【閲覧注意】STEP3を経て、彼女たちは何を得る?
※この記事は一部STEP3シナリオに対してかなり否定的な意見を述べています。閲覧は自己責任でお願いします。
※特に咲季、千奈、星南、ことね、広STEP3シナリオが好きな方は絶対に閲覧しないでください。
※STEP3シナリオに多少の違和感を覚えた方、学マスの深淵を覗きたい方のみご閲覧ください。
※この記事は佑芽・美鈴・燕を除く全てのSTEP3コミュ及び燕・佑芽のNIAコミュ、一部初星コミュのネタバレを含みます。
※前提として、私は学園アイドルマスターが大好きです。その上で肯定的意見と否定的意見が混在することをご了承ください。
※この記事は学園アイドルマスターを非難するものでは決してございません。
◾︎はじめに
3月19日が何の日か分かりますか。
そう、咲季のSTEP3が実装された日です。
私はこのSTEP3を読み、以下の感想を抱きました。(読まなくて大丈夫です)
要約すると、自分はこのSTEP3に適合することは出来なかったという内容です。(27話まで読みましたが、自分の意見は変わりません)
ただ咲季STEP3を読み、一つ感じたことがあります。咲季だけではない。STEP3全体を通して自分はここ最近の親愛度コミュに何か違和感を抱いていると。
このモヤモヤを言語化することで違和感を拭いたいと思い、noteを書くに至りました。繰り返しますが、シナリオに対するネガティブな意見を書き連ねているので、そうした文が読みたくない方はここでブラウザバックをお願いします。
◾︎蔓延る消化不良感
咲季STEP3に限らず、STEP3シナリオ全体を捉えた時に何か消化不良感を感じさせている、というのが自分の中で引っかかっているポイントです。
どうして消化不良感を感じさせるのか。巷では負けのフラストレーションが溜まっているとか言われてますが、個人的にはそういう類のものではない。負けイベだから、この物語(親愛度コミュ)の主人公が勝てずカタルシスを得られないから。そういう言葉で説明出来ない"わだかまり"が自分の中に溜まり続けています。
では、自分が学マスのコミュに求めてるものは何なのか。それを考えてみることにしました。
自分が好きなSTEP3のシナリオを上げると、清夏・麻央・莉波の三人です。この3人とそれ以外のメンバーとでは越えられない壁ができるくらいには好きです。(現時点で佑芽・美鈴・燕のSTEP3は実装されていないため除外する)
一方であまり好みではないと感じたのが千奈・ことね・咲季・星南です。嫌いとは言いませんが、自分の好みの範疇には入りませんでした。
【追記】(STEP3が所謂溜め回であることは理解しています。ただこの1ヶ月に1アイドルのシナリオ、それが1年間続く供給状態により自分の中でのその"溜め"がこぼれて溢れ出てしまいました)
◾︎アイドルの主体的意思
どうしてこうした感情を抱いたのか、それをできる限り言語化してみたいと思います。
まず清夏のSTEP3について。清夏のシナリオが好きな理由は端的に言えば、自身の課題と真摯に向き合った点にあります。そしてその課題は自分自身の意思で向き合うと決めたものである。おそらく"ここ"です。
ダンスで負けたなら、伸び代のある他の要素を伸ばせばいい。このPの理論は理にかなった意見です。それでも自分はダンスを伸ばしたい、この清夏自身の意思が介入しているのが自分は好きなのかもしれません。自身がこうしたいという意思を実現させるために、課題と向き合い、失敗を経験し、アイドルとして成長する。そしてその道中で、アイドルの先輩である手毬からアドバイスを受け、自分自身で気づきを得る。この流れがとても好みでした。
莉波STEP3もそうです。アイドルとして結果を残していく現状に対し、彼女の持つアイドルとしての心構えや自信などの心的状況が追いついていない中、夏のHIFを迎え敗北する。帰省を通じて自分自身と向き合う時間を作り、プロデューサーとの対話、プロデューサーの夢ノートを通じ、アイドルとしての主体性な自分を改めて形作る。この"過程"が好きなのです。(HIF前の母からの電話は賛否両論ありますが、今は置いておきます)
星南に敗北したことで心がより後退し、莉波はアイドルを辞めるという選択肢に手を伸ばそうとします。この選択はPに出会う前から彼女にずっと提示されていた選択肢。Pと出会うことで薄れていた選択肢が、またも彼女の前に非情にも突きつけられるのです。ですがPの言葉、夢ノートがそんな彼女の手を止める。
"アイドルになりたいよ"
この言葉の裏側にある莉波の心の中の感情の変遷。ここに辿り着くまでの挫折や苦悩、その過程が丁寧に描かれていた。そこに彼女の意思が強く感じられたこと、これが莉波STEP3を好きな理由です。
自分はもしかしたら過程に意味を求めてしまうの性質なのかもしれません。どちらかというと結果は二の次で、そこに至るまでの過程にアイドルの主体性があるのか、どんな苦難を乗り越えたのかという部分を重要視している。
◾︎キャラの実在性の希薄化
※千奈STEP3が好きな方はこちらの項を読み飛ばす事を推奨します
この点を踏まえて、まず千奈STEP3について考えてみます。
千奈STEP3の流れは簡単に言うと、
1.生徒会長への立候補を決める
2.生徒会メンバーからの支持を得る
3.仲間を集める
4.所信表明
5.対抗馬出現
6.3年生を退け生徒会長になる
めでたし。めでたし。
先輩からも同級生からも愛され、思い描いた通りのシナリオを歩んでいく。3年生にも擬似的に勝ち、次期生徒会長の座を手にした"アイドル"倉本千奈の未来はとても明るい。
…本当にこれでいいのでしょうか。
自分がこのコミュに消化不良感を覚えるのはおそらく、倉本千奈というアイドルの実在性が希薄化しているからだと考えます。2次元キャラに実在性を求めてはいけないのかもしれませんが。
