第99999999話 もしも大尉が攻略対象だったら(オーディオコメンタリー付き)【4/1限定】

 その部屋には――大きな看板が鎮座していた。


 ――『もしもハンス・グリム・グッドフェローが攻略対象だったら』。


 筆をもって異様な書体で書かれた白い看板。

 そして並べられたパイプ椅子と折り畳み机の会議室に、五人いた。ある意味では、恒例のメンバーである。

 その内の一人――深い茶髪を肩の辺りで切り揃え、片方の揉み上げを三編みにした少女が涎を垂らす。


「ぐへへへ……やっとハンスさんが攻略対象になりましたね……ぐふふ、ふふふふ……」

「何言ってるんですかこの人」

「うちの妹がすまない……」


 ふわふわの宙に広がるような金髪の少女――シンデレラ・グレイマンと、中分けにした灰色の癖毛の男性――マクシミリアン・ウルヴス・グレイコートの金色の瞳を向けられても、三編みを揺らすメイジー・ブランシェットは譲らない。


「はいそこ! 勝手に私を異常者にしない! リピート・アフタ・私! 『もしもハンス・グリム・グッドフェローが攻略対象だったら』!」

「……もしも、大尉が、攻略対象……? だったら……?」

「ありえない妄想はやめるんだメイジー……」

「ふ、ふ……」


 印象としては青いトーンの癖毛の偉丈夫――コンラッド・アルジャーノン・マウスまでもが不敵な笑みを浮かべる中で、もうメイジーは思いっきり膨らんだ。

 無論身体ではない。頬である。

 身体は、胸囲は、多分この中で比較したら一番平坦である。というか主に男性陣三名がやたらとパツパツだった。百センチは当たり前に超えていて、ウエストとバストの差が四十センチ近くある。服が悲鳴を上げている。

 主にハンス・グリム・グッドフェローが原因である。一人は対抗意識で、一人は友人としての付き合いでジムに通った。乙女ゲーらしからぬパツパツマッチョパラダイスを作り上げたのは九割がたこの非攻略対象(今は攻略対象)である。


「チッ、うるさいなあ。……うるさい。今更兄さんヅラしないでくださいよ! 自分はハンスさんと四年もキャンパスライフ送っておいて!!!! ちくしょう!!!! 私だってハンスさんとイチャラブ学園したかった!!!」


 机の一つが割れた。振り下ろされた拳に割れた。真っ二つに割れた。モーゼが紅海にそうしたように。葦の海の奇跡(物理)だ。

 胸囲では負けても筋力では勝っている父違いの妹が、おもむろに兄を指差した。


「兄さんがですねえ、兄さんがあんなハンスさんの笑顔の写真さえ送ってきさえしなければ私も気付いてましたからね! あの街で! 気付いてましたからね! 話した相手がハンスさんだって! ちくしょう! 暗殺警戒で軍部も写真を乗せないからさあ! 判らなかったじゃないですかハンスさんって!」


 メイジーが吠えた。

 なんで直接会話をして、ぽけぽけ成人男性が気付かないのは仕方ないにしてもメイジーが判らなかったかはそれである。


「ふ、ふ……一ついいかね、赤ずきんの君」

「なんですか暗黒イケメン」

「その時点で言及しても――――断られたのでは?」


 メイジーが止まった。

 そして、金髪の少女が黙ったきりの黒髪の青年に――ハンス・グリム・グッドフェローに、つまりはこちらに目を向けた。


「……どうなんですか、大尉」

「契約に従えばそうなる。彼女に知られぬことを条件とした以上、知られた時点で破棄が可能となる」


 そう、頷く。

 メイジーが再起動した。


「契約の話をしてるんじゃないんだよ契約の! 契約の! 乙女心の話ですよ乙女心の!!!」

「……だそうですけど。どうなんですか、大尉」


 シンデレラの琥珀色の視線に、ふむ、と黙する。


「……そうすればメイジーを戦いに出さなくていいというなら一考はしたが」

「……!」

「しゃあっ、大正義幼馴染大勝利ィ! 希望の未来へレディィィィィゴォォォ――――――ゥ!」


 メイジーが、ひかった。


「したが……君は戦いに出るのだろう?」

「え。そりゃあラブラブ♡マイプレシャス♡だーりんが死にかけてたら戦いに出ますけど? 当たり前じゃないですか。なんで子供も作ってないのに未亡人にならなきゃいけないんですか。結婚式の前にお葬式なんてしませんよ。ハネムーンもまだなのに。目標数まで両手の指じゃ足りませんよ」

