中日から西武へ電撃トレード移籍「月50万円ぐらい食費に使ってました」前原博之が“34歳で戦力外通告”を受けるまで「星野さんから電話?ないです」
中日で活躍した元プロ野球選手、前原博之は58歳の今、岐阜市の新聞販売店のオーナーとして奮闘している。華々しい現役時代から引退後の迷い、新聞販売の修行……NumberWebのインタビューに応じた。【全6回の3回目】※記録や肩書などは当時 【実際の写真】「元中日選手が新聞を配達中…カッコいい!」「深夜1時半起床、忙しい1日…実際の作業風景」桑田真澄・清原和博と同学年、前原博之さんの今を一気に見る 1994年シーズンの夏場、中日は高木守道の退陣、星野仙一の監督復帰が報じられていた。 「シーズン中から、チラホラと監督交代の話は耳に入っていました。ただ、スポーツ紙に載ってから、チームが『もっと伸び伸びやろう』という雰囲気になって、いい方向に転がっていった。ジャイアンツとのゲーム差もだいぶ離れていたので、無心で戦えていました」
「10.8」最終回…桑田と対戦した
中日は9月23日から広島を3タテすると、28日の巨人戦は郭源治―佐藤秀樹―今中慎二のリレーで完封勝ちし、巨人との最大10.5ゲーム差を追いつく。終盤、盛り上がるチームとは裏腹に、前原博之は小森哲也にスタメンを譲り、ベンチで同率首位決戦の「10.8」を迎えていた。 「巨人は三本柱で来ましたよね。中日も三本柱の今中、山本昌さん、郭さんで行くと思っていたんですよ。でも、高木監督は(先発今中のあと)いつもと同じ中継ぎ陣を出した。正直、『あれ? 』とは思いました」 落合の先制ホーマーを皮切りに、巨人は村田真一、コトー、松井秀喜にも一発が飛び出し、6対3とリード。7回からマウンドに上がった桑田が闘志溢れるピッチングを見せ、最終回を迎えていた。1死後、異様な空気に包まれながら、前原が代打に告げられた。 「厳しいコースを強引に振ってしまったんですよね。ファールでカットできれば良かったのですが」 2球目、前原は内角のストレートをフルスイングする。だが、バットは粉々に砕け、白球はマウンド付近に転がった。桑田は飛び散る破片を避けながら、ボールを掴んで一塁へ送球。必死のヘッドスライディングも及ばなかった。 「大概の投手はいろんな球を持っていても、精度にバラつきがある。桑田は真っ直ぐ、カーブ、スライダー、シュート、フォーク、全部一級品なんですよ。だから、どのボールに絞っていいのか、全然わからなかった。山張りの僕には、厳しい相手でした」
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