【槍弓】Abracadabra
カルデア設定の槍弓。いろいろ捏造。
某朗読劇でのアーチャーの中の人の台詞が頭に残って、それを言わせたかっただけなのに、どうしたらいいか考えあぐねて切嗣とちび士郎に繋げて、槍弓はイチャつき始めて、収拾がつかなくなりました。
先日のクーエミfes、お疲れ様でした。すごく楽しい空間で素敵なお買い物がたくさんできました…幸せ。
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あぁ、あれはいつだったか。
縁側で湯上がりに涼んでいたあの人を見つけて、それ自体はいつもの風景だったのだけれど、何故かその時は驚かせてやろうと思い付き、廊下が軋まないよう慎重に忍び寄って。自分では全く音を立てずに成功に終わると確信したイタズラは、だがすんでのところで気取られ、結果勢い余って甚平を纏った小さな体は庭に落ちた。何事かとびっくりしていたあの人は、私を窘める事なく穏やかに笑いながら体や衣に付いた砂を払い、擦りむいた右膝を看てくれた。
「…『ちちんぷいぷい…痛いの痛いの飛んでいけー』…だったかな?」
伸ばした人差し指で、あの人がたどたどしく宙に放物線を描くのを不思議そうに見上げる。
「何だそれ?」
「あれ、知らないかい?」
「いたいのいたいのとんでけは知ってるけど、その前のやつ、何だ?」
彼の浴衣を掴んで、きっとキラキラした目で見上げていたのだろう。縁側から放り出した左足も行儀悪く揺らしていた気がする。皮膚の硬い痩せた大きな手がふわりと頭を撫でてくれた。
「おまじない、かな」
「おまじない?魔法使いの呪文じゃないのか?」
「多分魔術とは関係のない、古くからあるおまじないの言葉だと思うよ。子供の頃に誰かが言っていたなって思い出して言ってみたんだ」
「…そっか」
魔法使いの呪文だと思ったのに。魔術を教えてもらえるきっかけになるかも知れないと思ったのにと、うつむいて残念がっていると、触れていた手が頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「世界には他にも、いろんなおまじないがあるんだけど、知ってるかい?」
「え?どんなの?」
「例えば…『ひらけ、ごま』とか」
「ごまぁ?」
思いもしなかった言葉にケラケラ笑う。無精髭の男が真面目な顔で言うのだから、余計におかしい。あの小さな粒をどうやって開くというのか。
「おかしいだろう?これは昔話に出てくる言葉でね。金銀財宝を隠した部屋の扉を開ける時に使う合言葉なんだ」
「扉なのにごま?ごまが好きだったのかな?」
ごまはおいしい。海苔の代わりにおにぎりにまぶしたり、ふりかけもごま団子もおいしい。昔の人も好きだったのかも知れないと考えると面白くて、また笑う。
「そうかも知れないね。でもこれも、僕は詳しくは知らないんだ」
「そうなのか?」
「あぁ。さっきの『ちちんぷいぷい』もそうだけど、こういったまじないは昔の言葉だけが残っていて、意味も由来も分からないって事が多いんだよ」
「言葉だけが、残る…」
それは、とても素敵な事のように聞こえて、同時にとても悲しい事だなと強く感じたのをはっきりと覚えている。そこに込められた思いも意味も消えて、言葉という形だけが続いていく。その漠然とした事実が何故だかひどく衝撃を伴って小さな胸の中、ずしりと落ちるのを感じながら繰り返し呟くと、より寂しい気持ちになった。裾を掴んだままの小さな手に力が入り、綺麗な藍色の浴衣が皺を作る。すると頭上でふっと笑いが零れた。
「だからもしかしたら、遠い昔に魔法使いが使っていた、なんて事があるかも知れないね」
あの人がどんな表情でそう呟いたのかは知らない。きっと知らずうつむいていた自分を励ますために言ってくれたのだろう。彼が魔法使いという単語を使うのはとても珍しい事だったから、自分の憧れるものが1つ肯定されたような気持ちになって嬉しかった。単純な事だ、あの頃の私にとって彼は全てで、語られる知識は何でも魅力的に聞こえた。前のめりになって話をせがむのは、それこそいつもの風景で。
「なぁ、他にはどんなのがあるんだ?教えてくれよ、じいさんっ」