「えっ……生むん……ですか……? そんなに……? えっ……いや……えっ? 生むの……妊婦さん、すごく大変って……」


 困惑するシンデレラを前に、メイジーがグッと拳を握る。


「そりゃあそのために鍛えてますから! 骨盤底筋こっちのトレーニングも欠かしたことはないですよ! お互いの死んじゃった家族も忘れるぐらい賑やかなお家にするのが目標です! 賑やか大家族! 頼れるパパさんと素敵な奥さん! いやマジでクッソ忙しそう……でも私は家事お手伝いロボットも作れるし、最後に皆を送り出す頃にはいい歳になってて私はとっくに早期退職! お家でメカいじり! そしてハンスさんは私の貯金で養う! あとはハンスさんがでっけぇお庭のガーデニングをちょきちょきしたり大っきなパツパツのえっちな身体をちっちゃく丸めて鉢植えにお水をあげたりしてるのを見ながらロッキンチェアーで編み物して午後のティータイムです! きっとハンスさんはバリバリに優雅な所作してるんだろうな騎士様だからなフヘヘぐへへへへ。もう、王子様♡ ティーカップ持つ手の縄みてーに筋の浮いたすっげえ二の腕……ぐへへヘドスケベ猟犬の全身不健全成人指定成人男性がよぉ……あちあちえっちのボディに如雨露の水かけちゃえ♡ うおっ湯気でた……コイツめコイツめドスケベな身体しやがって♡ 十五人目作ろっか♡」

「は、はあ……」

「あ、聞きます? 聞きます私の結婚生活? 聞きたいですよね? えっとまずはですねー、三年ぐらいはハンスさんと毎日イチャラブ♡ちゅっちゅしてですねー。んもーハンスさんしゅきしゅき♡ それから、『そろそろハンスさんのことを搾り殺してもいーい?♡』って言って搾るだけ搾ってから怒ったハンスさんに逆転されてですねー。七日七晩くらい許されなくていっぱいちゅっちゅされちゃってですねー。ヤダあたまがフットーしちゃう……ワンちゃんになっちゃうよぉ……んもーハンスさんったら大胆♡」

「えぇ……」


 こわい。

 大尉はそんなバビロニア神話に出てくるような蛮人じゃないの。それは神話でしかできないの。

 あと犬の交尾は長くても大体一時間ぐらいなの。哺乳類だとアンテキヌスが十四時間で多分最長なの。しかも彼らは交尾に伴うストレスホルモンによって交尾後にオスが死んじゃうの。絶対そんなに耐えられないの多分。いや耐えられるかもだけど。そういうちっちゃなネズミみたいな有袋類より大尉強いし。鍛えてるからな……備えてるし。耐えたかも。耐えてたかも。わかんない。

 いやこんな子だっけ。誰。


「我が友ハンス! 貴様ァ!」

「俺は何もしていない。まだ何もしていない」

「しないというのか、貴様は! メイジーに! やはり許せん!」

「……」


 なんなんだろうこの人たち。この兄妹。こわい。


「中尉、続きを……」

「感謝する、大佐。それと俺は大尉だ」


 頷き、続ける。

 あの場に関しては――……流体ガンジリウムを機体に循環させ続けるだけの説得ができなかったこと、或いは力場がなくとも敵を殺し尽くせるだけの実力がなかったことが問題なのだ。そうなった時点で、メイジーの出撃は決まってしまっていた。であれば――


「つまり、意味がない。そして……実際に彼女がいなければこの国は負けていただろうから、出撃を防ぐこともできない。重ね重ね、俺の不徳だ」


 ヘイゼルやロビンやアシュレイ並みの力があれば、おそらくあんな機体でも何とかできただろうに。


「やはり狂っているな、黒衣の七人ブラックパレード……よく我が国はこんな連中を九人抱えた国相手に戦ったものだ……何故巨大人型ロボットよりも本体の方が強い?」

「うぐぐ……ハンスさんがそんなに強ければ結婚できていたのに……許せない……やはりこの世界は狂ってる……」

「……大尉も、逆によくアシュレイさんたちみたいな力なしで九位になりましたよね」

「ふ、ふ。……それでも直接戦えば全員に利せるだろう。やはりそれでこそ、それでこそだ……ハンス・グリム・グッドフェロー……!」


 一人フルフルニィしてる人がいるけど……まああの領域への到達は現実的に考えて無理だと思う。流石にその辺の石ころとかでも最新科学による神話巨人を倒せるの、もうちょっと意味が判らないから。


