1934年、マグニチュード8.0の地震がインド東部を襲った。数千人が死亡し、複数の都市が壊滅的な被害を受けた。興味深いことに、その後まもなく、最悪の被害を免れた地域でさらに大きな災害が迫っているという噂が広まった。
50年代初頭、ミネソタ大学の若き米国人心理学者レオン・フェスティンガーはこれらの噂について読み、頭を悩ませた。フェスティンガーには、人々が自ら進んで不安を引き起こす考えを受け入れるとは思えなかったのだ。むしろ、これらの噂は「不安を正当化する」ためのものとして説明できると考えた。
人々は地面の揺れを感じ、恐怖に圧倒された。その恐怖と「助かった」という事実が、心のなかで釣り合わなかった。だからこそ、自分の恐怖を裏づける予言を受け入れたのだろうと。
のちに広く知られる認知的不協和の理論を打ち立てようとしていたフェスティンガーは、人は矛盾に直面すると強い不快感を覚え、その不快さを軽減したいという欲求に駆られると主張した。その結果、人は自分の見解を書き換えることもあれば、自分の信念と一致しない情報を誤解したり拒絶したりすることもある。あるいは、自分と同じ考えの人々を探し求めたり、異なる考えの人を説得しようとしたりする。
「自分の考えを絶対的に信じている人を変えるのは難しい」とフェスティンガーはのちに書いている。「反対だと言えば、その人は背を向ける。事実や数字を示せば、情報源を疑う。論理に訴えれば、論点を理解しない」。認知的不協和という概念によって、人々が非合理的で頑固、近視眼的な選択をするのは、実は心理的苦痛を軽減しようとする試みなのだと説明できたのだ。
『予言がはずれるとき』
54年、自らの理論を洗練させようとしていたフェスティンガーは、不協和の効果を観察するまたとない機会に出くわした。シカゴで結成された小さなグループ「シーカーズ」が、北米を水没させる大洪水が起きるというメッセージを宇宙人から受け取っていると新聞が報じたのだ。そこでフェスティンガーは、ふたりの同僚と数人のアシスタントと共に潜入調査を行なった。
56年、フェスティンガーを含む3人の研究者は影響力のある著書『予言がはずれるとき』で、シーカーズのメンバーは予言を全面的に信じており、なかには仕事を辞め、貯金を使い果たした者もいたと記している。フェスティンガーらによると、洪水が起こらず宇宙人も現れなかったとき、シーカーズは認知的不協和を経験し、それを軽減するために信念にさらに固執し、布教活動を強化した。これは他者を自分たちの見解に同調させようとする試みだと考えられた。
「彼らの調査結果は、決定的とまでは言えないが、説得力あるかたちで仮説を裏づけている」と米国社会学会(ASA)の公式ジャーナル『American Sociological Review』の書評者は書いている。57年、フェスティンガーは『認知的不協和の理論』を出版し、不協和を解消するために人がとる行動について、実験室で行なった研究を発表した。
彼の理論はいまも大きな影響力をもっている。「認知的不協和の話が出てこない心理学入門講座はほとんどありません」。そう指摘するのは、心理学系メール配信サービス「Experimental History」を執筆しているアダム・マストロイアンニだ。環境保護主義者が肉を食べる理由や、一部のトランプ支持者が大統領とジェフリー・エプスタインとのつながりを軽視する理由などを説明するのにも、認知的不協和という概念が使われてきた。
先月、アリアナ・グランデを過激なファンから守ろうとして映画『ウィキッド』の主演女優シンシア・エリヴォが駆け寄ってアリアナを守ろうとする様子をからかうミームがSNSで拡散した。ミュージシャンのSZAはこの状況にすぐさま反応し、わたしたちはいずれこれらの投稿を見返して認知的不協和を経験することになるだろうと語った。
ところが最近になって、発端となったシーカーズのケーススタディそのものが、ある種の不協和に直面している。ミシガン州アナーバーのベントレー歴史図書館にはフェスティンガーのアーカイブが所蔵されているが、彼と同僚との通信、研究ノート、電話の書き起こしなどを含む資料の箱は、2024年までフェスティンガーの妻トルーディの要請により封印されたままだった。
25年にファイルが公開されると、政治学者のトーマス・ケリーは、表向きは中立的な観察者だったはずのフェスティンガーら研究者が、実際にはシーカーズの活動に深く介入していた事実を発見した。最近発表された査読付き論文でケリーは、3人の研究者に加えて少なくとも5人の有給調査員が潜入調査に関与していたと指摘している。
しかも、シーカーズの集会のいくつかでは、参加者の半数以上が潜入調査員だった可能性がある。ある研究アシスタントは洪水の夢を見たふりをし、霊的なメッセージを受け取ったと装った。フェスティンガーの共著者のひとりであるヘンリー・リーケンは、グループの指導者たちから尊敬されていた。
洪水が来なかったとき、リーケンがもっと強く信じるようシーカーズたちを励ましたことは間違いないと、ケリーは25年11月にわたしに語った。「これは正統的な研究と評価されていますが、実際には逆なのです」とケリーは言う。「新しい宗教と社会心理学の発展について、人々を誤解させています」
