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【腐向け】おやすみ、せめて良い夢を/Novel by つかさ

【腐向け】おやすみ、せめて良い夢を

6,758 character(s)13 mins

初のF.a.t.e/五次槍弓小説です。腐向けなので御閲覧の際はくれぐれもご注意ください。
■聖杯戦争が何故か休止中(もしくは一段落したのに何故かサーヴァントが現界中)とかそんなご都合主義の時空における、付き合いたての不器用な二人の話です。弓兵さんが乙女チック街道まっしぐら。
■舞台設定がしっかりしていないため矛盾点が多々あるかと思いますがご了承ください。
■ブックマーク・御評価等誠に有難う御座います。涙で前が見えないよアーチャー…

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ランサーと恋人になった。

文字にすると何とも味気ない現状に、思わず苦笑した。聖杯戦争の最中から、立派な小説が一冊書けるのではないかというほどの紆余曲折を経て、らしくない程に己の力量以上の精神力を消費した気がするのだが、こうして幻とさえ思った場所に立った今、不思議と疲れは感じられない。
なんとも考え深いものだなとまるで他人事のように関心しつつ、紫煙を燻らせながら雑誌を眺める向かいの「恋人」を盗み見る。

彼の武骨な指先が優しく項を捲り、時折麦酒の入った透明なグラスを傾ける。

二人だけの夜がこんなにも特別に感じるのは何故だろうか。小説の頁をめくる手を止めて、ひと時の瞑想に溺れる。
―――これが、「恋人」というものなのだろうか。
それは世間一般では、優しく、波間に揺蕩う様に甘やかな時間を共に過ごすことにおいてひとつの意味を得るという。
嗚呼なんて自分たちに似つかわしくない、穏やかな響きなのだろう。
そうだ、自分も、ランサーも、きっとそんなものは望んでいない。確かに己は彼のことを愛している。絶望の果てにありながら、彼の「恋人」になれて心底嬉しいと感じてしまっている。だがその先にあるものがわからなかった。何を望めばいいのかが分からなかった。
しかし、そんなことを気にする必要はないのだろうとも思う。何故ならこれからも、聖杯の気まぐれの許す限りは、ランサーと同じ時を過ごすことが出来るのだから。
それでもう、十分すぎるほどに幸せだ。それが例え馬鹿馬鹿しく幼稚な小説の一ページに過ぎないと蔑まれようとも。

やわらかく透明な空気が部屋を密かに満たし、ランサーが寝床にしている街外れの小さな館は、眠たげに夜風に軋んだ。

先ほどから会話は存在しない。ランサーは兎も角として、己は口数の多い人間とは言えないし、言葉にして愛を紡ぎ合うような柄でもない。
そもそもそんなことは必要ないのだ。
これからもこんなさっぱりとした二人の空気を大切にしてゆけば良い。これが自分たちの在り方だ。そこに甘さや艶やかさなど不要である。
きっと、そうなのだ。

「ランサー、私は先に休むぞ」

時刻は未だ午後十時。本来この身は睡眠を必要とはしないが、聖杯を廻る争いがとりあえず沈静化している現在、マスターからの魔力供給を最低限に抑えるために、眠って力を保つようにしている。明日も早く目覚め、凛の下へ帰り、家事に励まねばならない。ライダーから借りた読みかけの小説を静かにとじて、躊躇いのない機敏な動きでソファーから立ち上がる。そしてランサーの顔を一目見た後、背を向けて部屋の扉の方へと進んだ。
その時だった。

「おやすみ」

背中に触れた、穏やかな音。
それは残酷な程優しい声音だった。思わず歩みを止め、声の方へと振り向く。

グラスを片手に、ランサーは優しい笑みを浮かべていた。
とても甘やかな「おやすみ」に、一瞬訳が分からなくなり、心の蓋が落ちてしまいそうになる。

そんな優しい顔で、声音で、「おやすみ」、など。

偽物の心臓がきゅう、と縮小して、息がつまってしまう。
どうして私のような者にそんな甘い優しさを注いでくれるのだろう。絶望の成れの果て、数えられない程の罪を犯してきた汚い身体である癖に、何度でも、何度でも、縋りついてしまいそうになるではないか。
孤独で成された魂が存在価値を探り足掻いている。ちがう、こんな様では駄目なのだ、と必死に己に言い聞かせる。
情報を固めて創造された、空想上の愛情しか描けない癖に。
そもそも過ぎた願いだったのだ、通じ合えたことに奇跡を感じる程に。