「まあいいや……それじゃあ、VTRスタート!」


 そう、メイジーが空中を指した途端、ヴィジョンが浮かび上がった――――。



 ◇ ◆ ◇



 引き抜いていたリボルバーを腰のホルスターに収める。ジープで去っていった二人の【フィッチャーの鳥】の隊員を眺め、内心で息を吐いたときだった。


「……暴力で人に言うことを聞かせて、そんなに楽しいんですか?」


 金髪の少女が、咎めるような瞳を向ける。

 そこには、確かに嫌悪感があった。


「助けてくれたことには感謝します。……でも、あんなやり方しかなかったんですか? あんなふうに、人を殺す道具を向けて……軍人って、皆そうなんですか?」


 軍人か――――それとも暴力そのものにか。

 義憤、そして嫌悪。

 同じ気持ちだ。

 その上で、告げなければならないことがある。


「楽しくはない。だが、必要だ。そして人を殺す道具でなければ抑止力にはなり得ない」

「抑止力って……だってそれは、人が死ぬんですよ! 撃たれたら……死んでしまうんですよ!?」

「それに何か問題が?」

「――――」


 彼女の言う通りだ。こんなものは、放たれるべきではない。如何なる理由にせよ、人の生命がそうも容易く奪われていい筈がない。

 それは法的な妥当性とは、また別の部分での話だ。

 軍人に馴染みのない彼女が拒絶反応を起こすのは、至極当然であると言えよう。――軍人の己ですら、全てが終わったあとには言いようのない忌避感が募るのだから。

 だが……そんな主観ではなく、ただ客観的に言うなら。


「死ぬようなものを向けられて、初めてそこで己の行為を理解するものもいる。それとも……逆に問うが、貴官は筆箱やパスケースで相手への警告を行えると考えているのだろうか? それなら、見上げたものであるが……」

「なっ……!」


 顔を朱に染めていく金髪の少女が、叫び返した。


「バカにしているんですか、わたしを!」

「……馬鹿にするも何も、貴官の言葉を整理するとそうなると思われるが。殺傷性を持たないものを向けて、相手の抑止を図れと言いたいのではないのか? それが、貴官の主張であった筈だが……」


 このように出会った相手を特に馬鹿にする理由もない。正確に言うなら、を……だが。

 それは、己の求める機能性からは遠い。特定の相手にしか用いれぬ弁舌では、甲斐がないのだ。言葉としての殺傷性と有用性が足りなさすぎる。

 そして――別に今はそれが必要とされる場面ではない。

 行き違いがあることは明白で、その点を整理する必要があると考えたが――……少女には、その意図も、どうも伝わらなかったらしい。


「そういう……そういう話じゃないでしょう!? そんな話をしているんじゃ!」

「そうだろうか。確認だが――暴力や武器について言及してきたのは貴官からと考えるが、如何か。それとも俺の思い違いだろうか? だとすると謝罪せざるを得ないが」


 念の為に反芻しながら問いかければ、


「そうやって――――そうやって理屈の話をしてるんじゃないんですよ! 貴方は、人を殺そうとした……そうやって相手を支配しようとした! ただ支配するために、貴方はそのためだけに人を殺そうとまでしてたって話です!」

「……? つまり、暴力の話だろう? 何か議論内容に不明があるなら伺いたいが……申し訳ないが、自己の発言を振り返ることは可能だろうか?」

「――っ」


 ワナワナと、少女は拳を震わせていた。


「そうやって、命に無関心に――――! だから簡単にあんなものを見せびらかせる! 街であんなものを出して人に向けられるんです! 貴方は、人の痛みが判らないんですか!? それとも考えたくないんですか!?」

「……申し訳ないが、一つ」


 念の為に、重ねて、少女に声をかける。


「貴官は法に通じているのだろうか? だとすれば、アレが十分な要件を満たした上での武器使用と当然理解できる筈だが……いや、そうであれば、そも俺に言葉をかける必要もないか。失礼した。見誤っていた」

「嫌味な言い方を……!」

「単なる事実であり、それ以上の意味はない。これを嫌味と感じるのは、貴官の中の劣等感が故だろう。……己の至らなさを認識しているというなら何よりだ。少なくとも、自覚はあるのだから」

