18歳の夏。
品川の天ぷら屋に最後に行った。その年の夏に父親が倒れて、それ以来2人で外食することがなくなった。
先月、用事で近くを通ったら看板が見えた。
まだあった。
吸い込まれるように入った。
カウンターに座ったら、70代くらいの店主が出てきた。
「いらっしゃい。」
注文した。
天ぷらが来た。
食べながら、父親のことを思い出してた。
父親はいつもエビを最後に食べてた。
好きだったから最後に取っておいてた。
会計の時、店主が言った。
「お父さんと一緒に来てた子ですよね。」
固まった。
「15年以上前ですが。」
「覚えてるんですか。」
「覚えてる。お父さん、いつもエビを最後に食べてた。」
声が出なかった。
「お父さん、お元気ですか。」
「3年前に◯くなりました。」
店主が少し目を細めた。
「そうですか。」
「ここに来たのは、なんとなくだったんです。理由もわからなくて。」
「呼ばれたんじゃないですか。お父さんに。」
帰り道、ずっと泣いてた。
父親が最後にエビを食べてたことを、15年間覚えてた人間がいた。
父親が私の知らないところでまだ生きていた気がした。
Mar 29, 2026 · 8:00 AM UTC
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家に帰ってから、お母さんに電話した。
「品川の天ぷら屋、まだあったよ。」
少し間があった。
「行ったの。」
「なんとなく。」
「お父さんと行ったね。」
「店主さんが覚えてた。」
「え。」
「エビを最後に食べてたって。」
電話口でお母さんが黙った。
30秒くらい黙ってた。
「お父さんね、毎年その店に行きたいって言ってたんだよ。」
「倒れてから行けなかったから?」
「違う。倒れる前も行けてなかった。あなたが上京してから、1人では行けなかったって。」
「なんで。」
「あなたと2人で行く場所だったから。1人じゃ行けなかったって。」
知らなかった。
「病院のベッドで最後まで、あの天ぷら屋のエビが食べたいって言ってた。」
声が出なくなった。
「食べさせてあげられなかった。」
お母さんが泣いてた。
翌月、また品川の天ぷら屋に行った。
今度はエビを最後に食べた。
会計の時、店主に言った。
「また来ます。」
「待ってます。」
「父の分も食べてきました。」
店主が少し笑って言った。
「お父さんも満足してると思いますよ。」
帰り道、泣かなかった。
18歳の夏から止まってた時間が、少し動いた気がした。
来月も行こうと思ってる。
エビを最後に食べようかな。
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