ハリー・スタイルズと「再生」の物語──村上春樹、レディオヘッド、クラブカルチャーに影響された「ときどきディスコ」な現在地
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ハリー・スタイルズ(Harry Styles)による通算4作目のニューアルバム『KISS ALL THE TIME. DISCO, OCCASIONALLY.』が話題を集めている。迷いから解き放たれたハリーの現在地を、ライター・辰巳JUNKが解説する。 【画像を見る】ローリングストーン誌が選ぶ「歴代最高の500曲」 東京マラソンを完走し、ローマ教皇選出の場にまぎれこむ……。ここ2年、なんともスターらしからぬ場所に出没していたハリー・スタイルズ。じつは、このようなライフスタイルは、キャリアで一番大胆なアルバムの創作方法でもあった。 4thアルバム『Kiss All the Time. Disco, Occasionally.』自体、スターらしからぬ作品だ。その名の通り「ときどきディスコ」風味なダンスロックだが、じつは歌詞のほうはあまり明るくない。日本やヨーロッパで生活していた休暇期間の「日記のようなもの」と語られただけあり、文芸小説的と言っていいかもしれない。ポップスターとしていかに空虚な存在なのか、自分で自分を責め立てるかのようなのだ。〈ただ稼いでいくだけなら、もう自分自身が商品になっちゃうんじゃないのか?〉(「Season 2 Weight Loss」)。 最初のシングルに選ばれた「Aperture」にしても、哲学的な楽曲だ。人々の集中力が落ちたこの時代に5分の長尺で、すぐ盛り上がらず、じわじわと高まっていく構成。ここでハリーは〈もう迷いはない〉と歌い、レナード・コーエンの詩を参照しながら新たな人生観を宣言する。〈心が開いたその隙間から光は入り込む 僕らはひとつだ やっとわかった 愛しかなかった〉。 じつは、アルバムのオープニングとなるこの曲は、制作期間の最後につくられた「現在のハリー」の象徴。物語形式にたとえるなら、本来は結末に位置するはずのアンサーソングなのだ。本編にあたるこれまでの数年間の「日記」は、2曲目から始まる。
自分を取り戻すための「日記」とスローダウン
ここであらすじをおさえておこう。「American Girls」ミュージックビデオが暗示するように、周りの友だちが結婚していく30代に差しかかる頃、ハリー・スタイルズは世界の頂点に立った。1994年にイギリスの田舎町に生まれ、10代で大人気ボーイバンドのエースへと飛躍し、20代を通してソロとして大ヒットを連発。上り調子をつづけた彼の全盛期こそ、前作『Harry’s House』だったのだ。グラミー賞の最優秀アルバム賞に輝き、ワールドツアーでは500万人を動員し、当時歴代4位となる6億ドルもの興行収入を記録した。 おおよそ2年にわたるツアーは、孤独ももたらしたようだ。五大陸を渡ると言っても、公演以外は移動とホテルでの就寝に費やされる。疲れ果てていたニューヨーク公演中、心も身体も「瀬戸際」に至った経験から生まれた一曲こそ、目も眩むようなダンスパンク「Are You Listening Yet?」。 ツアーが終わる頃には、自分が何のために音楽をやっているのかわからなくなっていたという。ただし、ファンに問題を抱えたわけではなかった。生粋のファン思いとして知られるハリーは、コンサートの主役は観客という哲学を掲げるショーマンでもある。「Paint by Numbers」で歌われているように、人気者の立場が「恵まれている」ことは承知している。十分に自覚しているからこそ、自分がその名誉に足る人間なのか、アイデンティティ不安に苛まれていったのだ。 こうした行き止まりは、キャリアの最高潮を迎えた音楽スターが直面しがちな問題でもある。世界の頂点に立ってしまうと「普通の人」の人生は失われてしまう。どこへ行くにもボディガードがついて、信頼できる相手も限定され、相談ごとをするなら守秘義務のあるセラピスト。ハリーも指摘するように、じつは狭い生活サイクルに陥りがちなのだ。そこでよくとられるキャリア選択は、より豪勢で現実離れした作風への進化。あるいは、社会問題を扱ったりするシリアスな作家路線による深化だ。 ハリーは珍しい選択をとった。スーパースターになった一人の人間として煩悶する過程、それ自体を記録する「日記」アルバムをつくったのだ。 まず、目的を見極めるまで、新作を出さないことに決めた。そして、17歳のころから働き詰めだった大人として、はじめて自主的な長期休暇をとって海外での暮らしを始めた。 イタリアの田園では、ゆっくりコーヒーを飲む体験もして、人生を「スローダウン」させていった。こうして、腰を据えて自分の人生を振り返る余裕ができた。たとえば、感傷的に過去を振り返る「Taste Back」では、ワン・ダイレクション「Best Song Ever」と同じザ・フー「Baba O’Riley」風のイントロを耳にすることができる。 なかでも滞在初期に書かれた「The Waiting Game」はとりわけ辛辣だ。人生の出来ごとを美化する曲をつくっては己の問題を無視していくポップスターらしい生き方が糾弾されている。主語こそ「You(君)」だが、内省を通した自己批判の類だろう。