認知的不協和を示す実験
『予言がはずれるとき』を共著してから数年で、フェスティンガーの名声は高まった。1959年の研究では、彼と同僚はスタンフォード大学の学部生に極めて退屈な作業をさせた。「糸巻きをトレイに載せたり降ろしたりする」「ペグボードのペグを回す」といった作業だ。その後、次の参加者にその作業は楽しかったと伝えるよう指示し、その報酬として1ドルか20ドルのいずれかを支払った。
メッセージを伝え終えた学生たちに、その課題についての本当の感想を尋ねると、奇妙なことに、1ドルしか受け取らなかった学生のほうが、20ドルを受け取った学生よりも作業を楽しかったと評価した。
プリンストン大学の心理学者ジョエル・クーパーは、学部生のときにこの研究論文を読んだ。その内容にあまりに驚き、地下鉄の駅を乗り過ごしてしまったほどだ。「当時の心理学の分野では想像もできなかったことです」とクーパーは言う。当時は、人はパブロフの犬のように報酬に基づいて反応するという説が支配的だった。だがこのケースでは、より多くの報酬を受け取った人のほうが作業を気に入らなかったと答えたのだ。
フェスティンガーはこの現象も認知的不協和理論で説明できると考えた。20ドルの報酬を受け取った人は、仲間の参加者に嘘をついた理由を正当化できた──報酬をもらったから嘘をついた、と。対照的に、わずか1ドルしか受け取らなかった人には嘘をつく十分な理由がなかったため、より大きな認知的不協和が生じた。それを解消するために、タスクに対する意見を変えたのだとフェスティンガーは主張した。
59年に行なわれた別の研究では、フェスティンガーのふたりの学生、エリオット・アロンソンとジャドソン・ミルズが、人はあるグループに加入する際に不快な経験をすればするほど、あとになってそのグループを好きだと主張する割合が高まると報告した。人はメンバーになるために耐えた通過儀礼を正当化するのだと、アロンソンとミルズは推測した。このように、認知的不協和を用いれば、直感に反するさまざまな行動をすっきりと説明できるように思えた。
シーカーズのリーダーはドロシー・マーティンという54歳の主婦で、オカルト集団やサイエントロジーのグループに出入りしていた。54年8月、マーティンは12月21日に洪水が起こると語り始めた。その年の秋、フェスティンガーと同僚たちはマーティン率いるシーカーズに加わった。
当初、マーティンは宇宙人が12月17日の午後4時に自分たちを救いに来ると言っていた。その後、迎えの日時は18日の深夜に、さらにクリスマスイヴへと変更された。そしてシーカーズは、自分たちの行動が「あまりに多くの光を拡散させた」ため洪水は中止になったと主張し始めた。研究者らの記録によれば、グループはマスコミにはたらきかけて布教活動を強化した。
研究者に操られたカルト集団
政治学者のケリーは、数年前に個人的な関心から『予言がはずれるとき』を読んだ。そして、その単純な結論に違和感を覚えたと、わたしに語った。自身の研究を通じてケリーは、人間は複雑な存在であり、政治体制が崩壊したあと、頑固になることもあれば、素早く信念を捨てることもあると示してきた。
2023年、ケリーは家族の住んでいるアナーバーを訪れた際にフェスティンガーのアーカイブを閲覧した。これまで封印されていた箱の存在を知り、25年5月にその内容を読むために再びアーカイブを訪れた。そこで見つかったものに、ケリーは動揺した。
文書から、マーティンの信者を装った研究者たちが、終末が来るという考えをより強く信じるようにシーカーズを誘導していた可能性がうかがえる。マーティンは突然新しい信者が現れたことに大きな意味を見出していた。
共著者のひとり、スタンレー・シャクターはこう書いている。シーカーズに属するある医師が「この瀬戸際になって何の前触れもなく運動に惹かれて人々がやってきたことに明らかに感銘を受けていた……まずい! われわれがシーカーズたちの確信を強めてしまった!」
マーティンは共著者のひとりであるヘンリー・リーケンを「ブラザー・ヘンリー」と呼ぶほど気に入り、本人に向けて「お気に入りの息子」と言ったとされる。リーケンは、自分なら「運動を乗っ取ることができた」と書いている。
洪水が来なかった決定的な瞬間、リーケンはマーティンを激しく非難し、愚か者呼ばわりした。マーティンの家の外で、医師のチャールズ・ローヘッドが信仰が揺らいでいるとリーケンに打ち明けた。リーケンはローヘッドをなだめるために、信仰を示してほしいと頼んだ。ケリーが論文で述べているように、「ローヘッドは信仰を守ることの重要性について感動的なスピーチを行ない、リーケンはそれをフェスティンガーの認知的不協和理論の裏づけと解釈した」
スピーチのあと、リーケンは自分も信仰を取り戻したと語った。安心したマーティンは、洪水が回避された理由を説明する霊的メッセージを受け取り、人々に伝えた。リーケンはグループ内での特権的な地位を利用し続けた。自分は「地上の検証官」であり、各人にインタビューして宇宙人に報告する義務があると主張した。「ヘンリーはでたらめを積み重ねて心ゆくまで楽しんだ」とシャクターは書いている。
