マスターがマスターたる由縁2
続きました。新しいマスターであるモブが立香のマスターとしてのあり方を見てよく喋りよく考えます。藤丸立香には魔術師としての知識や力はなくとも一年の経験は無駄にはなってないと思うのでこういう未来があってもいいのかなぁと。ロビンフッドの幕間ネタが若干入ります。閲覧は自己責任でお願いいいたします。(今日の私事)男鯖の水着イベも欲しい
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立香の右手に令呪は存在しない。時計塔へ行くと決まった際に新しいマスターとサーヴァントが契約するため立香のマスターとしての権限を剥奪したのだ。剥奪というと聞こえは悪いが立香自身は「絆は目に見えないものだしね」と言って令呪にこだわりは持っていなかった。本来の令呪と違って強制力のない令呪を失ったところで統率を失う心配もなければ刺青と間違えられ温泉入浴お断りと言われなくて済む。少し寂しい感じはするが立香自身は令呪のない右手をさほど気にしていなかった。
まだ幼さの残る顔立ちの女性は自らのサーヴァントを探して廊下を早足で歩き回っていた。カツカツと一定の速度で聞こえる自分の足音でさえ苛立ちを表しているようで更に苛立つ。レイシフトから帰って来た彼女とサーヴァントはそのまま帰還報告をするはずだったが帰還した途端にサーヴァントがどこかへ行ってしまったのだ。早くシャワーを浴びて休みたいというのにサーヴァントはマスターを気遣う様子も見せずどこかへ消え、余計な手間がかかってしまっている状況である。
「お母さん」
「んー?どうしたジャック」
「おかあさーん」
ふと曲がり角の向こう、廊下から自らのサーヴァントの声が聞こえて女性は更に足を早めた。誰かと喋っているらしく今なら確実に捕まえられると確信した。レイシフト帰りで返り血にまみれたままのジャックはしゃがみこむ黒髪の少年の右手をとり、しきりに触っている。サーヴァントの友好関係など把握していないので相手が誰かは分からないが彼女の頭は早く帰還報告をすることでいっぱいだった。ジャックは少年の右手の甲に乾ききらない返り血で何やら描き始めた。そんな様子を見て思わず眉を寄せる。強いサーヴァントのマスターとなれたのはいいが"そういったこと"が嫌なのだ。ジャックは生前のこともあり戦闘スタイルが接近戦で返り血をもろに浴びることが多い。
初めてレイシフトしたときなどその戦闘スタイルに血の気が引いてその場で倒れてしまったほどだ。今では少し慣れて倒れることはなくなったが納得はしてない。いくら戦い方を変えるよう命令してもジャックは「このやり方しか分からない」と言って言うことを聞かなかった。女性にはジャックから向けられる視線が人殺しのそれにしか見えなかった。それがとてつもなく怖かった。至近距離になればなるほど漂う生臭さに息をつまらせながら気持ち悪くないのだろうかと考えながら好きなようにさせている少年を視界の端に捉える。
「………できた」
「お?おー、おー!」
少年の右手の甲には令呪と思われるものが歪な形ではあるが描かれていた。血で描かれているためところどころ掠れてはいるが間違いなく令呪の形をしている。自らのサーヴァントが他人にそのようなことをしたという事実に耐えかねるように女性は声を上げた。
「ジャック・ザ・リッパー!」
廊下に感情的な声が響き渡った。
「こんなところにいたのね!帰還報告がまだだって言っ………藤丸立香っ!?」
「どうもー」
ジャックの姿にばかり気をとられて相手が立香である可能性に気づかなかった女性は興奮気味の表情を驚きに染めて2、3歩後ずさった。途端に不満げな顔をするジャックの頭を立香が何度か撫でている。サーヴァントとはいえ反応が子供のそれで違和感をおぼえた。この殺人鬼でもそのような反応ができるのか。しかし、立香はそれを微笑ましい様子で眺めている。
「………っ、人のサーヴァントに何してるのよ」
