そうして、にゃんと啼く。
猫の日間に合った…!(すべりこみ)
犬ならぬ猫になった兄貴と、正体に気づかずほのぼのもてあそばれる猫さんのおもちゃエミヤの槍弓です。
片思い要素が少しあり。幸せなお話です。
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まさか自分がこの姿になるとは思わなかった。
犬ならまァ納得がいくが、猫とは。ナリはどうでもどう振舞っていいかなんざわかりはしない。にゃんと啼けとでもいうのか。理不尽にもほどがある。
特段何の理由も無く、朝起きたらこうなっていた。ヌケガラみたいに纏わりつく服をかいくぐり、こわごわとベッドの下に降りれば、意外と軽い身体にふわふわした感覚を覚える。ケツがどうも落ち着かないままとりあえず部屋の扉をかりかりと掻いていると、シュンと音を立てて扉が開いた。すわ、センサーに反応したかと見上げれば、天を衝くようなでかさの見慣れた男が立っていた。…あ、オレが小さいのか、気に食わん。
男は尻の方がうにゃっとなった変な眉毛をひそめながら、ひどく困った顔でオレを見た。おかしいか、おかしいならば笑え、さんざん嘲笑うがいいさ。お前の靴のつま先が俺のひらべったくなっちまった腹を抉る前に、オレはわが身を槍として、ご自慢の鷹の目をきっちり9等分にしてやるぜ。
オレの渾身の宣戦布告は、ふしゃあー、というなんかあからさまに猫っぽいブレスに取って代わった。
猫だなあ。猫だもんなあ。驚くほど気が抜けるわ。
おいおい弓兵、弓兵さんよ、困った顔してねえで、とりあえず槍なしのトコにでも連れてってくれよ。
にゃー、にゃーん、なうなう。
甘えたような声になる。白髪の、褐色の肌の男は、鋼の色をした瞳を混乱でいっぱいにして俺を見て、そうしてきょろきょろあたりを見回した後、意を決したように部屋に踏み込んでくる。奴の背中で扉が閉まり、俺は大いに困惑した。違う違う、外だよ。槍なしのトコだって言ってんだろう。
ぐ、と奴の顔が近寄り、手が伸びてくる。さっと逃げようとして果たせない。こいつ、オレより猫を知ってやがる……
「美しいな、……毛艶もつやつやだ、骨格も、肉付きも、研ぎ澄まされている」
オレを批評するんじゃねえよ。…と、言いたいところだがそうとも言えないぐらい肝が冷える。なんだよこいつ、こんなうっとりした顔して、猫を褒めるか普通。
レイシフト先で、ケルト勢でわいわいと面白くなって獲りまくった鮭をカルデアキッチンに大量に持って行った時ですら、男らしい納得と称賛の表情ぐらいだったというのに。クソマジメな面のまま、目の中だけが零れ落ちてきそうなほど、とろとろと甘く煮崩れている。
「抱っこすると大人しくなってくれるのか、猫さんは人が好きなのか、ありがたいことだ」
大人しくなってるんじゃねえよ、呆れてんだよ。
なんだ猫さんって。オレにさん付けたことあったかお前。
オレの止めきれぬ質問と慟哭は、ウウ、という困ったような啼き声に変換される。アーチャーは慌てたようにオレの喉を撫で、ご機嫌を取りに掛かった。小癪な。小癪すぎるぞ貴様。気持ちいいじゃねえかよ。なんだこれ。あーそこそこ。やっべこれ。
「ふむ、猫さんは男の子か」
おい、覗き込んでんじゃねえよ。
◆
猫パンチ、というのはなんとなく知っていたが、猫キックもわりと威力はあるようだった。
