どぼん
槍が弓に振り回されて最終的に弓への想いを自覚する話。
えみご時空のような、そうでないようなふわっとした時空。
前作(novel/14779996)と微妙に繋がってますが、読まなくても大丈夫な内容になっています。
追記:めちゃくちゃ気になったので一箇所だけ修正しました。また前作・本作への評価、ブクマありがとうございます!拙い文ですが、沢山の方に読んでいただけて嬉しいです。
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生前に複数の女と育んだあれそれのキッカケを恋に〝落ちた〟と表現するのであれば、此度のそれは〝突き落とされた〟と表現するのが正しいだろう。
それほど目前で無防備に突っ伏す男の言動がランサーの予想を遥かに凌駕し、そしてエーテルで形成された仮初の心臓に鈍器で殴打されたような衝撃をもたらした。
――事の始まりはランサーの何気ない一言からだった。
「なに?衛宮士郎にアジのなめろうを餌付けてもらっただと?」
「ああ、飯を作って貰ったのは確かなんだがよ。もちっとその言い方どうにかならねえのかお客様コノヤロウ」
「……ふむ、しかしなめろうか。私も最近アジをお造りにして遠坂邸に差し入れてきたが……同じものを作らなくて良かった」
「聞けよ。ヒトの話を」
綺麗に人の抗議を無視する失礼な客に至極最もな反論をする。そう、口を開けば人の怒りを買うようなことしか言わない目の前の男はランサーの客で、かく言うランサーは絶賛魚屋で仕事中なのである。
ランサーが現在根を下ろしているこの日本という国には〝お客様は神様〟だなんて言葉がある、と魚屋の店主に聞いたが、こんな無作法な神ならこちらから願い下げというものだ。ただしアーチャーの場合はコレが通常運転であることは周知のことなので、ランサーも数度言葉を交わせばすぐ慣れた。
まあ実際神なんてのはロクな奴がいないので、ことこの男――アーチャーは実害がない分可愛い方なのかもしれないが。
アーチャーは週に一度か二度ほど魚屋に顔を出しに来る。もちろん、聖杯戦争中に幾度か相見えた赤い外套を纏う弓兵クラスのサーヴァントとしてではなく、新鮮な魚を求める善良なる客として。一度の来店で買っていく魚の量は少なく、恐らくは主(いや、〝元〟主だったろうか)の遠坂凛に頼まれての買い出しなのだろうとランサーは踏んでいる。赤髪の少年の屋敷に持っていくには少々どころかかなり数が足りない上に、家主を毛嫌いしている弓兵がわざわざあの場所まで足を運ぶとは思えないからだ。実際、時たま衛宮邸に食事をたかりに顔を出してもあの白髪を目にしたことがない。とはいえそこには高確率で遠坂凛がいることが多いので、帰宅時間にもなれば宵闇に溶け込みそうな黒を上下に纏った男が彼女を迎えに来るのは幾度か見かけことがあり、サーヴァントから秘書にジョブチェンジしたのかと心の中で突っ込んだのは記憶に新しい。
――と、つい先日のことに考えを巡らせていたせいで、アーチャーが独り言のように零した言葉を拾い上げるのが少し遅れた。
「あ?オマエ、料理できんの?」
オツクリが一体何なのか良く分からないが、アジを使った料理だろうことを弓兵の言葉から察する。てっきりこの男はあくまでオツカイを頼まれていただけだと思っていたのだが、どうやら予想が外れたらしい。
ふと浮かんだ疑問が口からまろび出て、次いでしまった、と今度は口にも顔にも出さず飲み込む。ランサーの質問が耳に届いた瞬間、アーチャーの顔がみるみると得意気な顔に変わっていったからだ。これはランサーが唯一憩いの場としている波止場で最新式の釣り道具を手にランサーには何の得もない釣り勝負を仕掛けてきた時と全く同じ表情である。
勝負なんぞしねえと再三言ったにも関わらずランサーに背を向ける形で陣取ったかと思えば、謎の掛け声と共にポイポイと魚を釣りまくり、終いには勝手に互いの釣った魚の数を数えて「私の勝ちだな」と鼻を鳴らして嵐のように去っていった、あの時と同じ。
つまりどういうことかというと、面倒なことになった。
「ああ、料理は得意な方だよ。あの未熟者の倍、いや百倍は美味い料理を作れると自負するほどにはな」
「坊主の百倍、ねえ」
何であの坊主とそこまで張り合うかね、なんて疑問は今度こそ胸の奥に閉まっておく。直感ではあるが、コレはこの男と衛宮士郎との問題であり、自分が無闇に首を突っ込むようなことではない。
