編集者のフリをして生きてきた
大事なことを一つ伝えよう。
まず、私のことを「普通の編集者」だとは思わないで欲しい。知的で、善良で、真っ当な――もし貴方が私にそんな「道徳の標本」のような姿を期待しているなら、今すぐブラウザバックしてくれ。時間の無駄だ。
私は他の人とは少し、いや、かなり「ズレた」人間なのだから。
何が違うって?
……良い質問だ。
では、私の「素晴らしき欠陥」について、いくつか解説させてもらおう。
一つ目。私はプライドが高い。
それはもう、富士山級に高い。控えめに言って、他人とは「八合目」からしか会話が成立しないタイプだ。下界の酸素濃度では、私の肺は呼吸を拒絶するらしい。
二つ目。承認欲求の塊だ。
私はいつだって「凄いですね」と言われたい。敬われ、畏れられ、世界中の人間から特別に扱われたい。そんな渇きに身を焼き続ける、極めてチャーミング(強欲)な怪物なのだ。
三つ目。自分を「天才」だと信じて疑わなかった。
私の指先一つで物語に命が宿り、時代が動く――本気でそう思っていた時期が、私にはあった。
さあ、この「自称・天才」の末路を、どうか最後まで見届けて欲しい。
◆
遡ること10年前、とある出版社にて。編集者一年目の私は奇跡的にヒット作を連発していた。息を吸うように重版がかかり、周囲からは優秀だともてはやされ、数字も右肩上がりで伸びていき、そしてお鼻もピノキオのように伸びていた。
結果、ある日突然、丸川出版の偉い人から声がかかった。
「ぜひ当社で腕を振るってほしい」
その言葉を聞いた瞬間、私は確信した。
(やっぱ俺、天才なんだ)
前の会社の仲間達には「ヘッドハンティングされた」というマウントを百回くらいかましてお別れした。残念だが仕方ない。私の器がデカすぎて会社をはみ出してしまったのだ。
鼻が完全に天を向いたまま入社した私の配属先はスムーピー文庫編集部。だが、私は当時ライトノベル業界のことを何一つ知らなかった。
(まぁ、余裕っしょ。俺、天才だし)
◆
入社初日。
隣の席の先輩がギギギ文庫の青春ジャンル小説はなぜ、売れるのかという話をしている。(なぜ……売れた? わからない!)
私は心の中で必死に検索エンジンを起動しながら「そうですよね、思うにアレが理由でおそらく時代観と〜」と答えてみた。アレって何だ。自分でもわからない。
翌日。
私は「前職で結果を出した男」という黄金の鎧を身に纏い、デキる編集者っぽい顔をして会議に臨んでいた。丸川出版ではなぜか「東大出身の凄い奴が入ってきた」と早くも評判らしい。(人事に提出した書類と異なる誤情報なのだが、この時は黙っておいた方が良さそうだ——と判断した)
会議で誰かが話すたびに「なるほどね」と相槌を打っていた。しかし、三回目の「なるほど」でふと不安になった。「今の"なるほど"、あっていたか?……なるほど?」
会議の内容は何もわかっていない。一人芝居である。
翌月。
作家との打ち合わせでは「ここ、もっとキャッチーにしましょう!」と叫んでいたが(そもそもキャッチーって何だ?)と実は何もわかっていなかった。釣りをしたことがないのに「このルアーがいいんですよ」と語る釣り人のように毎日ふわふわしていた。
しかし、わかってほしい。既に引くに引けないところまで来ていたのだ。自分は天才編集者な筈だ、という自意識と目の前の現実をどうにか整合させなければいけない。私は言葉の端々に“編集者らしさ”のメッキを塗りたくりながら、実際のところ毎日テンパっていた。
もう、ずっとテンパっていた。
そうやって、どうにかこうにかやり過ごしていると入社2年目には後輩たちが続々と入社する。気づけば私はライトノベルのことを何も知らないまま先輩になっていた。
そうなればやることは一つ。過去の武勇伝で序列を示すしかない。
「いや〜俺の前職の時なんてさ、累計◯万部出してさ……」
「それ読んだことあります。凄いですね!」
後輩のリアクションに脳が震えた。
(……素晴らしい。それだよ、求めていたものは)
私はプライドが高い。万が一にも後輩たちから陰口を言われるような愚者に成り下がってはいけない。この調子で尊敬ポイントを貯めるのだ。居酒屋でハイボールを片手に「編集者とは何たるか」を勇ましく語る私。うむ、若者に説教とアドバイスをしながら飲む酒の味は格別だ。しかし、肝心な話の中身は炭酸の気泡ほどに薄かった。
◆
とある日。会社で後輩たちがカミナリ文庫の大賞作のことを話している。こっそり聞き耳を立てていると、どうやら話の流れが不味い方向に向かってる。そして、案の定ヒットした理由を私に聞いてくるではないか。
(なんで売れた……? わからない……!)