ではその実在性はどこで感じられるのか。自分は、そのキャラがどんな道のりを選択し、その選択はどんな意思を持って選ばれたものなのか。その道のりの中でどんな苦難を乗り越えたのか。この過程が描かれることで等身大のキャラが描写され、実在性が感じられるようになるものだと考えます。
これを踏まえて千奈STEP3を見返すと、そこが抜けているんですよね。キャラとしての手触りがない。キャラの輪郭に触れることができない。キャラが画面の向こう側に行ってしまうような、何だか自分だけがこの場に取り残された気分になってしまいました。
元を辿ると千奈が生徒会長に立候補した理由は、HIFに勝つための算段としてプロデューサーが提案したもので、それを千奈が飲んだ。そこに千奈の主体性はないのです。その後のコミュの描写を読んでも自分の読解力では、千奈が"どうして"生徒会長になりたいのかという主体的意思がどうにも見えない。
千奈 親愛度コミュ 22話
星南が生徒会長に立候補した理由は初星学園が好きで、この学校をより良くしたいという思いがあると述べられているため、余計にわだかまりが残ります。
そして名も無き対抗馬をものともせず、順風満帆に勝利を収め、3年生からはライバル宣言をされるまでになる。
この物語に苦難なんて、障壁なんて無いのです。用意されたゴールを真っ直ぐ進み、有終の美を飾る。それではまるで二次元的物語です。
そもそも選挙活動というのは、応援ライブや演説だけで終わるイベントなのでしょうか。(そもそも私は、生徒会選挙がイベント化されていることに疑問を抱いています。それをしてしまっては生徒会という組織がより閉鎖的になり、星南の掲げる初星をよりよくするという願いからは遠ざかってしまう。そんな施策だと思っているため)
自分の認知度を上げるため、そして倉本千奈がどんな"人間"であるかを示すためには他にもすることがあるはずです。例えば朝早く登校して、アイドル科だけでなく普通科の方に挨拶を交わしてみるであったり、その流れでビラを配るなどするのではないでしょうか。
そもそも千奈は賢い子です。自分の力が及ぶ範囲や倉本家に生まれた人間の有利さをしっかりと理解している。学力は無いかもしれませんが、それ以上に自身の置かれた立場を俯瞰的に見て理解する能力が高い人間であると私は思っています。
ならば千奈はこの答えにたどり着くはずです。
「このまま生徒会長に選ばれるのは良いことなのか」と。
HIFで勝つためにプロデューサーに言われた通りのルートを歩み、恵まれた仲間たちに協力を仰ぎ、優しい先輩方からはアドバイスを貰える立場にある。ではそれで自身の憧れである星南に近づくことができるのか。それは"否"です。
初星の生徒たちと交流を重ね、初星学園全体を見つめることで賢い千奈は気づくはずです。自分の甘さに。恵まれた環境と支えてくれる人達の存在が自分の周囲にあることを。選挙活動をするなかで、生徒会長という称号が持つ重責を実感できる時間は十分に用意されていた。なのにその描写は一切描かれなかった。
この物語には、起伏がない。だから倉本千奈というアイドルがただのキャラクターになってしまっている。キャラであって、人間では無いのです。
最近は視聴者の抱えるストレスが無いようにと、あえてカジュアルな物語構成を取り入れたアニメやストーリーが増えてきています。この千奈STEP3もそれに当たるのでは無いでしょうか。敗北や挫折といったストレスを与える存在をできる限り取り除き、そのままユーザーに提供する。確かに手触りは良いですが、自分みたいな人間にはどうもその手触りすらも、目には見えない何かで遮られてしまう。目の前のキャラをただ見つめるだけの存在になってしまう。いわゆる親近感みたいなものが無くなるんですよね。
倉本千奈は好きです。それはもちろん。
ですが、何か違うのです。STEP3で自分が欲しかった物をこのコミュを通して得ることが出来なかった。倉本千奈というキャラがここに来て分からなくなってしまった、実在性の損失により。
◾︎列挙作業に追いやられた物語
※星南STEP3が好きな方はこちらの項を読み飛ばす事を推奨します
十王星南というアイドルは特異な存在です。
プロデューサーでもあり、アイドルでもある。そんな他には無い二面性を併せ持ったキャラクターです。
プロデューサーとアイドルの二足のわらじで歩む。その選択を私は否定しません。それが彼女の望む道で、そこに彼女の葛藤や思いが乗っかることで、それは意味のある選択になる。
しかし二足のわらじの裏にはこんな言葉も隠れています。ニ兎追うものは一兎も得ず。どちらも中途半端で終わり、どちらにおいても成果が得られないということです。
星南のSTEP3はどちらに転んだのでしょうか。二足のわらじで両方得たのか、どちらも得られずだったのか。
ここで星南のSTEP3の流れを整理してみましょう。
1.HIFの改革の計画考案
2.生徒会1年の総ざらいパート(美鈴のHIF辞退、千奈の生徒会長立候補、佑芽の目標)
3.ことねの問題提示と解消
4.後輩への楽曲提供
5.燕と咲季の出演
6.HIF本戦
7.HIF勝利&星南の野望の実現
この物語を読み、自分は何だか消化不良感を覚えました。そしてその理由を考えたところ、その要因が2つ頭をよぎりました。
1.プロデューサー十王星南の物語であり、アイドル十王星南の物語ではない
2.事実の確認作業及び過程の損失に伴う整合性の欠落
この2つです。
まず1つ目の『プロデューサー星南の物語であり、アイドル十王星南の物語ではない』に関して。先程書き出したSTEP3の流れ。アイドル十王星南のパートはどのくらいあったでしょうか。
見てもらえば分かる通りほとんどありません。
それが悪いのかと言われたら分かりません。物語の受け取り側による、が答えです。では、このプロデューサーパートをやり続けることによる弊害はなんでしょう。それはアイドルとしての成長が無いことです。(断言は良くないと分かっていますが、ここでは言いきらせてください)プロデューサー業務を通じて、アイドルとして成長する何かを掴むのならそれで良いのです。ですがそういう描写はSTEP3を読む限り、自分には感じとることができませんでした。