藪から蛇をつつくような真似は避けておくというのが長年培ってきたライフハックだ。伊達に死後も英霊として活動はしていない。――まあ、過去に英霊として現界した記録は基本的に持ち込めないので、記憶なんてものはあってないようなものなのだが。
「この前はそのなめろう?っての食ったけどよ、アジって他にどんな料理があるんだ?」
「アジの代表的な料理といえば、そうだな……」
これ以上あの少年の話を掘り下げると目の前の男の眉間に皺が深く刻まれることは必定だ。最悪互いの獲物を取り出しての〝ケンカ〟に発展することも有りうるだろう。それはどうにかして避けたい。
死力を尽くした戦いを望んでの現界だったが、今は互いのマスターらによって私闘を禁じられている。始めこそつまらないと感じたものの、いざ現世の生活に溶け込んでみれば戦いが必要ない現界というのも存外悪くないと思えてきていた。加えて此処でこの男と一戦交えると、もれなく冬木のセカンドオーナーである遠坂凛にこっぴどく絞られることは目に見えているのだ。
凛ほどの良い女に時間を割かれるのは寧ろ光栄だが、如何せんそれには口を開けば皮肉ばかりの赤い弓兵がセットである。何が悲しくてあの仏頂面と長時間顔を合わせねばならないのか。
話を逸らしてみれば思惑通り弓兵は顎に手を当てて真剣に考え出したので、その間にランサーは指定されていたイワシを数匹袋に詰めていく。全く変なところで真面目な奴だ。
――それにしても。
ランサーはイワシが入ったポリ袋の口を素早く縛りつつ、――この作業を己の手元を見ずに行うのは魚屋勤続二ヶ月のランサーにとってはもうお手の物だ――目を伏せているアーチャーの顔を盗み見た。こいつが包丁を握って台所に立つ姿など全くもって想像がつかない。それは、数ヶ月前に収束した聖杯戦争に身を投じていた、いわゆる戦士としてのアーチャーしか知らないランサーにとってはごく当たり前の所感だった。
ひとたび戦場に出れば鷹の目のスキルによって強化された鋭い弓捌きと、実力だけで見ればセイバークラスだと言われても疑う余地のない(ただし戦い方は明らかにセイバーのそれではない)ほどに洗練された白兵戦で多彩な戦運びをしてみせるあの弓兵が、そんな家庭的な特技があったなどと、誰が予想できようか。
聖杯戦争が終わっても聖杯に回収されずに現界が続けられるというこの異常事態をランサー含むどのサーヴァントも受け入れ、第二の生として謳歌しているのに対し、この男は町に溶け込むことを誰より拒んでいる。敵対していたサーヴァントだけでなく元主への接触も必要最低限とするアーチャーの素性を知ることなど不可能に等しいだろう。
時間にして数秒、いつもよく回る口を引き結んでいたアーチャーが落としていた視線をついとランサーの方へと戻した。ランサーもアーチャーを見ていたため一瞬目がかち合うが、しばらく見つめられていたことには気付かなかったのだろうか。アーチャーはほんの少しばかり眉を顰めるも、表情は崩さないままに口を開いた。
「――アジフライ、とかかね」
「へえ。んじゃ今度それ作ってくれや」
するり、とこれまた勝手に口から言葉が溢れる。こんなことを言うつもりは毛ほども無かったのだが、不思議と撤回する気は起きなかった。ランサーの言葉を正しく理解したのか、鋼色の瞳がゆっくりと丸くなっていくのを見て、ふと、この皮肉屋の作る料理というものに興味が湧いたのだ。
「は?」
「だからそのあじふらいってヤツ、食わせろ」
「……何故私が貴様に料理を振る舞わねばならんのだ」
「坊主の百倍は美味い飯が作れるんだろう?今度でいいからよ」
「顔の横についている耳は飾りか?私はわざわざ時間を割いてまで貴様に食事を提供しなければならない理由を聞いているのだが」
アーチャーの声色に険が乗ったのを聞き流しながら、既に依頼された数のイワシを詰め終わったのとは別に袋を用意し、活きの良さそうな鮎を数匹追加して素早く口を閉める。それらを半分押し付けるようにして手渡しながら「ほれ、今日はオマケしとくからよ」と付け足してみれば、面白いくらいに眉間の皺が深く刻まれた。さほど会話をしたことがなくても、アーチャーの不機嫌ボルテージが上がってきているのが手に取るように分かる。
その割に断ってこないのは余程暇なのか、断ることを知らないお人好しなのか。少なくとも前者では無いような気はするが、この男の作る料理を食べれるならまあ何でも良いか。
胸中でそう結論付け、きっちりオマケ分を除いた代金を受け取ると、来店時と比較して明らかに不機嫌なオーラを纏った背中にまいどありぃと声を投げ掛けた。