ケリーはまた、シーカーズがメッセージを拡める努力を倍増させたというフェスティンガー、シャクター、リーケンの主張にも疑問を抱いた。予言が外れる前から、医師のローヘッドは宇宙人について公に発言していたため、ミシガン州立大学の保健センターでの職を失っていた。ローヘッドはマーティンとともに雑誌に記事を書いていたし、グループはジャーナリストにプレスリリースも送っていた。さらに、マーティンは地元の子どもたちにも布教活動を行なっており、PTAを不安にさせていた。
再現実験の失敗
ほかの研究者たちも『予言がはずれるとき』の背後にある理論を検証しようとした。
1962年、ある研究チームが「チャーチ・オヴ・トゥルー・ワールド(真理の言葉教会)」を調査した。このグループは核の惨事を予言していたが、予言どおりの終末が来なくても活動を続け、信念も変えなかった。「理論は明らかに間違っている、あるいは不完全である」と著者らは記している。
83年には、やはり起こらなかった核戦争を予言し、千年至福説を信じる「バハイ派」の研究が行なわれた。その報告によると、この宗派は「信仰が大きく揺らいだ」末に最終的に活動を停止した。
認知的不協和理論は2024年にもつまずいた。80年代の研究を再現する試みとして、39の研究室に所属する心理学者チームが約5,000人の大学生に学費値上げを支持するエッセイを書くよう求めた。もちろん、実際には学生たちは反対する立場にあると考えられていた。
一部の学生は値上げを支持する立場を取ることを強制されたが、ほかの学生は自分で決めることが許された。認知的不協和理論が正しければ、自発的にエッセイを書いたグループの学生のほうが、学費に関する自らの意見を変える可能性が高いはずだった。強制されたわけではないため、信念に反するエッセイを書いた理由を正当化できないからだが、意見を変えた学生の割合は両グループでほぼ同じだった。研究者たちは有意な違いを検出できなかった。
認知的不協和を研究する学者の一部は、これらの結果に疑問を呈している。ブリティッシュコロンビア大学の心理学者スティーブン・ハイネは、再現実験に参加したすべての研究室が研究デザインで求められた厳密なプロトコルに従っていたのか疑問視している。
プリンストン大学のクーパーは、研究室間に見られるばらつきを指摘する。例えば、すべての学校が学費を徴収していたわけではなく、一部の学生は別のテーマについて書いていた。「ひどい調査でした」とクーパーは言う。
一方で、ティルブルク大学の社会心理学者であり研究の共著者でもあるウィレム・スレーガースは、理論の初期の支持者たちも自分たちの主張を裏づけるために、とてもよく似た実験デザインを用いていたと指摘する。認知的不協和が本当に行動に影響するなら、その影響の証拠を「見つけられるはずでした」とスレーガースはわたしに語った。「でも見つからなかった。だからわれわれは認知的不協和に対する信念をアップデートすべきです」
理論の信念をアップデートする
認知的不協和という概念が魅力的なのは、わたしたちが認識できる状態に名前を与えてくれるからだ。わたし自身もそれを感じたことがあるし、他者にそれを見たこともある。人々がそれに直面したとき、何らかの反応をするというのは直感的に正しいように思える。
政治学者のケリーは、不協和という感覚そのものは本物だと考えている。だが、それに対する人々の反応は、理論が説明するよりも断片的だという。この理論には予測力が欠けているとスレーガースは主張する。「まだとても曖昧です」と彼はわたしに語った。
ケリーの調査によって、55年にマーティンが自らの主張を撤回し、文字どおりUFOが現れて人々を救うことを期待したことは一度もなかったと語っていたことが明らかになった。それでもマーティンは、その後も複数のオカルトグループに関わり続けた。ケリーは、マーティンが洪水についての布教を強化したわけでも、超自然的な確信を捨てたわけでもないと結論づけている。
彼女の多岐にわたる信念の変遷を、認知的不協和理論だけで本当に説明できるのだろうか? フェスティンガー自身もこう書いている。「不協和の概念があまりにルーズに使われ、あらゆるものを包括するようになって意味を失ってしまうとしたら、それは実に残念なことだ」
オープンエンド型で設計された認知的不協和研究では、参加者はさまざまな方法で不快感を和らげるように見える。24年の研究では、ドナルド・トランプ大統領が性的な不正や違法行為に関与していたという疑惑について、大統領の支持者たちに尋ねた。
主張を嘘として退ける人もいれば、大統領の性生活には興味がないと言う人、あるいはすべての大統領が「大衆が知らない不正な活動」に関わっていると主張する人もいた。もうトランプ大統領を支持しないと言ったのは少数だった。
おそらく、支持者たちは皆、認知的不協和を軽減しようとしていると考えて間違いないだろう。だが、人々がどのように行動するかを予測できないのであれば、それは人間の行動の理論として有効と言えるのだろうか?