パッと明るくなった顔に、あの人は目を細めて、湯冷めしてしまうまで語って聞かせてくれるのだ。
「そうだな、あと僕が知ってるのは…」
「…アブラ…カダブラ」
あの人の言ったことを、あの人よりも低くなった声でぼそっと呟く。小さな響きは無機質な、しんと静まり返った部屋の空気をわずかに揺らして消えた。このまじないを口にするのは、教えてもらったあの時以来だろうか。
「油?…何だって?」
すぐそばで、頭上で少し掠れた声がした。目の前に広がる肌色と一筋の青。ぼやけていた視界が次第に鮮明になり、それと同時に体の前側が妙に温かく、そして左肩が痛い事に気付く。自分は心地よい風の吹く、ひやりと冷たい縁側に座っていたはずなのに。
「…いや」
違う。あれはそう、随分と古めかしい記憶だ。忘れようもない自身の根幹の始まりの頃の記憶、それでも今なお忘れていなかったのかと心の中で自嘲する。人理継続保障機関フィニス・カルデア、その施設内の居住空間に割り当てられた自室のベッドの上。大の男1人くらい優に寝られる広さなのだが、流石に2人となると話が変わる。薄手のブランケットがあったはずだが、いつものように蹴落としたかと一糸纏わぬ自分たちの姿を一瞥した。どうやら眠っていたらしい身体は、鉛のようにどろりと重い。眠りに落ちる前の行為を思えば当然なのだが、思い出したくない自身の嬌態を頭の隅に追いやってアーチャーは平然を装った。
「油ではない、『Abracadabra』だ」
「何だそりゃ」
どこで身に付けたのか覚えていない流暢な発音でからかうと、隣で寝そべっている青い髪の男が怪訝な顔をしてみせる。枕1つ分高い位置にあるはずの彼の顔が何故同じ目線にあるのだろうか。
「遠い昔の、まじないの言葉だよ」
「まじないねぇ」
言うや逞しい腕に引き寄せられ、均整の取れた胸に抱き込まれて身動きを取れなくなった。肘の関節で頭をも固定され、そこで初めて頭の下に彼の右腕がある事に気が付く。道理で枕やシーツにしては硬く温かい訳だ。
いつぞやの戦闘で魔力をとことんまで消費したのを理由に始まったこの行為は、今や当初の建前もなく続き、現に今日はお互いに非番の状態であったのに、どちらからともなく皆が寝静まったであろう時間にアーチャーの自室で落ち合い、互いを貪り今に至る。そう言えば鼻につく少し汗ばんだようなすんとしたにおいも、いつからか気にならなくなった。
「随分といい顔して眠ってたぜ」
さっきより腕半分ほど近くなった距離で、ランサーがニタッと笑う。
「いい顔?」
「ココに皺がなかった」
長い人差し指に眉間をなぞられて、わずかに眉根を寄せる。反射的に引こうとした頭は難なく彼の右手に阻まれた。差し込まれた指が白い髪を絡め取り、逃がさないぞと暗に言う。
「…少し、夢を見ていた」
正確にはサーヴァントは夢を見ないので、記憶の断片を思い返していた、例えるなら一種の走馬灯のようなものだが、それに今言及する必要性はないし、ましてはぐらかす事でもないので素直に答える。君には関係ない、どうでもいいだろうときっと普段なら答えていたが、疲れている今は下手に出ておくのが得策だ。すると意外な反応に気を良くしたのか、皺を撫でていた人差し指が鼻梁を辿り始めた。
「どんな?」
人中へと下り、唇の山を2つ越え。
「いい夢だよ」
顎の先から飛んで、頚窩へ。
「随分と余裕じゃねーか」
右の鎖骨を外へと半分滑ったところで。
「意識を飛ばされたからな」
急降下したのを右手で制した。なるほど、さっきの選択は失策だったなと1つ学ぶ。
「飛んでくれるほど良かったって?ありがたいね」
敏感なところを目指していた不埒な手は、悪びれる事なくなおも先へと進もうとしたが。
「魔力はもう十分だ」
アーチャーが右手であるのに対してランサーは左手。利き手でない事が幸いし、力比べは思ったよりも早く決着を迎えた。勝ったと笑みを浮かべると、口を曲げた敗者は何のと次の一手を繰り出す。
「強がんなって。まだ立てねーくせに」
掴まれた左手を支えに上体を寄せて首筋へと顔を埋めてきたのはほんの一瞬の出来事で、逃げる間もなく青い髪が頬を擽る。ざらつく舌で熱っぽく喉元を舐められて、褐色の肌が粟立ち、快感が走るのを腹に力を込めてやり過ごそうとした。が、戯れた名残で弛緩していた腹の奥には上手く力が入らず、中を何かがどろりと伝い力を削がれる。不意の事に歯を食い縛るも、堪え切れずに鼻から抜けた声は男とは思えぬほど甘い。
