迷宮鬼ごっこ
ひとまず、今回のお話でリハビリ活動終了です。
前作品たちの、ブックマーク及びアンケートに回答頂いた皆様ありがとうございます。
お楽しみいただければ幸いです。
(一番楽しんでいるのは私です。自重します)
---------------
カレンからガラクタ置き場の掃除を頼まれ、嫌々ながら作業を続けた時、陶器の壺を見つけた。高そうな三〇センチメートルの青花の陶器が埃に塗れていた。この場所が教会と言うことを考えると、場違い感が漂ってすらいる。しかも、ほんの僅かではあるが魔力の流れを感じる。怪しさ満点ではある。
下手に触らない方がいいだろうと、それを避けながら掃除を続ける。ここに弓兵がいれば手っ取り早く片付くだろうにと思う。
――あーでも。あいついると、俺がダメっつーか。いや、俺は駄目じゃねぇけど。あいつが悪いというか、こう。何か、どうしてそうなんだと言いたくなるというか。別に会いたくないわけじゃないけども。ああ。
「ランサー。掃除は終わりましたか?」
珍しくカレンが様子を見にやってきた。
「まだだ」
「あら。そうでしたか。最速と謳うくせに詐欺ですね」
言いながら、カレンは物置を物色し始める。
「最速は移動速度の話だ。つか、わかってて言うなよ」
「これは……」
先ほど見ていた、陶器の壺にカレンが触れ、急に押し黙った。
「なんかあるのか?」
「ええ。まあ……そうですね」
カレンは言いながら、壺の背面に回り、おもむろに壺口をこちらに傾け、蓋を取った。
- 137
- 114
- 3,036
Side アーチャー
壺に吸い込まれた。
突然何をと、私も思う。今起こったことが、何なのか、私にもさっぽりわからない。
ただ、壺に吸い込まれる前に、小僧と凛の「あ。」と言う間の抜けた声が聞こえた。
吸い込まれたその先――つまり、壺の中は、巨大な迷路になっていた。
今、立っているスタート地点と思われる場所が小高い丘になっており、見渡せる範囲の地形が確認できる。そこからわかるのは、から迷路に続く道は五か所の門があり、迷路状に石壁が丘の先に続いていること、他にも小高い丘が幾つかあることと、火柱のようなものが定期的に上がっていることだ。
頭上を見ると、落書きのような空が広がっていた。
それ以外は何もない。
私自身に関しては、服装等の変化はなかったが、霊体化や投影が出来なくなっていた。
――さて、どうしたものか。
「アーチャー、聞こえる?」とパスを通して凛の声が聞こえた。
「聞こえているが、凛。これはどういうことだ。今のところ、私は君を怒らせるようなことをした覚えはないのだが?」
「それに関しては、ごめんなさい。わたしのミスよ。でも、こちらからアーチャーを取り出すことができないのよ」
普段とは明らかに異なる、落ち込んだような声だった。
「どういうことだ?」
「この壺、昨日、教会から送られてきたの……」
絞り出すような声で、紡がれた言葉――「教会」と言うワードで嫌な予感がした。
「昨日……小僧の家にか?」
「そうよ。それで、教会へ送り返したの。だけど今朝、衛宮君の家にまた届いたというから、見に来ていたのよ」
凛は一息つくと、続きを話し始める。
「それで、今回は壺と手紙が一緒に入っていたの。簡単な説明書ね。それによると、壺の中は人数制限がかかっていて、二人以上は入れないみたい。脱出する場合、相手が持っている鍵を交換しないと出られないとあるわ。それから……」
「ちょっと待ってくれ、先ほど君はそちらからでは手出しができないと言っていたが、つまり……入れなかった、と言うことか?」
「え? ええ。そうよ?」
「つまり、私が入るより前に誰かが、既に入っている……と言うことではないのか?」
「……………………あっ」
「あ。」じゃない。
「と、ともかく! 私たちじゃ、どうすることも出来ないわ。早めに、どこかの誰かを見つけて、鍵を交換してよね!」
「お、おい! 凛!?」
唐突に、凛からパスでの通信を切られ、会話は終了した。聞かなければならないことを、まだ聞けていない気がするので、何度か凛に声をかけるも、どうやらこちらからの通話は出来ないようだった。
相手の「鍵」と交換すると言うことは、つまり、私も鍵を持っているはずだが、ポケット等には入っていなかった。と言うより、どこにもない。
――凛。その、手紙は本当に事実が書かれたものなのか?
