「おはようございます。本日八月二十日金曜日、まだ午前八時前ですが、気温は既に二十度を超え、これからさらに上がる見込みです。北関東、東北の一部では午前中の降水確率が六十%を超えるため、湿度も高く蒸し暑い日となりそうです。こまめな水分補給を心掛け、熱中症にお気をつけ下さい。また、全国的に薄く雲がかかって直射日光は和らぎますが、紫外線は 一 切 和らぎませんので、日差しが弱いからと油断せず、日焼け止めや帽子、日傘などの紫外線対策をお忘れなく。薄手のカーディガンなどを一枚持てば、紫外線と冷えすぎた室内への対策で一石二鳥になりますのでオススメです。それでは、全国の天気を詳しくお伝えします」
* * *
映像がスタジオに戻ると、ふっと空気が変わる。
この番組の天気予報は、屋外スタジオと呼ばれるテレビ局併設のバルコニーのようなスペースの片隅、最低限のスタッフ人数で行われるが、それでもやはり生放送ということもあってか、いつも多少の緊張感はあった。
朝の情報番組の天気予報を担当しているエミヤ……アーチャー・E・アインツベルンは、本日も無事、番組は放送を終えられそうだと小さく息を吐く。
首元に付けられていたマイクを音声スタッフに外してもらっていると、
「エミヤさん、やっぱりすごい人気ですねぇ! タグすごいですよー!」
と、ニコニコと笑うADに声を掛けられて、アーチャーは苦笑した。
彼が言う「タグ」とはこの番組のタイトルの事で、そのタイトルを添えてSNS等に書き込めば番組あてにメッセージを送れる、というものだ。そして、この時間……番組が終わる間際、七時四十五分の番組SNSのタイムラインは、大抵アーチャーへのコメントで埋め尽くされる。
というのも、番組最後の天気予報が終わる時、毎回決まり文句として
『今日も一日、元気に行ってらっしゃい』
という台詞があるのだが(そう、ここまでが台本なのだ)、可愛らしいお天気お姉さんならいざ知らず、身長一九〇近い筋骨逞しい、しかも愛想もないお天気お兄さんに言われても嬉しくないだろう、と思っているからか、アーチャーは未だにこの台詞を言い慣れずに小さく照れ笑ってしまう。
そのもの慣れないはにかんだ表情が良い! と、視聴者の間で人気になってしまったのだ。
どうも、それまで眉間に薄く皺を寄せ生真面目で気難しそうだった表情をほんの少しだけ緩め、照れくさそうにはにかむのが一部の視聴者に突き刺さるらしい。
正直、自分のことはいいから天気予報をしっかり聞いてくれ、というのがアーチャーの本音である。
「あ、でも俺、エミヤさんのお小言みたいなアドバイスとか、時節の豆知識なんかも好きですよ!」
アーチャーの心を読んだかのようにフォローをいれ(つもりなのだろう)ADが、ふと腕時計に目をやった。
「そういえばエミヤさん、今日は直帰なんですか?」
「いえ、局で少しミーティングをしてから、一度社に戻ります」
「それじゃあ、その時はタクシー呼ぶので、ミーティング終わったら俺に声掛けてくださいね!」
そう元気よく手を振って撤収作業に戻って行く若いADの背中を見送って、今度こそアーチャーは大きく息を吐く。
なんというか。
やはり、テレビの忙しなさは自分には向いていない、とつくづく思うアーチャーなのだった。
* * *
アーチャーが所属しているのは、カルデアという民間の気象観測会社である。