「――――」


 少女が怒鳴り返さないうちに、最も重要である部分を補う。


「それでも、念の為に。……暴力というのは、基本的に不当である――或いは不法であるものを意味する。俺の行為に不法性はない。その要件を十分に理解しているためだ」

「――――」

「もしも、可能であるなら辞書を引くことを勧める。……持っていれば、になってしまうが」

「――――」


 少女は口を開いて、次の言葉を継がずにいた。

 ならば、議論は終わりだろう。


「それでは訓練があるので失礼する」


 一礼して、背を向ける。

 これで背後から殴りかかってこられたら応対するほかないが――……この体格差だ。さほど手間にはなるまい。

 つまり、あちらにも無意味に必要以上の怪我をさせずに収められる……平和的に終わるということだ。

 果たして、


「な、なんなんですかあの人……! なんなんですか……!」


 背中にかけられたのは、そんな言葉だった。

 それ以上の追撃もかからず、こちらも胸を撫で下ろす気持ちだった。

 幼気な少女を撃ち抜く趣味は、あまりないのだ。



 ◇ ◆ ◇



「ちょっと待てやオイ」


 映像を観終わった会議室に放たれたのは、そんな第一声だった。


「どうした、メイジー」

「どうしたもこうしたもあるか! どうしたってのはどういうことですか! どうしたら何がどうしたなんですか!」


 こわい。


「やめてください……大尉が怯えてますよ」

「はああああああ!? 上から目線! 上から目線! 強者の余裕! クソーっ、この女自分が選ばれたから調子乗りやがってぇぇぇ――――――っ! こいつはめちゃ許せんよなあッ!?」

「えぇ……」


 シンデレラの背中に隠れるこちらに構わず、拳を震わせたメイジーが叫び上げる。


「おかしいでしょう! 非攻略対象が攻略対象になった! なってるんですよ! 何故、私に! 婚約者に! 婚約者に来ないんですか!!! おかしい! 世界の歪みィ!」


 その怒声が会議室の折り畳み机を震わせる。

 今ならヘイゼルにも音で勝てるかもしれない。すごい。


「……ふむ。私は不得手であるので、是非とも聞きたいのだが」

「なんですか、そこの暗黒イケメン」

「婚約者とは――……そもそもその『攻略対象』に課されがちな属性なのか?」

「ひぐっ」


 息を詰まらせた彼女へと、さらなる追撃が飛んだ。


「恋愛シュミレーション――仮にも恋愛を謳うならば、つまりドラマが必要だとすれば、何事もなければそのまま婚姻が成立する婚約者はおおよそ恋愛とは似つかわしくない立ち位置なのではないかな?」

「う、ぐ……ううっ……」


 胸を抑えてよろよろと机に身体をぶつけたメイジーを眺めつつ、静かに手を上げる。


「一つ補足がある。女性向け恋愛シュミレーションゲームには、数は少ないが……婚約者が攻略対象というものもある。初めから婚約者と明かされているものや、途中まで婚約者であることを伏せて偽名を使っているものだ。……どのゲームにも一人はいる、というまで、あまりメジャーであるとは言えないそうだが」


 そのまま、続ける。


「ドラマという話でも、十分なものは作れるだろう。例えばある男性と仲を深めたがそこに『実は女主人公には婚約者がいる』という障害があり――……しかしその男性こそが本当は婚約者で、某の理由でかその地位を引き継ぐことやその婚約を進めることが憚られていたところに、女性主人公との交流を通じて向き合う気になったとすればドラマにもなるし……或いはその男性の稼業周りでトラブルがあったということでもドラマにはなるだろう」


 頷く。


「付け加えるなら、女主人公の周囲に男性陣がおり、その中からいずれか一人と結婚を――という前提のもとに共同生活をするようなものも、広義で言えば婚約者と見做してもいいかもしれない。そのように間口を広げればもう少し増えるだろうな」


 こうなってくれば、古い女性向けの、ある種の戦略的なシミュレーションゲームや育成シミュレーションゲームも含めることが可能だろう。


「随分詳しいな、中尉」

「……かつての受け売りだ、大佐。それと俺は大尉だ」


 そう返答すれば、机に突っ伏していた茶髪の少女が手を上げた。


「ハ、ハンスさん……! ハンスさん! でっ、ででで、では……では……! 幼馴染キャラは……!」


 凄まじく荒い鼻息の彼女を前に、首肯する。


「すべての女性向け恋愛シュミレーションゲームに一人いる、というほどのものではないが……追加版ファンディスクで攻略対象に追加されたり、或いは幼馴染ばかりが集まったコンセプトゲームもあったりするらしい……そう聞いた覚えがある」


 実際にそうだ。

 というか、そんなのはとっくにやられていると言ってもいい。女性向けでロボットが登場する恋愛シミュレーションゲームも本当に実在するのだから。ジャンルになる、とはそういうことだ。


