1. はじめに
2026/02/25 公開
1.1 本ガイドの概要
「運用モダン化実践ガイド」(以下、本ガイド)は、ガバメントクラウド利用システムのシステム運用(以下、運用)について、府省庁・独立行政法人・地方公共団体の行政機関の職員(以下、職員)と行政機関の委託先事業者(以下、事業者)が協働し、現代的な手法や最善策を取り込んで運用を改善し、さらに継続的改善を図ることで、運用の適正化とさらなるシステム品質の向上の両立を実現するための実践的な情報の提供を目的としている。
本ガイドは、利用システムの設計・開発工程およびリリース後の運用での継続的改善それぞれにおいて活用されることを想定している。特に設計・開発工程でのシステムや運用設計における本ガイド活用は重要である。なぜなら、設計段階からクラウドに適した運用の実現方式をあらかじめ作り込んでおかなければ、リリース後に継続改善をするとしてもやれることが限定的になるからである。
またリリース後の運用での継続的改善では、インシデント(本ガイドでは、障害を含んだ利用者やサービスの利用に支障をきたす事象全般をインシデントと定義している)を誘発する事象の発生は避けられないことを起点として、職員と事業者が協働し、発生した事象に対し迅速に対応しシステム品質の低下を最小限に留めると共に、そこから得られた学びを次の改善につなげることを本ガイドでは提唱している。
なお、ガバメントクラウドでは複数のCSPが利用できるが、本ガイドでは、特定のCSPに依存した内容ではなく、どのCSPを利用した場合でも当てはまる共通的な内容を提供する。
1.2 背景と目指す姿
ガバメントクラウドの提供開始以来、新規に構築される利用システムに加えて、オンプレミス環境からのガバメントクラウドへの移行が進んでいる。クラウド環境への移行は、単なるインフラの設置場所の変更ではなく、システム運用のあり方を見直す好機である。
従来のオンプレミス環境では、限られたリソースを最大限活用するための運用手法が確立されてきた。これらの手法は、その環境においては合理的であり、長年にわたって安定したサービス提供を支えてきた実績がある。しかし、クラウド環境では、その特性を活かすことで、さらに効率的で信頼性の高い運用を実現できる可能性がある。
1.2.1 本ガイドが目指す運用の進化
本ガイドでは、クラウド環境の特性も活かした運用の進化として、以下の3つを提案する。
(1)協働と学習による継続的改善
繰り返しになるが、システム運用において、インシデントはやむを得ず発生する場合があり、発生する可能性を考慮し準備を整える必要がある。重要なのは、インシデント発生時に職員と事業者が協力して迅速に対応し、そこから得られた学びを次の改善につなげることである。
従来は、インシデント対応の多くを事業者に委ね、定期報告会で状況を把握する形式が一般的であった。これに対し、本ガイドでは、職員と事業者がそれぞれの役割を考慮し対等な立場でリアルタイムに情報を共有し、それぞれの強みを活かして協働する体制を提案する。職員は外部ステークホルダーとのコミュニケーションを、事業者は技術的な原因究明と復旧を担い、双方が当事者意識を持ってインシデント解決に取り組む。
さらに、発生したインシデントを「失敗」としてではなく「学習と改善の機会」として捉える文化の醸成を目指す。責任追及ではなく、技術的な恒久対策によって同様の問題の再発を防ぎ、システムの信頼性を継続的に向上させる。
(2)自動化による品質向上と効率化
手作業による運用は、どれだけ注意深く実施しても、人的ミスのリスクを完全には排除できない。また、作業手順書の準備やダブルチェック体制の維持には、相応のコストと労力が必要となる。
クラウド環境では、IaC(Infrastructure as Code)やCI/CD(Continuous Integration / Continuous Delivery)パイプラインなどの技術を活用することで、これらの作業を自動化できる。自動化により、人的ミスのリスクを根本的に排除し、作業の品質を一定に保ちながら、運用コストを削減できる。さらに、本番環境への直接的な人的介入を減らすことで、セキュリティリスクの低減にもつながる。
本ガイドでは、段階的に自動化を進め、最終的には本番環境に人が直接ログインすることなく運用できる「Zero Touch Production」の実現を目指す。
(3) 利用者の体験を中心とした品質管理
従来のシステム運用では、CPU使用率やメモリ使用率といったリソース指標の監視が中心であった。これらの指標は、システムの内部状態を把握する上で重要である一方、必ずしもそのシステムやサービスの利用者が実際に体験するサービス品質を直接反映するものではない。