「ああ、」と曖昧な返事をして、すぐに顔を反らした。
そしてそのまま廊下へと続く扉を開けば、冷たい夜の色が視界を占拠した。ひんやりとした空気が此方に手招きをしている。後にした部屋から零れる橙色の柔らかな灯が、滑稽な己の影を成していた。
心がじんじんと哭いている。叶った望みを前に何もできない自分を見て、泣いている。味わったことのない優しい甘さをどうやって咀嚼し、消化すればいいのかわからないのだ。

ゆっくりと扉を閉めて、階段を静かに上る。ランサーが凛から紹介されたこの古い館は、小さな建物故に、二階には寝室がひとつと、狭い物置しかない。
偶然にも、寝室にはベットが二つ、備わっていた。
家主がころころと変わるため(恐らくは魔術協会の関係者の利用施設か)、家具は殆ど備えつけになっていたのだ。よって私が宿泊する際も、寝床の面では問題は無かった。
ニ台のベットはいつものように無言で横たわっていた。
僅かな月光が陰影を生み出し、近づきも離れもしない二つの塊を飲み込む。

―――おやすみ

再びランサーにそう優しく囁かれた気がして、じくじくと痛む死した心臓を取り除いて欲しくて、ランサーがいつも使用している窓際の方のベットへと身体を倒した。
微かに鼻腔を擽る、ほろ苦い煙草の香り。それに混ざって感じる、青い太陽の気配。
平穏を求めて飛び込んだはずのそこは、余計に心を揺さぶった。苦しくて息をすることもままならない。
それなのに、不思議なことにじんわりと湯が湧き出て、全身が包まれるような感覚を得るのだ。優しい彼の気配が、何も気にせずに、何も警戒せずに眠ってしまうことを許してくれている気がした。

(駄目だ、)

何時戦いに身を投じてもおかしくはない自分に、深い眠りなど許されない。罪人である自分に、安息など許されない。
けれどもランサーの微かな香りが、響く声音が、私を暖かな海の中に引きずり込む。
ふわふわとした優しい世界への招待状。
それはとても恐ろしいものだった。抑えて、見て見ぬふりをしてきた自分の奥底の真髄に、気付いてしまうのが怖かった。

「…寂しかったなど、そんな」

「くだらない」と呟いた言葉は、暗闇に吸い込まれてしまった。ぬくもりを知ってしまえば最後、きっともう一人では立っていられないような気がして。
得たぬくもりをどうすればよいのか、空っぽの自分にはわからなかった。

ふわりとした枕に顔を埋めて、ぐちゃぐちゃと撹拌された思考回路の修復を試みる。けれども脳内に響く優しい声音とほろ苦い香りが作業の邪魔をする。
蓋のずれたところから、何かが零れてしまっている。早く、再び蓋をきっちりと閉めなければならないはずだった。それなのに彼の優しい「おやすみ」がそれを妨げるのだ。

(これが、愛されるということなのか?)

重くなる瞼が意識を撹拌させてゆく。酷く臆病な自分には、自問した答えなどわからなかった。未知の安心を前にどうすればいいと怯え叫ぶ心とは裏腹に、全身は甘い幸福感に満ちていた。
ランサーの優しくて暖かな「おやすみ」。
なにも出来ない自分。
だんだんと曖昧になる意識の中で、幸福と不安が混じり合い溶けてゆく。いつのまにか心の蓋は地に落ちてしまった。寂しい落下音が、内側から零れる何かと一緒に弾けた。溜めこんできた何か得体の知れないものが、行き先を求めてさ迷っている。


他人に自分の心を委ねることで得られるものは何なのだろう。罪に等しい理想に焦がれ、ひとり火中を泳いできた己には分からない。
嗚呼だけど、それはとても甘美な気がするのだよ、ランサー。

ずっと知りたかったのかもしれない。孤独から放たれる優しい夜を、甘やかなぬくもりを、私は―――――

 

scared child

(大人のふりをして冷静さを保つのは、どうすればいいかわからないから。本当は彼を独り占めしたいという心を見知らぬふりして踏みつけるのは、拒絶されるのが怖いから。)

Comments

  • 月城 紗弥
    February 7, 2024
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