「っしゃあぁぁぁあオラァァァァ! 幼馴染婚約者大勝利ィ!」


 メイジーが、ひかった。


「……珍しい属性と珍しい属性をかけ合わせたら、余計確率が減るものではないのかな?」

「止せ……我が妹を辱めるな……!」


 その隣ではむくつけき男たちが顔を寄せ合っている。


「うっさいそこ! さあ次のVTRスタート! 次こそは判ってますよねえ世界コラァ!?」


 再びメイジーが空中を指すと、ヴィジョンが浮かび上がった――――。



 ◇ ◆ ◇



 ……で。


 オリオンとその仲間たちが彫られた暗い記念碑が、ヘリオス――太陽によってそっと隠され、眠りにつくようになってからかなりの時間が経っていた。

 基地で。基地の中、その廊下で。


「あ」

「……む」


 青と黒を基調としたブレザーを身に纏った、鮮やかな長い金髪の毛先を三つ編みにした少女。

 午前の訓練の後、午後の訓練内容を思案しながら。

 軍事施設特有の飾り気なく無機質な廊下の、その曲がり角で再びの遭遇が起きた。


「……この施設に民間人の立ち入りは禁じられている筈だが」

「――っ、わたしに言わないでくださいよ! ここに呼びつつけたのは父です!」

「なるほど?」


 僅かに黙し、規則について脳内で照合する。


「深刻な規定違反が考えられるな。基地自体には、正式に受付することで立ち入りが可能だが――……この区画は軍事的な秘匿性が高い。部外者の立ち入りには問題がある筈だ。……姓名は?」

「は?」

「姓名を聞いている。……すまないが、公用語が苦手なのだろうか? だとしたら申し訳ないが……」


 そんな事例もなくはないと聞いていた。

 四圏に別れて百年近くを送るうちに、それぞれの文化とスラングができている。だが……


「いちいち嫌味ったらしい人ですね! シンディ……シンデレラ・グレイマンです! 貴方は!?」

「ハンス・グリム・グッドフェロー大尉だ。……ところで、女の名前なのに男なのか?」

「…………は?」

「貴官の父上だ。シンデレラ・グレイマンで本当に相違ないか?」


 眉を寄せれば、金髪の少女はすぐに叫び返した。


「それは、わたしの――ボクの名前です!」

「そうか。俺が質問したのは、貴官の父上の名前であり貴官ではない」

「なっ……わ、わかりにくいんですよ! 貴方は!」


 頬を朱に染める少女の前で、頷く。


「文脈的に考えたら理解はそう難しくないと思えるが……あまり言いたくはないが、もう少し落ち着いて物事を受け止めたらどうだろうか? それは貴官のコミュニケーションに――」

「うるさいっ!」


 一閃。

 その小さな手に真横から頬を張られた衝撃に立ち直る頃には、彼女は、走り去っていた。


「……ひりひりする」


 ひどい。



 ◇ ◆ ◇



 映像が終わったあとのなんとも言えない沈黙の中、まず手を上げたのは一人だった。


「……あの、疑問なんですがいいですか?」


 授業でそうするように背筋を伸ばして、パイプ椅子に腰掛けた金髪の少女がおもむろに口を開く。


「その……どうやっても、というかどう見ても大尉とわたしの関係が悪いみたいに見えるんですけど……」


 それは、自分も疑問に思っていた。

 直接的な加害行為に及ぶほどに悪化した人間関係から、果たして取り戻せるものがあるのだろうか。


「ふっふっふ、甘いですね……! これは『嫌味ったらしいと思ってたアイツのことを見直してギャップで恋に落ちちゃうパターン』ってやつですよ!」

「なるほど……」


 顎に手を当てて考え込むシンデレラは、理解に努めようとしているふうに見える。

 俺は詳しいから判る。

 少女漫画ではよく見るパターンだ。王道と言っていい。


「詳しいんですね、メイジーさん!」

「そりゃあ百戦錬磨ですから! ふっふっふ、どんな攻略対象も思いのままですよ! 乙女ゲー百戦錬磨のメイジー・ブランシェットとは私のことだ!」


 メイジーがグッと拳を握る。ひかった。


「……メイジー、我が妹ながら……つまり、その分現実では百戦百敗ということでは?」

「ひぐっ」

「ふ、ふ……無戦百敗ではないかな?」

「うぐっ」


 言葉の刃に胸を抑えてたたらを踏んだメイジーが、キッと顔を上げた。


「てめえらは全乙女ゲーユーザーを敵に回した……! 明日を生きる資格はねえ……!」

「落ち着いてくれメイジー……二人共もう死んでる……」


 床に倒れ伏してピクピクしてた。

 彼女は考えるより先に殴っていた。すごいね人体!



