中日から西武へ電撃トレード移籍「月50万円ぐらい食費に使ってました」前原博之が“34歳で戦力外通告”を受けるまで「星野さんから電話?ないです」
ベテランの宿命「先輩が誘ったら全額払う」
「月50万円ぐらい食費に使っていました。高い店には行かないけど、たくさんの人数になると、自然とお金が嵩みますよね。宮地(克彦)から『知り合いを連れて行っていいですか? 』と聞かれたら、『どんどん連れて来い! 』と答えてましたよ。みんなで食べたほうが美味しいし、先輩が誘ったら全額払って当然ですからね」 翌年も翌々年もファームで安定感のある打撃を見せていたが、一度もパ・リーグの舞台に立てなかった。 「球団には毎年、トレード志願をしていました。西武にいても、一軍には行けないですから。移籍4年目の終盤、ようやく上から呼ばれたんですよ。でも、二軍で3割5分くらい打っていて、首位打者を取れるチャンスだったので断りました。次の日、ホームランを2本打ったら、また声を掛けられた。その時は、さすがに『はい』と頷きましたけどね」
戦力外、34歳で社会に出た
99年9月17日のオリックス戦、『6番・DH』で3年ぶりにスタメンに名を連ねる。4試合連続で先発起用されたが、結果は残せず、そのうち3試合で代打を送られた。翌年は一軍に昇格できず、シーズン終盤に戦力外通告を受ける。社会人の昭和コンクリートで野球を続けるが、1年で引退。前原は34歳で一般社会に身を投じなければならなかった。 「急に、全く違う世界に放り投げられた。関連会社の昭和商事に入社できたのですが、何をしていいのかわからず、呆然としました。34歳ですから、会社の同僚は中堅を扱う目で見る。でも、新卒の社員と同じで、何もわからない」 プログラマーを目指した少年が16年ぶりにパソコンを開くと、世界は激変していた。 〈つづく〉
(「プロ野球PRESS」岡野誠 = 文)
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