中日から西武へ電撃トレード移籍「月50万円ぐらい食費に使ってました」前原博之が“34歳で戦力外通告”を受けるまで「星野さんから電話?ないです」
「トレードだな」前原をイジった男も…
高木監督の退任は既定路線だったが、選手や球団の懇願もあり、続投に。しかし、95年の中日は開幕からつまずき、6月2日の試合後に高木監督が休養。指揮官はヘッドコーチの徳武定祐、二軍監督の島野育夫と目まぐるしく代わり、5位で終了。星野仙一の再登板が確実視されていた。 シーズン最終戦の後、前原が荷物をまとめていると、総務の本田威志が声を掛けた。 本田:今日帰ったら家にいてくれ。 前原:え? なんですか? 本田:いや、いればわかるから。 横にいた清水雅治が「トレードだな」とイジってきた。自宅に戻ったものの、心は落ち着かない。テレビを付けても、総務の言葉が頭から離れない。数時間が経った頃、電話が鳴った。 本田:何の用件かわかるか? 前原:トレードですか? 本田:そうだ。 前原:どこですか? 本田:今は言えん。明日、来ればわかる。 翌日、愛車のアルファロメオで球団事務所に到着すると、見覚えのあるグロリアが駐車場に入ってきた。ミラー越しに、清水の顔が見えた。 「お互いに『あ〜』って指を差し合いましたよ(笑)。トレードを宣告されたら、従わざるを得ない。中日に愛着もあったし、寂しかったですよ」
西武へ移籍ウラ側
高木監督就任の92年、清水は14盗塁、前原は球宴出場とブレイク。5年ぶり復帰の星野監督は2人をトレードし、西武から2ケタ勝利3度の村田勝喜、外野手の山野和明を獲得した。前指揮官の秘蔵っ子の放出は、見せしめのようにも思えた。 「人間なので、好き嫌いは絶対あると思います。まあ、仕方ないですよ。星野さんから電話? ないです。成績を残していなかったし、あるわけないですよ」 移籍先の西武は黄金時代を終え、松井稼頭央など新たなスターの育成が急務とされていた。 「キャンプで全体練習を終えると、コーチに『帰ってくれ』と言われるんですよ。若い子たちに特打や特守をさせたいので、ベテランが残っていると困るわけです」 中日時代、誰よりも遅くまで練習していた前原は新たな環境に戸惑いを覚えた。移籍1年目、二軍で打率3割を残すも、一軍ではわずか2打席しか与えられなかった。それでも腐らず、ベンチで声を出して明るく振る舞った。試合が終われば毎日のように後輩たちを連れて、食事に繰り出した。
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