「夜中1時半起床で配達…ほぼ無休です」元中日選手が新聞配達員で奮闘中だった…桑田真澄・清原和博と同学年、プロ野球生活15年の男「なんとかなるさ」
現役引退3年後「貯金は底を突きました」
桑田真澄、清原和博と同級生の前原は、県立岐阜商業のサードとして2年、3年と夏の甲子園に出場。85年秋のドラフト5位で中日に入団すると、高木守道監督就任の92年に開花する。3年後のオフに西武ライオンズへ移籍し、2000年に現役生活を終えた。 「陰に隠れるような成績だったのに15年もプロで働けたし、引退後も途切れることなく仕事を続けられた。運がいいんですよ」 第二の人生をスタートさせた頃、前原は戸惑いを隠せなかった。昭和コンクリートで1年間社会人野球をした後、関連会社の昭和商事に入社するも、途方に暮れた。 「何をしていいのかわからないし、やりたいことも見つからない。金銭感覚は現役時代と変わらない。銀行口座に1500万円残っていたのですが、3年で底を突きました。浪費癖が抜けなかった」 人生を懸けてきた夢が終焉すれば、虚無感に襲われる。だが、時間は決して止まらない。不可逆な波に逆らおうと後ろを振り向くのか、前に動き始めるのか。未練を残しながらも、前原は少しずつ前進した。全く馴染みのないワードやエクセルをマスターし、営業として大きな仕事も任されるようになった。すると、人生は好転していった。 「同じ会社で、僕を気に入ってくれた女性がいました。もちろん、元プロ野球選手だとも離婚しているとも知っていたけど、好いてくれたんです」
49歳で新聞販売店を開業
前原は38歳の2005年、9歳年下の女性と再婚。独立リーグや中日の二軍コーチなどを経て、16年から夫婦で新聞販売店を始めた。 「定年のない仕事が良いなと考えました。今、子供は大学2年、高校2年、中学3年ですから、まだまだ働かないといけない。業界の現状は厳しいですけど、嘆いても何も始まらない。『なんとかなるさ』とプラス思考で生きています。少し休みが欲しいなとは思うけど、妻はもっと大変だし、僕が自分でやると決めた仕事なので責任を持たなくちゃいけない」 毎日、何束もの新聞を持ち運ぶ筋肉は現役時代とさほど変わらない。優しげな目は家庭の充実を感じさせ、苦労の滲むシワは人間としての深みを刻んでいた。前原博之、58歳。第二の人生も悪くない。 プロ野球の世界で15年もプレーした前原とはどんな選手だったのか。「『オレがオレが』という人間は嫌いなんです」。前原の人物像に迫った。 〈つづく〉
(「プロ野球PRESS」岡野誠 = 文)
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