実はこのコンテスト。外部の客から監督生は全く注目されていなかった。
皆誰もが1位はポムフィオーレであると思っていたし、2位も既存寮のどこかだと思っていたからだ。まさか降ってわいたように現れたポッと出のご新規――それも参加人数は一人だけのちっぽけな寮が上位に来るなんて誰も想像すらしちゃいなかった。
そんなもんだからテレビのCMで募集された投票にも、酒場で行われた賭けにもオンボロ寮の名前は上がらなかった。
そしてコンテストはやっぱり今年もポムフィオーレが登場する終盤が一番盛り上がり、すっかりコンテストの全てを見終えた気分でいる彼らはトリとして出てくるオンボロ寮の紹介なんて皆おしゃべりばかりして耳半分に聞いていたのだ。
「いやぁ~、やっぱり今年も優勝はポムフィオーレだな!」
「だなぁ。オイ、お前二位がどこの寮かの賭けには参加してるのかよ?」
「もち、俺ぁ不屈寮に賭けたぜ!」
「お前いつもそこじゃねぇか!俺はイグニハイドだな。映像系は強いだろ。去年も2位だったし、今年はなんたってシュラウドが寮長最後の年だろ?気合入ってると思うぞ」
「なぁ、なんでみんな帰らねぇの?もう全寮発表しただろ」
「ばぁか。あとひとつ残ってんだろ。オ、ン、ボ、ロ、寮!」
「あぁ?あー…、あぁ、あの異世界から来たっていう?」
「そそ。しかも女の子らしいぜ!どんな子か興味あンだろ」
「はぁ?そんなんロイソの方が可愛い子いっぱいいるだろ。悪ガキばっかのナイレでやってける女生徒のレベルなんてたかが知れてるっつーの。しかも何?一人で参加だろ?カラオケかよ。聞くだけ無駄じゃん?」
「アそれ俺も思った。なんかもう終わりましたって気分。帰ろうぜ」
学園OBらしき男たちがギャハハッ!と大騒ぎしている。それは彼らが特別そうだった訳ではなくて、会場のどこもかしこもそんな感じだ。
お上品にドレスを着た女性客も扇子で仰ぎながら明日行くお茶会の話をしているし、子どもたちは集中力が切れたのか玩具を広げて遊び始めた。
トリから二番目がポムフィオーレで制限時間を名いっぱい使って盛大な演劇を披露したこともあって、彼らはその余韻に浸った夢心地のまま帰りたいのだろう。
監督生の歌声を聞くためにバスタオルを山ほど準備して、監督生に教えてもらったジャパニーズオタクの恰好をし気合十分で最前列を陣取った仲良し1年組はちょっとだけそれが不満だった。彼女がどれだけ歌の才能があるかを知っているから、聞きもしないで好き勝手にする彼らが許せないのだ。
「ふざけたこと言いやがって…オイ相棒、あいつらにヤキ入れしようぜ」
「なに、相棒って俺のこと???恥ずかしいからやめてくんないそういうの」
「でもアレは僕もムカつく…監督生のこと何も知らないくせにあンのじゃがいも頭絶対くらす」
「オイやめろエペルッッ!!お前がいくと本気でシャレになんねぇ!!!」
「くっ、手を放してジャック!絶対情緒めちゃくちゃにしてやンダ!!」
「一体なんのスイッチが入ったんだお前は!?オイやめろ暴れんなっいででで…!」
「大丈夫だ人の子!!!どうせ皆あいつの歌を聞けば己の愚かさを思い知ることになる!!!」
「うん。僕の分析によると今のところ監督生さんの歌を聞いて泣いた人の割合は100%だから間違いないと思うよ」
「オルトはオルトでエラーでたもんな」
「あんとき俺ほんと殺されるかと思ったわシュラウド先輩に」
「それな」
「そんなことよりお前らもうすぐユウの出番なんだゾ!子分の晴れ舞台、ちゃんと見るんだゾ!」
腕まくりをして息巻き、エースとジャックによって取り押さえられていた二人がセベクとオルトの言葉でスン、と静かになり手作りのポンポンを振り回すグリムの掛け声で大人しく席に着いた。
そして、そうだ。自分たちがかつてそうだったように彼らにはこの後地獄を見てもらおうと頷きあう。
監督生のアレはもはや無差別殺人の犯人が手にもつ鋭いナイフだ。ズタズタに切り裂かれるのは情緒と涙腺。防ぎようがないから厄介で悪気も無いからどんなに祈っても神の救いは来ない。アーメン。
彼らは大人しく自分たちの前後を囲む先輩たちに慈悲の心でバスタオルを配った。顔をゴシゴシ拭いても大丈夫なようにお高い柔軟剤を使ったタオルである。