十王星南が目指す野望『プリマステラをトップアイドルを表す称号にする』。これを達成する為には他アイドルへのプロデューサーとしてのアプローチが必要となる。それは分かりますがそれに注力するあまり、星南自身のアイドルとしての成長が描かれなくなるのならば、物語としては本末転倒です。
1つ前の倉本千奈の話でもあった通り、私は物語の起伏とそれに伴うキャラクター自身の意思や感情の変化をもって、キャラクターの実在性が現れると考えます。
STEP3でのプロデューサーパートにおいて物語にどんな起伏があったかと言うと、特に何も"無い"のです。ここで2つ目の要因である『事実の確認作業及び過程の損失に伴う整合性の欠落』が顕在化してきます。
巷では星南のSTEP3はダイジャスト編だと揶揄さらていますが、自分の抱いた感覚もそれに近いです。学マスには様々な世界線がありますが、最終的にその世界線がある程度収束するように作られています。もちろん全てが同じ経路を辿るわけではありませんが。
例えばPがいない世界線であるイベントコミュでは、親愛度コミュの重要起点を回収できるような物語構成がなされています。『3年1組の日常』での星南の持つ愛嬌について触れられる場面、莉波のアイドルに対しての自信のなさが解消される場面、『ことねと麻央の日常』での麻央の持つ素の可愛さをことねが指摘する場面などがそれに当たります。Pがいなくとも、どこかのタイミングでアイドルとしての殻を破るターニングポイントが用意される、それは良いことです。ですが、今回の星南STEP3はそれが悪い方向に回収されている。
端的に言えば、他の親愛度コミュとの辻褄をある程度合わせる為の事実確認の作業、結果の羅列にSTEP3の多くの時間が使われてしまっているのです。その辻褄合わせが行われるに、1番やりやすい土壌がプロデューサーの一面を持つ星南コミュである。というより、その作業をやらざるを得ないと言った方が言葉としては正しいのかもしれません。
プロデューサーである以上、星南は他コミュよりも様々なアイドルと交流する場面が多くなるのは必然です。他のアイドルと接する以上、そのアイドル自身も成長していなければ流れとしてはおかしい。そこに星南コミュのジレンマがあります。
他アイドルの現状の立ち位置を把握する▶︎星南はプロデューサーとしてアプローチをかける▶︎その過程で該当アイドルの親愛度コミュとの整合性を取る
この繰り返しです。先程言った通り、学マスの世界線は収束するため、星南の行うプロデュースは基本的に他の親愛度コミュをなぞる形で行われます。そのため目新しさがあまりなく、ダイジェスト版だと感じてしまう。(新曲の場面は目新しさはありましたが)そしてその流れは事実と結果の羅列であり、過程が失われている。親愛度コミュをなぞっているので、こうなってしまうのは仕方がないことです。
星南 親愛度コミュ 23話
過程を失い、事実ベースで物語が自動的に進んでいく世界にあなたはどんな感情を抱きますか。私は千奈STEP3と同じく、ただこの出来上がった物語を三人称視点で眺める"プレイヤー"に成り下がりまったと感じたのです。そこに自分が入り込む余地は無い。決められた結果を与えられるだけで、その過程に自分は求められていないと思わされてしまう。半ば暴論ですが、自分はこのプロデューサーパートを通じてそんな感情を抱いてしまいました。(Pとの宿題パートがあることは前提として、それでも感じてしまうのです)
そして、整合性の欠落について。ここはアイドルパートの話に切り替わります。先程までのプロデューサーパートと経てアイドル十王星南はどんな成長を遂げたかというと、何も変わっていない。この流れの中で"アイドル"十王星南の苦難や感情の変遷に時間がほとんど割かれていないのです。
厳しい言い方をすると、トップアイドル級に実力が差し迫っているライバル達を尻目に星南は慌てる様子もなく、レッスンをする様子もなく、ただただ慢心している。自分の目にはそんな風に写りました。果たして星南はそんなアイドルだったでしょうか。
他のアイドルコミュとの整合性を取ることに時間を費やし、アイドル十王星南のあり方の整合性が取れていない。私はそう感じたのです。
整合性の欠落はキャラの根幹を揺るがし、ユーザーを現実世界へ引戻す主たる要因です。この星南STEP3に抱えていた自分の違和感を、少しばかりは言語化できたでしょうか。
◾︎『プリマステラ』という箱庭の称号
※咲季STEP3が好きな方、及び佑芽が好きな方はこちらの項を読み飛ばす事を推奨します
夏のHIF、多くのSTEP3で十王星南がプリマステラに選ばれるという流れを辿ってきました。そんな定石を打ち壊したのが咲季STEP3です。
そして、その栄えあるプリマステラの座に輝いたのが花海咲季の妹、花海佑芽。
皆様方はこの展開をどう受け止めましたか。自分はどこか納得がいかず、首を傾げることになりました。
プリマステラ(一番星)とは何か。それは初星学園No1の称号であり、その称号はHIFで勝ち抜いたものに与えられる誉れである。
HIFとはどんな大会か。厳しい条件を満たし、選抜をくぐり抜けた生徒たちがソロ部門・ユニット部門に別れて戦う舞台。そしてその優勝者たちから1人のプリマステラが選出される。競技性が高いとされ、Vo.Da.Viの3項目で評価が下される、そんな大会。
私はプリマステラ佑芽の誕生に、どうしても違和感を覚えました。誤解がないように言いますが、花海佑芽のことは当然大好きです。ですがそのキャラ愛ではカバーしきれない靄が自分の脳内を覆い隠すのです。
その理由は何か。考えられる要因はこの2つでした。
1.他アイドルコミュでのプリマステライベントの消費
