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赤い目に隠された秘密【槍弓】/Novel by 朱海

赤い目に隠された秘密【槍弓】

3,605 character(s)7 mins

お題サイト【反転コンタクト】様(http://nanos.jp/contact/)のお題【100のカクテル】より。時間軸とかその辺は気にしない方向で。
迎え酒とか二日酔い後の栄養補給とか色々ありますが、お酒は飲みたい時に飲みたいものを。//閲覧、評価、ブクマありがとうございます。

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「ランサー、生卵は好きかね?」

キッチンから聞こえた内容に訝しみながら、否、と返す。
日本の朝食で白米に生卵と醤油、というシンプルなものがあるようだが、(幾らサーヴァントの強靭な消化器と無敵の免疫力があると分かっていても)生粋のケルト人であるクー・フーリンには卵の生食というだけで抵抗があった。
どこぞのイングランドの王はその辺りは気にしないようだが、あっちが異常なのだ、と常々思っている。
この現代日本と比較した故郷の食文化、こと味付けの貧相さに関して、彼女の気持ちは痛いほど分かる。分かるのだが、マスターの小僧の供する料理は安全で美味なものであるという刷り込み、思い込みは些かばかり度が過ぎてはいないだろうか。
己が釣り上げた生きているタコを見、話の流れでタコ焼きの中身を知って「悪魔を食べてしまった」と騒いでいたのは記憶に新しい。

芋蔓式に記憶を引っこ抜いていると、先程質問してきた家主が、両手にドリンクを持ってクー・フーリンのいるリビングに戻ってくる。そのうちの片方はビアグラス。アルバイト先の酒屋で、日当のオマケとしてクー・フーリンが貰ったものだ。風呂上りに缶から直接飲むビールも美味いが、これに注ぐだけで高級感が出るから現金なものである。
しかし、今そのグラスになみなみと注がれた液体はーー

「……なんか、赤くねーか?」

そう、ビールというには随分と物騒な色をしている液体だった。
しかも、何か刺さっている。クー・フーリン自身の記憶が正しければ、あの形状はセロリと呼ばれる野菜では無かったか。

「いやなに、いつもギネスばかりというのもどうかと思ってな。たまにはこういう変り種も良かろう」

目の前のローテーブルに置かれたそれに目を眇め、とりあえず鼻を寄せて匂いを嗅いでみる。当たり前だがどうやら血の匂いでは無いようで、胸を撫で下ろす。
隣に腰を降ろした弓兵の笑いを堪える気配は、この際無視することにした。

「ンだこれ、辛いような酸っぱいような……ああでも、ビールの匂いもするな」
「君の嗅覚の鋭さは、いつも賞賛に値するよ」

ついに笑いを堪えきれなくなったらしい。憎たらしい弓兵は、声を震わせながら丁寧な薀蓄を聞かせてくれた。
曰く、これはレッドアイという名のビアカクテルだそうだ。
使用するスパイスは好みによって様々だが、初めて目にするであろうクー・フーリンのために、タバスコと塩胡椒というオーソドックスなものにしたとか。
なるほど、微かな刺激臭はタバスコか、と納得する。トマトジュースを使っているなら、この色になるのも頷けた。

「へえ、ビールもカクテルになるのか。人間の飽くなき探究心ってやつだな」

グラスを様々な角度から眺めていると、相手が自分用に持ってきたグラスを軽く持ち上げる。ガラス同士のぶつかる澄んだ音と共に、普段であれば一気に半分ほど空けてしまうグラスを一口だけ、味わうように含んでみた。

「……美味い」

舌に残るビールの苦味とトマトジュースの重みのバランスは絶妙で、塩気と香辛料が丁度良く味覚を刺激する。なるほど、癖になる味だ。

「お気に召したかね?」
「ああ。いつものスタウトも良いが、こういうのもたまにはな」

舐めるようにちびちびと杯を干していくクー・フーリンの目の前に置かれた器は、チキンのトマト煮。
すっかり使い慣れた箸で、一口大に切り分けられた鶏肉を頬張った。ハーブソルトを馴染ませた胸肉と、南瓜やピーマン等旬の野菜を一緒に煮込んだそれの味付けは必要最低限のもので、素材の味を十分に活かした甘みがある。

「んーーーこれも美味い!」
「そうか」

褒められて満更でも無いのか、弓兵の表情も珍しく険が取れている。添えられたセロリを齧っていると、ふと彼の前に置かれた飲みかけのグラスが目に入った。

「お前は、何飲んでンだ?変わった色だな」

ロングドリンク向けの円筒形のグラスに、ミルクセーキのような乳黄色の液体。だが、弓兵が甘いドリンクを好んだだろうか、とクー・フーリンは首を捻る。
指を添えたグラスを揺らすと、カラリと氷のぶつかる音が響いた。

