人生の舵取りはノリと勢いで
「んん……もう朝か……」
「おう起きたか、おはようアーチャー。いや、シロウ・A・E・アルスター」
「……は?」
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「またフラれた……」
「おうよしよしまぁ飲めどんどん飲め」
「今回こそ上手くいくと思ったのに……」
「そうだなぁ」
「何故っ!何故私と付き合う女性は結婚話を出すと別れるんだっ!」
「今回はまた一段と大荒れだなぁ、一年半だったか?」
「いつもより慎重なつもりだったのに……」
「おかえりー。うわ何だその死体」
「アーチャーに決まってんだろ。水を用意しやがれクソお兄さま」
「へいへいっと」
「私と結婚してくれる人間はこの世にいないのか……いやまだ生まれていないのか……」
「犯罪者予備軍になるにゃ早すぎると思うけどなぁ。何お前、結婚出来たら誰でもいーの?」
「最早その節はある」
「あーうんそっかー。……オレは?」
「双方にメリットがないという点に目を瞑れば大いにありだな」
「それナシだって言ってるのと同義だって分かってるかお前……メリットならあるぜ」
「ほう。聞いてやらんこともないから言ってみたまえ」
「まず一つ。オレはお前が好き」
「待て。初耳なんだが」
「まぁ聞け。二つ目、お前は結婚相手を得られる」
「あとは?」
「それだけだが?あぁ、オレはお前を幸せにしてやれるしオレはお前が手に入れば幸せ。どうだ?」
「話にならんな」
「お前さん、結婚したいとか言っておいてそんな気ないんだろ。遊び人だって言われてるんだぜ」
「なぁっ……」
「そりゃ付き合ってる間は一途かもしれねぇが別れたらすぐ他の女作るもんな。傍からは取っかえ引っ変えに見えるんだろうさ」
「そんなことはない!私はきちんと相手のことを……」
「でもオレと結婚できないんだろ?人一人まともに抱える甲斐性がないんじゃねぇか」
「……」
「何とか言ってみろや、アーチャー」
「……ふ、ふふ……」
「おうどうした」
「ふざけるな!いいだろう、そこまで言うなら貴様と結婚してやろうじゃないか!」
「よぉしよく行ったアーチャー!こいつはオレからの婚姻届だ!証人の欄はオレとオルタが埋めといた!」
「おい待てクソお兄さま、有難いがその婚姻届はどっから出てきた」
「そんなもんシャドウといつでも結婚できるように持ち歩いてるに決まってんだろ」
「うわ、サイコパス怖……付き合ってないだろアンタら……」
「どうしたランサー怖気付いたか!私はもう署名したぞ!」
「早っ拇印まで押してるし」
「時間外窓口ならやってるから早く行ってくるんだぞー」
「あわ……あわわ……」
「思い出したかお嫁さん」 「待て、なんで私が嫁なんだ」
「嫁は気に入らなかったか?ダーリン♡」
「ハニー♡……じゃない……まずい、世の中の女性に殺される……」
「別にオレ結婚迫られる中の女いねぇけど」
「いや……昨日フラれた女性も君への恋愛相談がきっかけで付き合い始めたというか」
「お前かなりの鬼畜だな……」
「どうすればいいんだ……」
「どうするもこうするも腹括ってオレと幸せになるしかねぇだろ。目一杯幸せにしてやるから覚悟しとけや」
「……」
「今キュンとしたろ」
「してない!」
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「んじゃま、指輪でも買いに行くか」
「あぁ……って何だこの痣!?それにそこはかとなく全身が痛むのだが!?」
「あー」
「まさか貴様……私に乱暴を……!?」
「そりゃお前あれだ、入籍前の景気付けだって言って酒ラッパ飲みした挙句役所前で盛大に転んだから」
「死にたい」
「職員さんに絡んでたぞ」
「死にたい……」
ひとりで完結させようとするの、お前の悪い癖だぜ
「わりい、本命以外からは受け取らないことにしてんだわ」
アーチャーの想いはその一言であえなく玉砕した。
製菓業界の一大イベントに多くの者が色めきたつこの日、アーチャーもチョコレートを用意するなどしていた。きっとランサーは抱えきれないほど山盛りのチョコをもらうだろう、それに便乗して渡せたら、なんて。友チョコとして渡すのに違和感なく、周りよりは少し目立って、ランサーに気に入ってもらえるような。全ての条件を満たすのは中々に難しかったが、試行錯誤の甲斐あって満足のいく出来になった。