「ん?あっジャックのマスターさんですか?というか今、帰還報告がまだって………ジャックダメだろー?帰還報告までが遠足だって言ったじゃないか」
「ごめんなさい………」
遠足という言葉に一気に血圧が上昇したような感覚がするが早く休みたいというのに気持ちの方が勝り女性は感情のまま叫ぼうとすることをやめた。
「ほらジャック、帰還報告を済ませたらちゃんとシャワー浴びるんだぞ」
「うん!」
サーヴァントにシャワーなど必要ない。魔力さえあれば霊基を戻して損傷ごと元通りにできるのだ。人類最後のマスターとうたわれた人物がそんなことも知らないのかと挑発するような言葉を吐いた。
「元通りになるとはいえサーヴァントだって汗をかいたあとは気持ち悪いし美味しそうなものを見れば食べたくなりますよ」
あくまでジャックを人間として扱う藤丸立香に対しても違和感をおぼえる。サーヴァントはサーヴァントであり戦うための兵器だ、そのはずだ。
「貴方はコレが怖くないの………?」
言葉は自然と口から溢れていた。女性も限界だったのだ。何度言っても変えない戦闘スタイル、指示に従ってもらえないジレンマ、戦場で頼れるのは恐怖を植え付けてくる不気味なサーヴァント。だからこそジャックと共に世界を救いこうして戯れる姿に疑問を感じずにはいられなかった。女性の溢れだした本心を聞いた立香は一度瞬きをすると何でもないようにいった。
「ジャック・ザ・リッパーは解体する存在です。だから血を浴びるのは当然で、えぇーっと何と言えばいいか、ジャックが解体をしなくなったらジャックじゃないというか…それは言い過ぎかな?俺も相手が人間じゃないだけ許容できている部分も大きいと思いますけど………」
上手く説明できないのか唸ってはいるが立香の答えに迷いはなかった。
「ジャック・ザ・リッパーだけじゃなくて目の前のジャックも見てあげてください。頼れる仲間であり、相棒なんですから」
もちろん女性のサーヴァントがジャックと決まったときに文献などで当時の様子についてくわしく調べてはいる。しかし白髪で小柄な…子供だとは…しかも女の子だとは思っていなかった。そのときは深く考えなかったがもしかすると史実との相違点があるのかもしれない。立香の言葉に女性はなんとなくではあるが納得しつつあった。
「…行くわよジャック・ザ・リッパー」
「………はぁい」
渋々といった様子ではあるが指示に従うジャックに女性は内心安心していた。あのまま立香の元を離れなかったら、指示を拒否されたら、と嫌な可能性が頭をよぎったのだ。しかし自分ではなく立香からの指示に従ったのかもしれない、と思わざるを得なかった。少なくとも自分はあのように何かを乞うように手を握ってもらったことはない。ましてや"お母さん"と呼ばれたこともない。そんな女性の思考には気づかずジャックは背後の立香へ手を振っている。その光景でさえも女性の思考を混乱させる。そんなことしてもらったことなどない。
「ジャック」
「……なぁに?」
「……き、帰還報告の前にシャ…シャワーでも浴びて行く?」
「………!」
混乱していたのだ、混乱していなければこんな血迷った言葉をサーヴァントにかけるはずがない。女性はそんなことを言ってから自分で何を言っているんだと自問自答した。恐らく疲れているのだろう。
「(でも言ったからにはシャワー室へ連れていった方がいいのかしら。でもでもジャック・ザ・リッパーは子供だから衣服着脱の手伝いが必要…?いや相手はサーヴァントよ何考えてるの)」
「お母さん」
「………っ」
思考の渦にぐるぐると巻き込まれている最中、ジャックから初めてお母さんと呼ばれ我にかえる。ジャックは子供のような目で女性を見ていた。そして子供らしい小さな唇を動かして音を紡いだ。
「先にきかんほーこく、しなきゃダメだよ」
「………………………分かってるわよ」
何故だか恥ずかしくなってきた女性は更に歩行スピードを早める。もはや競歩レベルの速さだ。その後ろをジャックが足取り軽やかについていく。二人の様子を見ながら廊下に取り残された立香は安心したように頷いた。
「うん、大丈夫そうだ」