「これはロイヤル・フィズと言って、ジン・フィズに全卵を加えたものだよ」
「ぶっ…!」

受け取って試しに一口舐めてみると、不意にそんなことを言われて吹き出しそうになる。それを辛うじて堪えて突き返すと、クツクツと喉を鳴らして笑う声が聞こえてくるのが悔しい。冷や汗を抑えて、口に微かに残ったそれを舌の上で転がした。
見た目に反して甘さは然程感じない。シェークされた卵がレモンの酸味をまろやかにしていて、思いがけず口当たりは良かった。彼は普段から、水割りやこのようなフィズを始めとした、度数の高くないカクテルを好んでいたことを思い出す。

「君に黄身の有無を聞く前に卵を割ってしまったのでな。無駄にするわけにもいかないので、私の方に使ってみたというわけだ」
「え、普通は入れるモンなのか?生卵」
「本来のレシピ通りならな。実際は、比重の関係で底に沈んでしまう黄身を最後に飲み込むのを嫌って、入れないことが多いらしいが……」

口振りが引っかかる。その一般的でないレシピが、逆に彼にとっては当たり前だったのだ。

「……ランサー?」

ビールの苦味を好まない彼が、癖になってしまうほどビアカクテルを作り慣れている意味。彼の生前を考えれば、行き着く答えは自ずと絞られる。
世界の機能の一部となり、数えきれない凄惨な経験によって記憶を削られてなお無意識に行ってしまうそれに、弱いアルコールを流し込んだ腹が熱くなる。

「(……つーか俺の時代ならともかく、現代人が十やそこらのガキに酒まで作らせてんじゃねー!)」

クー・フーリンとて現代における年齢の常識くらい心得ている。子供は大人に守られるものだし、お酒はハタチになってからなのである。

「俺は、絶対入れねーから」
「ーーそう、か」
「そうだよ、覚えとけ」

厚い筋肉に覆われた肩に触れ、目を合わせる。グレーとも茶ともつかない、不思議な色合いの瞳。
普段の油断ならない眼光とは違う無防備なそれに眩暈を覚えるのと同時に、英霊として成人男性として、その奇妙な幼さが心配になる。

「(いや、これは心を許されてると思えば良いのか?)」

悶々と考えを巡らせていると、弓兵は深いため息を吐き出した。呆れの色を滲ませるそれに、眉を寄せずにはいられない。

「分かった、分かったから視線に魔力を込めるのはやめてくれないか。幾らサーヴァントとはいえ私の対魔力は高くないのだ。ライダーのそれは勿論、君のような神代の英霊にそのように見つめられては」
「は……?」

その言葉に、クー・フーリンの方が衝撃を受けた。己はあの蛇姫のような神秘レベルの特異体質は持っていなかった筈だが、無意識に魔力を垂れ流していたと?

「……いや、俺ぁ魔眼持って無いし、そもそもお前一工程無効化するじゃねーか。幾らお前の生前が現代の魔術師でも、普通の魔眼くらい弾くだろう。『サーヴァントなんだから』」
「…!?」

今度は、自分の言葉の意味に気付いたらしい相手が呆然とし、すぐに赤くなる。色濃い肌色でも何となく分かってしまうのだから、相当なものだ。ーー彼にしてみれば、それも当然なのだが。
何せ、魅了に掛かっていると自己申告してしまっている。今更言い逃れは出来ないし、普段クー・フーリンに対してつれない態度を取るこの男にとっては、羞恥死で座に還るレベルだろう。あ、とかう、とか、最早口から出る呻きは意味を成さない。

「そうかそうか、魔眼だと勘違いするくらい俺に夢中なわけだな。対魔力Dの弓兵さんは」
「う、うるさい……!」

頬に手を滑らせると、フイと視線を逸らされた。しかし払い除ける気はなさそうなのが好都合だ。
アルコールに濡れた唇を、思い切って奪う。舌でこじ開けようとすると流石に抵抗されたが、肩を押し返す力は弱い。

「ん、ふ……ぁ」

あまり虐めるのも忍びなく、早めに解放してやる。これ以上雰囲気が盛り上がっては、折角彼が作った酒も料理も無駄になってしまうので。

「魔力を込めたつもりは無いが、ちゃんとお前には伝わってるようで何より」
「……っ」

諸々を誤魔化すようにグラスを呷る弓兵に笑いかけながら、温くならないうちにとクー・フーリンも杯を干す。
残暑とはいえ、窓から入り込む風は一時期よりずいぶん温度を下げ、秋の気配を感じさせた。


【了】

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