だが私は微笑を崩さず「あの設定構成、勉強になるね」とそれっぽいことを言ってみた。 設定構成って何だ。そろそろ誰か教えてくれ。
要するに私は「編集者」の面を被った偽物なのである。私はずっと「編集者らしさ」を取り繕うことに必死だった。本当は何もわかっていないのに、まるで役者のように「わかっているフリ」を入社以来全力で演じ続けていた。 後輩たちのプロットを見れば「もっとカタルシスを!」と叫び、帰り道では(カタルシスって何だ…?)と自問する。誰よりも自意識過剰で、誰よりもプライドが高く、そして誰よりも空っぽなのが私なのである。横文字を使ったのはなんだか凄そうだからだ。
月末。新シリーズの売上回覧が回ってくる。資料は担当者の名前入り。紙が机に置かれるパサッという音がやけに大きい。一瞬、時間が止まった気がした。心臓が早鐘を打っている。資料を震える指でなぞると——
私の担当作は全く売れていなかった……。
脳裏に、打ち合わせで向き合っていた作家さんの顔が浮かぶ。長い間、二人三脚で真剣に歩んできたつもりだった。しかし、残酷な数字は、私がその「才能」を預かるに値しない人間であることを冷徹に突きつけている。
【1巻が売れなければ、それは編集者の責任】
私がスム―ピー文庫編集部に着任した際、最初に出会った先輩に教わったライトノベル編集者としての心構えであり矜持だ。
見間違えかと思い、目をこすり、資料を何度見ても数字は動かない。ぐにゃあと目の前の景色が歪み、膝から崩れ落ちそうになる。
「………」
背中に感じる後輩たちからの視線が痛い。私は汗をびっしょり搔きながら「お先に失礼します」と言ってエレベーターに乗り、会社から逃げるように帰宅した。鏡に映る自信のなさそうな男の顔を見て、誰だコイツはと思う。
(実力がないことがバレたら居場所がなくなる……)
自分のことを信じてくれて、共に情熱的に取り組んできた作家さんに対して、自分は何の役にも立てなかったのか……? 「天才」だと周囲に豪語していた私の霞のような自信は、いま、音を立てて完全に打ち砕かれた。
◆
自宅。
深夜、部屋で一人になった私は怖くなった。今、出来ることは何だ? どうすれば本物の編集者になれるかなんて、どれだけ考えてもわからない。そんなことは丸川出版で勤務するようになって以来、毎日毎日考えてきたことだが私にはまるで雲をつかむような話に思えていた。
だが、一つだけ確信したことがある。
本物になれないのなら、世界中の誰よりも完璧な「偽物」を演じ切るしかない。なぜなら、前の会社の仲間達にあれだけ大口を叩いてきた私が、このまま何も出来ずに、尻尾を巻いて逃げ出す訳にはいかないからだ。
「おまえは馬鹿だけど天才だ!」「新天地でも天下獲ってくれよ」前の会社の先輩、同僚、後輩達は、こんな私のことをまるでヒーローのように扱ってくれていた。しかし、何ひとつ通用せずこの体たらくとは我ながら情けなくて涙が出る。
私には、その期待に応えなければいけない義務がある。仮にもし自分が「本物」になれる器ではないのだとしても、メッキを塗り固め、ハッタリを積み上げて、富士山の頂上までその嘘を突き通す。
胸を張って前を向いて、もう一度立ち上がれ。偽物は偽物らしく、情けない姿を晒して、むせび泣きながらでも構わない。
このみっともない人生を引き受けられるのは、自分しかないのだから。
◆
※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体名は実在のものとは関係ありません。
後編「絶頂、転落、そして異動」本日20時に投下します。


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