うつと闘った3年の日々からの贈り物 15
4ヶ月間のコースを修了し、試験を受けてヨーガインストラクターの資格を私が得たことは、実は驚くべきことだった。
その間ずっと、何もする気になれない無力感の沼にどっぷりとはまっていたからだ。ヨーガコースの後半になっても、毎朝、毎朝、行く行かないで葛藤する苦しみを続けていた。夜の眠りは相変わらず浅かったし、体はいつも冷たく寒くの症状は軽減しなかった。実際、ステイシーのヨーガスタジオでの修了式セレモニーの最中も、あ〜あ、ヨーガもやっぱりうつ治療には効果なかったと暗い気持ちになったことを覚えている。
それでも最後までやり続けたのはなぜだろう、と今改めて考える。
高額の受講料を前払いしていたから、やめたらもったいないからか。いや、そんなことではない。それまで、どれだけ高額の薬を購入し、ほとんど摂らずに捨てるという行動を繰り返したか。
では何が違ったのだろう。
絶望。
唯一の違いはヨーガコースの4ヶ月間は絶望を感じることがなかったこと。
日本でもハワイでも、精神科医による薬物療法やカウンセリングを受けて数回目で襲われた絶望、ソーシャル・ワーカーの「あなたはまるで石のように動かない」とコメントされて奈落に突き落とされた時の絶望。
認知行動療法のワークシートをいやいや何枚もやらせられた時の絶望。絶望の恐怖の苦しみを何度も味合わされた。
うつの絶望は死につながる。死にたい衝動、消えたい衝動を激化させる。
私は自分の体験から、うつ病における「絶望感」が果たすダメージは特筆すべきものだと考えている。このことについてはもっと論考と検証を深めて、いつか書きたい。
この連載の初めに、うつ病は「心の病」ではない。「脳の病」でもないと書いた。それは全身の病であり、「死に至る病」であるとも書いた。
うつ病の絶望感がもたらす破壊的な衝動は、自由意志を超えたところにあり、制御できないままに、本人を自死へと追いやってしまう。3年間に私は2度、絶望によって崖っぷちギリギリの所に追い詰められた。
インストラクターの資格を取って2週間後に、TuTuHouse でヨーガクラスを教え始めた。
金曜日の午前11時から正午。この時間しか空いていなかった。平日の朝にこれる人といえば高齢者だけで、私の生徒10人全員が超高齢者だった。それも膝が曲がらない94歳の男性。去年妻が死んでからずっと家にこもっていたうつの80代男性。車椅子で参加している70代の女性。いつもつらそうな暗い顔している70代の女性、等々。
その人たち一人一人のニーズに応えるヨーガをどうadaptationすれば良いのかはインストラクタートレーニングでは教わらなかった。
必死で勉強し、対応策を試行錯誤し、工夫し、自分で練習してみてはクラスに活かすという作業を続けた。毎週金曜日には生徒さんたちが待っていた。のんびりしている暇はなかった。
そして参加者の高齢者たちは、私の懸命の努力に答えてくれた。
心身の不調を抱える一見パッとしない高齢者ばかりのクラスを教え始めたことによって、その後まもなく私が開発し日本で展開するヨーガプログラムは心身のヒーリングのためと目標がピタリと定まった。
そして、高齢者ばかりのクラスを教え始めたその日から、私のうつからの回復がまさに驚異のスピードで進んだ。