深掘り

2回の逮捕、避難…それでも起きた殺人事件 ストーカー対策の難しさ

大下美倫 板倉大地

 東京・池袋の商業施設サンシャインシティ内で女性店員が元交際相手の男に刺されて死亡した事件は、全国の警察がストーカー被害への対応を強化するさなかに起きた。警視庁はかねて男の危険性を認め、身柄を拘束するなど「最善の措置をとっていた」としており、ストーカー対策の難しさが改めて浮き彫りになった形だ。

 「警視庁はギリギリの対応をしたのではないか。直ちに落ち度があったとは言えないと感じる」。園田寿・甲南大名誉教授(刑事法)はそう話す。

 警視庁の説明によれば、警視庁は昨年12月、男につきまとわれていると相談に来た女性を自宅に送り届けた際、注視する男を見つけてストーカー規制法違反容疑で逮捕。今年1月には女性に対する盗撮事件で再逮捕した。男が略式起訴されて釈放される前日にはストーカー規制法に基づいて禁止命令も出していた。

 さらに男の釈放当日から3月まで3回にわたって女性に電話で連絡していたほか、釈放に備えて女性を都外の親族宅に避難させてもいた。

「それだけ危険と判断したのでは」

 園田さんは、男が略式起訴された時点で「警察の扱う事件としては、本来ならば終わり」と言う。警視庁がその後も女性と接触を続けていた点について、「ここまでするのは珍しい。それだけ男が危険だと判断していたのでは」とみる。

 ただ警察が「危険」と認めた人物が釈放され、事件を起こした疑いが持たれている。釈放の判断は妥当だったのか。

「将来、殺人をするかも」では罰せられない

 園田さんは、「近代刑法の原則は、将来への危険ではなく、過去にした犯罪に対する処罰をすることだ」と指摘。「警察がいくら危険だと判断しても、『将来、殺人をするかもしれない』という理由で処罰することはできない」と言う。「国家が勝手な予測をもとに誰かを処罰することにつながり、危険」だからだ。

 ストーカーによる事件をめぐっては、警察庁が昨年9月、対応を強化するよう全国の警察に指示したばかりだった。きっかけはこの年に発覚した川崎市の事件。殺害された女性(当時20)が元交際相手によるつきまとい行為を警察に相談していたものの、警告や禁止命令は出されなかった。

 警察庁は本部長へ事案が確実に報告される仕組みを構築し、対応を終了する場合は署だけでなく本部も含めて判断するよう、全国の警察に指示。警察の部門間の連携を進めるため、都道府県警に「司令塔」となる幹部も配置した。

 今回の事件はこうした中で起きた。

ストーカー事案の本質は「情報の非対称性」

 園田さんは、「加害者は被害者を襲おうと自らの意思で行動できるのに対して、被害者は加害者がどこにいて、どういうことをするのかわからないという情報の非対称性」こそがストーカー事案の本質だという。

 園田さんは被害者の不安を解消することが有効だとし、対策として加害者へのGPS装置着用の義務化を一例に挙げる。警察が禁止命令を出した人に対して、裁判所の許可を得た上で一定期間GPSを着けさせ、被害者に近づいたときにスマートフォンなどで警告が鳴る、というものだ。

 園田さんは「国家や警察が危険性を根拠に24時間、人の行動を監視することには問題がある」と認める。そこで、警察が監視するのではなく、加害者の位置情報を知った被害者が警察に相談できる仕組みにすることで、被害者が情報をコントロールできるようになる、と期待する。

加害者対策に注力

 警察は近年、加害者への対策に力を入れる。2024年からは禁止命令を受けた加害者全員に連絡し、近況などを確認する制度を全国で始めた。また、カウンセリングや治療につなげるために加害者への声かけを進めているという。

 ただ、園田さんは「治療は自発的に受けないと効果が出にくい」。加害者が無料でカウンセリングを受けられるようにするといった行政の支援を広める必要があるという。

容疑者と被害女性をめぐる経緯

2024年10月ごろ 交際開始

2025年7月    交際解消

12月25日    女性が「元彼がつきまとってくる」と八王子署に相談

        ストーカー規制法違反容疑で通常逮捕

        容疑者のレンタカー内から果物ナイフが見つかる

2026年1月5日  女性が都外の親族宅に避難

1月8日     銃刀法違反容疑で追送検

1月15日    25年8月に女性を盗撮したとして再逮捕

1月29日    ストーカー規制法に基づく禁止命令

1月30日    略式起訴され、釈放

        署が女性に1回目の定期連絡

2月6日     女性が親族宅での避難を終える

2月25日    署が女性に2回目の定期連絡

3月12日    署が女性に3回目の定期連絡

3月26日    殺人事件発生

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この記事を書いた人
大下美倫
ネットワーク報道本部
専門・関心分野
公共、社会への参加、政治、ジェンダー
板倉大地
東京社会部|警察庁担当
専門・関心分野
事件、事故、警察行政
  • commentatorHeader
    インベカヲリ★
    (写真家・ノンフィクションライター)
    2026年3月27日23時47分 投稿
    【視点】

    危険性の高いストーカー加害者にGPSの着用を義務付けるというのは、とても有効な対策だと思う。 もちろん、桶川ストーカー殺人事件のように、第三者に依頼して殺害されるケースもあるけれど、加害者の位置が把握できるというだけで、被害者の安心感は大きく違う。 ストーカーの前から姿を消せれば一番いいけれど、引っ越しや転職は負担が大きく、金銭的に難しい人がほとんどだろう。協力してもらえる人間関係も必要になるし、何よりなぜ自分がそこまでしなくてはいけないのかという理不尽さもある。 ストーカー行為だけでは拘束し続けられない以上、GPS義務付けに向けた議論が一刻も早く進むことを願う。

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  • commentatorHeader
    濵田真里
    (Stand by Women代表)
    2026年3月28日5時15分 投稿
    【視点】

    今回の事件は、制度的な限界の中で起きたものであることを改めて突きつけられました。被害者の方も現状の中でできる対応を取り、警察も制度や法の枠内でできうる対応をしていた。それでもなお、痛ましい事件が起きてしまったことに、強い無力感とやりきれなさを抱いています。「将来危険である可能性」だけでは拘束することができず、刑罰はあくまで過去の行為に対して科されるものである以上、危険性が認識されていたとしても、それだけでは止めきれない構造が存在しています。こうした状況の中で、被害者はどのように自らの身を守ればよいのでしょうか。もし自分や身近な人が同様の状況に置かれたとしたら、恐怖で外を歩くことさえ難しくなってしまいそうです。 今回のように、被害者が危険を訴え、避難までしていたにもかかわらず、事件を防げなかったという事実は、深刻に受け止める必要があります。加害者へのカウンセリングや治療の重要性は指摘されているものの、実際には本人が問題を認識していないケースも多く、そこにつなげること自体が容易ではありません。その意味でも、園田教授が一例として示しているような、禁止命令の対象者に対するGPS装置着用の義務化など、被害者側がリスクを把握し回避できる、命を守るための仕組みについては、今後さらに検討していく必要があるのではないでしょうか。被害者の方のご冥福を心から祈るとともに、今の状況の中でさらなる被害者が生まれないよう、何らかの実効的な対策が講じられることを強く求めます。

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