「プロ野球引退“3年後”に貯金ゼロに…」大金を失い、会社員生活を経て…元中日・前原博之の“引退後”「フリーターがいきなり大仕事を」コーチ打診の電話
中日で活躍した元プロ野球選手、前原博之は58歳の今、岐阜市の新聞販売店のオーナーとして奮闘している。華々しい現役時代から引退後の迷い、新聞販売の修行……NumberWebのインタビューに応じた。【全6回の4回目】※記録や肩書などは当時 【実際の写真】「元中日選手が新聞を配達中…カッコいい!」「深夜1時半起床、忙しい1日…実際の作業風景」桑田真澄・清原和博と同学年、前原博之さんの今を一気に見る プログラマーを目指した少年が16年ぶりにパソコンを開くと、世界は激変していた。 「高校の時は(プログラミング言語は)COBOLを使っていたんです。でも、時代は変わっていた。会社から『ワードとエクセルを使えるようにしてください』と言われたけど、何のことだかわからない。現役の頃、パソコンなんて一度も使ってないですからね」
戻らない金銭感覚「貯金がゼロに…」
サラリーマンになっても、前原博之の金銭感覚は変わらなかった。プロ15年で2億円を稼ぎ、引退時の銀行口座には1500万円が残っていた。その大金も3年で儚く消えた。 「西武時代と同じように、毎月50万円以上使っていました。食事会があればご馳走してしまうし、値段を気にせずに買い物をしてしまった。減っている時は何も考えない。口座の金がゼロになって、初めて現実に引き戻されました」 大金を失い、初めて己の愚かさに気付いた。仕事でも失敗を繰り返した。営業を任された前原は設計事務所を訪問すると、窓口の社員を飛び越え、いきなり所長の元へ向かった。元プロ野球選手の来訪に最高責任者の頬は緩んだ。だが、帰社すると上司に「ちゃんと順番を守らないといかんぞ」と注意された。 「何段階も飛ばしてしまうと、他の人の顔が立たなくなる。僕には一般常識がなかった」 前原は素直に反省した。過去の栄光にしがみつかず、必死にワードとエクセルもマスターした。懸命に今を生きる姿に、9歳年下の女性社員が心を惹かれ始めていた。
結婚、順調な会社員生活も…球界に戻るまで
「すごく仕事のできる人で、仲間から信頼されていました。彼女は中国語をマスターしていたので、貿易課にいたんです。僕の離婚歴を知っていたけど、向こうから寄ってきてくれた。選んでもらえたんだと嬉しかった。妻は結婚退社しました」 38歳を迎える05年、前原は再婚。子宝に恵まれ、億を超える大きな仕事も任されるようになった。会社から副業も許され、平日に岐阜、一宮、大垣と3カ所で野球教室を行う日もあった。昭和商事でも野球教室でも400万円強を稼ぎ、年収は800万円から900万円に上った。 すると、野球への欲が膨らんだ。「第二の親父」と慕う久田電気工事の社長が「俺の会社に所属して、もっと好きなようにやればいい」と誘ってくれた。6年間のサラリーマン生活を経て、今まで以上に野球教室に力を入れられる環境が整った。 「2年ほど経った頃、谷沢(健一)さんから、独立リーグのコーチに誘われたんです。指導者に興味があったので、お世話になると決めました」 元プロ野球選手にとって、野球を仕事にできるのは望外の喜びである。09年、前原は三重スリーアローズのコーチに就任した。だが、チームの運営は上手くいかず、自身も2年で退団。3人の子供を授かった夫婦は路頭に迷った。 そんな時、高校の先輩である高木守道から電話が掛かってきた。11年、中日は落合博満監督が連覇を果たしたものの、契約は更新されず、高木の監督復帰が発表されていた。
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