同じモチーフは苔女にもみられる、とマンハルトは指摘する。 en:Salige FrauのSalk伝説にも似る。
- ^ ベルンハイマーが指摘する野生女の特徴に合致して、乳房は無毛だが残りの胴体は毛むくじゃらである.[22]。
- ^ これには中世の学問に従えば、根拠はある、と指摘される。セビリャのイシドールス(636年没)は、精神状態を四体液説で説明したが(憂鬱は黒胆汁の体液のしわざ、等)、アルナルドゥス・デ・ビラ・ノバ( 1311年没)は、躁病が 胆液(choler)より発症するが、病状として獣的な変化を伴うと説いており、中世の一般人は狂人は毛むくじゃらなものだと信じるようになっていた[260]。
- ^ bas-de-page
- ^ ただ、この女性人物は名剣ナーゲルリング(ディートリヒ・フォン・ベルン伝説)を持っているので、異なる伝承が混同されていると思われる[287]。
- ^ シュルーターンはハイメと対決して倒される[288][289]。 シュルーターンはまたオルトウィーン Ortwîn (4) とプーソルト Pûsolt という巨人らの伯父でもある[288][290]。
- ^ 狩りまたは獣攻め遊戯(ベイティング)の場面であろう。球界建築史家のチャールズ・ジョン・フィリップ・ケイヴは、辻飾りにおける動物テーマについて考察しているが、ウィンチェスター大聖堂側廊の天井には牛攻め遊戯(牛いじめ) があり、カンタベリー大聖堂の回廊(クロイスターズ)で牡牛が野生人を突き上げる辻飾りがあるとする[295]。
- ^ バーンハイマーは、こちらは『アレクサンドロス・ロマンス』に登場するイクテュオパゴス人 を図化したものではないかと推論する。
- ^ ロベール・ド・ブロワ(13世紀盛)の詩を収めた写本にそのような絵画がみつかる[299]。
- ^ 小セネカの『狂えるヘルクレス』の14世紀装飾写本の例。
- ^ または根こそぎの木[319]。
- ^ アディージェ渓谷(イタリア語: Val d'Adige)。
- ^ イタリア語: Ultimo。
- ^ バーンハイマーは ママー と呼ぶが、Mummers' play は ドイツ語で Mummenschanz であり、これは Schembartlaufen は同義語とされる[340]。
- ^ 16世紀写本のシェンバルトラウフのイラスト参照[328]。
- ^ ブロムウィッチによる"Myrdding Gwyllt"固有名詞解説は、 Bromwich, Rachel (2014). Trioedd Ynys Prydein: The Triads of the Island of Britain (4 ed.). Cardiff: University Of Wales Press. pp. 458–459. ISBN 9781783161461参照。また Triad #61, Tri Thar6 Ellyl (Three Bull-Spectres) of Britainの注も参照。
- ^ 史実上の記録があるアイルランド王ではないので、豪族・酋長程度とされる。
- ^ グリムはこの「ゲルト」とウェールズのマルジンと類似性も指摘する。
- ^ アケメネス朝ペルシアの宮廷医。 インドに関する情報源は主にペルシア人。
- ^ インドは、上述のキュノケファロス(犬頭人)や無頭人が群をなして生息する[381]。
- ^ セレウコス1世より派遣されたチャンドラグプタ王への使節。
- ^ バーンハイマーは"legends from the Mediterranean past 地中海の昔の伝説" が後の "influence of these upon folklore, art, and imaginative literature フォークロア、芸術、創作文学に影響した"と記す芸術については、上記の§図像の下の小節 § 古典主義的な影響で取り上げている。
- ^ ビザンツ社会では成人扱いで、彼らの聖人伝はキリスト教圏全般に伝搬し、後世の著述家に影響をなした可能性がある[197][391][392]
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- ^ 他にも HdA 所引 Vonbun (1862) Beiträge pp. 46, 47, で waldfänke と wilde mann が同義で、グラウビュンデン·ブルッツガー貨幣に旗とモミの木を持っている構図[106]。一方、Vonbun (1889), p. 41 ではヴァルトフェンケン=ガイスラー[仮 3](Waldfenken-Geißler) "の杖はモミの木がまる一本(dessen Stab eine ganze Tanne war)"であるという。
- ^ Schwarz (1941), p. 971 n47 所引 Mannhardt (1904), I: 96, 105, etc.
- ^ Schwarz (1941), p. 971 n48 所引 Heyl (1897), p. 342 Nr. 15 "Der wilde Mann in Deutschnoßen" and p. 346 : "Eisenstange, lang wie ein Baum" や狩り用の杖。
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- ^ Schwarz[Schwartz], p. 110 (recte p. 10).[227] Schneller が引用。
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- ^ 高島は「羚羊狩りの猟師(“Der Gemsjäger”)」について"守護者は、野生女(Wilde Frau)と呼ばれる女の精霊の場合もあるが、先の「羚羊狩りの猟師」のように小人や野人(Wilde Leute/Wilde Mandli)である事例も多い"と述べる[12]。
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- ^ 既述したように野生女は "identical to or closely related to [the Fänggen or Salige]"[104]。
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- ^ a b c Bartra (1997), p. 46.
- ^ Stopp (1970), pp. 201, 214.
- ^ Stopp (1970), p. 211.
- ^ 公布に伝わる民話については、主な参考書にハイルフルトとグレヴェルスの共編による『中欧ドイツ語圏の伝説伝承における鉱業と鉱夫』(1967年)がある。
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- ^ Husband (1980), p. 2.
- ^ 引用文が: Heilfurth & Greverus (1967), p. 350, in Section B.3 "Berggeist bringt Unheil und Tod" また、 Stopp (1970), p. 216にも再掲。
- ^ Stopp (1970), pp. 215–216.
- ^ Stopp (1970), p. 218。参照までにplate 27d の図は、1569年、ユリウス公爵が発行したコイン。
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- ^ Cf. Mannhardt (1904), I: 333–335
- ^ Schwarz (1941), pp. 977–978 citing Fehrle (1916), pp. 35ff, etc.
- ^ a b Bernheimer (1952), p. 59.
- ^ 荒俣も"北欧やドイツ、スイスでは土着の祭に野人の踊りが加えられ"[7]としており、キリスト教化以前の風習を示唆する。
- ^ Schwarz (1941), p. 978 and n156, citing Mannhardt (1904), I: 335
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- ^ Mannhardt (1904), I: 333 所引 Zingerle (1855), pp. 200ff
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- ^ Cf. Sumberg (1941), p. 99
- ^ Sumberg (1941), pp. 103–105.
- ^ Bernheimer (1952), p. 59 and obliquely by Schwarz (1941), p. 978 as "Hauptfiguren der Fastnacht waren auch in Nürnberg"
- ^ a b Sumberg (1941), p. 104.
- ^ "Wildman's mate(野生人の伴侶)"について、サンバーグは "There is no indication as to whether the guiser was really a woman, but it is not likely その仮装者が本当に女かどうか、[原典に]示すものが無いが、その可能性は低い"とし、続いて”we have seen that a female disguise was often worn by men. The Wild Woman is also covered with moss, except for her breasts, stomach, elbows, knees, and hands; a white cap fits tightly over her head, allowing no hair to be seen"[344]。
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- ^ 荒俣:"毛むくじゃらの体で腰には鹿の毛皮を巻き、太い棍棒をかついだ野人に扮装し、祝宴の席に突如あらわれて参加者を驚かせるなどの趣向が宮廷で流行した"[7]。
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