2.初星学園及びプリマステラの持つ格の転落
1つ目の『他アイドルコミュでのプリマステライベントの消費』に関して。言葉の通りです。プリマステラになるという一大イベントは他アイドルのコミュで簡単に消費されて良いものなのか。佑芽がプリマステラになる過程には学Pという存在は必要が無いのか、そう感じてしまいました。
他アイドルコミュで星南以外がプリマステラになる、それは理解が出来るのです。しかし、佑芽本人の親愛度コミュの前でそれが執り行われてしまう、そこに疑問を抱きました。佑芽STEP3がまだ来ていない以上断言は出来ないのですが、学Pが居ない世界線では夏HIFでプリマステラになることができたのに、学Pがついた世界線ではそこから遠ざかってしまう。学Pの存在意義とはなにか、それを考えた時に私は、またも物語から突き放された感覚に陥ってしまいました。
どうしてこの展開になったのか。咲季の物語である以上、1番の敵として立ち塞がるのは佑芽であるべき。だから形式的に佑芽がプリマステラになる物語になってしまったのか。本来はこんなこと考えるべきではないのに、何とかして納得感を得たい私はこんな邪な考えを抱きました。この物語に入り込めなかった異端者は、こうして言い訳をすることでこの物語を読み進めていくことになるのでした。
学Pの存在意義に関しては、燕TrueEndコミュの燕Pのセリフが全てであると思っています。
「(自分がいなくても)いつか何かのきっかけがあれば雨夜さんは殻を破れたと思います。でもその何かは俺であってほしいと思った」
これは星南STEP3の項にて述べた世界線収束の話に繋がります。この世界線収束という概念は、学Pが居ない世界線であっても、アイドルとして活躍することができるという希望を与えると同時に、学P及び自分の存在は果たしてアイドルに必要なのかという疑問をユーザーに提供します。
この疑問に対する解釈は、上にあげた燕Pのセリフや、Pがいることでより早く目標・夢に近づけるという期待、それこそ咲季STEP3での「誰かじゃイヤよ。あなたじゃなきゃ」とP自身の存在を肯定してくれるアイドルのセリフなど、人によって様々あると思います。
しかし今回の咲季STEP3で佑芽が夏のHIFでプリマステラとなったにも関わらず、もし本人のSTEP3において敗北を期す形になったのだとしたら、私は失望してしまうのです。自分自身に。アイドルがたとえPである自分を肯定してくれたとしても、アイドルの目指す夢への最短ルートを自分が提供することが出来なかった、そのことは自分がプロデューサーであることを否定し、Pではなくなった自分を現実世界へと戻してしまう。親愛度コミュにおける他キャラプリマステラ授与は、違和感を与える1つの要因となるのです。
(佑芽STEP3で負けることを前提に上記の文は書かせて頂きました。とはいえ仮に佑芽STEP3でも同様の展開が起こったとしても、やはり自分の中では納得ができかねます。下記に挙げる2つ目の要因はもちろん、佑芽親愛度コミュでは初めての経験であっても、咲季STEP3を読んだユーザーにとっては2回目のプリマステラ授与の展開になってしまう。それでは本来得られるはず感動が損なわれてしまうのではと自分は考えます)
そして2つ目の要因として考えた『初星学園及びプリマステラの持つ格の転落』について。花海佑芽は補欠合格で初星学園に入学した人物です。入学時点で最下位スタートの彼女が、8月のHIFまでのたった4ヶ月でプリマステラになることが何を意味するかと言うと、格の損失です。
"佑芽だから"プリマステラや初星学園の格が下がるのかと言うと少し語弊があります。もちろん補欠合格の子がプリマステラになること、それ自体もそうなのですが、個人的には"アイドル未経験"の子がプリマステラになること、ここに1番の違和感を覚えます。
星南STEP3を読むと、いまや学園のトップ層と言える星南と燕でさえも1年の夏時点ではHIFに出場することすら叶わなかったと分かります。
星南は3歳の頃からアイドルの英才教育を受けており、燕も親愛度コミュを読む限り中等部に入る前から(恐らく幼少期から)アイドルを目指していると読み取れます。ずっと前からアイドルになるための努力を重ね、アイドルへのリスペクトを持ち続けている二人ですらも1年夏の時点ではHIFの壁を超えることが出来なかった。そんな二人が挑戦すら出来なかったHIFにアイドル未経験の子が出場し、優勝するのです。未知数の才能があり、超人的な身体能力を持つ佑芽であってもこの描写を上手く咀嚼することが出来ませんでした。
有数のアイドル校である初星学園。そしてテレビ中継がされるまでの規模を持つHIF。ならば外部からこの大会を見た人間も多く存在するはずです。その中には、高等部から入ったアイドルが夏のHIFで優勝したことに対し、初星学園のレベルが下がったと認識する人も居るでしょう。それがいくら佑芽という規格外のアイドルであっても。
星南と燕の日常を読むと、HIFでは1位であるプリマステラだけでなく、ある程度の順位が可視化されることが分かります。そこを踏まえると佑芽をプリマステラにせずとも、結果をぼやかしながら咲季が敗北させる描き方もあったのではと思います。ただそれをすると、物語の盛り上がりが薄くなる・結局プリマステラは誰になったのか等の別の問題が浮き彫りになってしまうので、万人が納得出来る描き方にするのはやはり難しいと自分の中で結論づけておきます。
そもそもこの学園アイドルマスターという作品は才能や伸び代といった星南の目で捉えられる能力に抗う物語なのだと私は認識しています。広の神格性、星南の愛嬌など、アイドルとしての自分の強みを認識し、それを如何にして伸ばし、ファンに魅力的なパフォーマンスを披露し、夢に手を伸ばしていく物語だと。それこそ強みでなくとも、アイドルそのものに対する思いが、能力至上主義の世界を打ち破る手立てになる、そんなスポ根的ストーリーを内包したコンテンツだと思っています。