聞きたい情報は、まだまだある。しかし、通話ができない以上、どうすることも出来ない。ひとまず、肺に溜まった息を吐き出した。
それはそれとして、いつまでも、ここに留まっている訳にもいかない。ひとまず、他の丘へ行こうと考え、石壁を登る。すると石壁は崩れ落ち、地面へ着地させられた。
「マジか……」
思わずつぶやいた。
ズルは出来ない仕組みになっているようだ。
仕方なく、道沿いを歩いていくが所々で、石壁が崩れたり、新たな石壁が出来上がっていたりと、正当な迷路ではない。元より、火柱が上がったりしていた時点で、まともだとは思ってもいなかったが。
歩き始めて三〇分程経った頃だろうか、石壁の反対側から足音のようなものが聞こえた。
「誰か、いるのか?」
問いかけるも、返事は帰ってこない。しかし、ただ足音は聞こえる。
酷く奇妙だ。
暫くの間、足音を聞いていたが、それは唐突に停止した。停止したまま、動く様子は感じない。何より、人の気配がない。
――この壺は、教会から届いた怪しいモノだ。私のような、人間以外が入ることも可能。話が通じる相手、とは限らないか。
ひとまず、その場を後にし、私は道が続く方へ足を運ぶ。
ガタリ――何かの落下音が聞こえた。音は、道の先からのようで、不思議に思いながらも、そちらへ向かうと、火柱が上がる直前だったようで、床に大きく穴が広がっており、火が徐々に上がり始めていた。仕方なく引き返そうとした寸前、反対側の道に人影が横切るのが見えた。
――なんだ?
人影が唐突に戻ってくる。
「アーチャー?」
ランサーだった。彼が、私の名を読んだ直後、火柱が高々と空へと昇って行った。
「くそ! おいッ! 聞こえてっか! アーチャー!」
火柱の吹き出る音に負けない音量でランサーが叫ぶ。
「聞こえている!」
「お前、出口を見なかったか!? いや、入り口でもいい!」
「見ていない! 出口があるのか?!」
ランサーからの返答が無くなった。
「おい! ランサー」
「聞こえてる! お前、ここの事どこまで知ってるんだ!?」
「鍵を交換しないと出られないとは聞いている! しかし、私は鍵を持っていない! そっちはどうだ!」
「お前よりは知っている! 時間がない!とりあえず、お前は木のある丘へ行け!」
「ランサー!?」
火柱の奥の方で、ランサー以外の足音が通過していくのが聞こえた。恐らく、もうこの道に彼はいない。
少なくとも、彼の話を信じるのならば、私よりも多く、ここの情報を持っているのだろう。しかし、問題は「木のある丘」だ。
スタート地点の丘からは、そんな丘を見ていない。ひとまず、先には進めない以上、道を引き返す。
石壁は相も変わらず、崩れたり、突然出来上がったりと道をでたらめに作り上げている。まともに引き返したわけではないが、T字路にて不思議な絵画が飾られていた。
絵には、ピエロが玉乗りをしながら、右手に自身の顔を示す矢印を持ち、左手に「近道」と書いてある。
――怪しい。怪しいのだが、でたらめに歩き続けても仕方がない。しかし、どこに案内しているのか。
ニヤニヤと笑うピエロを見て、そして、諦めた。
考えても仕方がない。ランサーが言っていた「木のある丘」は、この位置からでは発見できない。ならば、まあ、ピエロに騙されても良いかと、矢印の示す方へ進む。
その先は曲がり角があり、見える限り先の分かれ道は全て封鎖が始まっていた。実質、一本道だ。
その間も、隣り合う石壁からは足音が聞こえたが、さして害はないようだった。そのまま、進んでいくと丘に辿り着いた。中に入ってしまうと、全方位に石壁が立ち閉じてしまった。丘の中央には背の低い若木が立っていた。
――一応、「木のある丘」には着いたようだが、これじゃないよな?
