病室にて
ある方のTwitterでの呟きから一気に浮かんだ情景です。軍パロで槍弓ですが、ランサーは全く出てこない上にすでに故人となっております。医者の凛ちゃんとアーチャーの会話のみです。
苦手な方はおやめください。
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目を覚ませば、あの顔があの瞳が私を迎えてくれるはずだった。
確かに死んだはずだ。目が覚めて見知らぬ天井が映ったとき、地獄とは案外普通の場所なんだな、と思った。
だがこの天井には見覚えがある。ただいつもと視点が違うだけで、確かに見たことはあるのだ。それも何度も。
それは彼が無茶をしてここに運び込まれた時、そう、部下思い同僚思いの彼は大抵任務に赴くたび怪我をして帰ってきて、ここに運び込まれていた。それを聞くたび私は息を切らして駆けつけるのだが、決まって部屋の前で呼吸を整えた。焦りを焦燥を悟られぬように。そして小さくノックを二回。おう、と小さく返ってくれば一気にドアを開けてこの部屋の天井と同じくらい白く、包帯に巻かれた彼を見舞ったのだ。
「あら、お目覚めかしら?」
懐かしい過去を思い出しているとノックもなしにいきなり部屋のドアが開かれる。そこには見知った人物が立っていた。
「ああ、君か」
そう私が答えるとカツカツとヒールを鳴らし白衣を翻して寝そべるベットまで近づいてきた彼女は眉間に深い皺を刻んでいた。
「凛、眉間に皺が寄っているぞ」
皮肉のつもりで自分の眉間を指そうとしたが腕は痛みで動かせず、ただ憎まれ口だけがでる。
「いい気味だわ、この死に急ぎ野郎」
痛みで歪んだ顔を見せれば彼女、ー凛はにこやかな表情とは真逆の言葉を吐いてみせた。
「女性がそのような汚い言葉を口にするのは、いささかー」
「左腕上部三箇所に被弾、庇って動かし続けた右腕は二箇所の骨折。肋骨は合わせて六本が折れてその内一本が右肺に突き刺さり肺損傷。腹部からは銃弾が二個出てきたわ。下半身は上半身に比べればマシとはいえ、左太腿の大腿四頭筋の三箇所に亀裂、両脚の各部に裂傷と火傷。右の膝蓋骨はぼろぼろに砕けてたわよ?」
言葉を遮り小脇に抱えていた私のカルテらしきものを読み上げる彼女の声は怒りに満ち、更に深い眉間の皺を刻んだ。
「これの、何処に弁解の余地があるのかしら?聞かせてもらおうかしらね、アーチャー?」
「それは、だな…」
返す言葉もなく黙ってしまえば、大きな溜息が一つ。
「あのね、無茶し過ぎなの。仲間を庇うのはいいわ、ただ自分の安全を確保してからって前提があるならね。あんたはただ死に急いでるだけよ」
怒りはなく、ただ諭すように告げられればその言葉は重く私にのしかかった。
「……、」
凛が黙ってしまえば部屋には沈黙がおりる。
そんなつもりはなかった、ただそう一言言えばきっと凛も呆れ顔で怒りを納めてくれるだろう。しかしそれは言えない。
私は、死んでしまいたかったから。
「……彼の元に行きたかったのね」
ぽつり、そう問われれば私は肯定も否定もできずに、ただ小さく笑った。
「私は医者よ、ここの軍病院の医者なの。たとえあんたみたいな死に急ぎ野郎でも命があるなら助けなきゃいけないの」
知っている。私はそれを何度も聞かされ、あるいは彼に向かって一緒に説教したからだ。
「すまな、」
「謝るならっ!」
思わず謝罪の言葉を言いかければ絶叫にも近い声で遮られた。
「っっ、謝るなら生きなさいよ、あいつみたいにランサーみたいにっ!何度もここに運ばれては馬鹿みたいな早さで勝手に退院してまた怪我こさえてくるあのランサーみたいにっ!」
凛の叫び声の中、彼の名が響くたびに私の心臓が高鳴った。ランサー…、ランサー。
そうだ、ランサーは何度もこの部屋に担ぎ込まれては戦場に戻りそしてまたこの部屋に戻ってきていた。この部屋の天井はランサーが生きていると担ぎ込まれるたびに、私にそう教えてくれていたのだ。
「凛、ランサーはもういないんだ。……ここに運ばれてくることはもうないんだ」
久しぶりに彼の名を、ランサーと口に出した気がする。ただ事実を言っただけなのに、体の内側の何処かが痛んだ。傷ではない何処かが。
大声をあげた凛は目元を赤くし、なぜか泣きそうな顔をしていた。手を伸ばしてその顔を撫でて安心させたいのに、傷だらけの腕は全く動かせなかった。
「わかって、いるのなら…いいわ」
目の周りは赤くなっても決して涙を流さない。彼女はとても強く、たくましい女性だ。きっといい医者でいい女性なのだろう。いやもうとっくにそうだ。凛は素晴らしい腕の医者で、とてもいい女なのだ。この死に急ぎ野郎を治して生かして元気づけようとしてくれるくらいに。
「ふぅ、大声を出して悪かったわ。謝罪します。…ただ普通の人間は体の五箇所も撃たれたら死ぬのだけど当たりどころがよかったわね。有神論者じゃないと思うけど、いちおう神に感謝でもしておきなさい」
すっかり仕事用に切り替わった口調で淡々と説明されれば乾いた笑みしか返せずに。普通でよかったのに、という言葉は飲み込んでおいた。
「退院自体は一ヶ月ほどでできるわ、ただ完治には時間がかかるわよ。通院と無茶しないリハビリ、それから主治医の私の言うことをちゃんと聞くこと!いいわね?」
ずい、と顔を近づけられれば背けたくとも、ベットに横たわったままで思うように動けずに。ただただ説明を聞いてから首を縦に動かした。
「もちろん承知している。頼むよドクター」
今度こそ凛の怒りを納め、納得してくれるであろう言葉を返すことができた。凛もほっと息を吐いて今日初めての笑みを見せてくれる。
「しばらくは動けないと思うけど、自業自得ね。何かあったらナースコールしてちょうだい。看護師達が喜んで世話してくれるわよ?」
下世話とも取れる発言を残して、入ってきた時と同じ様にヒールを鳴らし白衣を翻して凛は部屋を出て行った。
話す人間がいなくなれば再び部屋には再び沈黙がおりた。
「私は……生きて、しまったのか」
しばらく天井を見上げ呟いた。
涙はあの日、彼が眠る場所に一緒に埋めた筈なのに、一筋だけ、溢れた。
何故生きてしまったのか、何故死ねなかったのか、何故この天井を眺めているのか、何故目が覚めても君がそばにいないのか。
いくつも浮かんでは消える言葉は口から出ることはなく、胸の内側に溜まっていくばかりで。
「会い、たかった…なあ、」
その一言だけが涙と共に清潔なシーツに落ちて、吸い込まれていった。