ですが、星南STEP3や佑芽NIAコミュのようにアイドル花海佑芽という新しい夢を自覚していない彼女が優勝してしまうことはそれこそ、ステータスがアイドルの全てであるという裏付けになってしまうと思うのです。それは私の考える学園アイドルマスターでは無い。
そしてこの学園には様々なアイドルが在籍しており、それこそネームドキャラ以外の生徒がいるはずです。そんな彼女らの影も無く、アイドル未経験の人間が優勝をしてしまう。彼女らの描写が無いこと、それは良いのです。そこに時間を割く余力は親愛度コミュには無いので。ただこのコミュを読んで、私はこの初星学園の閉鎖性を感じてしまいました。プレイアブルキャラ以外の人物の存在が全て消された、非常に狭い空間であると。
この初星学園アイドル科は、たった13人のアイドルしか存在しない非常に閉じた世界であると認識してしまうのです。これもまた実在性に影響を及ぼします。この二次元的空間における箱庭世界。その世界の1番の称号であるプリマステラには如何程の価値があるのか。そんな疑問を投げかれられたその時、この咲季STEP3は自分が求めていたストーリーとは違う、別の何かだと考えてしまいました。
誤解が無いように言いますが、私はNIA編において佑芽のコミュが1位、2位を争うレベルで大好きです。だからこそ、この展開に少し引っ掛かりを感じてしまいました。佑芽のSTEP3次第ではこの項の発言の殆どを撤回する可能性もございます。
◾︎学園としての機能を失った箱
初星学園が有数のアイドル養成学校であることは周知の事実です。ですがこのSTEP3において、この学園の持つアイドル育成の機能に疑問を抱いてしまいました。
例えばリーリヤのSTEP3。アイドル葛城リーリヤの武器は何か、というPからの宿題に答えるためNIAで勝利した四音の在籍する極月学園へと出向きます。
四音のコーチングはトレーナーでないのでも関わらずとても的確です。具体性のあるアドバイスに加え、リーリヤに分かるよう噛み砕いて説明してくれています。それも1ヶ月という長い期間です。その間、リーリヤは初星学園でアイドルとしてどのようなトレーニングを重ねていたのかは不明です。26話での清夏の発言を考えると、恐らくトレーニングは極月学園でずっと行っていたと考えるのが妥当です。
燕のNIAコミュを踏まえると、初星学園と極月学園ではアイドル養成校としての力は初星に軍杯が上がると考えて良いでしょう。ですが、このリーリヤSTEP3を見ていると、初星の育成体制は1アイドルである白草四音のコーチングよりも劣っているように見えてしまう。四音に基礎がなっていないと指摘されるほどに、初星の指導は生易しいものだったのでしょうか。アイドル未経験とはいえリーリヤはNIAの優勝者です。初星でそれなりの経験を彼女は積んでいるはずです。
そして星南STEP3で及び咲季STEP3で登場した花海トレーニングセンター。星南STEP3では、燕と咲季がここで共にトレーニングを重ねることで凄まじい成長を遂げたそうです。(推測口調なのは、これも事実と結果の羅列による物語だからです。)咲季STEP3では咲季、星南、燐羽が3人合宿を行い、打倒佑芽を掲げたトレーニングを行いました。また、麻央STEP3においては十王プロでのトレーニング描写がなされていました。
ここで浮かび上がるのは初星学園の存在意義です。STEP3において初星学園でのレッスン描写はほとんどなく、アイドル養成校としての機能が失われています。ちゃんと初星学園でのレッスン風景が描かれたのは清夏STEP3での筋トレ描写程度です。
STEP3そのものが冬HIF編に向けての前哨戦的立ち位置なので、アイドルによってすべきことはもちろん違います。初星学園にとどまらず、外部での成長を遂げることだって当然有り得ます。しかし、それで多くのアイドルが初星滞在時以上の成果を残すのならば、初星学園の持つアイドル養成校としての側面は削がれ、ただアイドルが名前を置くだけのただの箱であることの立証になってしまうと考えます。(現3組が恐らくその立ち位置に近い存在です)
それは本当に"学園"アイドルマスターなのでしょうか。
◾︎過程と結果の入れ違い
※莉波・咲季STEP3が好きな方はこの項を読み飛ばすことを推奨します。
※このパートはこれまで以上に主観的及び感情的な文を含んでいるため、できる限り読み飛ばすことを推奨します。特に咲季STEP3が好きな方にとって、精神的負担をもたらす文となっております。
物語には結末があり、その結末にたどり着くまでの過程が必ず存在します。そして物語を描く上で、結末や道中での描きたい描写を先に考え、その結果にたどり着かせるためにはどんな工程が必要か、逆算することも当然あると思います。というより、作品の殆どが逆算からの制作だと思います。ですが、上手く調理しないと読み手側はこう感じてしまいます。
「この描写がやりたいから、でこの物語が作られたのでは?」
「この描写は義務?ノルマ?」
分かりやすくする為に敢えて口調を悪くしましたが、あらかたこんな感じです。こうした裏側の事情をユーザーに抱かせないように描くのがプロの仕事です。
STEP3の多くは夏HIFで負けるのをシナリオに組み込む事を前提描写としてコミュが作られています。私はそこに行き着くまでの描写に違和感を感じることはほとんどありませんでした。莉波、咲季STEP3を除いて。
ことねのしゅきしゅきソングについても、これでHIFに挑んだのかといった否定的意見があることは理解してきますし、私もどちらかと言うとそちら側の立場です。ただ私はしゅきしゅきことねのPSSRを持っておらず、楽曲コミュが読めていないため、今回はこの話題についてはこれ以上触れないことにします。選曲理由について楽曲コミュで触れている可能性があるためです。
あるいは歌唱からの逃げ?