 ◇ ◆ ◇



 大鴉レイヴンめいた機体が駆け付けたそこは、かつての戦場じごくを思わせる様相だった。

 ビルの合間から立ち上がる煙。

 車道に乗り捨てられた数多の車は、踏みつぶされたのか。これも夕日の中で、より濃い炎を上げていた。

 ビルにもたれかかった頭が平たい鋼の巨人。

 都市部守備隊か。カエルの王子フロッグプリンスと呼ばれた第二世代のアーセナル・コマンドの胴は無数のライフル弾で貫かれ、おそらく守ろうとした背後のビルの市民ごと、息絶えていた。

 それが手にした手の連装ライフルから硝煙は立ち昇っておらず、また、薬莢の一つも路上に見当たらない。

 彼は、一発も撃つこともできず――否、撃つことをせずに一方的に撃ち抜かれたのだ。この都市での発砲が、何を意味するか知っていたから。


「……酷いことをする」


 呟き、機動した。

 幾度か投降勧告を続けた先に存在した二機の敵機。

 背後のビルを庇って、力場での防御を続けながらも躙り寄るこちらに対し、二機は十字砲火に移行した。

 一機は地上を。もう一機は空中へ。

 故に、


「――――無価値な機動だ」


 バトルブーストで飛び込むままに、上昇する敵機の足先を横に跳ねる回し蹴り。

 飛びながら横倒しになるような機動を描く敵機へと――縦回転。更に打ち下ろすような蹴りの追撃を肩口に叩きつける。

 転倒の加速。

 それは遠心力として、頭部目掛けて働くマイナスのGとなって現れただろう。つまりは、死だ。

 そして空中のこちらに目掛けて放たれる弾丸。左右に抜ける。力場によって弾道が湾曲したこのライフルの威力では、おそらくは半球ガラスは壊せまい。


「素人か。銃を置け。でなければ撃墜する……警告は一度だけだ」

「良くも……良くもアストンさんを……! お前、お前――――――ッ」


 腰溜めの姿勢から、まだ、弾丸が放たれる。

 非武装故に一切の武装への電力消費を持たない機体の力場は、そんなものでは簡単には貫けない。


「アストン、か。……その死体の後を追うか?」

「――!」

「武装を解除せよ。でなければ、貴官も同様に撃墜する」


 返答は、やはり銃口だった。

 吐息を漏らす。


「――――警告はした」


 言葉と共に、敵機のライフルがその手の内で爆発した。

 尖衝角ラムバウの投射。

 弾丸が向かう先の大気をも塞ぎ、発砲の燃焼ガスの出口も塞ぎ、結果的にそれはコックピット付近での凄まじい暴発となった。

 自機の武装を力場で弾き飛ばさないために位相同期をしていたためだろう。つまりは力場は何の有効力もなく、その爆発の破片を防ぎ切ることは叶わなかった。

 即死ではないが、無線越しに喚いている。まあ、遠からず死ぬだろう。


「ミーゲル!」


 そこに――割り込む機体の影があった。

 上空から打ち下ろす弾丸。こちらが避ければ、退避前のビルに命中すると読んだ上での射撃。

 滑らかな機動で、こちらを遮るように、暴発で胸部装甲を砕いた機体へと向かっていた。


(……汎拡張的人間イグゼンプトか。それも、類まれなる)


 ――――だとしても、やることは変わらない。


「警告する。武装を解除せよ。でなければ、待ち受けるのは貴官の死だ」

「誰が、貴様に……! アストンの仇を取らせて貰う……!」

「……そうか。意思は尊重するが、不可能と通達する」


 膝をついたもう一機をその背に庇うように、彼は、ライフルをこちらに向けていた。


「アイツは、イイヤツだった……イイヤツだったんだ! それを貴様は――貴様は、クズか何かのように……! あんな殺し方を……!」

「……イイヤツ、か。無抵抗の兵士と市民に銃撃を加えながら、その善性を説くと? まあ、構わないが……」


 僅かに黙して、敵機を眺める。

 あの暴発した素人の側を回り込めば、銃をこちらに向けられないままに近付けるか。それとも、これも読まれているか。

 まあ、何にせよ代わりはない。


「繰り返す……投降せよ。時間がないために、警告はこれが最後となる。貴官の刃が俺に届くことはない。客観的に実力が不足している」

「やってみなければ……!」

「やる以前に判らぬというのが、その何よりの証左だろう。……武装を解除し、投降せよ。氏名階級が明かされれば、こちらも正規の捕虜として取り扱うと約束する。……その残骸は最早手遅れだろうが」