「ハイ、寮長。これ持っててください」
「うん???なんだいこれ、バスタオル???」
「絶対必要になるんで。持ってた方が絶対いいッス。はい、クローバー先輩とダイヤモンド先輩」
「あ、あぁ、ありがとう…?」
「え?これもしかして全員分準備してるの?なんで?」
「いや、流石に全員分は準備してねぇっス。先輩たちにはいつも世話んなってるんで、そのお礼というかお返しというか…これもっとかないと大変なことになるんで」
「大人しく持っといた方が身のためですよ。鼻水と涙とよだれで制服汚したくないでしょ?」
「一体いまから何が始まるの!?!?」
渡された先輩方は訳も分からず頭上にクエスチョンマークを浮かべていたけれど彼らは問答無用でとにかくバスタオルを押し付けた。
ジャックは一度断られたが慈悲の心をもってレオナ寮長の首にタオルを巻き「大人しく持っててくれないと頭の上で蝶々結びにして写真撮って肖像画サイズに焼きまわして国に送り付けますよ」と脅した。レオナは一瞬で大人しくなり、ラギーの腹筋は崩壊した。
――――そして。
「ご来場の皆さま、そしてナイトレイブンカレッジの皆さま。こんにちは。私、ご紹介に預かりました、オンボロ寮の監督生ユウでございます」
ざわざわと落ち着きがなかった会場は凛とした声と共に彼女が姿を現した瞬間、しん、と水を打ったように静まり返った。
スポットライトを浴びる彼女は普段ヒッ詰めてきっちり結んでいる黒髪をゆったりとおろし、朝の澄んだ白空を閉じ込めたかのような美しいドレスを着ていた。
白を基調としたそれはどんな仕掛けなのか、彼女が動くたびにそよ風のように裾部分が揺らめいてミントや水色の柔らかく爽やかな色がまるでオーロラのように色を変えてキラキラ輝くのである。
胸の開きが広いオフショルダーのそれは監督生の綺麗なデコルテと華奢な肩を惜しげもなく魅せて―――生徒たちはその姿を見て初めて彼女が“女”であることを意識した。
それだけじゃない。彼らは彼女の容姿にも目を奪われた。
目が覚めるような陶器肌に大きな瞳。しっかりとひかれたアイラインは跳ね上がって強さを感じるが、おっとりと目じりを緩める瞳に優しい印象を受ける。小さいけれど高い鼻。そしてほんのり赤い唇。それらが顔の中に品よく収まって、まるでどこかの国の姫君のようだ。
「あれがオンボロ寮の女生徒?」
「思ってたイメージと全然違う…」
「まぁ、なんて素敵なドレスかしら!胸がドキドキしちゃうわ!」
「怖い方じゃなくて嬉しい。ぜひお友達になりたいわね」
「あのメイクなぁに?可愛いわ!なんのコスメを使っているのかしら?」
しん、と静まるホールの中、お利口さんに席に座って次の発表を待っていたロイヤルソードアカデミーの女生徒たちが目を輝かせて歓声をあげた。彼女たちは見慣れないメイクに興味津々で監督生に向けて「ハァイ、ごきげんよう!」と優雅に手を振りアピールしている。ここはアイドルのライブ会場か??恐ろしいコミュニケーション能力である。隅っこの方でそれを見ていたイグニハイド寮の生徒が全力で引いていた。
一方猛アピールを受けた彼女は少しも動揺せずに胸の前で小さく手を振り返すと、ふわふわ揺れ動くドレスを捕まえて小さく広げて恭しくお辞儀を披露した。
―――あ。あれはトレイン先生仕込みのお辞儀だ。
と、何人かの生徒が気づいた。
教師陣の座る席ではその本人が満足した顔でうなずき「私が育てた」と誇らしげに膝の上のルチウスを撫でていた。
このコンテストは異世界出身である彼女の初お披露目の舞台。
評判がいいとはあまり言えないナイトレイブンカレッジで唯一の女学生。しかもノーマジ。そんな彼女が世間から舐められるのなんて分かり切っていたことだったので、学園長はもちろんのこと、トレインをはじめ彼女の父親代わりを自称する教師たちは気合を入れて衣装を用意し、舞台に立つ作法を叩きこみ、監督生をどこに出しても恥ずかしくない立派な娘となるように教育したのだ。
聡明で真面目な彼女は教師たちの言うことをまるでスポンジのようにぐんぐんと吸収し結果見事に会場をくぎ付けにした。