ことね 親愛度コミュ 24話
私は莉波STEP3にかなり好意的感情を抱いています。現在実装されているSTEP3で1番好きなのは莉波だ、と断言出来るほど大好きです。ただ、このコミュで1つ不可解な点がありました。それは母親からの電話です。
初めて自分の口で目指したいと言ったアイドルという夢、その夢の道中に敷かれた大切な大会があることを知っていたにも関わらず、出番前に電話をかけるというのは中々考えにくいです。もちろん気が動転していたというのも分かりますが、このタイミングで物語に組み込む必要性は果たしてあったのかと考えてしまうのです。
恐らく莉波は、この電話が無くとも夏のHIFで勝つことはなかったと思います。アイドルとしての自信のなさはパフォーマンスにも確実に影響を及ぼすはずなので。帰省イベントを起こすため逆算的手段だとしても、大会後に電話が来ても問題は無かったのではないでしょうか。
特にこの違和感から負けイベのノルマ感を感じさせることは無かったのですが、キャラが物語に操られているという感覚を少し覚えました。ご都合主義というと少し言葉が強いかもしれませんが、莉波と咲季のSTEP3にはこうした1面があるように感じました。
咲季のSTEP3について。こちらは2つ前の項と少し重なります。筆者が佑芽が夏のHIFでプリマステラになったことにあまり合点がいっていないことは、ここまで読んでくださった方なら理解してくださっていると思います。
佑芽に敗北した咲季と咲季Pは星南、燐羽と合同合宿をする選択を取ります。このイベントは佑芽のNIA編のラストでも示唆されていました。そして、佑芽のプリマステラ授与に納得感を得たい私はこんなことも考えてしまうのです。この合宿をするための舞台装置としてのプリマステラ授与であると。これが倒錯的かつ排他的思考であるということは理解しています。
ですが、こう考えると合点が行くのです。佑芽の親愛度コミュではこの合宿の描写に時間を割く事ができない、そして学マスは世界線収束の1面を持つ。佑芽がプリマステラになることで、佑芽親愛度コミュの世界線を吸収しなから、この3人を出逢わせることが可能になるのです。そんな認知的不協和を解消するための手段としてのある種の陰謀論的思想を持つことで、何とか心の安寧を得ようと図りました。
描写の裏に隠れた意図を探ろうとすると、こうした物語にある逆算的思想にたどり着いてしまう。これもまた陰謀論なのですが。こう考えてさせてしまうストーリーの提供者に非があるのか、それともそう読み取ってしまう受け手側にあるのか。その答えはもちろん"受け手側"です。こうした考えに陥った時点でもう既にこの物語は自分にとって "Not for me"なのです。
ですが、その一言で終わらせて良いものなのか。この記事はNot for meな物語に抗いたい心から来ています。文字に書き起こすことで思考をまとめ、何故自分にはそぐわなかったのかを理解することで、学マスを好きでい続ける理由にしたいのです。
ここまで御託を並べましたが、この項で述べたいことは1つ。私は物語にキャラが動かれていると感じた時、そこに何らかの違和感を覚えるのです。物語の都合で、舞台装置的役割で、キャラが動いているのであれば、置物としての存在と変わらない。キャラクターが人間でなくなるその瞬間、否が応でもこの物語に整合性を求めてしまうのが自分という異端者なのです。
◾︎"萌え"に消費された物語
※ことね、広STEP3が好きな方、及びPラブが好きな方はこちらの項を読み飛ばす事を推奨します。
アイドルマスターというコンテンツと切っても切り離せない概念がPラブです。先に挙げておきますと、筆者はPラブ概念に対し否定派"寄り"の立場であることをご理解の上、この項をお読みください。
自分のPラブに対するスタンスは以下のふせったーにて述べております。(百合に対するスタンスも併せて述べております)決してアイマスにおけるPラブ文化が"嫌い"なのでは無いこと、Pラブ文化を"否定"していないことの証明としてこちらに置かせてください。この項と被る内容もございます。ご了承ください。(読まなくて大丈夫です)
先程Pラブ否定派"寄り"と書いたのは、Pラブに肯定的な感情も一方で抱いているからです。具体的にはアイドル描写がちゃんと描かれていれば、Pラブ描写も良いと感じられます。
莉波STEP3が特に顕著です。Pラブの場面がありながらも、アイドルとしての自分と向き合う時間がPラブ要素の伏線として用意されており、恋をする少女としての姫崎莉波とアイドルとしての姫崎莉波、2つの良さが味わえました。
そして今回取り上げることねと広のSTEP3。この二人のPラブ描写には少し引っかかる感覚が個人的にあり、この項ではその違和感を言語化してみたいと思います。
自分にはPラブをPラブとして楽しめない描写の描き方があります。先にあげたようにアイドルの描写以上にPラブ要素を挟むこと。そして直接的に恋愛と結びつく単語や描写を挟むこと。周囲の迷惑を鑑みずPラブを行うこと。このどれかが当てはまると高確率で苦手だと感じてしまいます。
これらはファンに夢を与える職業"アイドル"を志すという、学園"アイドル"マスターの前提が崩れてしまいかねないPラブ描写であり、アイドルになるというキャラクターの覚悟を揺るがします。
それを前提に、まず初めに広STEP3に関して。広STEP3の流れを整理してみます。
1.広の現状把握(婚約発言)
2.水族館での息抜き(広曰くデートらしい)
3.星南と広の回想
4.星南からの助言
5.希望と現状のズレへの言及
6.owlとの会合、ライブ披露(手を繋ぐ)
7.千奈との対話(ひどいこと、愛の巣発言)
括弧にはPラブと思われる描写を書き留めました。
婚約発言とデート発言に関して。引っ掛かりはしましたが、これはPの冷たい一言を引き出すためにあえてこういう発言をしたと考えることもできるので納得出来ました。そもそも婚約に関してはNIAの話の振り返りの意味も含んでいます。それに加え広コミュでのこうした発言は前々からあったため、そこまでの違和感を覚えることはありませんでした。(ただ、公共の場でデート発言をするのはあまり宜しくないと思いましたが今回は置いておきます。ここら辺はユーザーへのサービスシーンということで受け止めます。このコンテンツはアイマスなので多少のPラブはあるべきかと。)
問題は27話の千奈との対話シーンです。部屋を訪れてきた千奈に対しての広の発言が自分の中で引っかかってしまいました。これまでの広の思わせぶりな発言はPからの冷たい返しを期待しての発言だと思っていましたが、それが友人である千奈の前でも継続されているのはどうなのかと。Pに酷いことをされた、愛の巣へようこそといった、友人である千奈が良からぬ方向に誤解をしてしまい、千奈に「邪魔をしてしまった」と言わせてしまったというのにも関わらず、それを撤回せずに助長する広の発言に自分は違和感を感じました。
アイドルに恋愛と結びつく単語を言わせる。周囲への迷惑を鑑みない。27話のこのシーンは先程挙げた基準では2アウトです。
