「純粋な悪役は1人もいない」日曜あさアニメだからこその意識
――「プリオケ」の制作にあたり、意識していたことは?
金子:どこか一方向にだけ尖った作風にはしないこと。それで小さくまとまったり、当たり障りのない無味無臭の内容にはしないこと。どちらも別ベクトルの思想ではありますが、その両立は不可欠だと考えていました。そのためにも自分が子どもの頃に見ていたアニメや特撮のテイストを思い出すように努めました。子ども時代に感じた楽しさを、今の自分なりにアップデートしたかったのです。
あとは、企画の立案が「シンフォギア」のテレビシリーズが終了した直後だったので、「シンフォギア」ではできなかったことにも挑戦してみたいという思いもありましたね。
――「『シンフォギア』ではできなかったこと」について、具体的に伺いたいです。
金子:次回の話を早く見たいという欲求を掻き立てる為、「シンフォギア」では「刺激」というスパイスをふんだんに振りかけたつもりですが、「プリオケ」ではそうした欲求を掻き立てる為に異なる方法を取り入れています。それは「安定感」です。
リテラシーの未成熟な年齢層もターゲットなので、敵と味方はわかりやすく分類し、身内のぶつかり合いは極力避けることで、安心して見続けられるという「シンフォギア」とは真逆の方法を採用しています。筆の巧みな逢空さんがいてこそできた試みです。その結果、敵として立ちはだかる存在はいるんですけど、純粋悪や絶対悪は1人もいない物語にもなっています。
――なぜ、“純粋な悪役”を設定していないのでしょうか?
金子:別視点での善、異なる正義の激突が一貫した対立構造だからです。それでも終局に純粋悪を出して盛り上げるのもひとつのやり方ですが、「プリオケ」は一年かけて物語を深掘りができる猶予がありますので、「善でも悪でもない別の何か」を最後に立ちはだかる壁として設定されています。異なるからこそ激突する正義であり、たとえ異なっていても正義である以上、きっと手を取り合える……そんなクライマックスを逢空さんは描き切ってくれました。
――また「シンフォギア」と「プリオケ」では、ストーリーの分量にかなり差がありますよね。
金子:「プリオケ」は、大河ドラマのように骨太な内容に挑戦できる反面、自分のような飽きっぽい人間には、見続けるだけでかなりの負担を強いてしまいます。そこで概ね全体が1クール×4となるように意識しました。子どもの頃に熱中した特撮作品に「仮面の忍者 赤影」というのがあるんですけど、そのテンポ感のある構成を参考にしたいと逢空さんにも伝えました。新たな展開、新たな謎が物語を牽引してほしいという狙いです。まさか「プリオケ」と同時期に、令和版「赤影」が放送されるとは思ってもみませんでしたが(笑)。
―― “歌って戦う”ところも「プリオケ」の大きな特徴だと思います。
金子:特徴とはいえ、歌いながらのアクションは、毎回オープニングアニメを作るようなもので、現場には大変な苦労をかけています。また、物語と音楽が密接に絡み合うため、関係する各所の調整やディレクションが想像以上に難しかったりします。それでもどうにかやれているのは、弊社アリア・エンターテインメントが音楽制作会社であり、所属する複数の作曲家たちが脚本や演出に対して臨機応変に対応してくれるからなんです。
「シンフォギア」も「プリオケ」も、このアドバンテージと今日までのノウハウのおかげで成り立っています。
諏訪:全楽曲をElements Gardenが手がける作品ということで、アニソンはまさにキングレコードの得意分野でもありますし、楽曲についても結果的に「自分たちの胸を熱くしてくれた格好良いアニソン」という構成で目線を合わせていました。