シンプルな箱を選んでそっとチョコを詰める。食べてもらえるだけでいいんだ。食べてくれたら、明日からも友人の顔で彼に接することができる。生まれてしまったのに本懐を遂げられない気持ちを供養する為の儀式。殊の外自分の料理を気に入ってくれているランサーのことだ、きっと食べてくれる。後始末を他人に任せてしまうのは少し気が引けたが、生み出した張本人が引導を渡すのが適当なように思えた。
バレンタイン当日、ランサーは全く捕まらなかった。まぁそうだろうな、と思う。きっと方々で呼び出されてはチョコやら告白やらの嵐に遭っているのだろう。放課後一緒に帰る約束をしておいてよかった。渡される義理チョコにランサーとは別で用意しておいたチョコを返しながら放課後を待つ。まだ遠い。
「ランサー先輩、好きです。これよかったら……」
放課後、空っぽになったランサーの教室で彼を待っていると、外から聞こえる会話。自分には到底出来ないそれをあっさりとやってのけるのにツキンと胸が痛む。付き合うにしろ断るにしろ、これ以上聞いていたくない。席を立とうとしたその時、
「わりい、本命以外からは受け取らないことにしてんだわ」
とランサーが返す。音がいやに遠くなった。
……そうか、彼には好きな人がいるのか。予測出来たことだが本人の口から聞くとダメージが思いの外大きい。ふらふらと立ち上がり、手にした小箱に目を落とす。これも受け取ってもらえない。きちんと殺してもらえないばかりか、本人から好きな人の存在を知らされなければいけないなんて。
机の周りがチョコで溢れていない時点で気付けばよかった。紙切れにペンを取り、「好き」と一言だけ書いて小箱と一緒にランサーの鞄に押し込む。きっとどこの誰とも知らない臆病者が押し付けてきたと勝手に処分してくれるだろう。死体はいらない。
教室の外の二人に気付かれないよう、遠いドアから足音を殺して教室を出た。
「わりい、本命以外からは受け取らないことにしてんだわ」
今日何度言ったか知れないこの台詞。随分と物好きな人間が多いなと辟易した。……本命がチョコレートを用意してくれてるかどうかなんて、分かっていないのだけれど。
ランサーの机の中には一つだけ歪にラッピングされたチョコレートが忍ばせてある。もちろん人にもらったものではなくて、自分で作ったものだ。料理上手なアイツが見たら全くなってないと言うだろうか。それでもきっと無下にはしない。あわよくば告白できたら、なんて。
「アーチャー?」
放課後一緒に帰ろう教室で待っててくれと約束したはずなのに、当のアーチャーは教室にいない。奴に限って約束をすっぽかす事があるだろうか。一先ず連絡を入れなければと鞄の中の携帯を探して、入れた覚えのない箱に指先が当たる。
引き出してみると、几帳面にラッピングされたおそらくチョコが入っているであろう箱に、「好き」とだけ書かれた一片のメモ。
「……詰めが甘いんだよなぁ」
名前を入れなければバレないとでも思ったのだろうか。その筆跡はあまりにも見覚えがありすぎる。贈り主には自分からも本命チョコを渡さなければならないのに。
言いたいことは沢山あるけれど、まずは自分の気持ちから。携帯を開いて一番上の連絡先を呼び出した。
不器用な男
ランサーは存外器用だ。
いくつものバイトを掛け持ちしていた学生の頃はもちろん、幼い時分よりある程度のことは標準以上のレベルでこなせてしまう。定職に就いている今となっては中々発揮する機会もないだろうが、興味を持って教わったことで人並み以上に出来ないことはそうそう無いんじゃなかろうか。多分。
少し濁した言い方をしたのは一応数少ない例外があるにはあって、私が教えてなお如何ともし難い状態だったからだ。奴の名誉の為に言っておくと料理は普通にできる。家事は当番制で行っており料理もそのうちの一つ。私の得手を奪われるわけにはいかないので週のうち何食かしか担当しないが、まぁ不味くはない。私が子供の頃から仕込んでおいたおかげで、我が家では二番目に料理の上手い男の名を欲しいままにしている。この家に住んでいるのは二人だけだが。
散々勿体ぶった言い方をしたが、今のところ私が知るランサーの唯一の不得手は菓子作りだ。因みに作ることだけでなく食べるのも苦手だ、生クリーム系の菓子などは昔食べさせられすぎて見るだけで胸焼けがするとか。正直製菓など出来なくても(私は)困らないのだが、ランサーとしては納得がいかないところもあるらしい。
「来週末、オレが夕飯作っていいか」