Pからの反応を求めての発言なのであれば、友人の前でそれをする必要は無いと思うのです。それも初めて出来た大切な友達の前で。千奈との関係性よりも、Pに対する自分の"ままならない"感情の方が広にとっての優先順位は高いのか。この一連の流れから、私は広は果たしてそんな人間だったのかと立ち返ることになりました。このPラブ描写は広であって、広では無い。そんな気持ちにさせられたのです。
もちろんこれまでの親愛度コミュでも佑芽や千奈の前での惚気的発言はありましたが、その時は特に何も思うことはなく、逆に微笑ましいと思ったくらいです。この差は何なのか。その場にPがいないこと、そして佑芽と千奈が乗り気であったこと。恐らくそれが要因です。
この27話はPがいる場面でPラブと取れる言動と行動を取り、千奈はこれに対し「お邪魔してしまった」と返します。遠慮する千奈に対し、横にいるPからの冷たい反応を求め、そちらを優先した広。これまではPが目の前におらず、千奈と佑芽も広の話に乗り気であり、高校生らしい友人同士の盛り上がりの一場面だと読むことが出来ました。ですが27話はそうではなかった。このPラブ描写により、自分の中で作り上げてきた篠澤広というキャラクターとの整合性が取れなくなってしまったのです。(筆者自身カードの所持状況により、広の楽曲コミュをあまり読めていない節があるので、以前より27話と似た描写がなされていたら申し訳ありません。基本的に親愛度コミュをベースに書いています)
そしてことねSTEP3について。これもコミュの流れを可視化しましょう。
1.藤田家イベント(彼氏、恋愛、デート発言)
2.星南による演説
3.HIF敗退(1晩を共に過ごす)
4.中間目標設定(ご褒美に名前呼びを提示)
5.星南との対話
6.中間目標達成(名前呼びイベント)
広と同じく、括弧にはPラブと思われる描写を書き留めました。
中でも自分が引っかかったのは21話。ことねはPとくっつきたいがために家族の妹に、Pが家に泊まるよう半ば命令のように懇願します。そしてその後、自分自身がPに"恋愛感情"を抱いていると公言します。この段階で自分基準ではもう3アウトです。
私は藤田ことねというアイドルを学マスの中でも屈指の常識人だと思っています。初星コミュでの言動や立ち振る舞いを見ていると、彼女は俯瞰的に物事を見て、それを言葉にして伝え、場を律する能力に長けている。学マス世界の中ではこの現実世界に近い常識を持った人間とであると思いました。
そんな彼女がお金を稼ぐための手段として選んだのがアイドルです。そもそもお金持ちになりたいのならアイドルにこだわる必要はありません。作中でも可愛いと形容される容姿を持つことねならば、多くの学費を必要とする初星学園に入学し、アイドルを志すだけでない、別のルートを選択することだってできたはずです。でもそうしなかった。初星学園には彼女の憧れの星南ちゃんがいる。テレビの向こうでアイドルが輝く姿にずっと焦がれてきた過去がある。複雑な家庭環境をもつ彼女がアイドルを志したのにはそれだけの覚悟と思いが多分に含まれていると思います。
アイドルへの覚悟と思いがあり、そこに常識人とお金にがめつい性格(公式のブロフィール文を参照)の要素を加えたのが藤田ことねというキャラを支える根幹の部分です。そしてPラブというエッセンスを加えることでより親近感を持たせた、そんなキャラである。ですがこのエッセンスが多すぎると、藤田ことねのキャラの根幹が崩れてしまうと私は思います。
NIA編での「あたしがアイドル引退するまで絶対恋人作らないでください!」というセリフやWhite Night! White Wish!コミュでの一幕を読むと、Pラブとアイドルの狭間で揺れながらも、自分はアイドルになるんだという強い覚悟を持つことねの姿が印象的に描かれていました。Pに対する好意的感情を抱いている事実は認めながらも、それでも自分はアイドルなのだから、という意思表示です。
常識人でアイドルへのリスペクトもあることねならば、プロデューサーへの恋慕感情が自身の目指すアイドルへの道を終わらせてしまう事を理解しているはずです。恋愛感情を持つなという話ではありません。その感情を上手くコントロールして、その抱いた気持ちとアイドルへの道を天秤にとった上で先程のセリフがあったのだと私は思っていました。
ですが、21話のことねを見ると自分が認識していた藤田ことねとはどこか違う藤田ことねが映っていた。厳しい言い方をすると、この藤田ことねは自分の大切な家族を"利用"してアイドルである自分の恋愛道を押し進めようしているのです。そしてその作戦が上手くいかないと、感情を露わにする。
……何だか違うのです。ことねがお金に執着する理由は家族のためです。家族のためにアイドルとして成り上がりたいという感情は、彼女を動かす原動力でした。なのにアイドルとして破滅するかもしれない、そんなルートを進める手段として家族を利用するのです。それは本当に藤田ことねなのか、そう思ってしまいました。
Pラブから話が少し逸れます。STEP3コミュ内で中間目標として提示された『100万円を稼ぐ』こと。そしてその過程が描かれずに、達成できたという結果だけが提示されたこと。これも自分にとっては消化不良感をもたらしました。
千奈や星南のSTEP3とことねSTEP3は似ています。物語の起伏が無いという点においてです。100万円という大金を稼ぐことは、お金への執着のあることねにとっては大きな関門であるはずなのに、その過程が省略されたのです。ことねにとってお金を稼ぐという行為は、21話で長々と描かれたPラブよりも軽い話だったのでしょうか。そんなはずがありません。彼女の根幹にはお金があり、大金を稼ぐことの難しさを誰よりも知っているはずですから。なのにその苦難が描かれることは無かった。
ゴールドラッシュでは100万円を稼ぐまでの過程が(現在進行形で)描かれているため、余計にそう思わされます。この展開の速さに私は、Pラブを書くことに注力しすぎて、ことねの大金持ちのアイドルに成り上がるというストーリーから枷を外された気分になってしまったのです。
広もことねもSTEP3内でのPラブの出力とその大きさが自分の想定していたものとは異なる方向に向かってしまい、結果キャラに対する違和感を持つことになってしまいした。
◾︎【追記】手毬STEP3の是非
手毬のSTEP3について。思うところは多少あったのですが、色々と事情があり今回このNoteでは取り上げませんでした。ですが、1人だけ一切何も触れないというのも改めて考えると失礼だったと思い、こうして追記事項として触れさせていただきます。
※手毬STEP3及び広STEP3が好きな方はこの項を読み飛ばすことを推奨します。
学マスではPからアイドルへの信頼を表す描写がコミュ内で多く描かれています。この描写がユーザーに何をもたらすかというと"没入感"だと思います。プレイヤーである私たちの持つアイドルの勝ちへの信頼・アイドルとして羽ばたいてくれる信頼を画面上のプロデューサーが代わりに代弁することでゲームとしての没入感が高まるのではないでしょうか。