猫キックで猫ボケアーチャーを制したオレは、まんまと扉を開けさせることに成功した。アーチャーに抱かれながら悠々と移動していると、キャスター勢や一癖ある連中だけが、驚いたようなツラをしたり、口角をいやらしく上げて微笑んだりする。やはり呪いか。しかし、受ける理由もあまり見つからないが。
英霊どもがゾロゾロいるここでは、そもトラブルの理由すら、探ることが愚かなのかもしれない。
アーチャーが行く方向で何となくゴールは察したので、オレはおとなしく抱かれていてやった。
やがてラボへ近づき、見慣れた扉をくぐる。
ぐるりと天井まで伸びる書架、あるべくもないはずの空間に居並ぶ、実験器具と古めかしい紙束ども。
そのスキマから、まあオレに気づかないはずもない美しき肖像そのもの、
食わせ物の代名詞、ダ・ヴィンチちゃんが、にやりとオレの方を見て微笑んだ。
「いやあ、ご苦労様!彼、暴れなかったかい?」
「ふむ。いささか私が不躾な行いをしたせいで、すこし暴れはしたが、終始大人しいものだったよ。」
「おやおや、意外だなあ。てっきり眼球を9つにスライスされてくるかと思っていたよ」
「……冗談としても捉えづらいな、彼は美しく大人しい。ランサーの部屋に居たのが信じられないほどの紳士だよ」
オレだよ。
誰かさんの宝具のように嘯いて、ダ・ヴィンチの方を見れば、じっとこっちを見返してくる。
今更腕の中で暴れるのも馬鹿馬鹿しかろう。
そうだ、それだけの理由だ。
奴の高めの体温は、もともと体温の高い獣の体によく馴染む。がっしりとした腕はきつく締めつけようとはせず、適切に支えてくる。そもそも、こいつはオレより猫を知っているから、仕方なく抱かせてやっているのだ。
「そうだねえ、彼は元より紳士さ。紳士って言い方はあまりなじみがないかもしれないが、とびっきりフェアで素敵な男だ」
猫になった途端あっちこっちから褒めやがる。普段から褒めたっていいだろうに、全く理不尽なことだ。
「……あなたがランサーの部屋に彼を迎えに行け、と言ったから私はそれに従ったが、……どう、すればいい」
「そうだな、追加でのお願いとして、今夜一晩彼を預かっておくれ。なあに、もうじきに夜だし、ほんの数時間のことだ。大人しい子だから迷惑はかけないさ。それに魔法が掛かっているから、トイレだっていらない。愛玩動物として可愛がってあげてくれ」
「しかし、この子の本来の飼い主は……」
「飼い主なんていないさ。一部のキャスターと、バーサーカーたちのほんのイタズラだよ。」
「…イタズラ?」
「ランサー、クー・フーリンの身柄と引き換えに、可愛い猫がカルデアに現れている、それだけのことさ」
「な、……ラ、ランサーはどうなった」
思った以上に慌てた声音に耳が痺れる。なんだなんだ、え、戦闘中にいくらこっちが金の霧になって消えようとしれっとしてる野郎が、…なんだってんだ。
フン、あんな男の代わりに猫とは、儲けすぎなのではないか、とか。
猫の手の方が必中の槍より当てになるんじゃないか、とか。
猫さん猫さーん、とか言ってしかるべきだろうに。
こっちの体に決して力は込めないようにしているものの、ギリギリのラインで堪えていることぐらいわかる。
なんだよ、動揺してんじゃねえよ、……なんだよ、なんなんだ?