わざわざ当番の日以外にこうして畏まって申し出るのは、菓子作りに挑戦しようとしていて手伝いの手が欲しいか、
「ふむ。手伝おうか」
「いや、大丈夫だ」
何か別に伝えたいことがあるかだ。
ランサーの料理はメッセージ性が強い。というか、私に言いたいことがある時、何かしらの転機が訪れた時に料理と一緒にそれを伝えてくる。あれが大変だったとかここを工夫しただとか話しているうちに勢いづいて言いやすくなるのだろう。一種の儀式のようなものだと分析しているが、正しいところは知らない。
初めてランサーの手料理を食べたのは今までにないほど大喧嘩をした後で、出されたのはこれくらいは作れるようになれと教えたカレー。次は告白された時。浮気が発覚した時。同棲を申し出られた時。転勤が決まった時。
実は今回何を言い出されるかは予測がついている。結婚の話だ。世間的に見ればお互い結婚適齢期、仕事も軌道に乗っていて貯金はそれなり、喧嘩はちょくちょくするものの身体の相性については申し分無し。ついでに付き合って七年の同棲三年目。これだけの状況証拠が揃っていて察するなというのは無理な相談ではなかろうか。
奴がそれを言い出せばきっと私は受けるのだろうなと思うし、この先誰かと添い遂げるのであればこの男だろうなという確信もある。それでもまだ結婚したくないというのは、贅沢な話だろうか。
冷蔵庫を開けて溜息をつく。一週間の献立が狂ったせいで半端に買い足される食材。ランサーが使う鍋が置いてあるために一つ使えない三口コンロ。ランサーがシャワーを使っている間は冷たい水がちょろちょろとしか出ない蛇口。結婚というのは、誰かと一緒に一生暮らすというのは、そういうことだ。
風呂を上がったランサーと交代して浴室に向かう。ゆっくり入ってこいよ、とはやはりそういうことなのだろう。湯船に顔を埋めてぶくぶくと言葉にさえならない不満を吐き出す。脱ぎ散らかした靴下や昨晩の無理に苦痛を訴える腰は奴を引き止めつつ結婚を先延ばしにする味方になんてなってくれやしない。……ちゃんとした格好をした方がいいのだろうか。散々悩んで新しい部屋着に袖を通したところで身体は少し冷えてしまっていた。
「わり、やっぱちょっと手伝って」
テーブルの上には支度の終わった料理が並んでいるように見えるがまだ何かあっただろうか。手招きされてキッチンに入るとバニラの甘い香り。調理台の上にはぐしゃぐしゃにデコレーションされたホールのショートケーキと、傍らに歪んでひび割れたハート型のクッキー。……あぁ、とんだ自惚れかあったものだ。
「飾りつけがやっぱり上手くいかなくてなぁ、……アーチャー?」
ぱたぱたと水滴が床に落ちる。なんだ、別れ話で泣けるくらい私はこの男のことを愛していたのか。
「あー、そんなに感動したか?まぁ言いたいこと分かってると思うけどな、」
「別れるのか」
「へ」
涙を堪えきれなかった時点でこちらの負けだと分かってはいるものの、せめてギリギリまで対等でいたくてランサーを睨む。と、額に手を当てて天を仰いでいるところが目に入った。
「ぶっ飛んだ思考してるとは散々思ってたけどそうなるとは思わなかったわ……何がどうして別れ話になるんだよ」
「君の嫌いな生クリームのケーキだ」
「おう、ウェディングケーキな」
「菓子作りなのに私を頼ってくれなかった」
「そこはまぁ、一人でやらねぇとカッコ悪いだろ。結局無理だったけどな」
「ハートがひび割れてる……」
「焼いたら形変わっちまったの!」
最初は綺麗なハートだったんだぜ、と身振り手振り交えて話すランサーを見ていたらおかしくて笑ってしまった。認めよう、私の完全敗北だ。
「その、アーチャーさん、オレと結婚してくれ、ます、か」
答えを言う前に、左手の薬指に冷たい金属の感触。
「君、手が冷たくないか」
「いっつも料理と片付けは並行してやれって言われてるからちゃんと皿洗いした!」
褒めてくれと言わんばかりの満面の笑み。……あぁ忘れていたな、私がシャワーを使えばランサーは冷たい水で皿を洗うことになるんだった。結婚とはそういうものだった。
「結婚しようか、ランサー」
不満を互いで分け合うのも悪くない。悪くないのだが、せっかく一緒になるのならもう少し幸せになったっていい。
「結婚して、もっと広くていい家に住もう」
一先ずは大きな冷蔵庫が入るキッチンと、高性能の給湯器を。
「不器用な男」の「結婚とはそういうものだった」でわたしも天を仰ぎました……「不満を互いで〜」からの一文が尊すぎました……すごくいい話でしたありがとうございます