「76年前はリーグ優勝&日本一に」ロッテのルーキー毛利海大が開幕白星…母はかつて西武系列勤務「実はライオンズの試合経過アナウンスも」快挙の舞台裏
マリーンズの2026年シーズンは76年ぶりの記録と共に始まった。3月27日、本拠地で行われたライオンズとの開幕戦。マウンドには球団では76年ぶりとなる新人投手が上がった。76年前の1950年は同じ新人左腕の榎原好投手がマウンドに上がり完投勝利。ドラフト2位の毛利海大投手は5回無失点。球団ではそれ以来となるルーキーの開幕先発投手であり、勝ち投手になった。 【写真】「17歳なのにド迫力すぎ…」福岡大大濠高時代の毛利海大の秘蔵フォトなど、この記事の写真を見る 「記録を聞いた時は正直、ピンと来なかった。すごい前のことだなあと思いました」と毛利は淡々と振り返る。
母はライオンズの試合経過伝えるアナウンスも…
ルーキーにとって対戦相手のライオンズは馴染みのあるチームだった。母方の実家は埼玉県狭山市。小学生の時、よくゴールデンウィークや夏休みに遊びに行った。決まってライオンズのゲームを見に行った。 「涌井(秀章)さんとか岸(孝之)さんがいて、打線では中島(宏之)さん、片岡(現・保幸)さん。今も現役の中村剛也さんや栗山(巧)さんがいた」 母親は元々、球場に隣接する狭山スキー場で仕事をしていた。当時はグループ内の他の業務を行うこともあり、鉄道の車内アナウンスや球場アナウンスなども経験をしたことがある。まだインターネットが普及していない時代。電話でプロ野球の試合途中経過を聞くサービスがあった。試合のイニング毎に職員が録音してファンに試合状況を届けるサービス。母からは、ライオンズの試合経過を伝える声を務めていたと聞かされていた。 「だからライオンズは馴染みがあった。それがプロで初対戦の相手。しかも開幕戦のプロ初先発。なにか勝手に縁を感じていました」と毛利はしみじみと話をした。
西武・小島大河との縁
ライオンズにはもう一つ縁がある。明治大学にバッテリーを組み同じく昨年のドラフトでプロ入りした小島大河捕手が在籍している。2人は高校3年春の選抜でも準々決勝で対戦している。東海大相模(小島)対福岡大大濠(毛利)。2番手として登板した毛利は「確か打たれたと思う」と記憶を遡る。試合に敗れ、東海大相模が優勝する。だから大学で再会した時は「ああ、優勝した東海大相模のあの選手か」という印象があった。 大学1年時はお互い控え。2年時に小島が試合に出るようになる。毛利は3年から投げるようになった。バッテリーを組む時は事前に入念な打ち合わせを行った。様々なデータを元にゲームプランを話し合い、結果を出していくスタイルだった。 「大学野球は色々と細かいデータを出してくれるので、どう攻めていくか。いつも2人で話をして、打ち合わせしながらやっていた。だから自分の持ち味を全部、知っているなかでの対戦。色々と手の内は分かっているだろうなあと思いながら投げました」
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