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成田闘争の地で「禁じ手」の強制収用 空港建設の元反対派は動いた

大和田武士 増山祐史

 成田国際空港会社(NAA)が空港の機能拡張に向け、土地収用制度の活用を検討する方向となった。成田闘争を経て強制的な手段は「禁じ手」とされており、空港の歴史の中で大きな転換点となる。背景に何があったのか。

 成田空港ではいま、「第2の開港プロジェクト」と名付けられた機能強化が進む。

 2025年10月に10年ぶりに年間発着枠の上限を30万回から34万回に引き上げた。今後、3本目のC滑走路(3500メートル)を建設し、既存の2本目のB滑走路も1千メートル延伸させ、50万回の発着枠を目指す。

 発着回数が増えることで、成田空港の扱う貨物量は年間200万トンが300万トンに、空港従業員は4万人から7万人に増えるとNAAは予想している。さらに空港周辺には航空、宇宙といった産業の誘致も図る方針だ。

 NAA幹部は「これまで成田は需要に応じて拡張してきた。これからは先に設備を整えてエアラインを呼び込む必要がある」という。

 狙いは、急増する訪日外国人客を取り込むことと、韓国や中国などの巨大空港との競争に勝ち抜くことだ。

 国は30年までに年間の訪日外国人客6千万人、消費額は15兆円の達成を目標に掲げ、羽田空港と合わせた首都圏空港の機能強化を急ぐ。ただ、すでに発着枠が約50万回の羽田空港はすでに拡張用地が少なく、これ以上の機能強化は難しい。このため内陸に位置し、拡張用地がある成田に資金を注ぐことになった。

 「第2の開港」が実現すると、羽田と合わせて発着枠は約100万回となり、ロンドンやニューヨークなどの空港と肩を並べる存在になる。

 ただ、そのためには現在の成田の敷地を2倍に広げる必要があり、新たに1099ヘクタールの土地取得が必要だった。

 滑走路の新設・延伸の工事は昨年5月に着手したが、用地取得は難航。元々の地権者や新たに土地を購入した人もいる。NAAは用地買収に応じていない地権者数や個別の面積は非公表としているが「親族間で土地の相続問題が解決していない」「取得の条件で折り合わない」「機能強化の趣旨に賛同しない」といった理由で買収できないケースがあるという。

 NAAは「25年度末」の買収完了を目指してきた。2月20日時点の確保率は88.4%にとどまる。そのため、土地収用制度の検討を始める決断をしたとみられる。

 複数の関係者によると、発着回数など成田の重要事項を決める国、千葉県、NAA、周辺9市町による四者協議会に、4月中にもNAAの方針を伝え、6月をめどに一定の結論を出す方向で調整しているという。

勉強会で立ち上がった男性

 26年2月、千葉県多古町で、C滑走路の整備を呼びかけた民間団体の新春勉強会が開かれ、約380人が参加した。終了間近、ある男性が立ち上がって意見を述べた。

 「かつて私たちが対峙(たいじ)した、作る側の論理のみが優先された空港づくりから、百八十度転換した民主的な空港づくりが行われていると言うことができる」

 空港建設に対する「成田闘争」と呼ばれる激しい反対運動で、「反対同盟」の事務局長を務めた石毛博道氏(76)だった。

 成田空港は1966年に成田市三里塚での建設が閣議決定された。突然の決定に地元は騒然となり、反対運動が起きた。2度目の代執行が行われた71年9月16日に反対派との衝突で警察官3人が犠牲になった東峰十字路事件が起きた。78年3月26日には過激派による管制塔乗っ取り事件も発生。社会問題化する中、同年に開港した。

 転機となったのは、国や反対派が公開で話し合うシンポジウムと円卓会議だ。石毛氏も参加した91~93年の成田空港問題シンポジウムでは、国は強引な空港建設のあり方を謝罪し、収用裁決申請の取り下げを表明した。続く93~94年の円卓会議では、地域と空港が共生を目指すことが確認された。

 以来、強制力の放棄は「言わば成田の憲法」(NAA幹部)となり、土地収用のような強制的な手段は「禁じ手」とされてきた。2002年に供用開始された2本目の滑走路の建設や延伸時も、強制力が使われることはなかった。

 ただ、羽田空港の国際化やアジアの空港の台頭で、成田の地位は揺らぐようになった。危機感が高まり、成田周辺の経済団体や民間団体などが空港の機能強化を求めるようになった。

 13年に東京五輪パラリンピックの開催が決まり、航空需要の増加が見込まれるなか、複数の地元の民間団体が成田空港の機能強化を国やNAAに求めるようになる。

 シンポ・円卓を経て設置された、発着回数など成田の重要事項を決める国、千葉県、NAA、周辺9市町による四者協議会は、18年3月に機能強化について合意した。

 25年5月に滑走路の新設工事が着工されたが、用地買収は難航を続けた。そこで後押しする声をあげたのも地元だった。26年2月の新春勉強会はその一環だった。

 「1993年の収用裁決申請の取り下げは、かつての成田空港建設に対するもので、全ての強制力を放棄したものではありません。決断をしなければならない時が来るのではないか」

 勉強会での石毛氏の発言だ。

 あるNAA幹部は「かつての反対派の人たちが今は機能強化を後押ししてくれる時代になった」。別の幹部は「一歩間違えば歴史は繰り返すかもしれない。土地収用の方向に進むにしても成田の歴史に学び、丁寧かつ慎重な説明を続けていくしか道はない」と話す。

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この記事を書いた人
大和田武士
経済部|国土交通省担当
専門・関心分野
建設、交通
増山祐史
東京社会部|国土交通省担当
専門・関心分野
運輸行政、事件事故、独占禁止法、スポーツ

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