クラウド環境では、利用者が実際に体験するレスポンスタイムやエラー率などを計測し、「システムが利用者の要求を満たしているか」を定量的に評価できる。本ガイドでは、SLO(Service Level Objective)とSLI(Service Level Indicator)を定義し、利用者視点での品質目標を設定した上で、その達成度合いに応じた継続的な改善活動を通じて、利用者体験の向上を図ることを提案する。
1.2.2 段階的な取り組みの推奨
これらの進化は、一度に全てを実現する必要はない。業務の特性、組織の成熟度、利用可能なリソースに応じて、優先度の高い項目から段階的に取り組むことを推奨する。重要なのは、クラウド環境の特性を理解し、その利点を活かした運用への進化の第一歩を踏み出すことである。
1.3 本ガイドの構成
1.3.1 各章の概要
本ガイドは、課題の解決に向けて、自動化による効率的な運用の導入や、利用者の要求に応じた継続的な改善に関する実践方法関連知識を提供する。
本ガイドの構成を以下に示す。なお、2章「インシデント対応と振り返り」は、本ガイドの中核をなす内容であり、システム改修を伴わずに既存システムでもすぐに取り組むことができるため、最優先で参照することを推奨する。
また、3章・4章で示す自動化や計測の仕組みについても、2章での継続的改善のサイクルと組み合わせることで、より効果を発揮する。
- 2章 インシデント対応と振り返り
- この章では、インシデント発生時の迅速な対応と、発生したインシデントから学び、改善につなげる振り返りの実践方法を解説する。
- インシデント対応における職員と事業者の責任共有:職員は外部ステークスホルダーとのコミュニケーション、事業者は技術的な原因究明と復旧という明確な役割分担
- リアルタイム情報共有の仕組み:複数拠点からリモートで対応する場合の、同時編集可能なツールを活用した情報共有
- 建設的な振り返り(ポストモーテム):職員と事業者が対等な立場で技術的な改善策を策定する振り返りの実践
- この章では、インシデント発生時の迅速な対応と、発生したインシデントから学び、改善につなげる振り返りの実践方法を解説する。
- 3 章 運用のコード化・自動化
- この章では、手作業による運用からの脱却と、Zero Touch Productionの実現に向けた具体的な手法を解説する。
- 本番環境にログインしない運用:IaCとCI/CDパイプラインによる自動化で、人的ミスとセキュリティリスクを排除
- インフラ管理のIaC化:パラメータシート運用からの脱却と、コードレビューによる品質向上
- CI/CDパイプラインの構築:アプリケーションデプロイの自動化と、検証環境での事前検証
- 障害対応と定型作業の自動化:自動復旧の仕組みと、スクリプト化による作業の効率化
- この章では、手作業による運用からの脱却と、Zero Touch Productionの実現に向けた具体的な手法を解説する。
- 4章 サービスレベルの定義・計測
- この章では、利用者体験を反映したサービス品質の定義と、継続的な改善につなげる計測の実践方法を解説する。
- SLO/SLIの定義:リソース利用率中心の監視から脱却し、レスポンスタイムやエラー率など利用者体験を反映した指標の設定
- ダッシュボードによる可視化:リアルタイムでの品質状況の把握と、長期的なトレンド分析
- 継続的な改善活動:計測結果に基づく定期的な振り返りと、技術的な改善策の実施
- この章では、利用者体験を反映したサービス品質の定義と、継続的な改善につなげる計測の実践方法を解説する。
1.3.2 用語の定義について
本ガイドで使用する専門用語や略語の定義については、「別紙1-1. 用語の定義 」を参照いただきたい。
特に以下の用語は、本ガイド固有の定義を持つため、初めて本ガイドを読む際には上記の用語の定義で確認することで、ガイドがより理解しやすくなると考える。
- 運用モダン化(本ガイド全体の中核概念)
- インシデント / 非インシデント / 事象(2章の基礎概念)
- インシデント対応チーム(2章の実践)
- 技術的恒久対策(2章の改善)
1.4 対象読者と活用場面
1.4.1 主要対象者
本ガイドの、主な対象読者は以下の通りである。
- システム更改時の運用設計者:利用システム運用の詳細設計や実装方針を決定する事業者
- システム開発や更改後の運用工程の調達仕様書の作成者(職員):利用システム運用を担当する事業者の調達を担当する職員
- 稼働中システムの運用者:設計された運用の方式に基づいて日常的な運用作業を担当する事業者および管理監督を行う職員
1.4.2 前提知識
本ガイドを活用するにあたり、以下の前提知識を有していることが望ましい。
- 一般的なクラウドサービスの基本的な理解
- システム運用の基礎知識(監視、バックアップ、セキュリティ等)
- ガバメントクラウドの概要や特徴、制限・制約の理解
