ランサーとアーチャーが他の現界で何度も鉢合わせては戦っている、と聞いた立香は、頼もしい兄貴分と頼れる保護者もとい守護者の激闘ぶりを聞きたがった。
「そう言われてもなあ。別に楽しい話じゃねぇぞ?」
食堂にて、目を輝かせて英雄譚をねだる立香をランサーがそれとなく宥める。ここでする手合わせとは違って本気の殺し合いだ。人間の死とは違うとはいえ、ランサーからすれば幼いとすら言える立香には刺激が過ぎるだろう。
そんなランサーの気遣いを見透かしつつ、アーチャーは皿洗いをしながら聞き耳を立てていた。
「ふたりとも、カッコいいんだろうな〜」
「おいおい、何も出ねえぞ? いや、あいつが夕飯オマケしてくれるかもな」
「……生憎、今夜は担当ではないのでね。代わりにお茶くらいは出してやろう」
見計らったようなタイミングでアーチャーがふたりにお茶を出す。しかし見計らっていたのはどちらかというとランサーだ。アーチャーが皿洗いを終えお茶を淹れるのを見て、わざわざ皮肉や棘のある言葉を使わずにお茶を差し出せるように会話を誘導したのだ。
アーチャーからすると驚くべきことに、これは無意識に近い、ランサーに元々備わっている人の良さと社交力によって、自然と行われているのだ。人当たりや愛想は「衛宮士郎」もそれなりに持ち合わせていたが、あの頃であってもここまでの振る舞いはできなかっただろうとアーチャーは思う。
「なんだよ、マスターと俺のだけか。お前も少し息抜きしてったらどうだ」
ランサーはテーブルを指でトントンと叩き、横に座れと示す。
「まだ仕事が残っているし、貴様とは茶を飲んで歓談するような間柄ではないだろう」
「あーそうですかー」
アーチャーが背を向けると、ランサーは投げやりに返事し立香は残念そうな声を上げた。
衛宮士郎ならきっと誘いに乗るのだろう。冬木でそんなこともあった気がする。あやふやな記憶を探りながら台所を整頓していると、立香とランサーの会話がまた聞こえてくる。
「…………勝ったり負けたり、決着がつかねぇときもたまにあったな。毎度腹の立つやり口を使いやがるが、強さと戦意は本物だ。やりがいのある奴ってのは間違いねえ…………」
たとえどんな状況でも、どんな手段を使ってでも勝ちを獲りにくる不屈の精神。クラス相性に臆することなく、槍の間合いに踏み込み双剣を振るう、鋼の意志力。
そんな風に語るランサーは技術には触れない。一流ではあるが凡人の域を出ないアーチャーは、ランサーのような本物の英雄が称賛するだけの技は持ち合わせておらず、戦略と多彩な投影、不屈の意地で食らいついているに過ぎない。そしてだからこそ、そこに価値がある。
そう思われていると知っているだけに、アーチャーはあの会話には参加したくなかった。
後ろめたいのだ。
ランサーには悟られないまま終わったが、かつてアーチャーはランサーの言葉に背く戦いをしたことがある。
たった一度だけ。手を抜いたわけではない。
しかしその戦いで、アーチャーはどうか負けたいと思っていた。
あの戦いがなければ、敵対する必要がなくなった今、気兼ねなく誘いに乗れたのだろうかとアーチャーは考え、すぐ否定する。いずれにせよ、そんな関係ではないのだ。アーチャーとランサーの間には戦いしかない。
だからこそ、それを汚したとあれば、きっとランサーは気を悪くする。
同陣営である以上、それを打ち明けるのはデメリットでしかない。しかし、今ならばマスターに気を遣って、人前では大っぴらに険悪な態度を取りはしないだろうとの期待もある。
つまり――アーチャーは、怒られたかった。
断罪され、身軽になりたかった。そのあとはもう、お茶を飲む機会もなくなるだろう。でも、元々そんな関係ではないのだ。
お茶も飲めないなら、怒られるくらい期待してもいいだろう。
アーチャーが決意を固めた頃、ランサーも立香ももう食堂からいなくなっていた。
夜、明日の下拵えのチェックが終わった頃、いつもランサーがやってくる。
アーチャーが仕事上がりの一杯にと淹れたお茶は、ランサーのものになる。お前も飲めば、という声を今日も無視し、アーチャーはすでに磨き上げられた台所の粗探しをして仕事を見つけ出す。
ランサーは酒の肴をねだることもあれば、一方的に雑談を続けることもあり、時にはただ黙って茶を飲むだけのこともある。
何がしたいのかわからないが、意図せずともふたりだけの時間が得られることは、今のアーチャーには都合が良かった。おまけに今日のランサーはだんまりの日らしい。自分のタイミングで話し出せる。
アーチャーは軽く息を整え、ぼんやり茶を啜るランサーに話しかけた。
「少し前の……君のマスターは確か年配の男性魔術師だった。そこでの戦いを覚えているか」
「ん? あぁ、あれか。覚えてっけど、どうした急に」
反応からして、おそらくそれなりにはっきり覚えているのだろう。アーチャーは内心ほっとする。そのほうがしっかり怒ってくれそうだ。
「……あの時、私は君に負けたいと思っていた」