そこから数名が各テレビ局や番組に派遣され、朝晩と天気予報を行うのだが、アーチャーもその一人だ。
テレビ局での仕事は深夜一時から始まり、八時に終了。その後、軽いミーティングを済ませ、気象予報士とてサラリーマンであるので今度は会社に出勤し、フレックスタイム制のフルタイム勤務。
なかなかのハードワークだが、カルデアからは週に一度テレビ局からの直帰と、二度の昼上がりの日を貰っているため、もとより体力のあるアーチャーには大した負担にはなっていない。
……肉体的には。
「はぁ」
吐いた息に思わず乗った小さな声に気付いて、アーチャーは誤魔化すように手にした缶コーヒーに口をつけた。
あれから、タクシーを呼びますよというスタッフに断りを入れて早々に局を出たアーチャーである。
幸い、テレビ局から会社までは二駅も離れていない。今日のようによく晴れた日に気分転換に歩くにはちょうど良い距離だった。
……別に、体は疲れていないのだ。
疲弊しているのは、気を張り続ける精神の方。
(テレビ局には『多い』と言うが、本当に……月イチで敷地とスタッフ全員のお祓いを義務付けて欲しいものだ)
胸中で呟いて、またしても溜息をつきそうになったのを慌てて飲み込んだ。
テレビ局に通うようになって、溜息が増えたな、と自分でも思う。
──アーチャー・E・アインツベルンは、俗にいう「視える人」である。
しかも、幽霊と人間を時折見間違うくらいには「目がいい」。
故に、テレビ局との相性は最悪と言えた。
なんせ、彼らは収集する話題に頓着しないのだ。事故、事件、災害の現場に直接スタッフとカメラを送り、夏になればオカルト関係の番組が増えて心霊スポットに突撃させられる芸人が増え、そのうえ、ただでさえ人の愛憎や欲望が集まりすぎるというのに、そもそもテレビ局自体があまりよろしくない土地に建っているのだ。
そうなると、どうなるか。
もはやヨクナイモノの吹き溜まりである。
(……勘弁して欲しい)
見て見ぬふりも大変なのだぞ、と、ぶつけるアテもない愚痴をこぼしつつ、シャツの襟を直すフリで後ろから手首を掴もうとしてきたナニカの手を避ける。
どうやらテレビ局からついてきているモノがあるらしいが、アーチャーの知ったことではない。
こんな感じで、ヒトでないものに不用意に触れぬよう、声を聞かぬよう、視界に入ってもソレに焦点を合わせぬよう、日々気を使っていれば、眉間に皺が常態になるというものだ。
(まぁ、局に居るよりも街にいる方が遥かに密度が低いから、楽ではある)
全く嬉しくはないが、と思いながら見上げた空は雲ひとつなく、少し萎れていた気分が上向く。
天気は良好、朝の早い時間にしては少々気温が高く、先程の予報ではないが水分補給は必要だろう。
会社まではあと二十分ほど。なら、どこかで朝食を買っていく余裕はあるな、と腕時計に落とした視線の端で、きらり、何かが光ったような気がした。
* * *
「お疲れ様でした」
「おー、おつかれー」
「お疲れ様です! また来週!」
「あぁ、また来週」
気立ての良い後輩に小さく笑って返し、アーチャーはオフィスを出た。
今日は週に二日ある早上がりの日だ。そして土日はシフト休、しかもテレビの仕事もない。となれば、さすがのアーチャーも浮き足立ってしまう。
まぁ、シフト休とは言え生来ワーカーホリックの気があるアーチャーなので、土日も午前中の一、二時間は会社に顔を出し、その日の気象データに目を通すのだが、それでも溜まった掃除洗濯を終わらせ、趣味である料理や読書に勤しむ時間はたっぷりある。