その点を踏まえて、手毬STEP3において手毬Pの取った手段に違和感を覚えるところがありました。
手毬を成長するためのフックとしてPが選んだのは961プロとのレッスンです。そしてそのレッスンを受ける条件としてPが飲んだのは、「賀陽さん達との勝負に負けたら、月村手毬と秦谷美鈴が卒業後に961プロへ移籍する」という内容です。
手毬を成長させるためとはいえ、手毬の今後のアイドル人生を左右かもしれない、そんな決断を無断でしてしまうのはあまりにリスキーすぎるのではないでしょうか。それが手毬に対する勝ちへの"信頼描写"として描かれたものであっても、そこは確認を取るべきだったと思います。(事後報告のやり返し・過ぎたことはいいよをPに言わせるという描写を描きたかっただけなのかもしれませんが)
手毬 親愛度コミュ 25話
手毬の掲げた中間目標「はじまりのアイドルを超える」。これを絶対に達成するという手毬自身の覚悟を示すために、961プロへの移籍という条件を飲むという展開でも問題は無かったはずです。
この感覚は他のSTEP3でも見受けられました。広のSTEP3です。
広はPからの予告無しにライブを披露することを告げられました。(清夏でもこうしたことはありましたが、ライブから日数が空いているため除外)ライブには彼女のパフォーマンスを待ちわびている大勢の観客がいる。そんな中、準備が万全でない状態でライブに臨むのは、ファンに対して不躾ではないかと私は思います。もちろん、アイドルとしての成長の為に敢えて予告しなかったのだと理解はしているのですが、ライブという舞台に上がる以上はファンに娯楽を提供するプロでなければならない。学生なのでアマチュアではありますが、アイドルという立場である以上舞台にたったその瞬間、そこにプロとアマチュアの境はないと思っています。(このコミュに関しては自分が出るライブにowlが出演しており、直前までPがそれを隠していたとかでも良かったと思います。自分の原点が見る窮地の中で、ライブに挑む流れでもそこまで違和感はなかったかなと。)
この2人のSTEP3からは、Pのアイドルに対する"信頼"と理不尽さを少し履き違えているように感じました。信頼しているからこそ、相談し、アイドルがファンに対して今できる最大のパフォーマンスを出来るような下地を用意しておくのが、プロデューサーだと思います。そのため、手毬STEP3でのPの事後報告的な特訓イベントの用意は個人的にはあまり納得がいきませんでした。連戦勝負であることだけを隠しておくというのでも、良かったのではないでしょうか。自分がコミュを読む中で大切にしているものはアイドルの感情の変遷、主体的意思であることは既に述べています。手毬を思うのならば、彼女の"意思"の再確認も含めて、そこを描くべきであったというのが自分の意見です。
(燕NIAでの果たし状を勝手に出す流れもどうなんだ?とは思いましたが、手毬のように将来がかかっている訳でも、広のようにすぐライブに挑むわけでもないので、大方納得してます)
こうした画面上のプロデューサーと画面の外にいる自分の持つアイドルに対する信頼、その出力が異なることでゲームの持つ没入感が損なわれてしまったというのが手毬STEP3に対する違和感です。没入感が削がれることにより、私はまたも現実と二次元世界の壁に苛まれてしまったのです。
◾︎おわりに
まとめです。
STEP3を読んで感じた違和感の正体。一言でまとめるのならば自分と公式の認識のズレです。それが、キャラクターに対してなのか、物語性なのか、はたまた別の何かなのか。元々自分が抱いていた認識と異なる情報が提供されたことでそれを埋め合わせる何かを自分は探していたのです。その埋め合わせが立ち行かなくなる事で物語に入り込めなくなり、思考が現実世界に戻されてしまった。
私がこの学園アイドルマスターを始めたきっかけは、アイドルが成長するというそのゲーム性でした。自分がプロデューサーとしてアイドル達を成長させる、そこに面白さを見出していました。ですが、STEP3はアイドル達の成長する過程ではなく、成長した結果が提示される描写が多く、そこに1つのズレがありました。その結果、アイドルに対する実在性やPの存在意義、想定していたキャラクター像とのズレを自分自身に問いかけられることになった。そのため、こうした違和感やモヤモヤ、消化不良感を自身の中に溜め込むことになったのだと、今回のNoteでは結論づけることとします。
ここまで読んで、ネガティブな意見を抱えるくらいなら辞めれば?と思う方も当然いると思います。ですがそれは出来ません。私は学園アイドルマスターが大好きだからです。好きの反対は無関心とも言いますが、何故違和感を持ったのかというそのふわっとした感覚を持ったままでは、自分はコンテンツに無関心になりそのままフェードアウトしてしまう人間なので。違和感を言語化することで、ストーリーが合わなかっただけで自分はちゃんとこのキャラが好きであると、学園アイドルマスターが好きであると再確認したかったのです。
まあ最初に述べた違和感の正体に少しは近づけたのかなと思います。とはいえ、これが全てのSTEP3を総括するものではありません。振り返れば、今回上げた違和感の数々が当てはまらないSTEP3コミュがほとんどです。
色々と述べましたが、これら全て駄文です。自分の行き過ぎた考えから生み出された戯言です。まともに受け取らないでください。こういう考えを持った人もいるんだ、程度の認識で大丈夫です。
もしかしたら「この解釈はおかしい!」と自分を叩く人もいるかもしれません。この記事に関する否定的なマロやDMが来ることも承知の上で、今回この記事を書いてます。実際、担当以外のキャラクターの解像度はかなり低いと自覚していますので。
これを読んで、「自分の感性はズレているのかも」などとは思わないでください。ズレているのは私です。これはマイノリティ側の文章ですので。
自分が良いと思った物語は、他者にとってはあまり良いものとは捉えられていないのかもしれない。その逆もまた然り。自分があまり良くないと思った物語は、誰かにとっては最高の物語なのかもしれない。そんな風に思いながらこの記事を書き上げました。
さいごに。
『STEP3を経て、彼女たちは何を得る。』
それはアイドルとしての成長なのか、挫折から得られる学びなのか、はたまたHIFに進むための下地なのか。
あなたの担当アイドルはこのSTEP3でどんな"アイドル"になりましたか。




同意できる点が多く、興味深く読ませていただきました。 ことねは家庭問題からある程度解放されたことによって自身の欲を優先できるようになったこと自体はとても良いのですけどね。 HIFに挑むためとは思えないような新曲(作曲者様には大変失礼ですが)も含めて残念で、「これはギャグだから深く考…
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