その瞬間、ランサーの纏う空気の温度が下がる。
「………………どういうことだ」
「……君は、アカシックレコードというものを知っているか?」
「知らねえ」
まだ怒ってはいないが、不穏な雰囲気が漂う。とっとと説明しろという気配をピリピリ感じながら、アーチャーは当時のマスターについて語った。
――アカシックレコードとは過去から未来までの「すべて」が記録されている、世界の記憶だ。空想の概念だな。
あのときの私のマスターの願いは「歴史」だった。過去の真実を知りたがっていたんだ。そして思慮深い男だった。聖杯を得たところで理想の形で歴史を知ることは叶わないだろうと疑っていた。
私が守護者であると知った彼はひとつの賭けを思いついた。
時間軸を超え無数の平行世界を巡る守護者を介すれば、真実にたどり着くのではないかと。
聖杯戦争でも、戦いの合間にその土地その時代の情報は何かしら得るし、歴史の当事者たる英霊と関わりもする。これを繰り返してきた「私」に蓄積されている情報は膨大だ。解析することで、彼の世界線では知り得ない真実が見えるかもしれない。
……つまり彼は、「私」の記録へアクセスする権限を得ることが狙いだった。
下手に全知を願うよりかは、単純で現実味があるだろう。欲しい情報を必ず得られるとは限らないが、いずれにせよ複数のデータをもとに、かの世界でのヒントを導き出していく必要があるのだし、今あるデータだけでも革命的な発見が眠っているはずだ、そう考えたようだ。
彼は「お前が劣化版のアカシックレコードになる」と言った。
劣化版、と言われて嬉しい訳はないが、彼は誇れと言わんばかりに笑っていたよ。そもそも、記録を漁られるのだ。磨耗しているはずの記録まで他人に引っ張り出されるのは、流石にたまったものではない。
だから私は、彼の敗北を願った。
そして君と戦った。手を抜きはしなかったし、勝つためにあらゆる策を練り、全力で打ち合ったのは確かだ。
しかし、勝ちたくなかった。君に負かされることを望んでいた。
君との戦いにおいて唯一、戦略ではない敗北を願った。…………そういう事があった。それがあの時だ。――
アーチャーは話し終え、目を落とす。ランサーのお茶が無くなりかけていた。おかわりはいるだろうか、熱いお茶をぶっかけられればいかにも怒られるシチュエーションでいいな、と自分で話すと決めておいて早くも現実逃避しかける。
「……お前もマスター運ねぇな。さすが幸運E」
「………………ん?」
「ま、ちゃんと勝ったし。よかったな弓兵、俺に殺されて」
「……あ、ああ。……ありがとう………………??」
――おかしいな。姑息な手を使う上に敗北を願って戦うとはどこまでも見下げた奴だと、今ごろメッコメコに怒られているはずなのに。
アーチャーは、ランサーがあまりにいつも通りで面食らってしまった。もしかして戦いの心構えがどうであれ怒るほどの相手ですらないと思われているのか。英雄クー・フーリンからすれば当然の評価だろうが、この「ランサー」とは戦いだけの関係だからこそ、そこには一目置かれていると自負があったため、そうだったとしたら怒られるよりへこむ、とアーチャーの胸がざわつく。
手を動かそうと思って側にあった急須を掴むと、ランサーに「おかわりくれや。あと、たまにはお前も飲んでけ」と言われ、反射的に「わかった」と返事してしまった。
ふたり分のお茶を淹れつつ、飲んでけって淹れる側が言うことだろうと言いかけてやめる。なんだかうまく言葉が出てこない。こういうとき、自分はどうしていただろうか? 思い出せない。まさかそこまで摩耗してしまったか。
そうこうしているうちにお茶が入り、了承した手前仕方ないと口をつける。隣に座れと促された昼間の光景が頭をよぎったが、今回は茶を飲めとしか言われなかったのをいいことに、キッチンに立ったままだ。
ランサーは見透かしたように笑う。
「お前、俺に怒られたかっただろう」
これだからこいつは嫌いだ。
アーチャーはそう痛感し、肯定代わりに黙って目を伏せた。
「バカだなぁ。怒んねえよ。お前は俺に戦闘狂だと言うが、俺との戦いへのこだわりって部分じゃお前の方がよほどのモンだぜ」
「貴様に何がわかる」
自分の弱いところをつつかれたような気がして、思わず刺々しくなる。
ランサーは意に介さず、相変わらず優しく笑っていた。
「わかるさ。お前は忘れてるだろうが、俺はすべて覚えている。お前との戦いも、そうじゃない日々もすべて記憶している。お前の考えていそうなこと、過去から未来までぜーんぶわかる」
「はぁ?」
いったい何回同じ世界線に降り立ち、何回戦い、何回つかの間の日々を過ごしたと思っているのか。どうしてそれらすべてを覚えているなど。
アーチャーがなぜ、と聞く前に、ランサーがゆっくり口を開いた。
「だって俺は、お前が、」
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- 稚那February 3, 2023