ひとまず周囲を見回すと、所々から火柱が上がるのが見えた。最初に見ていたスタート地点の丘が割と近い距離にあり、少し落ち込んだ。結構な距離を歩いていた気がしたにも関わらず、直線距離では大した距離ではなかったことが虚しい。
それ以外の丘が、徐々に消滅と言うのか、背が低くなり、迷宮の一部になっているのが見えた。
また、道なりを見ていくと、石壁の所々に絵画がある。絵はそれぞれ、年老いた紳士、四〇代ぐらいの淑女、若い甲冑の剣士の姿だった。しかし、ピエロの絵画だけはどこにもなかった。
また、足音と思われていたものは、マネキンのような赤い人型だった。石壁や火柱に合わせて、周囲をうろついている。手前にいるマネキンーー正式名称が不明なため、便宜上そう定義しておく――は、ゆっくりと動き回り、時折停止している。それに対して、奥のマネキンたちは、ほぼ同じ方向に向かって駆け足で走っていた。その先頭に、ランサーが最速と言われるにふさわしい速度で駆け抜けていた。
――何をやっているんだ?
思い返せば生前、第五次聖杯戦争を終えて英雄譚を調べた。ギリシャ神話等は、図書館にも一般的に情報が見つけやすく、読みやすかったのを思い出した。クーフーリンの英雄譚は、日本では見つけることが出来なかったが、凛と共に時計台に渡った際には、そう言った資料は大量にあった。
正直に言うと、彼の逸話は面白かった。若くして亡くなったものの、その偉業は尊敬の念を抱いたものだ。こういう形で、本人と対面するまでは。
私の時の聖杯戦争では、彼の人柄を把握するような時間はなかった。二週間という短期間は、確かに酷く濃密ではあった。それはパートナーであるセイバーや、協力関係を持っていた凛達との生活のみで、完全に敵対勢力であったランサーとはあまり関わりはない。
気さくで、飾らず、男らしいと言う、なんとも羨ましい性格は私には眩しかった。だからこそか、彼の傍に居づらかった。そして、何より、聖杯戦争の駒の一つとして「英雄」が使われていることが、心苦しい。
特に私の場合、生前に聖杯戦争を終えて、「これ」がどういったものなのかを知っている。その上で守護者になっている。その為、聖杯からなのかは判断できないが、記憶と発言に制限があったと今ならわかる。
数多くの英雄の中で、「クーフーリン」は私にとっての、「セイバー」に匹敵するほど、特別な存在であった。
――何せ、生前。私は一度、彼に殺されているのだから。それが、今や眼下のマネキンに追いかけられ、逃げ回っているクーフーリンの姿を見ることになろうとは。こういう時、どういう顔をすればいいのか、わからない。
背後に気配を感じて振り向くと、いつの間にか、若木が成長していた。その木をよく見ると、何やら文字が刻まれている。
――何だ?
Side ランサー
弓兵と別れた後、追ってくる赤い人型が増え始めたことに気が付いた。
「何なんだよお前ら!」
こう、いつまでも走り続けるのは、不利だと気付きながらも、どこへ曲がっても、しつこいぐらいついてくる。このままでは、いづれ体力が尽きるだろう。
現マスターであるカレンの話では、壺の中はそれほどハードではないと聞いていたが、何だこれは。しかも、脱出方法は――考えたくもない。
とにかく、安全地帯に逃げ込まなければ、このままではいづれ人型に追い付かれる。
目の前の壁に、不気味な女の絵が現れた。手には扇と紙が握られている。紙には「第一問。貴方の思い人がよく身に着けている色は何色? 右・赤色。左・青色」と記載されている。
「ああ?!」
瞬間的に、赤い色が脳裏にチラつき、右へ曲がる。それと同時に、石壁が背後に現れ、人型が見えなくなった。
安心とまではいかないが、一息つくことはできた。
周囲を確認するも、弓兵に告げた「木のある丘」は見えなかった。その丘に、中に入った二人が揃えば、出口が出現すると聞いている。もっとも、嘘かもしれないが。
なんせ、カレンは相当なサディストであり、「他人の幸福は無性に潰したくなる」タイプの女だ。正確な情報を俺に提供しているかはかなり怪しい。