1.4.3 具体的な活用場面
本ガイドは、利用システムの状況や組織の成熟度に応じて、段階的に活用することを想定している。本項では、「既存システムでの活用」と「新規システムおよび大規模改修時の活用」の2つの主要な場面に分けて、具体的な活用方法を示す。
(1) 既存システムでの活用
ガバメントクラウド上でリリース済みの既存システムでは、システムアーキテクチャが既に確定しているため、実現可能な改善の範囲は限定的となる。ただし、運用プロセスの改善や既存監視基盤を活用した改善は比較的容易に実現できる。
重要なのは、「現状よりも一歩でも前に進むこと」である。完璧を目指すのではなく、できることから始め、小さな成功体験を積み重ねることで、次期更改時により包括的な改善につなげる。
既存システムで取り組みやすい要素の例
【2章「インシデント対応と振り返り」】
システム改修を伴わず、運用プロセスの改善のみで実現できる。既存システムで最も取り組みやすく、効果も大きいと考える。
【3章「運用のコード化、自動化」の一部要素】
システム改修を伴わない、または小規模な改修で実現可能なものは、既存システムにおいても比較的取り組みやすいと考える。
【4章「サービスレベルの定義、計測」】
既存の監視基盤を活用することで、比較的容易に導入できる。
(2) 新規システムおよび大規模改修時の活用
ガバメントクラウドを用いて新規にシステムを整備する場合や、ガバメントクラウドを活用した次期システム更改など、利用システム全体の設計を見直す大規模改修時には、本ガイドの内容を包括的に取り込むことが最も効果的である。
設計段階から本ガイドの内容を反映することで、リリース後の運用において実現可能な選択肢が大きく広がる。IaCによるインフラ管理、CI/CDパイプライン、SLO/SLIに基づく監視設計などは、後から追加することが困難または非効率であり、設計段階から組み込むことで自然な形で運用モダン化を実現できる。
工程別の活用例
新規システムや大規模改修時における行程別の活用例について以下に述べる。
【要件定義・設計・開発工程】
利用システムのアーキテクチャや運用設計の方針を決定する段階での本ガイド活用が、運用モダン化実現の鍵となる。
- 要件定義・アーキテクチャ設計段階
- 3章を参考に、自動化を前提としたシステム構成を検討(IaC、CI/CD、自動スケーリング等)
- 4章を参考に、SLO/SLIを組み込んだ監視設計を実施
- 基本・詳細設計段階
- 使用するIaCツール、CI/CDパイプラインの詳細設計
- 障害対応自動化、SLO/SLI計測方法の具体化
- インシデント対応プロセスの設計(2章参照)
- 開発・構築段階
- 本ガイドの実践例を参考に実装
- テスト環境での十分な検証(自動デプロイ、障害対応自動化、SLO/SLI計測等)
【調達工程】
事業者を調達する職員は、本ガイドを調達仕様書の作成および提案評価の参考資料として活用できる。
- 要件定義や設計行程での調達において、本ガイドの3章や4章で示す運用モダン化の要素(IaC、CI/CD、SLO/SLI等)を調達要件に反映
- 運用工程での調達において、本ガイドの2章の継続的改善の要素を調達要件に反映
- 事業者提案が本ガイドの考え方と整合しているかを評価
- 段階的な実現計画の妥当性を評価
【運用工程(リリース後の継続的改善)】
リリース後も、組織の成熟度の向上に応じて段階的に高度な取り組みを追加していく。なお以下で示す期間は例であり、この期間を目安として勧めるものではない。具体的な期間は各利用システムの習熟度や状況に応じ適切に設定すること。
- 初期フェーズ(リリース直後〜数ヶ月)
- インシデント対応体制の確立(2章)
- SLO/SLI計測の開始と目標値の検証(4章)
- 成熟フェーズ(数ヶ月〜1年)
- インシデントから得られた課題に対する自動化推進(3章)
- SLO/SLIに基づく改善活動の本格化(4章)
- 最適化フェーズ(1年以降)
- より高度な自動化への挑戦
- Zero Touch Productionの実現に向けた取り組み
(3) 段階的な導入の考慮
新規システムや大規模改修時であっても、組織の習熟度、利用可能なリソース、システムの特性を考慮し、実現可能な範囲から段階的に取り組むことを推奨する。参考として、段階的な導入のイメージを以下に示す。
- 習熟度が低い場合: IaCの導入から始め、CI/CDは次フェーズで行う計画を立てる
- リソースが限られる場合: 優先度の高い機能から順次自動化、CSPマネージドサービスを最大限活用
- 更新頻度が低いシステム: 一部の自動化を見送る選択肢も検討(ただしIaCは推奨)
(4) 導入における留意事項
実際の導入にあたっては、利用システムの要件や制約を十分に把握・検討した上で実施すること。