「くっ…ん…」
「わりぃ、痛むか?」
声には出たが、それだけで情事の余韻だと悟られるのは何とも恥ずかしく、貴様のせいだと云わんばかりに睨むと、それを受けた緋色の瞳が柔らかく微笑む。
「すぐ馴染むよう、まじないでもかけてやろうか?」
キャスターの彼には劣るとは言え、ルーン魔術の使い手たるランサーの左の指が胸の上でくるくると円を描くように動く。癒しのルーンというものがあるのは知っているが、直線的なものであるはずのルーン文字とは明らかに線が違い、ただただ擽ったくて許してはいないのに笑いそうになる。
「子供扱いはやめてくれ」
「子供相手にこんな事しねーよ」
「たわけ」
懲りずに乳首に触れようとしてきた指を制して、先程よりもやんわりとねめ付けた。相変わらず全身は疲労に覆われていて、とてもではないが起き出す事はできずランサーに抱きすくめられたまま、しばし互いの体温に身を委ねる。どちらからともなく攻防戦を繰り広げていた手をシーツに落として、恋人同士であるならば愛しているだのと睦言を交わすひとときだろうか、などとぼんやりと考えながらむず痒いような時間が過ぎていく。
「なぁ、さっきの…あー、アブラ何だっけ?」
手持ち無沙汰になったのか、頭の後ろで髪を掬っては流しを繰り返していたランサーが問い掛けた。
「あぁ、『アブラカダブラ』か?」
「そうそれ、てめーはそれで何を願うんだ?」
「願う?私が?」
「そう、てめーのね…」
白髪の間で遊んでいた指が止まり、少し声音が落とされる。
「お前が願う、お前のための願い」
これは。さっき夢の内容を問うてきた時とは明らかに違うと分かった。鋼色の瞳を真っ直ぐに射抜かれて思わず言葉に詰まる。
「私の、ため…?」
唐突な質問に戸惑った。元よりこの身は、生前よりのお人好しと自己犠牲精神が高じて、他者のために憂い、嘆き、憤り、傷付き、戦い、捧げる事により、サーヴァントという気後れするような身分を手に入れるに至ったのだから。純粋に自身のためだけに何かを願い請うなど、記憶している限りでも考えた事すらなかった。誰かのためではなく、己のため。それだけの事が、全く浮かばない。
「……」
「そんなに難しく考える事でもねぇだろうよ」
どれだけ思案していたのか、額を小突かれて視線を上げると、相変わらず堅いなと言いたげに苦笑するランサーの姿。
「明日も旨い食材が手に入りますように、とか。ほら、何かあんだろ?」
「君な、そんなもの、まじないを唱えてまで願うような事では」
「いいんだよっ」
言い募ろうとした声を、距離感としてはおかしい大きな声が遮った。
「何であれ、てめーがこうであればいいなと思った事を願えば。まじないなんてのは、肩肘張ってやるもんじゃねーんだからよ」
「ふむ」
なるほど、言われてみれば一理あると考えを改める。思考回路が筋肉と性欲に直結しているような男だとばかり常日頃は思っているが、その単純で簡潔な理論は、何でも理屈で捉えてしまう自分には得難いもので、時折それが眩しく思える。大袈裟に構えず些細な、身近な、自分のために願う事は何か。
「そうだな…」
考え方を変えた途端、あっさりと見つかった今まさに自身が直面している問題。
「左肩が痛いのでそろそろ姿勢を変えたい、かな」
「あいよっ」
「うわっ」
今まで枕と化していたはずの彼の右手に、何故そんなに力が残っているのか。言うや否や決して軽くはない褐色の肢体が持ち上げられて、咄嗟に上半身を支える事になった両腕が、左肩が、何より負荷の増した腰がいよいよ悲鳴を上げる。
「ランサー!君な…!」
「ん?」
意地悪く見上げてくる赤い双眸を必死で睨み付けて声を荒げるが、腕に力を込めるのに精一杯でいまいち迫力に欠けるのか大した効果はなく。踏ん張りも虚しく、鍛え上げられた体躯はドサッとランサーの胸板へと崩れ落ちた。頭上ではくっくっと笑う声。それに合わせて揺れる体にしがみつくしかできないというのは、男として情けないものであったが、最早そこから下りるだけの気力も残っていない。真っ白なシーツの上、青く長い髪が幾筋も広がったのを横目に見て、あぁ綺麗だなとどうでもいい感想が頭の片隅に浮かんだ。