アーチャーの家は、会社から四駅離れた住宅街にある純和風の一軒家だ。
まるで時代劇に出てくるような屋敷門と白壁を備えているからか、近所では「武家屋敷」と呼ばれているが、住んでいるものとしては多少大袈裟だと思っている。
最寄り駅からは少し歩くが、昔ながらの八百屋や魚屋が並ぶ商店街、少し横道に入れば隠れ家的な喫茶店などがあり、暮らす上で不便もない。
平日の日中だからか、特に人通りのないいつもの帰り道をてくてく歩きながら、アーチャーが考えるのは朝方にみたものについてだった。
テレビ局から帰社する時に、一瞬見えたもの。
まず目を惹いたのは、まるで夏空で染めたような、鮮やかな青い髪だった。項より少し上の方で髪を束ねる髪飾りは金属製のようで、ちかり、ちかり、ソレの歩幅で日を弾いて煌めくのがまた、太陽めいて美しく。
後ろ姿ではあったが、おそらく成人男性なのだろう体格、……だったような気がする。
そこまで思い出したアーチャーの眉間に、ぎゅ、と皺が寄った。
白いフード付きのパーカー、黒い……たぶん、黒革のパンツにブーツ。
格好自体は特におかしなところはなかったし、足取りも気軽な散歩テイストで、いかにも人混みを歩き慣れているといった風情で、……では何がアーチャーの気を引いたかと言えば、ソレのサイズだった。
目測で、十五センチほど。
アーチャーの腰ほどの高さに整えられたレンガ塀の上を歩いていたソレに気付き、え、と思ってつい見返した時には、ソレはすでに塀から咲きこぼれる白い花の中に紛れ消えてしまっていたが、アーチャーの眼は只人の視力を遥かに凌駕する。
アーチャーは、その小さな背を確かに視たのだ。
(……ヒトの、形をしていたし……服装も現代的で、妖怪の類ではない気がする……。が、ヒトの霊にしたってあんなサイズの霊など見たことがない……)
アーチャーとて、これまで自分が視てきたものが全てだとは思っていない。なにやら聞くところによると一センチの隙間に棲息する女性もいるようだし、だから、身長十五センチの霊だって存在していてもおかしくはない、かも、しれないし。
それに、と、少しだけ胸に手を当てる。
一瞬だけ視えたヒトでないものをこんなにも気にかけたことは、今までにないことだった。
「……悪いモノ、では、ない……のだろうが……」
……結局、アレは一体なんだったのか。
幾度目かの思考のループに、ふ、と息をついた時。
「──ねぇ、」
背後からかけられた声に、自らの思考に囚われていたアーチャーは何を意識することも無く振り向いた。
──振り向いて、しまった。
見えたのは、黒。
べたりと額や頬に張り付く黒髪の隙間から覗く屍蝋が如き肌色にぽかりと空いた二つの空洞は、底の知れない暗闇だった。
モノトーンに唯一色をつける褪せた口紅……否、抉られて鮮やかな肉を晒す唇が、ニタリと三日月の形に歪み、その拍子に鮮血がしたたり落ちる。
《 視 えて ル ? 》
ね? みエテル、みえて、視え、みエてる、ねぇミエてるでシょ、ねぇ、ネェ、ミミ視みえてる、アナタ、ネェ、わたし、視えてル、ねぇねぇねぇねぇ、視えテるん、デ、ショ?
ぐゎんと頭に響いた金属質の絶叫に、無駄だと知りつつも咄嗟に目を閉じ両耳を掌で覆う。
(ゆ、だんした……っ! くそ、居るのは、わかってた、のに……!!)