「ランサー、ねえ。じき帰ってくるとは思うけど、いろいろな魔術が深くまじりあってしまっているから、私からはいつとは言い切れない」
「彼は、…彼は、多少性格ややり方に難こそあるが、彼はカルデアの精神的支柱だ。もっと深刻に、っ」
「精神的支柱なら、キャスターのクー・フーリンがいるじゃないか。彼はあっさりしたもんだったよ。じき帰ってくるだろって。私も同意見だなあ」
「私は違う!」
麗しき肖像が、きょとん、とした顔をする。
…そこから破顔一笑、とびきりいたずらっぽく微笑んだのを目にした瞬間、オレは何かを覚悟した。
いや、もうよくわからんが。何だかとんでもない目に、いろいろとめちゃくちゃにされると。
猫になる以上のことは咄嗟に思いつかないが、腹の底で覚悟だけは決めた。
◆
そうして、お決まりみたいにベッドの上にいる。
アーチャーはあの後、俺を近くにいたエミヤオルタに預けて、キッチン仕事をこなし始めた。
俺にもささみが与えられ、正体をわかってるんだかわからないエミヤオルタが、妙に丁寧に、一つずつそれをつまんでオレに与えた。終始無表情だったが、あいつもアーチャーゆえ、本気で気付いていない可能性もある。ぺろっと指先を舐めてやれば、うりうりと首元と、腰の周りを撫でられてオレはまた気持ちよさにへたった。近くに掛けていたオレのオルタも、完全に気付いているくせにオレを猫扱いして撫でまわしてきた。あいつがじきに猫になることだけを祈る。
仕事を終えたアーチャーは俺を抱き、部屋に連れ込んだ。
綺麗に片付いた部屋はほぼ何もなく、アーチャーはすっとシャワーに入ってしまって、オレはすぐ手持ち無沙汰になった。
いやしかし、本気なのだろうか、あいつは。
ダ・ヴィンチだぞ、相手は。
こういうぶっとんだ局面で、本気で悪ふざけをしてくる相手だぞ。
…しかしまあ、大真面目に騙されるのだろう。
相当敏感になった鼻に、石鹸の香りが宿る。シーツからかすかに匂うのは、アーチャーの体臭か。男のくせに、まあ英霊だからというのもあるだろうが、嫌味がない。それこそお天道様の下でごろごろした犬のような。かすかに砂っぽい、健やかなようでどこか空っぽな匂い。
風呂から出てきたあいつは、オレを蒸しタオルで軽くふいた後、ベッドの上にあがった。そうして、互いに見合いながらゴロリと寝転がる。
前髪を下ろして、どこかあの坊主に近づいた、あどけない顔が近寄ってくる。
「……猫さん、いやだったらすまない、」
厭に決まってんだろうが。
「……けれど、私はあの男が惜しい」
惜しいとか、温いこと言ってんじゃねえよ。オレは、お前に惜しまれたかねえぞ。
そうさな、惜しむぐらいならもっと、もっと。
オレも猫の身体ゆえ、そうとうイカれ始めているらしい。ああ、もっとこいつにもイカれてほしい。
「……む、猫さん、ちょ、やめたまえ」
簡単に近づいて来ようとする顔を、ゆるめの猫パンチで遮ってやる。
オレは軽くないのだ。そうは赦さん。
アーチャーはまた困った顔をする。だからそれはよせって、ガキに見えるだろう。オレはガキは苦手だから…
「猫さん、すまないが覚悟してくれ。君が厭なのはよくわかった。私だって私とこんなことをするのは厭だ。しかし、しなくては私はあの男をなくしてしまうかも知れない、…それは厭だ、……猫さん、君は美しいが、かけがえのない存在だが、あの男もまたそうだ。そして君より美しい、気高い獣だ、……私は、あれを今無くしたくはないのだ、……こんなおかしな世界で、世界の滅びの刃境で、偶然のように出会って、こんな風にはきっともう二度と、触れ合えないのだから」
ガキは苦手だって言ってんだろう、
「彼が私の作ったものを日々食べて、獲物を差し出してきて、……反目しながら矛を並べる、最初は慣れることなどないと思っていた。慣れてしまえば、終わってしまうことが怖くなるからだ。そうして私は今、とてつもなく怖い。…彼をなくすことが、もはやこれほど怖くなっていた、」
ガキはだから、苦手だって。
泣いてるのはどうしていいかわからねえんだ。しかも男なんざ、なあ、どうしたらいいものか。
舌がざらついても構わんだろう。そっと滴る雫をなぞり、頬を舐める。次から次へとあふれ出すから、しょっぱくて仕方ない。
大きな手がオレの頬に触れ、首をなぜ、ひげもひっくるめて愛撫する。
鼻が触れ合う。
真剣な瞳がふ、と閉ざされ、オレもまあマナーとして瞳を閉ざす。
ああ、目が覚めたらどうするかな。
ちっともまとまらねえ。しかし時間などない。オレだって急いている。
ふ、と降りてきた最適解にオレは思わずニヤリとした。
ただ、にゃん、と。
にゃん、と啼けば…………
◆
しかたないなあ、教えてあげよう。
たいていの魔法は何で解けると思う?
愛が関連するものならば自ずと知れよう、9割9分熱いベーゼさ!
了