「ッ、お前は……!」


 本体の激高が伝わったのか、機体のライフルがカタカタと震えていた。

 どうやら、かなりの接続率を誇るらしい。……客観的には厄介であり、主観的には問題ではない。


「己が殺戮を見ず、仲間の死だけは声高に悼むか。……実に優れた被害者意識だ。操縦技量よりも一人前だ」

「貴様……!」

「さぞ、生きづらい人生を送ったことだろう。――それも今日で幕引きだろうな」


 言って、奥歯を噛み締めバトルブースト。

 大鴉が瞬間的に掻き消え、敵機はそれでもこちらに照準を続けていた。


「馬鹿野郎が! 意表をついたつもりでも、そっちじゃ――」

「致命だったな」


 あの暴発を起こした残骸にて射線を切ることも考えたが――そんな必要もない。

 そして、残骸は二つある。

 叩き殺した内のもう一機を手にし、それを掲げた。


「散弾に使う」

「――――――!?」

「せめて、仲間と同じ場所に向かうといい。――《指令コード》:《最大通電オーバーロード》」


 こちらの最大電力を受け取った残骸とその銀色の血が、散弾と力場の嵐となって敵機を呑み込んだ。


「三機撃墜。残りはどこだ?」



 ◇ ◆ ◇



 映像が終わって、直後である。


「えぇ……」

「うわぁ……」


 女性陣二人がそんな声を上げたのは。


「……何か?」


 そう問い返してみれば、二人ともちょっと引き気味にこちらを見た。


「わたし、その、初めて大尉の戦いを見ましたけど……その……これはちょっと……」

「ハンスさんこれは不味いですって! 不味いですって! 冷酷非道な殺人鬼みたいで誰も投降とかしませんよ! 不味いですって!」


 ふむ、と僅かに口を結び、言う。


「……冷酷非道な殺人鬼を前にすれば、抵抗する気は起きなくなるのではないのか?」


 圧倒的な暴力。

 そして、一切の翳りを見せぬ冷徹。

 それが齎す戦闘ではない処分――――事実、それによって心を折って投降するものも幾人かいた。


「むしろ絶対負けてやるもんかって、わたしならそう思います。こんなの許せないってなりますよ」

「いやあ、こんなヤツは生かしておいちゃいけないって思いますよねー。絶対に投降とかないです。ナイナイ」

「……我が友ハンス。残念だが、ああ言われて折れるタイプはレジスタンスにはいないだろう」


 そうかな。

 皆が強すぎるだけなんじゃないかな。心とか。

 これまでの鎮圧任務では、小便を漏らして命乞いして投降するものもいたが……。


「それでこそ、それでこそだ……ハンス・グリム・グッドフェロー……!」


 良かった。支持イチ。

 指揮にも優れる大佐なのできっと正解。よかった。



 ◇ ◆ ◇



 基地の実験棟。

 都市の中の空白じみた空軍基地の、その中に備えた大掛かりな施設。平型の巨大工場じみた建物。壁が崩れ去った建物の、その大型外部駐車場に散った四つの影。

 たった今片足をなくした銃鉄色ガンメタル大鴉レイヴン――【コマンドレイヴン】の機内にて、吐息を漏らす。


「……その声、あの少女か。頭抜けた勇敢さだな。感心する他ない」

「こんなときまで、馬鹿にするつもりですか……!」

「褒めた。俺は、感心すると言った……勇敢だ」


 彼女の乗り込んだ白き細身の【ホワイトスワン】に、傷らしい傷はない。それが機体の性能なのか、それとも彼女の技術なのかはさておき――事実は一つだ。


「貴官の奮戦によって、新型機の鹵獲を免れた。――それは紛れもない功績だ。そのことに、違いはない」

「……!」

「案ずるな。あとは俺が受け持つ。俺の機能は、そのためにある。――――貴官のその勇気を無にしないと、俺が誓おう」


 非武装の機体で、たった今失った片足を補うように力場の出力を調整する。

 自機をここまで損壊させるのはあのアナトリア準州以来であるが、こちらは備えている。何も問題はない。


「無手で、一体何ができるというのです……!」

「よせ、ハインツ! この男は――」


 肩部が盛り上がったハート型の胴を持つ機体の内、頭部だけが赤く塗装された指揮官機らしいものがもう一機を諌める。それらは、一機の【ホワイトスワン】を両脇から抱えている。

 この状態で殺しにかかれば、大層な実験機も傷が付いてしまうだろうか。

 吐息と共に――言う。


「三人だ」

「な……?」

「三人、既に殺した。……を含めれば四人か」

「――!?」


 まさに今両断した残骸を示すように、機体の顎を向けた。


「無手でも、その程度はできる。素人の頭数を揃えたところで、無価値な死体を生むだけだ。……それが望みだったか? だとしたら、貴官の作戦通りであろうが」

「貴様……! 貴様は……!」

「よせ! この男は……【アクタイオンの猟犬ハウンズ・オブ・エークティアン】の生き残りだ!」


 敵の足並みが揃わない。

 まとめてかかってくれば、まとめて葬れるが……まあいい、些事だ。

 この程度の数は、複数戦とも呼べまい。俺は備えている。いつだって――何も変わらずに。


「相違ない。付け加えるなら……この戦闘の生き残りにもなる」

「な、に――……?」

「聞こえなかったか? これから、貴官たちを撃ち落とすと言った。武装を解除せよ。でなければ、撃墜する。警告は一度だ」


 緩やかに、呼吸を絞る。

 問題ない。何が相手だろうと。

 俺がすることは変わらない。いつだって――何に対してであっても。


「盗品を掴んだまま、逃げ出せると思うか? であるならば、貴官が見詰めるべきは品物ではなく現実だ。その欲は貴官を地獄に誘う……ビンの中の飴を掴んだ猿のように、ことも叶わない。それとも猿と同程度の知能と胸を張るか?」