――何より、この壺の存在そのものが胡散臭い。
取りあえず、安全なうちに移動するため、道なりに歩いていく。割とすぐ先に、分かれ道が現れた。今度も絵があり、ふくよかな中年女性が描かれていた。手に銀杯を持ち、標識の後ろに立っている。標識には「第二問。奥様のことは今でも愛していますか? 右・いいえ。左・はい」
「…………はあ」
俺は当たり前に、左へ進んだ。そのまま三メートル先に十字路があり、右へ曲がると突き当りに、甲冑を着た若い兵士の絵があった。右手に剣、左手に板を持っている。「第三問。貴方が愛するのは奥様一人である。右・はい。左・いいえ」
そのまま右へ曲がると、動いていない人型に遭遇した。T字路の左側に立っており、動くなよと思いながら、右へ逃げる。一定の距離を確認して、振り返ると人型がこちらに向かってきた。
「はぁああ?!」
再び、人型との追いかけっこが始まった。
走り始めてすぐに、年老いた男の絵が見えた。
――あの絵の回答で人型が増えたり減ったりしてんのか。
次の問いは「貴方の思い人が得意なことは? 右・料理。左・裁縫」とあり、俺は左へ曲がった。人型が増えた。
「おいおいおいおい!」
理不尽な人員増加に焦りながらも、そのまま、道なりをぐねぐねとカーブした。その先の若い兵士の絵が「奥様に何か謝罪することはありますか? 右・はい。左・いいえ」は左へ曲がる。人型が剣を携えて向かってくる。
「おかしいだろ!」
さらに続く道には、紳士の絵があり「貴方の思い人はこの壺の中にいますか? 右・いいえ。左・はい」と書かれており、思わず立ち止まった。
――この中にいるのは、俺と弓兵だけだ。
嫌な汗がジワリと染み出てくる。
人型は結構近くに迫ってきている。考える時間はない。
――くそッ!
俺はそのまま、左へ曲がった。人型の走り方が早歩きに変わり、減速する。基準がわからない。
そこから先の質問は、まず「貴方のお子様は奥様の子でしたか? 右・いいえ。左・はい」で左を選び、人型の数が減った。道を進み次に「貴方のお子様を生んだ女性に謝罪することはありますか? 右・はい。左・いいえ」も左を選ぶ。進むべき道と退路に火柱が立ち、暫くの間身動きが取れず、人型との距離が縮まった。そしてその先で「貴方は敵対する相手が、例え思い人であっても殺せますか? 右・はい。左・いいえ」とあり迷わず、右へ曲がった。人型の人数が減った。その後の問いは「貴方から奥様に伝えなければならないことはありますか? 右・いいえ。左・はい」に対して、左へ曲がり人型の人数が増えた。
そこから暫くは変な質問はなく、ただ走り続けていた。人型は相も変わらず、地道に俺を追ってくる。そして、気が付けば「木のある丘」の近くにまで来ていた。そこから急に、老紳士の絵が現れ「貴方の思い人はどちらの性別ですか? 右・男性。左・女性」と記載がされている。
「~~~~ッ!」
俺は――右へ曲がった。
その先にあったのは、微笑む淑女の絵だ。質問の内容は「貴方の思い人はどちらの武器が得意ですか? 右・槍。左・弓」で、俺は思わずその絵に拳を叩きつけた。迷うことも出来ず、左に曲がる。
そして、「最後の質問です」と書いてある、ピエロの絵が見えた。今度は何だと思いながら問いを見る。「貴方が今恋しいのはどちら? 右・今この壺の中にいる貴方の思い人。左・貴方の最愛の奥様」と書いてあった。俺は一度目を閉じた。
Side アーチャー
木々は徐々に成長していき、随分と巨大な大木へと変貌した。
その幹には、自動的に刻まれた質問と誰かの回答が増えている。
――何と言うか。浮気男が反省もなく、妻に悪びれることもなく、浮気相手を作っているというか……。いや。これ、どこかで読んだことのあるような……?
不自然な既視感を感じつつ、徐々におかしくなっていく質問を見続けた。そして、十問を過ぎたころだろうか。妻がいるということから、回答者は男性だと思うのだが、思い人が男性となった。
――ん?
次の質問には、得意武器が「弓」と回答欄が更新された。
――武器?