「ほれ、アーチャー。1つ願いが叶ったぞ」
その言葉にふと違和感を覚えた。私は彼に、『アブラカダブラ』の持つ意味を話しただろうか。無論、英雄クー・フーリンがいつかの時代、どこかの世界線で、あるいは目の前にいる彼ではない別の彼が、そのまじないについて知っている可能性はあるのだが、たった7文字のまじないを繰り返し聞いてきた現状ではそう考えるには無理がある。では何故か、考えられるのはあと1つ。
「…覗きとは悪趣味だな」
「勝手に送られてきたんだ。アルバム見てぇんなら1人の時にしてくれや」
あの記憶を彼にも見られていたのかとため息をついた。サーヴァント同士で稀に起こる一種の共鳴現象とでも言うのか、手段はどうあれ魔力供給を行った直後には一時的に同じ魔力を宿しているからか起こりやすい。別に見られて困るようなものではなかったが、多少の屈辱感と何とも言えない妙な被害者感情が湧き上がる。せめて見られたのが一部始終ではないといいのだが、幸運Eの自分にはそんな都合良くは望めない。せめてと恨めしそうに彼の胸に顎をついて上目で見つめると、枕に頭を預けた男がこちらを見つめ返していた。
「何だ?ニヤニヤと気持ちの悪い」
「いや何、いい眺めだと思ってな」
言いながら胸元と腰をするりと同時に撫で上げられて、快感が上へ下へと駆け巡る。今の疲労困憊した身体にはその些細な愛撫ですら刺激が強く、そして逃がす事もままならない。
「は、なせ、馬鹿者っ」
されるがままというのも癪なので必死に身を捩り、痛みの少ない右腕もばたつかせて抵抗する。
「あんだよ、労ってやってんだろ」
落ち着けよと左側からランサーの大きな手に腰を鷲掴みにされて、ひっと悲鳴が零れた。逃げようにも上体を反らせば、間違いなくしばらくベッドから起き上がれなくなるし、右手を伸ばして剥がそうにも背中から反対側に回すとそんな力は入らない。結果、いとも簡単にぐいっと彼の引き締まった体に押し付けられた。下腹部に刺さる、なかなかの質量を伴った違和感。
「なら聞くが、腹に当たるこれは何だ!」
「あー不可抗力?」
「犬か貴様は!」
そんな意味ではないと勿論知っているが、クランの猛犬とはよく言ったものだ。やはり彼の脳内は発情期の獣のそれと同じかと皮肉る。ケラケラと悪びれる事なく笑ってみせるその端正な顔が、今はただ腹立たしい。じっと無言で非難を送ると、色男が押さえ付けていた手の力を少し緩めて唇を尖らせた。
「あのなぁ、俺だって焦ったんだぜ?」
思いもかけない言葉に首を傾げる。
「焦る?何に」
「申し訳なくなるだろうが。あんな事やっといて、保護者なんか見せんなよ」
「なっ…!」
あの人との縁など最早彼方遠くの記憶でしかないけれど、保護者という単語にこれ以上ないほどのとどめを刺される。あれは魔力供給というれっきとした魔術儀式の1つであって、決して後ろめたい事ではない。ないのだが。言い様のない罪悪感に一息に飲み込まれて、青くなったのか赤くなったのか分からない顔ではくはくと口を動かす事しかできない。それを見て再びランサーは笑みを浮かべた。
「お前本当…」
可愛いよな。今度は両腕で力強く抱き寄せられて、首を少しもたげて近付いた低い声が耳朶をぞわりと撫でた。それは電流のように体内を走り脳を侵す。この状況を嫌だとは思わない自分自身に戸惑いつつ、やられっぱなしではいられぬとまだ少し疲れの残る腕にありったけの力を込めて抱き締め返した。彼の首元に顔を埋めて、あぁいつからこんな風に思うようになったのかと己に問うと同時に、沸き起こったある願い。
「…『アブラカダブラ』」
――なぁじいさん、それってどういう意味なんだ?
「お?」
――願いよ叶え、だったかな
「次は何を願ったんだ?アーチャー」
――願いよ、叶え…ふーん…
「言ったら叶えてくれるのかね?」
――士郎なら何を願うんだい?
「俺に叶えられる事ならな」
――えー…ないしょっ
「…君にしか叶えられない事だよ、ランサー」
――とっておきの願いって事かな
「ん?何だって?」
――絶対に叶ってほしいから言わない!
アブラカダブラ、願いよ叶え。
この時間が、少しでも長く続きますように。
fin.