老若男女問わず、会場にいる全員にほぅ、という感嘆のため息を吐かせ夢中にさせている彼女を前に彼らはとっても鼻が高い。
・・・まぁ、衣装に日本円で憶越えの金をかけたのは流石に怒られた。キッ!と毛を逆立てて威嚇する彼女なんて可愛いだけなのでまったく懲りてはいない。多分次もやる。
「この素敵なコンテストに参加する権利を与えてくださった先生方、楽曲作成に協力してくださったシュラウド先輩、鼓舞してくださった先輩の皆さん、支えてくださったクラスメイトのみんな、この場をお借りしてお礼申し上げます」
監督生は背筋をきちんと伸ばし、華奢な右手をそっとマイクに添えて話した。
「先輩方の素晴らしいショーにまだ胸がドキドキしていて、私なんかの歌がトリでなんだか申し訳ないなぁと思います」
でも精一杯歌うので。
だから皆さんも、ぜひ最後までお聞きくださいね。
にこり。
屈託のない無垢な笑顔を浮かべて彼女が言う。
それを見た会場の誰もが吸い寄せられるようにひとり、またひとりと席についた。
誰も自分が元の席に戻って来たという自覚はなかった。体が勝手に動いたのだ。もうしばらく彼女を見ていたい。そう誰もが思った。そして気づけば魔法にかけられたかのように会場から出ようとしていた観客までもが戻ってきていて、客席は一番初めの、トップバッターでオクタヴィネルの発表が始まる前の満杯状態となった。
「えぇえ…全員戻ってくるじゃん。興味ねーとか言ってたくせに。急になに?怖」
「む!?人間は一体何をしたんだ!?まだ歌は始まっていないぞ、魔法か…!!!?」
「いや監督生魔法使えないだろ」
「うぅん…僕の解析によると、そんなまじないとか魔法は使っていないようにみえるけど…」
「あ!監督生の声じゃない?綺麗な声してるよね」
「あぁ、なるほど」
「にゃはは!声だけで人を惹きつけるなんて、流石子分なんだゾ!!」
エースたち仲良し1年生組はポカンと口を開けてまるで幽霊を見ているかのような心地でそれを眺めていた。
歌を聞くならともかくとして、ただの挨拶で人が集まる意味が分からなかったからだ。
いやでもマァ、それはそう。だって彼らは監督生が一度見れば忘れられないほど魅力的な美人であることに気づいていなかった。いや、忘れていた。もしくは慣れてしまったと言ったほうが正しいかもしれない。
なんせ月の半分以上は週末お泊り会をしているので、男装していない彼女の姿なんぞ飽きるほど見尽くしているからである。
「おやおやおや…あれ本気で言ってます???」
「えぇ…カニちゃんたち目ぇ腐ってんのぉ?どぉ見ても小エビちゃんが美人だからじゃぁん。めっちゃきれー。ヴィーナスみたい」
「えぇ、今までよく隠し通していましたね。アレはなかなかお目にかかれないレベルですよ」
「見慣れてるんでしょう。週末ほとんどオンボロ寮で過ごしているようですし」
「それはそれは…贅沢なことですね」
彼らの周りに陣取る先輩一同は皆呆れた目で彼らを見た。
舞台上の監督生はしばらく会場のざわつきが落ち着くのを待った。
―――いいか、子犬。全員の着席を確認したら、きっかり10秒。胸の中で数えろ。それでも会場がざわつくようならさらに10秒。全員が聴く態勢に入るまで、お前はひたすらステイだ。
監督生はクルーウェル先生の言いつけ通りニコニコ笑顔を浮かべて心の中でゆっくり10秒待った。目の前の観客が自分の言葉を聞く体制になるまで監督生は動かない。焦らず待って―――そしてきっかり10秒。しんと静まり返った暗い客席を見渡して彼女は口を開いた。
「歌は3つ歌います。全部私の故郷の歌です。大切にしたい誰かのために作られた悲しくて優しいバラード曲。皆さんもぜひ、家族、友人、恋人…自分の大事な誰かを思い浮かべてみてね」
それではお聞きください。
まずは1つ目――――…エミリーと15の約束
レオ/優里
lemon/米津玄師 ⇒これらのMVを見てから読んでいただくことをお勧めいたします。
オンボロ寮の監督生が日本の歌で文化祭のコンテストに参加することになり会場を涙の海に沈める話
※女監督生(まじ娘さんと歌声似てる設定)
※なんでも許せる方向け
※n番煎じのネタです