肩や首に絡まる空気が一気に重さを増したような感覚と、頭を引っ掴まれて乱暴に揺さぶられるような目眩。
込み上げる吐き気はアーチャーが受ける霊障のひとつだが、ここまで強烈なものはもう何年も感じていなかった。
鼓膜の内側で喚き立てる金切り声に平衡感覚を狂わされ、膝から力が抜けてその場に崩れ落ちる。
強く瞑りすぎて涙の滲む目をどうにか薄く開けば、一歩と離れていない場所に、煤けたスカートの裾と、ささくれ、爪の剥がれた裸足の足先が視えた。
それが、ずり、とすり足で前に進みでて、
「そこまでだぜ、嬢ちゃん」
朗々と響いた、男性の声。
空中に赤い閃光がはしった、と思った時には、眼前に立っていた女性の霊は跡形もなく消えていた。
風に靡く一筋の青が、束ねられた髪であると気付いたのは、それが白いパーカーの背に落ちるのを見送ってからだ。
「死者は生者に関わるもんじゃねぇよ。とっとと失せな」
たった今消えてなくなったモノにそう言い放ち、それでも見送りのつもりなのか、ひらりと一つ手を振ったソレが、形の良い肩に大輪の向日葵……先程一閃されたのは確かに槍だったと思うのだが……彼の頭部の二倍ほどもあろうかという向日葵を担ぎ直すのを、耳を押さえたまま蹲るアーチャーは呆然と見ていた。
そうして、その視線に気づいたのか、くるりと振り向いた体長十五センチサイズのソレは、
「おう、お前さん、厄介な体質してんなぁ」
そう言って、にかりと快活に笑ったのだった。
* * *
常に冷静であれと心がける人間ほど、予想外のことに出くわすと動転するものだ、ということを、アーチャーは今、痛いほど感じている。
「そんなに気にすることかよ? ちぃせぇ奴だなぁ」
居間の机に両肘をついて頭を抱える家主を前に、机の上に胡座をかく青い髪の人外が呆れたように言った。
「やかましい、物理的に小さい輩に言われたくないわ」
それに対し反射的に言い返して、アーチャーは顔を上げる。
……何度視ても、ちいさい。
数秒、その小さな人外と見つめあったあと、褐色の気象予報士はついに机に突っ伏した。
いや、アーチャーとて別に彼が小さいことに頭を抱えているわけでは無い。
「お前なぁ……。オレを攫ってきたのはお前なんだから、いい加減オレの存在に頭抱えんのやめねぇ?」
そう。呆れた風情で片眉を持ち上げる人外の言う通り、彼を自宅に持ち込んだ(というと彼は怒りそうだが)のは、アーチャー自身だった。
あの後。
向日葵の一振でタチの悪いモノを祓った彼を呆然と見つめていたら、通りかかったご婦人に声をかけられたのだ。
確かに、昼日中の住宅街の路上で体格のいい男が膝をついて蹲っていたら何事かと思うだろう。
そして、そこからは完全に脊髄反射的な行動だった。
アーチャーは、人の良さそうなご婦人に全力で愛想笑いを向け、適当な言い訳をつらつらと説明し、何故かその場に留まっていた青い髪の人外を鷲掴むなりその場から離脱をはかったのだ。
自分でも何故か分からない。わからないが、我に返った時には、自宅の畳敷きの居間の机の上でソレと向き合っていた。
……いや、もう、本当に、動転した人間は何をしでかすかわからないものである。
「……すまない。別に、君の存在を疑っているわけではないんだ……」
途方に暮れた溜息混じりにゆっくり言うと、アーチャーがようやく落ち着いてきたと見てとったのだろう、ソレは胡座をかいたままぴょんと背筋を伸ばし、
「よし。じゃあ気分を変えてまずは自己紹介と行こう」
と、人懐っこい笑みを浮かべた。
「オレはランサー。本名はちゃんとあるが、まぁ、通り名としてはランサーだ」
「……ランサー」
小さく復唱したアーチャーの脳裏に、あの一瞬に赤い軌跡を引いた槍が浮かんで消える。
やはり、アレは槍だったらしい。
相手の名乗りを受けたアーチャーは、それに返そうと薄く口を開きかけ……た、ものの、人でない者に名前を明かすのも少し気が引けて、数瞬の間が空いた。その空隙の意味を、人外……ランサーは的確に読み取ったようで、