人間は合理的に説明しようとする
24年11月中旬、わたしはフェスティンガーの教え子で、通過儀礼と不協和に関する研究を行なったアロンソンに電話をかけた。現在93歳のアロンソンは、理論がかたちづくられた当時、フェスティンガーの周囲にいた数少ない存命者のひとりだ。1957年のセミナーで、アロンソンはフェスティンガーの「知性、熱意、そして辛辣さ」に感銘を受けた。フェスティンガーは厳しい指導者だった。アロンソンは彼の研究助手となった。
アロンソンは、不協和を軽減する方法が多数あるという考えに同意した。では、人がどの戦略を選ぶかはどうすればわかるのだろうか? 初期の実験はその問いに答えるようには設計されていなかったと、アロンソンは言う。「『選択肢がある状況で、人はどの道を選ぶか』を調べていたのではありません」と彼は説明する。「『認知的不協和は存在するのか、そして人はそれを軽減するのか』を調べていたのです」
アロンソンは、『予言がはずれるとき』は統制された実験室ではなく、あくまで観察研究であり、そのため彼自身もこれまで、認知的不協和に関する説得力の弱い研究例とみなしてきたと語る。それでもなお、この理論は人間行動を理解するための有益なツールであり続けると主張する。
人間の行動──奇妙で頑固な行動でさえ──が報酬への自動的反応以上のものであることを示した点が、この理論の功績だという。人間は熟慮する存在であり、UFOを待っているときでさえ複雑な認知プロセスに従事する。
「たとえ、あの終末カルト集団のどれひとつとして布教を強化していなかったとしても、理論そのものが覆ることはない」とアロンソンは言う。数多くの実験室研究が認知的不協和の理論を指示しているため、『予言がはずれるとき』に関する新たな発見があったいまも、アロンソンの見解は揺らいでいない。
わたしはアロンソンに、人がどんな選択をした場合も、その理由を不協和で説明できるのなら、この理論はどうやって反証できるのかと尋ねてみた。「どんな理論でも、反証するのは難しいものです」と彼は答えた。
60年代半ばまでに、フェスティンガーは研究の焦点を認知的不協和理論から視覚研究へと移し、最後には人類学にたどり着いた。だが、人間の行動という点に関しては、彼の直感が一貫していたことを示す手がかりがある。
アーカイブには、ワルシャワの正統派ユダヤ人家庭で育った彼の父親が15歳のときに街へ出てハムを食べた記憶を書き留めた手書きのメモが残されている。父親は、ユダヤ教で禁じられている食べ物を口にしたら神が罰するのかどうかを確かめたかったのだという。この父の話を信じるなら、「何も起こらなかったので、父は確信をもって無神論者になった」とフェスティンガーは書いている。
だが彼は父の話に疑念を抱いた。結果がわからない段階で、自らを神の怒りにさらすのは合理的ではないからだ。より筋の通った説明として、父はハムを食べる前からすでに、神への信仰を捨てることで認知的不協和を解消していたのではないかとフェスティンガーは考えた。「おそらくほかの理由で、父はすでに宗教とそれが示唆する生き方を拒んでいたのだろう」と彼は記している。
わたしはアロンソンに、根本的に言えば、フェスティンガーは人間を、混沌のなかに一貫性を求める合理的存在として理解していたのではないかと尋ねた。「彼は、人間には合理的に行動する能力があり、多くの場合実際にそうしていると考えていたと思います」とアロンソンは言う。「ですがその根底には、われわれ人間が物事を合理的に説明しようとする存在である、という事実があるのです」
(Originally published on The New Yorker, translated by Kei Hasegawa/LIBER with permission from The New Yorker, edited by Nobuko Igari)
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