 反射的に、敵の一機が【ホワイトスワン】を手放し、ライフルをこちらに向けた。


「マクシミリアン様! 撤退を! この男は私が!」


 聞きつつ――シンデレラの機体の手を引く。

 機体間で、力場放射の位相を共有。双方での力場衝突の危険を減らしつつ。


(……マクシミリアン? 同名か?)


 駐車場のコンクリートが砕ける。

 腕を引かれた細身の機体の中の少女が小さな悲鳴を上げたが、それを、実験棟の影に引き込んだ。

 そのまま、言う。


「大した銃の腕前だ。揃いも揃って民間人を狙うのにだけ長けている。ある意味では正しいと言えるが……」

「そんな挑発になど――」

「実にあの兵たちの指揮官らしいな。……もしや、悲鳴や命乞いまで同じか? 訓練時間はそちらに割いたのか?」

「――――――――――――」


 激高した敵機が、バトルブーストと共に実験棟の角から飛び出した。

 故に、殺戮は敢行される。

 敵の《仮想装甲ゴーテル》が弱まった瞬間目掛け――



 ◇ ◆ ◇



「すごい。吐くセリフ吐くセリフが挑発になってる。相手を怒らせることに特化してる。すごい。完全に悪役。どう見ても悪役。すごい。薄汚い血を感じる。すごい。根絶やしにされそう」


 違うがメイジー。……あとその表現は良くない。


「それでこそだ、中尉……! 断罪の刃と呼ぶに相応しいな……ふ、ふ」


 違うが。人だが。それと俺は大尉だ。


「一体いつからこんな罵詈雑言を吐く男に……我が友ハンス……」


 いつかと言われたら多分生前からだと思う。


「大尉、ちょっとその、態度が……。もう少し、穏やかにしませんか? ね?」


 君がそう言うなら……いやだが、やはり、必要な措置なのだろう。

 しかし、攻略する側にこうとも言われる攻略対象とはなんだろうか?

 おもむろにメイジーを見れば、何かカンペのようなものを取り出していた。


「『クールで無愛想で少し危険な香りがする抜身の刃的なプロフェッショナル系の攻略対象』だそうです。……ええと、残りの攻略対象と被ってませんね確かに」

「他にはどのような? ……確認させて貰えるだろうか」


 『酒と煙草がよく似合う洒脱で伊達男な不良軍人』。

 『喧嘩っ早くて意地っ張りなヤンキー軍人』。

 『お気楽お調子者でいつも笑顔な新米軍人』

 『口が悪くて傲慢なオレ様野郎の元軍人』。

 『未亡人スマイルの一歩引いた先生系の退役軍人』。

 『暗黒フィクサースマイルを浮かべた腹黒エリート』。

 『インモラルな香りを漂わせた破戒神父』。


 ……軍人多いな。仕方ないけど。

 それにしてもバラエティに富んでる。すごいな。恋愛シミュレーションみたいだ。

 恋愛シミュレーションだった。

 すごいなシンデレラ……ちょっとすごい。


「その……なんというか、君の攻略対象は……その……」

「そっ、それはわたしであってわたしじゃないです! わたしは大尉にしか興味ありませんから!」


 照れる。

 そしてシンデレラは自分がどれだけ強いことを言ったか自分で認識してない。こっちだけ照れる。恥ずかしい。ズルいと思う。よくないと思う。


「でもその……これはこれでアリですね……その……嫌味なくらいにクールな人って言うのも、多分それなりに需要とかあるかなって……」

「クールなハンスさんも美味しい。たすかる。いのちがたすかる。おいしい。たすかる」


 確かに。まあ、少年マンガのライバルキャラとしては居そうなポジションだ。

 そうか。

 俺は分類すると少年マンガのライバルキャラサイドだったのか。そうか。クール系の。そうか。

 クール系。思春期には憧れるアレだ。直情径行の熱血主人公より憧れるやつ。だいたい人気投票で主人公より上に行く。

 そうか……やはり俺はクール系だったか。


「それはないぞ、我が友ハンス」

「中尉……その、残念だが……」

「大尉には無理がありますよ……きっと」


 なんでそんな酷いこと言うの?


 そうかな……そうかも……そうかなあ?



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