「あぁ、オレはあんたの名前知ってるから、名乗らんでもいいぞ、『エミヤ』」
「えっ」
何故。と目を丸くしたアーチャーが、己の職業をすっかり失念している事に笑いながら、ランサーは今は電源のついていないテレビを指さした。
「朝、デカい通りの、が、街頭びじょん? つーの? あれで見た。お前さん、気象予報士なんだろ?」
「あ、……あぁ、そうか、なるほど」
それなら名前を知っていても不思議はないかと、ホッと胸を撫で下ろす。
テレビの仕事で使っている「エミヤ」は、アーチャーの義父の苗字である。
本名の「アーチャー・E・アインツベルン」は朝のお天気お兄さんの名としては仰々しいため、所謂芸名として、そう名乗っていた。
ちなみに、生まれは日本、一度ドイツに養子に行き、そこからまた日本に帰化する、という、少々複雑な家庭事情のアーチャーであるが、人種としては紛うことなき日本人である。一応、念の為。
「では、私のことはエミヤ、と」
「おう、よろしくな、エミヤ」
にひ、と人の好いランサーになんとなく気が抜けて、アーチャーも僅かに笑い返す。
そうやって落ち着いてしまえば、ランサーを自宅に連れ込んだ理由についてきちんと考えることが出来た。
「あの、だな、先程は助けてくれてありがとう。礼を言いたかったのだが、あの場ではそうも行かず、君の意見も聞かずに連れてきてしまった……すまない」
胡座から正座へ座り直し、ランサーに軽く頭を下げて礼を言う。
すると、ランサーは慌てた様子で、
「ちょ、おい、頭を上げてくれ! オレは単に通りかかっただけだし、そんな礼を言われるようなことでもねぇよ!」
「しかし、あのままでは私はおそらく気が触れるかなにかしていただろう。それを助けてもらったことに変わりはない」
とりあえず促されるまま頭を上げ、しかし感謝の意は引かないアーチャーに、ランサーは僅かに眉根を寄せた。
「頭のかてぇ野郎だな」
「よく言われる」
「言われてんじゃねぇよ……」
はぁ、と息を吐き、がしがしと乱暴に後頭部を掻く姿は、サイズ感を無視すれば本当にその辺にいる青年の所作である。
思わずまじまじと見つめてしまったアーチャーは、そこでようやく、この人外がとてつもない美形だということに気が付いた。
夏空を編み込んだ艶やかな青い髪、凛々しい眉。僅かに汗をうかべる肌は健やかに白く、鼻筋はスッと通って彫りが深い。
なにより印象的なのが、その瞳だ。華やかなピジョンブラッドのルビーを熟練の細工師が整えてはめ込んだような、強く煌めく赤。
スタイルも、手足が長く肩幅もあり、頭身も高い、ように見える。つまり細マッチョなモデル体型だった。
(なるほど、文字通り「人外の美」と言う奴か……。ミニマムサイズだから良いが、これが人間大だったら誑かされる者が続出するな……恐ろしい……)
しみじみと考えていたら、パンッ! という音が響いて我に返った。
見れば、胡座の膝を叩いたランサーがこちらを見上げていて、そのどこか真面目な表情に、アーチャーは思わず背筋を正してしまう。
「よし、そんなに言うなら、礼の代わりにひとつオレの頼みを聞いちゃくんねぇか」
「……無茶なものでなければ」
じわりと湧いた警戒心でアーチャーの眉根が寄るのを見たランサーは、いやいや、と軽く手を振ってみせた。
「なに、難しい話でも不穏な話でもない。しばらくここに置いて欲しいってだけで」
「…………は?」
思わぬ提案に、アーチャーの眉間の皺がほどける。
あっけに取られるアーチャーを他所に、ランサーは腕を組んで軽く胸を張り、
「オレぁ、晴天を司る精霊……いわゆる「晴れ男」って奴でな」
と話し始めた。
「は?」
「オレが屋外にいる間は概ねきもちよく晴れるんだが、「おい、」外に居続けるとそこら一帯が猛暑になるんだわ。「ランサー」だから人間の家の屋根の下に間借りするか、そうでなきゃ世界各国津々浦々、旅から旅への渡り鳥、「何でそこだけ講談の口上じみてるんだ」とにかく移動し続けないとなんねぇ。ま、それが天候を司る精霊の本能みたいなもんだし「いや、ちょっと待て」楽しくもあるんだが、ここらで少しゆっくりしようかなと思っててよ。ちょうど定宿を探してたんだわ」
