琉球処分前年の1878年、琉球藩での浄土真宗の布教解禁を求める僧侶2人が、藩王の尚泰を被告として明治政府の内務省琉球出張所に告訴した訴状が、真宗大谷派鹿児島別院で見つかった。琉球藩が布教活動を「陰謀」と批判したことを名誉毀損(きそん)だと訴える内容。新史料は、出張所が僧侶と連携して告訴を後押しした経緯も記す。驚いた琉球藩は布教解禁などを約束したとみられ、告訴は取り下げられた。識者は「出張所は琉球処分の一環として、布教にかける僧侶の熱意を利用し、懸案だった琉球藩の裁判権剥奪を推し進めた」と分析する。(デジタル編集部・新里健)

「被告 琉球藩王尚泰」と書かれた告訴状。末尾には原告の田原法水と自見凌雲の署名と捺印がある(川邉雄大教授提供、真宗大谷派鹿児島別院所蔵)
「被告 琉球藩王尚泰」と書かれた告訴状。末尾には原告の田原法水と自見凌雲の署名と捺印がある(川邉雄大教授提供、真宗大谷派鹿児島別院所蔵)

 訴状は日本文化大学の川邉雄大教授が発見。神戸女子大学の知名定寛名誉教授が大谷大学の福島栄寿教授と翻刻し、2021年出版の「琉球沖縄仏教史」(榕樹書林)に掲載した。

 明治政府は当時すでに琉球藩の外交権を奪い軍隊を派遣していた。清と領有権を争う中、琉球処分を加速する必要があり「訴状を切り札に、裁判権剥奪に抵抗する琉球藩を抑え込んだ」と知名名誉教授はみる。

 琉球藩王の尚泰が...