【直撃】「日本の船舶はホルムズ海峡を通過させるよう調整」イラン駐日大使が語る―戦争を終わらせるために友好国・日本に求めること
■日本とイラン、友好関係の歴史…いま日本に何を求める?
他国に対し、「敵」であるかどうかを見極めるというイラン。実は日本と深いつながりがあります。 1953年、「日章丸」という日本のタンカーが、イラン産の原油を世界で初めて輸入しました。当時、イランが石油を国産化したところ、イギリスが反発し、海上封鎖を行いました。しかし「日章丸」は、その監視網をかいくぐって輸送し、イラン国民が好感を持ったといいます。
1973年には、第四次中東戦争が勃発し、トイレットペーパーなどがなくなることを懸念した消費者が店に殺到しましたが、当時イランなどと独自外交を展開していた田中角栄政権は、中東諸国と連携を強化し、オイルショックを乗り切りました。このとき、国の石油備蓄も決めます。 また、文化交流も深まりました。幾多の苦難を乗り越えて成長する女性を描いた日本のドラマ「おしん」がイランで放送され、90%を超える視聴率を記録しました。 (セアダット大使) 「『おしん』は、80年代、サダム・フセインとの戦争中(イラン・イラク戦争)にイランのテレビで放送されました。おしんは勤勉で不屈の精神を持つ女性です。それが戦争中の私たちの不屈の精神と重なり合ったのです」
3月26日、セアダット大使は、自民党の日本・イラン友好議員連盟の総会に参加しました。この議連の会長を務めているのは岸田文雄元首相です。 (岸田元首相) 「日米同盟を基軸としながら伝統的な友好関係を維持してきたイランとの関係、このバランスをしっかりとりながら、国益をどう守っていくのか」
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