そして、最後の質問と回答が出揃った時、思わず昔の口癖を呟き、立ち尽くした。他人の気配がして、振り返ると息切れしたランサーが私を見て地面に崩れ落ちる。
「あーッ! くそッ!」と言いながら、片手で額から目の部分を覆っていた。
「ランサー……?」
「悪い。いや、ちげぇ。何なんだろうな。ホント」
私が立ったままと言うのもあるが、彼が俯いたままでその表情が見えない。ただ、声に力がなく、落ち込んでいるように見えた。
「伝える気はなかった」
聞こえてきた言葉が理解できず、返事を返さなかった。
「どうなりたいとか、そういう気もなかったんだ」
「それは……どういう意味だ?」
「それ読んでんだったら、わかんだろ」
ランサーは苛立った声で唸る。
「しかし……曖昧すぎるというか、君が私を好きと言うのが納得できない」
「~~~~この際、言っちまうとな。俺の真名当てただろ? あんときから気になってた」
「……失礼。覚えていないのだが……」
「だろうな。でも、俺にはあんだよ。そんで、そっからずるずると、何度も会いに行ってるうちに……あーもういいだろ」
ランサーの声が柄にもなく沈んでいる。
「わかった。この話は、ここまでとしよう。それで、どうやってここから出る……」
「アーチャー」
言い終わる前に、ランサーに遮られた。
「なんだ?」
「その、なんだ。……好きだ」
「? ああ。聞いた。」
「じゃなくてだな!」とランサーが怒りに似た表情で、立ち上がった。思わず後ずさりかけるも、近寄ってきたランサーに両肩を掴まれ退路を断たれた。心なしか、ランサーのこめかみに血管が浮いている気がしている。
「お前は?」
「え?」
「俺はお前と付き合いたい」
頭が真っ白になった。尊敬はしている。少なくとも、英雄として。しかし、あの木に書かれた内容を思い出すに、微妙な気分になる。
「俺のことが嫌いか?」
「それは、ないな」
「なら。付き合え」
「……は?」
「分霊の記憶は座に帰れば、記録となって引き継がれるわけじゃねぇ。もし、また分霊同士が出会っても、出会ったことを認識していなければ、この現界での記憶はないのも同じ」
「ああ。そうだな」
「試しに、俺と付き合ってくれないか?」
「試しって、君……」
思わず言葉をなくす。男に告白するのもそうだが、試しに付き合えというのは、なんだかあまりにも必至過ぎる気がした。
「おう。何だよ?」
「き、期間は?」
「そうだな……何日ぐらいなら、付き合えそうだ?」
赤く輝く獲物を定めた獣の瞳が、その開いた瞳孔にゾクリと肌が泡立った。奇しくも、あの日――私が一度死んだ日と同じ眼だった。
――ああ。これは――逃げられそうにない。
「そうだな。先ずは、一週間」
そう呟いたときに、抱きしめられて唇を奪われた。と、同時に、壺が私たちを吐き出した。
外に出た瞬間。大の男が二人、キスをしている状況を、壺の外で待っていた凛達に見られて一波乱あったのは別の話。
これは壺である。
この壺は、無自覚な恋心を愛に変える魔法の壺である。
使用方法は、壺の蓋を開けるだけである。
貴方の周りに、あまりに進展のない恋心を抱いたものはいないだろうか?
破綻でも、進展でもいい。むず痒い、じれったいそんな醜態をずっと見ていたいとは思わないだろう?
この壺は、そんな人々の願いの集大成だ。
そんな人物に向かって、壺の口を向けて蓋を開けるだけで、その者は壺へ収納される。。そして、先に入った人物の思い人が、自動的に次に回収されるようになる。
壺は、残りの一人を呼び入れるまで、壺から出入りは出来ない。また、壺は残りの人物がいるであろう場所へ、勝手に移動し、半径一メートル以内にその人物がいた場合収納する。
壺の中は、巨大な迷宮になっており、中に入った二人でその迷宮を攻略するようになっている。恋が実れば、二人は同じ出口で脱出できる。もしもその中で、二人が仲たがいすれば、出口は別々になり、破局と言う形で恋は終結する。
注意事項としては、使用しない場合は、必ず蓋を閉じておくこと。さもなければ、半径1メートルに存在する者を中へ閉じ込めてしまう。
また、悪戯目的での使用は、壺の不況を買い大変危険であるため、絶対にしないでもらいたい。
悪戯と判定を受ける場合は、以下のとおりである。
その一、最初に入った者の恋が、既に実っている場合。
その一、最初に入った者の思い人が二人以上いる場合。
その一、最初に入った者が、相愛する相手の思いを図るための場合。
その一、最初に入った者が、恋心を自覚しており、思い人が巻き込まれた場合。
※ただし、巻き込まれた人物は、どのような場合でも被害者に当たり、救済処置が取られる。
悪戯目的の場合、迷宮の難易度は格段に上がる。しかし、いずれの場合も、迷宮を攻略すれば脱出は可能である。
この壺は、他人の恋を叶える壺である。
END