「ちょっと待てと言っているだろう人の話を聞け!!」
「てめぇこそ人の話の腰を折ろうとすんじゃねぇよそれこそ人の話聞いてんのか!?」
「ツッコミどころが多すぎるわ戯け!!」
両者同時にドン、と机を叩いて一吼えし、数秒睨み合う。
正直、この半日の間に色々あったアーチャーとしてはそろそろ精神の容量がいっぱいいっぱいなのだが、深く息を吸って、吐いて、んん、とわざとらしい咳払いで気を鎮めることにどうにか成功した。
「まず、……晴れ男?」
「えっ、そこから説明が必要? お前ホントにオレの話聞いてなかったのか?」
「聞いていたとも。職業上の単純な興味だ。……君が晴れ男だと言うなら、雨男もいたりするのかね?」
純粋な好奇心で聞いてみれば、ランサーはこともなげに頷いた。
「あー。おう、そうだな。晴れ、雨、曇り、霧、雷、雪、季節によっては嵐だのなんだの……まぁ色々いるし、晴天の精霊だけでも世界中に何万といる」
「なるほど……。では、私の予報が当たるかどうかは、全て彼らの行動次第というわけか……。世知辛いな……」
「まぁ単純にそうと言いきれんところはあるがな。……んで? 他には?」
なにか気になることは、と問いかけてくるランサーの口調は完全に面白がっているものだが、それを無視して新たに質問を投げる。
人外に対しては、質問が許されているときに聞いておくのが正解なのだと、アーチャーは知っているのだ。
「君が野宿を続けると、猛暑になる?」
「なる。ここしばらく、ずっと晴れ続きで夏日が続いてんだろ?」
「三件隣のキヨ婆さんが熱中症になりかけたのは貴様の仕業か」
「待て待てこのサイズ差でデコピンはやめろ首がもげる。オレとしても、必要以上に晴れさすつもりはねぇんだよ!」
人間には雨の恵みや雲の影も必要だろう、というランサーの主張は間違っていない。
アーチャーは、ここ二週間ほどの気象情報を思い返し、溜息をついた。
確かに、季節柄とはいえこの街一帯の気温は右肩上がりで、薄く雲がかかることはあれど雨の気配は一切ない。これがもう暫く続けば、確実に熱中症や脱水症状で倒れる者が出てくるだろう。
「……で、君が人間の家を宿とすれば、君の影響はなくなる? ん、だな?」
「おうよ。オレ達天候の精霊のちからは、屋外にいる時のみ天に通ずるからな」
「……勝手に人家の軒下に入るのではダメなのか?」
「どこの借りぐらしの妖精だよ。まぁそれが出来ればオレらも楽なんだけどな……。定宿を持つ時には、家主に正体を明かし、同意を得よって掟があるんだわ」
「なんとも律儀な、……いや待て。そもそも君達を視ることが出来る人間というのは」
「早々いねぇんだわこれが!!」
やけっぱちのように声を上げたランサーが大の字に転がるのを眺めつつ、アーチャーは内心でなるほど、と頷いた。
ランサーがこの街を訪れてどのくらい経つのかはしらないが、これまでの天気を振り返るに、今日に至るまで彼を認知できる者に遭遇しなかったのだろう。
であれば、ランサーを視認し声を聞いてあまつさえ触れられる、しかもそこそこ広めの一軒家に一人暮らしであるアーチャーは、これ以上ないほどの好物件ということだ。
しかし、この家に……自ら人外を招いただけならまだしも、一緒に暮らすとなると……少々躊躇いもする。
「……」
思索に耽ったのは三分ほど。
時刻はようやく十四時に差しかかる頃だというのに、これで本日何度目の溜息だろうか。
机の上を転がりながら、なにやらうにゃうにゃとこれまでの不運っぷりを愚痴り出した晴れ男に向けて、アーチャーは諦めたように口を開いた。
* * *
──八月二十日、金曜日。晴れ。
ヒトでないモノに関わろうとしなかった気象予報士と、晴天の精霊の同居が決まったその日、今年一番の最高気温がマークされたという。
小さな晴れ男のランサーが可愛いし天気予報士のアーチャーも好き! 続き下さい!